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53. 国王の危篤と罠
それから1ヵ月が過ぎ、学園で行われる最後の社交界演習の日となった。
「リル!久しぶりです!」
シェリルは久しぶりに学園の校門をくぐり、そこで待っていたリルをきつく抱きしめる。
「にゃにゃ~」
「リルも喜んでいるようですね。お久しぶりでございます、シェリル様。以前は名前も名乗らず、大変失礼致しました。私、侯爵位を授かっておりますエヴァンと申します」
「エヴァン様······私こそ「礼は不要でございます。本日は私と、そこにいるロイドで御二人の護衛を致しますのでよろしくお願い致します」
腰を折ったエヴァンと、ヒラヒラと手を振ったロイドを見て、シェリルは頭を下げる。
「よろしくお願い致します」
「ヒューベル殿下と揃って本当に見目麗しく······」
エヴァンが真っ白なドレスにヒューベルの紫を纏ったシェリルを見てから、隣に立つヒューベルに目を移す。
彼に深く頭を下げようとした瞬間、隣から大声がしてエヴァンは咄嗟に二人の前に立ちはだかった。
「叔父上っ!!」
「アロライン殿下······、急に馬車から飛び降りて現れるなど······「エヴァン侯爵、煩いっ!おじう······えっ、······父上がッ!!」
ヒューベルは、息を切らしながらエヴァンの制止を振り切り、膝から崩れ落ちたアロラインの肩を支えた。
「アル!兄上がどうした?おい、アル、しっかりしろ!」
「父上が······危篤だ······と······っ」
シェリルはその言葉に口を抑える。
『これは大変な事になった』と、エヴァンも一先ず騒ぎが広がらないように辺りを見渡した。
ヒューベルもそのエヴァンの動きを察してか、平静を装ってゆっくりと頷く。
「分かった。幸い人が多くないから、この件は一旦内密としよう。エヴァン口止めを頼むよ。それから社交界演習は続けて。私とアルは今から王城に戻るが、また追って知らせは出す。急ですまないが、三人、シェリルの事は頼んだよ?」
ヒューベルが三人を鋭い視線で見渡し、エヴァンは胸に手を当てた。
「はい、お任せ下さい。命に変えましてもお守り致します」
ヒューベルは大きく頷いてからシェリルの手を取る。
「シェリル、本当に美しいね。こんな事になってしまい申し訳ないけれど、今日はエヴァンのエスコートの元、楽しむと良い。彼は作法に関してもよく知っているから勉強になるよ?また、後で迎えに行くから、良い子にしていてね?信じているよ?」
不安そうにじっと自分を見つめる彼女の額に触れるだけのキスを落として、ヒューベルはアロラインと共に馬車に乗って王城へ戻った。
◆
二人が乗った馬車を見送って、エヴァンはシェリルに腕を差し出す。
「バルモント公爵令嬢、本日エスコートをさせて頂いても?」
「はい、よろしくお願い致します」
ふふっと微笑んだシェリルを見て、エヴァンはズキりと痛む心を抑えた。
もうこの感情を抱くのは最後。これが終われば本格的に彼女はヒューベルの妻として、次期王妃となるのだ。
ヒューベル自身が自分の気持ちを知っていて、それを咎めないとしても······自分は同じように慕う二人を支える事が仕事だから。
「シェリル様は本当に変わられましたね。これもヒューベル様のおかげ、でしょうか?」
「そ、そうでしょうか?」
さっと顔を赤らめたシェリルを見ながら、二人の護衛と1匹は周りに目を光らせながら舞踏会の会場に入った。
『まあ!シェリル様だわ!』
『また各段にお美しくなられていない?!』
『ヒューベル王弟殿下と婚約されたでしょう?もしかして······次期王妃になったりするのかしら?とても楽しみだわ!』
そんな令嬢達の声と、令息達の熱の籠った視線を感じながら、始まった学園最後の舞踏会。
シェリルは恙なく一通りの行程を終えて、やっとの思いで庭園の椅子に腰掛けた。
「はぁ······」
「お疲れ様です。ですが、流石でございますね。今後、妃教育が本格化するとは思いますが、これなら大丈夫でしょう」
「エヴァン様、ありがとうございます。ですが、やはり私は王妃などには······、本来であればヴァレンティ―ナさんが······」
”ヴァレンティ―ナ”と名前を出した直後、オレンジ色の髪の男性が近づいてきてエヴァンはすぐにシェリルの前に立った。
「コンラッド伯爵令息、何か用でしょうか?」
「エヴァン侯爵······バルモント公爵令嬢に挨拶を······と」
「挨拶でしたら不要です。貴殿はアロライン殿下の護衛の筈。挨拶に来られた事は私からシェリル様に伝えさせて頂きます」
にっこりと笑ったエヴァンに、ラルクは顔を引き攣らせる。
目の前に······むしろ彼の後ろにいるのに、”伝える”なんて言い方······。
「エ、エヴァン様?私なら大丈夫ですよ?······ラルク様······でいらっしゃいましたよね?私に何か用でしょうか?」
エヴァンの後ろからひょっこり顔を覗かせた白髪の美女に、ラルクは目を丸くする。
確かに昔から美しかったけれど、今はまるでこの国に伝わる大精霊のように尊く感じる。
口を開けたまま固まったラルクは、エヴァンのわざとらしい咳払いで強制的に現実に引き戻された。
「も、申し訳ない······。ええと、その······俺の知り合いが女子寮の食堂で働いているんだけど······貴女が今日学園に来ると噂を聞いたらしく、皆で甘味を作ったから是非食べに来て欲しいと言っていた······」
「甘味など、そんなもの王城の料理長に頼んで「まあ!嬉しいわ!食堂の方々の料理は美味しいのよ!ねぇ、リル?」
エヴァンは言葉を遮られ、話を振られたリルを見下ろした。
シェリルの腕の中で、食事を思い浮かべ涎を垂らしかけた白猫が、気まずそうにエヴァンを見て視線を反らす。
「······なるほど······リルは貴女と共に食堂のご飯を取っていた、という事ですか?」
「えぇ、一緒に朝、昼、晩と食べていたのですが、リルがヒューベル様の猫だと知ってからは······来なくなってしまったのです」
エヴァンはもう一度、リルを冷ややかな目で見下ろした。
「そうでしょうね。殿下はリルの体調にはかなり気を使っていたようですから······でもそうか、リルが惰眠に加え堕食まで貪っていたとは······」
その言葉にリルは思わず顔をあげる。けれど、口をパクパクさせてすぐに諦めたようにまた丸くなった。
「ごめんなさいね······リル。猫が食べてはいけないって分からなかったの······美味しそうに食べていたから······」
「シェリル様が謝る事ではありません。それにコレは普通の猫ではないですからね」
シェリルの頭に疑問符が浮かんだ所でラルクは申し訳なさそうに口を挟む。
「その、時間が取れなくてもちょっと顔を出すだけでもあいつ等、喜ぶかもしれないから」
「情報感謝します。ですが、シェリル様は本日は「エヴァン様?何も言わずに寮を出てしまったからやっぱり少し顔を見せたいの······ダメ······かしら?」
エヴァンはシェリルに見つめられ、仕方なく手を差し伸べた。
「それでは······シェリル様、寮に向かいそれを受け取ってから城に帰りましょうか?殿下の命で、毒見なしに食べ物を食べる事はできませんので、食事はお控え下さい」
エヴァンの言葉にシェリルは頷いてから、ラルクを見て微笑んだ。
「ラルク様、教えて頂きありがとうございます!」
立ち上がって、美しい所作でカーテシーを取ったシェリルを見て、ラルクはその場に立ち尽くし、ポツリと言葉を零した。
「ヴァレンティ―ナ······お前、彼女に何するつもりなんだよ······」
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