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のんきで深刻な紫藤の話
♨紫藤家のはなし
しおりを挟む紫藤が説明してくれたのは、紫藤家の入り組んだ事情と、紫藤の望んでいるものとの落差のことだった。
紫藤は、紫藤の父と浮気相手であった女性との間の子供だった。
女性が紫藤を生み、時を移さずして、紫藤の父親の昔からの連れ合いとの間にも子供が出来た。それがシオウだった。
浮気相手であった女性は、紫藤の父へ紫藤を認知することは求めなかったけれど、紫藤の父は自ら望んで紫藤を自分の子供として認知した。それは、糟糠の妻である本妻にとっては辛いことだった。浮気相手は才気走った美しい女性で、選り好みをしない様々な仕事の傍ら、絵を描いているアーティストだった。マイナー志向ではあったが、当時は丁度、小さな展示場を借りて展示会をやっているうちに、口コミでじわじわと認知度を得てきているところだった。
紫藤の父親がその才能を紫藤家へ取り込もうとしたのだ、と妻は考えたようだった。
妻もまた、音楽一家の出ではあったが、志半ばにして、ソリストの道は断念し、紫藤の父親にと嫁いだ身の上だった。軽やかに自分の家庭をみだし、あまつさえ、自分の表現を大成している女性に嫉妬の念がなかったとは言いがたかった。
女性は紫藤家には近づこうとはしなくなったが、紫藤は父親の膝元で育てられた。
妻はそうした紫藤にきつく当たることもしばしばで、また女性の家まで押しかけ、不義の子である紫藤を連れ帰れ、と糾弾することも少なくなかった。
そんな中、女性は交通事故で死去した。妻の散々なまでの面責に耐えかねて、自殺したのだと、親戚中でささめかれていた。事実は紫藤には知る由もないことだし、紫藤は知りたくもないと言う。
紫藤が重視しているのは、母親の死後の父親とシオウとの関係のようなのだ。
事実はどうであれ、ひとというものは、目先の一見道理の通った物事には流されやすいようで、紫藤の母親の死後、シオウは母親共々親戚中で冷遇されるようになった。紫藤の父親が、一連の事件について何も弁明しようとしなかったことに原因があったようだった。
それからシオウは、父親の顔色を窺いながら暮らすようになった。シオウもまた、音楽を通り一遍ながら学ばせてもらってはいたものの、コンクールなどでは、いつもクロウの派手なパフォーマンスの陰に隠れてしまっていた。父親も紫藤の演奏を評価する反面、シオウには辛く当たっている面は多々あった。
紫藤が家を出たのは、絵を自由に描く為と、もう一つ、紫藤家のそうしたしこりを取り除く目的があるらしいのだ。自分の存在がシオウの負担になるのなら、自分が紫藤家を出れば良い。
自分が出て行けば、シオウと父親のぎこちない関係も自ら歪みをなくしていくだろう、と紫藤は考えたのだった。
家を出る為には、名実ともにではなくてはいけない。その為に祖父と約束を交わし、またれみとは、れみの籍に自分の名前を入れてもらう、という約束をしたのだった。
「――ってことでの養子だよ。紫藤家を出るには、姓を変えるのが手っ取り早いしな」
のほほんと紫藤はそう締めくくった。話の内容と、紫藤の表情とには随分な温度差がある。ソラにはその辺が釈然としない感じがする。
「まあ、いずれにしてもハッタリだけどな。こんな家、名実共に出て行ってやるよって、オヤジに啖呵切った手前のな」
「じゃあ、本当には、れみの養子にはならないってこと?」
「ま、そーゆうことだな。だって、オレが出てったくらいでオヤジとシオウが仲良しこよしになるなら、今までこんなに苦労してないだろうしな」
「そーゆうことよ。結局真実なのは、イジワルなクロウが、ソラをムラムラさせるために、色々粉飾して大袈裟なことを言ったことだけよ」
「なんだ、そっか……」
ソラはふうと安堵の溜息をつく。気を張って、真面目にれみと紫藤の関係を勘ぐっていた自分がバカみたいだ。
「長々と話してたら、喉が渇いたなあ……。れみ、紅茶のティーパックまだある?」
「ええ、あるわよ。入れてあげる。ソラも飲むわよね?」
「う、うん……」
紫藤の話から、シオウが紫藤に突っかかる理由が何となく判った気がした。浮気の子供の紫藤への、父親の評価をシオウが素直に受け止め難いとしてもそれは不思議じゃない。
だけど、紫藤が故意にか自然にか、深刻さを消していたから、ソラはそのことをそれ以上追求して聞いてみる気にはならなかった。
紫藤は普通にしているのなら、ソラも普通に、接したほうがいい、とソラは思った。
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