天の龍 地の女神

常盤 舞子

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第28話 サンクトペテルブルクの憂うつ

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ロシアのサンクトペテルブルク。

かつてのレニングラードは、ピョートル大帝により「聖ピョートル(ぺテロ)の街」と名付けられ、 1914年のロシア革命まで約200年の間、ロマノフ王朝の都であった。
秀麗な王宮や街並みは世界遺産として登録されており、王朝文化の名残を残す劇場や美術館が立ち並ぶなど芸術の都としても名高い。

リーナは表向き芸術家として生活している。
ロシアやフランス、イタリアを拠点に絵やイラストを書いたり、作曲したりして、リーネ族の永すぎる人生を謳歌していた。

市内を流れるネヴァ川の岸沿いにある瀟洒しょうしゃな歴史的建造物内にリーナの高級アパートメントがある。

ロシアの冬は寒い。
オイルヒーターで部屋を温めていないと、底冷えするような容赦のない寒さである。
日照があまり良くない薄暗い一室にカイルやブランドン、ディランが集まっていた。

部屋の隅ではリーナがソロモンの指輪を通して同じくソロモンの指輪複製品をつけているリーザにアクセスしていた。
ソロモンの指輪を身に付けている者同士は意識をシンクロさせることで心話や見聞きしていることをライブで共有できる。
ただし、かなりの集中力が必要となるので長時間、ソロモンの指輪を利用することができないことがネックであった。

リーナもまた魔界にいるリーザにシンクロして、その動向をソロモンの指輪で共有していた。

「・・・信じられない。母上が魔界観光をしている。
一緒にいるのは小鬼かしら。・・・楽しそう・・・」
リーナは呆然とつぶやく。

「魔界観光?どれどれ」
ブランドンも自分のソロモンの指輪に意識を集中させ、リーザにシンクロする。
「・・・狼人間の街で歓迎されてるね。一緒にいるのは・・・アルカナの「星」だ・・・」

ディランが反応する。
「懐かしい名前だ。アルカナの「星」には神魔大戦でこちらの動きをいち早く読まれて、味方に大損害を出したね」
「それは先代の「星」だよ、ディラン。先代の「星」は僕がとどめを刺した。この「星」は新しいアルカナだ。
カイル様と姫さんは赤ん坊だったから知らないと思うけど、アルカナの相手は本当に大変だったよ」

何で新しいアルカナの顔を知っているんだ。
絶対、新しいアルカナが女だからに決まっている。
リーナは冷たい視線をブランドンに向けた。

一方、カイルは不機嫌そのものである。
ブランドンをひとにらみした後、窓の外をプイッと見てしまった。

やれやれ、といった感じでリーナが肩をすくめる。

カイルはソロモンの指輪でリーザが(中身は妙土だが)、カイルの父親であるラディリオンにベッドの上に押さえ込まれてるのを知り、魔界に駆けつけたが、リーデイルに察知され追い返された。

どうやら魔界には外からの侵入者を知らせる結界か何かがはられているらしい。

氷壁のリーザを見付け出した時もカイルたちの前にリーデイルがタイミングよく現れたので、対リーネ族用の結界があることは間違いなかった。

魔界に侵入しても、リーザを救出する前に魔族と小競り合いになるのは、こちらに不利だ。
ブランドンやディランはリーネ族最強の戦士であるが、存分に力を発揮できるのは地上においてのみであり、太陽光が届かない魔界では苦戦を強いられる。
充分に太陽の力を補充して行っても、魔界で力を使いきれば太陽の力を補充する手立てはない。
従って、魔界での長期戦は避けたいところである。

「目的をサッと果たして戻らないと、こちらに不利だ。
リーデイルやアルカナたちと魔界でやり合わないように、リーザ様の救出はもう少し様子を見てからにした方が良いと思う」
ブランドンの言葉にリーナやディランは賛成したが、カイルは不満そうである。

姿を隠せるソロモンの指輪を使って単身で魔界に乗り込む案は、魔族に警戒されて、リーザもバルムンクの青い宝石も奪回できないという理由でブランドンたちに却下された。

「兄さん、母上は私たちにソロモンの指輪を通して指示できるはず。
それがないということは、このまま待っていた方が良いのではないかしら」
「・・・多数決じゃ負けるな。ブランドンとディランも同じ意見なんだろう?そうしてみるよ。
ただ、結界を突破する対策は必要だよ。いつ母さんに呼ばれるかわからないし。
呼ばれたら、ソロモンの指輪を使って姿を隠し、僕が単独で魔界へ行く。いいね?」
カイルはリーネ族と魔族のハイブリッドなので、太陽光がなくても、魔界で力を使えるのである。

カイルが目に見えてふてくされて嫉妬しているのがわかるが、相手は魔王ラディリオン、自分たちの父親である。
カイルとリーナの二人がラディリオンとリーザから生まれているのだから、父親に嫉妬することは自分たちの存在を否定することになると思うのだが、恨まれても困るのでリーナは憂うつな気分で黙っていた。

「じゃあ、とりあえずは静観するということで決まりだね」
ブランドンがわざとらしく伸びをしながら締めくくった。
ディランは、カイルをチラッと見て小さく頷いた。
カイルは押し黙っている。

「話がまとまったことだし、この間、骨董市で買ったサモワールで紅茶を淹れるわね」
リーナがわざと明るい声を出して、そそくさとキッチンの方へ消えた。

男3人を残していったのは、実にマズかった。
戻ってきた時のあまりの重苦しい空気にリーナは危うく紅茶をのせたお盆を取り落としそうになった。
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