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その日は晴天で、ゆるやかに流れる河を眼下に一眸すると、二人連れの旅人は小高い丘を下った。どちらも丸い被笠を頭に、股引に草鞋を履いた袈裟姿である。旅の途中なのか、所々埃や汚れが目立つ。
両名とも中年の年恰好で、片方の旅人は名残惜しげな足取りだった。この地を忘れまいとするかのように、履き古しの草鞋で一歩また一歩と踏みしめてゆく。その小さな背中を追うもう片方の旅人に、時折振り返っては話しかけ、周辺の景観を見渡しては下ってゆく。
ちょうど下り立った時に、薪を背負った農夫が近くを通りかかった。農夫は田畑を耕していたのか土まみれの汚い格好だったが、旅人たちへ礼儀正しく頭を下げた。
「よいお天気ですなあ」
農夫は北のなまりが強かったが、先にいた旅人は頷いた。
「まことに……眼下に見下ろす川は、日光に煌いて美しいばかりです」
すると農夫は丘の方を見上げた。
「旅人さまは……あそこへ上られたんですか」
「はい、わたくしどもは奥州を旅しておりまして……」
背後にいた旅人が控えめに頭を下げる。その立ち振る舞いから、どうやら供をしているようだ。
「少々、俳句をたしなんでおりますので、徒然に詠んでおりました」
「はあ、そうですか。旅人さまはこの地をご存知で?」
旅人は頷くと、一句、口にした。
農夫は深々と頭を下げた。
「そのとおりでございます。この地はまったく夢の跡となってしまいました」
寂れた頬に、疲れたような色を浮かべる。
「昔、この地には、かの九郎判官殿が住む館があったといいます。今となっては、草木しか見えませんが」
農夫は多少学があるようで、旅人の話を理解できたようだった。
「無常でございます」
旅人は両手を合わせた。後ろに立つ供人も同じ仕草をする。
「遠い昔には、大きな都があったと言いますが、わしらには及びもつきません。なにせ田畑しかありませんから」
「栄耀一睡のうちにして……と申します」
旅人は穏やかに言った。
「判官殿の高舘へ参ることができて、旅の目的のひとつが叶いました」
「それはようございましたなあ」
農夫も相槌をうってから、何かしら思いついたように切り出した。
「判官殿といえば……この方をお連れした者をご存知ですか?」
旅人は笠の縁を心持ちあげて、思案げに顔色を曇らせたが、首を横に振った。
「申し訳ないのですが、どうやら忘れてしまったようです」
農夫は頭を振った。
「名前を知らなくて当たり前ですな。この男は商人だったそうで、その最期が伝わっておりましてなあ。哀れなことに、地獄へおちたそうですよ」
「それはまた……」
「なんでも、判官殿をお連れした罰により、神々によって無間地獄へおとされてしまい、たえまない責め苦を味わっているとか」
農夫はしゃがれた笑いを洩らすと、再び重たそうに薪を運び始めた。旅人たちも農夫に背を向ける。
しばらく山道を歩いてから、誘われたように肩越しに振り返った。遠くに先程までいた小高い丘が見える。そこには、忘れられたように一本の痩せた木が植えられてあったのを思い出した。その木には、白い小さな花々が咲き誇っていた。
江戸からやって来た二人の旅人は、さらに細い道を旅してゆく。それを見送る舘の跡地では、白い卯の花に交じり、小さな小さな蕾が垂れ下がっていた。
――その商人は鬼となって、判官殿を繰り返し繰り返し、地獄へおとさなければならないそうですよ……
やがて、蕾はひっそりと咲いた。
それはまるで人の血が染みついたかのように鮮やかな紅色の花だった。
両名とも中年の年恰好で、片方の旅人は名残惜しげな足取りだった。この地を忘れまいとするかのように、履き古しの草鞋で一歩また一歩と踏みしめてゆく。その小さな背中を追うもう片方の旅人に、時折振り返っては話しかけ、周辺の景観を見渡しては下ってゆく。
ちょうど下り立った時に、薪を背負った農夫が近くを通りかかった。農夫は田畑を耕していたのか土まみれの汚い格好だったが、旅人たちへ礼儀正しく頭を下げた。
「よいお天気ですなあ」
農夫は北のなまりが強かったが、先にいた旅人は頷いた。
「まことに……眼下に見下ろす川は、日光に煌いて美しいばかりです」
すると農夫は丘の方を見上げた。
「旅人さまは……あそこへ上られたんですか」
「はい、わたくしどもは奥州を旅しておりまして……」
背後にいた旅人が控えめに頭を下げる。その立ち振る舞いから、どうやら供をしているようだ。
「少々、俳句をたしなんでおりますので、徒然に詠んでおりました」
「はあ、そうですか。旅人さまはこの地をご存知で?」
旅人は頷くと、一句、口にした。
農夫は深々と頭を下げた。
「そのとおりでございます。この地はまったく夢の跡となってしまいました」
寂れた頬に、疲れたような色を浮かべる。
「昔、この地には、かの九郎判官殿が住む館があったといいます。今となっては、草木しか見えませんが」
農夫は多少学があるようで、旅人の話を理解できたようだった。
「無常でございます」
旅人は両手を合わせた。後ろに立つ供人も同じ仕草をする。
「遠い昔には、大きな都があったと言いますが、わしらには及びもつきません。なにせ田畑しかありませんから」
「栄耀一睡のうちにして……と申します」
旅人は穏やかに言った。
「判官殿の高舘へ参ることができて、旅の目的のひとつが叶いました」
「それはようございましたなあ」
農夫も相槌をうってから、何かしら思いついたように切り出した。
「判官殿といえば……この方をお連れした者をご存知ですか?」
旅人は笠の縁を心持ちあげて、思案げに顔色を曇らせたが、首を横に振った。
「申し訳ないのですが、どうやら忘れてしまったようです」
農夫は頭を振った。
「名前を知らなくて当たり前ですな。この男は商人だったそうで、その最期が伝わっておりましてなあ。哀れなことに、地獄へおちたそうですよ」
「それはまた……」
「なんでも、判官殿をお連れした罰により、神々によって無間地獄へおとされてしまい、たえまない責め苦を味わっているとか」
農夫はしゃがれた笑いを洩らすと、再び重たそうに薪を運び始めた。旅人たちも農夫に背を向ける。
しばらく山道を歩いてから、誘われたように肩越しに振り返った。遠くに先程までいた小高い丘が見える。そこには、忘れられたように一本の痩せた木が植えられてあったのを思い出した。その木には、白い小さな花々が咲き誇っていた。
江戸からやって来た二人の旅人は、さらに細い道を旅してゆく。それを見送る舘の跡地では、白い卯の花に交じり、小さな小さな蕾が垂れ下がっていた。
――その商人は鬼となって、判官殿を繰り返し繰り返し、地獄へおとさなければならないそうですよ……
やがて、蕾はひっそりと咲いた。
それはまるで人の血が染みついたかのように鮮やかな紅色の花だった。
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