冷静沈着敵国総督様、魔術最強溺愛王様、私の子を育ててください~片思い相手との一夜のあやまちから、友愛女王が爆誕するまで~

KUMANOMORI(くまのもり)

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第一部

正統な後継者

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 王が西方征伐に軍を派遣しようとしていると知ったとき、ゼクスは前戦争の記録を紐解くことにした。研究所に残された記述には、前戦争は「ティアトタン国との戦い」とある。
 ティアトタン国の王族は、怪力や魔力を持つ一族のようだ。取り分け大地のエネルギーを使う王や女王により統治されてきた歴史があると書かれていた。
 書物にはシルバーブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳が一族の特徴であると書かれている。 
 まさにそれは、フィア・リウゼンシュタインの容姿の形容そのままだ。

 前戦争において、ティアトタン国をリュオクス国が打ち負かしたのならば、敗戦を喫した一族が王都の者へと複雑な思いを抱くのは、当然のことだ。フィア・リウゼンシュタインの言動の根幹に理解が及んだような気がした。

 ゼクスがその書物を探せたのは、研究所の最奥の書庫にかかっていた魔法の存在を把握出来たからだ。フィアとの手合わせの際に解放された魔力により、ゼクスは、魔法のありかを補足できるようになっていた。

 文様が浮き出た空間に力を放てば、まるでガラスが割れるような音がして開かれた空間が出てくる。配架された書棚から著者不明の書物を取りだし、紐解いた。
 もし、フィアとの最後の手合わせを望まなければ、そして企てをしなければ、恐らく愚かにも魔法がかかったまま、偽物の安寧に沈んでいたことだろう。
 自身のたった一人の女性に対する執念が、まさか王都の秘密を暴くことになるとは、思ってもみない。


 西方への進軍はあくまでも威嚇であり、前哨戦だ。攻め入る必要はなく、地理の確認や本来の敵を見極める必要があった。
 敵と目されているのは、ティアトタン国であることは、総督府においては、恐らくゼクスのみが知る。そして、恐らくそこに、行方をくらましたフィア・リウゼンシュタインがいるだろうことも、王を除いてはゼクスしか知り得ないのだ。
 
 ヴォルモント公爵の領地に差しかかったとき、笛の音が聞こえて進軍を止めた。
 馬車が近づいてきて、降りてきたのはブロンドの髪の瀟洒な装いの紳士だ。
 唯一、そして最大なおかしな点があるとすれば、首に木の根っこを巻いていることくらいである。
対面するのは初めてだったが、この地域で変わり者の紳士と言えば相場が決まっていた。

「何か?」
と声をかければ、
「ご機嫌麗しゅう、総督殿。私の親しい友人からの伝言だ」
 と言って、それを告げてきた。

「また会えたら、嬉しい」
 声真似が非常に上手く、ゼクスの背筋はぞくりと震えた。
「擬声には自信があるんだ」
 と満足そうに笑う。

「では、フィールドワークに戻るよ。私の美しい土地をあまり荒らさないでくれ」
 と名乗りもせずに馬車に乗り込むのだ。周りの騎士たちも、まるで時が止まったかのようにして、その馬車が去っていくのを、見送る。

 本来ならばヴォルモント公爵の領地は進軍の最終地点だ。これよりも西方は未開の地域とされていた。しかし、忘れもしない、フィア・リウゼンシュタインそっくりな声で告げたそれを聞いて、さらなる進軍を決行する。

 部下たちは不安を募らせていたので、
「偵察に行くのみだ、待機していてもらっても構わない」
 と告げた。
 総督府の精鋭騎士として帯同する者の中には、騎士団時代の同僚も複数いる。同僚たちは、フィア・リウゼンシュタインを当然知っていた。

 自身や周りの騎士の周りに文様が浮き出すのを見て、何かの魔法がかかっていることが分かる。魔法をかける人物が近くにいるはずなのだ。
 そのとき、名前を呼ばれ、フードを被った騎士を目撃する。
 長いシルバーブロンドの髪が風に舞い、フードの奥からエメラルドグリーンの瞳が鋭い光を放つのを見た。
剣が降って来たのと、ほのかな血の匂いを感じたのは、ほぼ同時だ。
 鍔迫り合いの音で、周りの視線がこちらに向くのを感じたが、すぐに距離を取る相手を咄嗟に追う。
 
 これは、本能だ。
 妥協を許さない。ただひたすらに、最も欲しいものを求める本能だ、とゼクスは自覚した。
 来て欲しい所へ必ず来る太刀筋に、身震いする。まともに受ければ、こちらの手が痺れるほどの力だ。

 伴侶として、好敵手として。自分が彼女をどちらから求めていたのかと知りたいと思ったことがある。
 今ではハッキリと分かっていた。彼女との未来ごと手に入れたい。退屈で満たされた凪の中にいた自分に、急遽生まれた激しい熱情だった。
 ただし、簡単ではないのは承知の上だ。

 彼女はゼクスの想像の範囲を優に超えてくる。生まれたばかりの赤子を託されたので、一つ自分も刻印を残した。


 戦場でフィアの姿を見たとき、服の上から見ても、その身体が魔法の刻印だらけであるのは、分かった。
 フィアの刻印を全身に施すほど、溺愛している者がいる。

 彼女の身の安全が保障されていることは想像できるが、フィアの逼迫した様子を見る限り、円満ではないようだ。
 試したことはなかったが、魔法を込めて刻印をすれば、恐らく魔法を持つ人間には見えるのだろう。
 もし、自分がほどこした刻印が消されれば、感じ取れるはずだ。
 ゼクスは、唯一残されていた場所に刻印を残す。

 もしその封印が消されたときには、フィアを奪いにいく、とゼクスは思った。

 ただし、その刻印が意味を成すときが来るかどうかは、賭けだ。
 魔法力の高い者が、あえて刻印を消して悟られるようなことをするかどうか。

 それは恐らく、その者が、真にフィアの身の安全を案じているかどうかにかかっているはずだ。


※※※


 ゼクスが自軍に赤子を連れ帰ったときの、周囲の驚き方は尋常ではなかった。総督就任後には、前にも増して無愛想になり、近づきがたい雰囲気をまとっていたゼクスが黄金の瞳を持つ赤子を抱きかかえて戻って来るとは、誰も思わない。

 更には、
「一体その子は?」という問いに、「正統な後継者だ」と嘯くので、たまったものではない。
 総督府や王立騎士団を中心に、王都の話題をさらっていった。
「あの金剛要塞に愛妾がいたとは」
 と口さがない者たちが語るが、ゼクス本人はもとより、妻であるアリーセもまた、だんまりを決め込んでいる。

 正式な婚姻を結んだアリーセとの間には、暗黙のルールがある。互いに公認の仮面夫婦であるというルールだ。
アリーセは幼少時代からの知り合いである伯爵子息と懇ろである。
 ゼクスとの婚約後も関係を分かちがたく、ゼクスに不義理だと思いつつも忘れがたい、と言うのだ。
 婚姻初夜に、深刻な調子でアリーセに告げられた事情にゼクスは、

「縁を切る必要がどこにある?好きにしてもらって構わないし、責め立てるつもりもない。今後とも仲の良い付き合いをしていだたけばいい」
 と返す。
「今ここへ呼べばいい、遣いをやろう」
 と言い募り、ゼクスは寝所を退室していった。残されたアリーセがあんぐりと口を開いていたことを、ゼクス本人は知らない。

 婚姻当初より、アリーセにはゼクスとの間に後継者を急がせる圧力がかかっていた。度々匂わされるが、
「気が乗らない」
 とゼクスがあしらい続けていたら、しおらしい妻であっても、とうとう頭にきたらしい。
「一度でも気が乗ったことがおありでしたか?」
 と嫌味を言われるようになった。

 自分に指一本触れようとしない夫と、周囲の声の板挟みになっていたアリーセは、政略結婚にまんまと巻き込まれてしまっていたのだ。その鬱屈した思いを、飄々と逃げ続ける夫へぶつけたくなるのも無理からぬことだった。

 とはいえ、嫌味を述べたものならば、
「ならば、剣を手に取れ。貞淑な貴婦人にはそそられない。打ち負かされた後ならば、いかようにでもお相手しよう」
 と何倍にもして嫌味を返してくるので、アリーセは半ば諦めの境地となる。

 ゼクス・シュレーベンと対等に闘える貴婦人はいない。
 ゼクスはかねてより、「退場願いのシュレーベン様」「去りたがりの団長様」とサロンでは評判だった。
 ゼクスの精悍な眼差しと紳士的なふるまい、そしてどこか物憂げな表情に、色めき立つ令嬢や貴婦人たちは多い。しかし、ひとたびご婦人方から誘いを受ければ、
「申し訳ないが、食指が動かない。退場させていただいても構わないだろうか?」
「血が湧きたつ感覚がない。ご退場いただきたい」
「まったく、そそられない。去らせていただいても?」
 とゼクスはズバズバと切り捨てていくのだ。
 評判通りの振る舞いに、アリーセはため息を禁じ得ない。
 とはいえ、父の立場を考えれば、この婚姻の存在は重要であり、婚姻は継続するほかなかった。

 そんな矢先に、ゼクスが黄金の瞳を持つ赤子を連れ帰って来たのだから、どんな手を使ったのか、とアリーセもまた、周囲の者と同様に問い質したい思いになる。

「一体どなたのお子なのですか?」
 とアリーセが尋ねたところ、
「後朝待たずのなんとやら」
 とゼクスは隠語でさらりと語る。

 かつてその話は、アリーセの耳にも届いていて、サロンで持ち切りであった。
「退屈を切り裂く麗しの第二師団長様」とサロンの貴婦人の中には彼女のファンがいたくらいだ。

 そんな、まさか、と驚くアリーセだったが、赤子は成長する中でその出自を明らかにしていく。
「これで後継者に関して何も問題はないな。そちらの貴公子殿との逢瀬に水は差さない、自由にしてくれ」
 とゼクスはアリーセに告げる。
「自由にしてくれ」
 つまりそれは、自分も自由にする、という宣言だ。
 折に触れて赤子を見るたびに、かつての第二師団長そっくりになっていき、そしてその早すぎる成長や怪力を目の当たりにしたところで、アリーセは悟る。この子は自分の手には負えない、と。

 夫であるゼクス・シュレーベンが只者ではないのはたしかで、彼が連れ返って来た赤子の親が只者ではないのは、たしかである。
 理解しがたい者たちに囲まれているアリーセは、昔なじみの優しい貴公子との逢瀬にのみ、自分の心の置き所があるのだった。

 赤子はガルド人の何倍ものスピードで成長していった。そして感情が高まり泣くたびに、瞳をエメラルドグリーンに染めるのだ。
 普段顔色一つ変えないゼクスであっても、その容姿が明らかにかつての第二師団長の面影を見せてきた段階になったところで、いよいよまずいな、と思う。
 まだ王の目には触れていないが、見ればかつての第二師団長を想起しないわけがない。

 そして、赤子は力が強く、掴んだものはすぐに破壊してしまう。何名もの乳母や世話係が腕を骨折したのを見かね、ゼクスはルインに抑制剤の処方を頼んだ。かつて、フィア・リウゼンシュタインが口にしてた抑制剤を、赤子にも与え始めることにする。

 エメラルドグリーンの瞳になった赤子を見たルインは、
「フィアじゃないか」
 と屈託なく感想を口にするので、さすがのゼクスもため息をつく。彼女を知る者が見れば、この子の親は明らかなのだ。
 第二師団長退団後に、ルインには「最後の手合わせはできた」とのみ告げていた。
 抑制剤を必要としたのはゼクスもまた同じで、ふとした瞬間に、指の先から電撃が走り、屋敷の電気系統を破壊してしまうこともある。
 ルインからしばしば抑制剤を受けとり、凌いでいた。
 赤子もまた、抑制剤が効いているうちには、その金の瞳をエメラルドグリーンに変えることはない。

 赤子は、ゼクスの正統な後継者として、アインと名付けられた。
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