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熱を奪う

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「どうせなら、やっちゃえば」
 とたびたび俺は創に言った。
 いつもひょうひょうとしている創は、そのときばかりは首をぶんぶん振って、「絶対にダメだ。家族に襲われたって思ったら、黎は不信感満載になるだろ。親の勝手で兄貴が出来るのも、弟が出来るのも微妙だって昔言ってたんだ」と言う。
「そのときは、まだ黎も子どもだったのかもしれない。今は変わっているかも」
「何でお前は押し気味なわけ?」
「じゃあ聞くけど。もし、思いを伝えないまま、永遠に伝えられなくなったらどうするわけ?」
「そんなこと、あるか?」
「分からないけど。伝えてみれば、くっつくにせよ、離れるにせよ先にすすめるかもしれない」
 
そんな風に話を向けていて、俺は自分が何を求めているのかは分からなかった。けれど思い合っている者同士が、くっつかないのは不自然だと思う。
「八紘は、本気で好きになったことないだろ?どんな形でも繋がっていたい相手の場合、やるとかやらないとかじゃなくて、そのままにしたいこともあるんだよ」
 核心をつかれて、ギクッとしたのは、まさに同じことを彼女に言われたからだ。
「付き合ったら、キスしたりデートしたりすれば任務完了でしょ、って八紘は思ってる感じがする」
「こんな風になるなら、付き合わない方が仲良くできた」
と言われた。あまりにも、心に来たので、少し創には意地悪をしたくなる。
「じゃあさ、俺が黎と付き合うとなっても、冷静でいられる?付き合えば最後までやると思うけど、平気?」と言ってみた。
 創は頭を抱える。
「無理」
 というと思ったけれど、意外にも、
「八紘ならありかもしれないな。黎のこと大切にしそうだし、オレもイヤじゃない」と返してきたので、バカな、と思った。
「俺はメンヘラ製造機って知らないわけ?やったらおしまいだよ」と言うと、
「そりゃダメだ、黎がメンヘラになるのはダメだ」と生真面目に返してくるので、おかしくてたまらなくなる。そして創は自分の欲以上に、優先する存在をすでに知っているのだ、と思うと、羨ましくなった。黎とどうにかなるなんてことは、そのときは思っていなかったけれど。


 それから二三年経っても、二人はどうにかなることもなく、ずっと仲の良い兄弟だった。俺と創がそれぞれ大学生になり、就職を考え始めたとき、創から連絡が来る。大学卒業と同時に家を出て就職しようと思うというのだった。俺と創は別の大学に行っていたけれど、週末や長い休みには、黎を含む三人で出かけることがあった。夏休みに三人で旅行をしたあと、会って話したい、と連絡がある。

 ファミレスで待ち合わせて話をしてみれば、旅行のときに、黎と「マズいことになりそうだった」という。詳細は聞かなかったが、黎と羽目を外しそうになった、ということらしい。
「羽目、外せばよかったのに」と俺が言えば、いつもなら否定する創が神妙になって頷くのだった。
「色々考えて、家を出ようと思ってるんだ。だから、手を出すかどうかは別として、気持ちは伝えようかと思ってる」
「どういう心境の変化?」
「黎の奴、オレに気を使って彼女と続かないらしい。俺がすぐに別れちゃうから、自分だけ続くのは悪いって思うみたいで。だから、ハッキリさせておいた方がアイツのためにもいいと思ったんだ」
「それって、黎の本心かな?」
「分かんないけど、そういう影響もあるんだって気づいた。だからさ、気持ち悪がられようが、結局オレが彼女と続かない理由を伝えてみた方がいいのかなって思ってきた」
 創が黎に気持ちを伝えるのは、本来喜ばしいことのはずなのに、なぜかそのとき、俺の胸にはギュッと押しつまる感覚があった。今思えば、二人が上手くいったとしたら、仲介者である自分だけが一人取り残される予感があったからかもしれない。
 だから、「本当に、俺が黎のこと好きだっていったらどうする?」と石を投げて、波紋を作ろうとしてみてしまう。
 とはいえすっかり覚悟を決めた創は、俺の言葉なんて気にもせずに、
「それならそれでいいじゃん。俺がフラれたら、八紘が黎と付き合えばいい」と言うのみだ。
俺は自分の浅はかさがイヤで、「冗談冗談、応援しているよ」と取り繕う。創は「ありがとう、八紘に話せてよかった」と言った。
 そんな話をした次の日、創はバイクの事故で逝去したのだ。


 創が亡くなったという連絡を黎からもらったとき、俺は「呪いだ」と思った。「思いを伝えないまま、永遠に伝えられなくなったら」と創に言ったことを思い出す。
きっとこれは俺の呪いだ。
俺は自分で何も生み出さないのに、人から熱を奪っていくことしかできないバンパイアみたいなもの。二人は、俺に目をつけられたから、熱を奪われて、永遠に分かたれてしまった。
そんな風に、そのとき思ったのだ。

 黎は気丈だったけど、目に見えて人付き合いが杜撰になっていった。高校生の頃から、アプリで男女問わず気軽に出会って、修羅場を演じるのは平常運転だ。安全面から両親にスマホを取り上げられたと言って嘆いている期間もあった。大学生になってから一人暮らしをしてからは、より加速し、同級生、年上関係なく関係を持つ。ときどき連絡をして会う時の黎は、いつも疲弊しているようだったけれど、動かずにはいられないようだった。

 

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