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第三部
そそのかす者と罪びとと
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そのとき不意に、ステンドグラスの向こう側に、光りが迫ってくる。フィアは強い気配を感じ、構えた。何本もの光の矢が降り注ぎ、ステンドグラスが割れて飛び散っていくのだ。
そして咄嗟に飛びのくが、降り注ぐ破片のすべてを防ぐには、間に合いそうにない。ゼクスに肩を抱かれる。ゼクスが片手を前に出せば、まるで盾のような形に、光りが走り、二人を囲んでいく。ガラスの破片を跳ね返した。
「ありがとう」
「外だ」
と言われ、聖堂の外に出る。瓦礫だらけになった王都の街並みが広がっていた。建物は崩れ落ち、石畳の床はひび割れている。月の光が降り注ぎ、荒廃した街並みを照らし出していた。
「ここはどこだ?」
「え?」
「ここは王都ではないな」
広がっている光景は王都のように見えたが、街並みの向こうに聳え立つ峰や、緑深い森を見れば王都ではないと事が分かる。
「ここは、ティアトタン。私の母国の都かもしれない」とフィアは言う。見渡せば、いくつもの光が飛び交い、街に降り注いでいく。その度に、街が崩れていくのだ。
これは、前戦争だ、とフィアは思う。城の方向を伺う。この光景は、幼少の頃、フィアが見たものだったのかもしれない。
子どもたちの声がして、一人の男児がキャッキャと声をあげながら、剣を振るえば、街に稲妻が走り、塔が崩壊した。
「聖堂にいた子どもね」
「ああ。あの子どもは、ロンと呼ばれていた」とゼクスは言う。恐らくあちこちに、あの子どもたちが散らばっているな、と視線を四方に向けながら言うのだ。あちこちで光りが爆ぜ、火の手があがっていた。
「ゼクス、あなたはここにはいないの?」とフィアは思ったことを尋ねる。
あの場には、幼いゼクスの姿もあったのだ。ここに来ている可能性もある。
「覚えはない。だが、あの生意気な子どもが、大人しく言うことを聞くとは思えない」
「生意気な子ども?自分のことなのに、随分と冷静ね」
「もし、いるならば。天邪鬼な行動をしている可能性が高いな」と言うのだ。
「天邪鬼な行動?」
フィアは当時のことを思い出そうとする。城の外で光が爆ぜたのを見ただけ、だと思っていた。けれど、あの日―――――。
稲妻が絶え間なく光っては消えて、と繰り返しながら城の方へと進んでいく。夜空を舞うように、屋根の上を飛んでいく一人の子ども姿が見えた。
「あれだな」とゼクスが呟く。剣を振り回しながら、光っては消えてを繰り返しながら移動していく動きは、流れ星のようですらある。
「え?」
「追うぞ、出来れば奴に追いつきたい」
「いや、それは難し」言いかけたところで、
「では、失礼する」
と強引に抱き抱えられる。ゼクスは壁を蹴り、屋根の上を飛んでいくのだ。毎度毎度、にべもなく抱きかかえられるので、
「面倒になれば、抱きかかえればいいと思って。私の足が遅いと思っているでしょ?」とフィアは不満を述べる。
「では、足の速さに自信がおありなのか?」と少し意地悪に切り返されてしまい、言葉につまってしまった。
フィアは力にこそ自信はあるが、素早さにはそれほど自信はない。
くるくると宙を舞い、遊ぶように飛んでいく少年の後を追っていけば、城にたどり着く。城の窓に少年は飛び込んでいくのだ。
「あの部屋は?」
すぐさま、少年が窓から飛び出してくる。と言うよりも、飛ばされてきたといった印象だ。しかし、少年は再び、同じ窓に入っていく。そして再び、飛ばされてくるのだった。
「何をしているんだ?」
とゼクスが呟くが、フィアにはなぜ少年が飛ばされてくるのかだけは、分かる。
「あの部屋は、私の部屋。結界が張られているの」
「なるほど?」
「お父様が張った結界だし、そう簡単には、解けないと思うけど」
と見守っていたが、その後の挑戦により、結界を越えて少年が中に入っていく。
解けたな、とゼクスが呟き、なぜ、とフィアも呟くのだ。
「きゃああああ!」
と絹を裂いたような子どもの叫び声と共に、テラスの一部が崩壊する。そして、飛ばされてきた少年は落ちていく。彼が手に持っていたはずの剣がなくなっていた。
少年は、集まって来た近衛兵や騎士に囲まれてしまうが、再び屋根の上を飛んで去って行くのだ。
「彼は一体、何を?」
「どうやら、神具を置いていったな」
窓から幼い少女が、テラスから顔を出す。幼い少女は、15年前のフィアだ。手には神具と呼ばれた剣を持っていた。少年が置いていった剣のようだ。
「待って、忘れ物が!」
と少女が声をあげるが、少年の姿はもうない。黄金に光り輝くその剣は、他の子どもだちが持っていたものとは、違う。
「なんで、そんなことを?」
聖堂で見た少年の振る舞いから推測するならば、面倒事を嫌うように思えた。わざわざ剣を城まで運び、置いていく理由がフィアには分からない。
「敵国の城に、母国の重要な品物を置いていく。やりそうなことだな」
「そういう子どもだったの?」
「ああ、強制的な決め事に関しては、ことごとく逆を行くような、天邪鬼だったな。神具で都を破壊せよとでも言われたんだろう。やってやるものか、と思っていたのかもしれない」
「でも、あの剣は、恐らく。特別なものでしょ。光りを宿せば次の王位をと言われていた」
フィアが指摘するが、
「覚えていないな。既に置いて行ってしまったのだから、仕方がない」とゼクスはしれっと言い切ってしまう。
黄金の剣は、どこにあっただろう?しばらくはノインの遊び道具になっていたように思う。
フィアが去った今はどこにあるのだろう、と思う。
「これが真実であったならば。このとき、既に出会っていたんだな」とゼクスは言うのだ。
子ども達が、神具をふるい、街を破壊していく。神具を振るえば稲妻が走り、まるで街に光りの雨が注ぐようだった。
「これを見ているのは、辛い」フィアは目を伏せる。
「では、妨害しよう」
とゼクスは言う。
「これは過去でしょ?取り返しはつかない」
「やってみなければ分からない」
「あの子どもたちからは、お母様の気配がした。神具に力を宿したのはお母様なのかもしれない」
「陛下は惑わせる。惑わされた者は、ただの罪人になるのみ、と言っていたな。子どもたちを惑わせて、破壊させているのか」とゼクスは言う。
強風が吹き、フィアとゼクスは夜空を見上げた。有翼の獅子が躍るように舞い、月影に反映している。
「有翼獣?」
「お母様!?」
その言葉にゼクスがフィアの顔を見る。
「あれが、母君か?」
「フィア。あなたのそばにいるものは、相変わらず、封印し、閉じこめておきたがる。こんな箱、壊してしまいましょう」
と低音から高音までの幾重にも重なった声音で、獅子は言った。獅子の視線が注がれているのは、城のテラスだ。
獅子が「フィア」と呼んだのは、今、ここにいる自分ではなく、恐らく過去の子どもの自分なのだろう、とフィアは思う。
そして、獅子が吠えれば、子ども達がそれぞれ、放った光が集約していく。高い塔のように空へと伸びた、光の筋が街に降り注ごうとしていた。
「これに当たれば、一網打尽だな」とゼクスは言う。
「では、今の私たちも?」
二人は顔を見合わせる。仮に、自分たちがここで倒れたら、どうなるのか?と思ったのだ。
それに、このままでは、街が破壊されてしまう。
フィアは石畳の床にしゃがみ込んで、床に力を放つ。石の壁が現れ出て、ティアトタンの街をドーム状に囲んでいく。
急激にエネルギーを注ぎこんだせいで、フィアの手の爪は変形していくのだ。手足が白銀の獣の姿をとりはじめて、フィアは自分の魔力の限界を意識する。
「力が、足りない」と呟けば、床に触れている手に、ゼクスの手を重ねられた。手からエネルギーが注ぎ込まれて、石の壁が完成する。
そして、光が爆ぜた――――
そして咄嗟に飛びのくが、降り注ぐ破片のすべてを防ぐには、間に合いそうにない。ゼクスに肩を抱かれる。ゼクスが片手を前に出せば、まるで盾のような形に、光りが走り、二人を囲んでいく。ガラスの破片を跳ね返した。
「ありがとう」
「外だ」
と言われ、聖堂の外に出る。瓦礫だらけになった王都の街並みが広がっていた。建物は崩れ落ち、石畳の床はひび割れている。月の光が降り注ぎ、荒廃した街並みを照らし出していた。
「ここはどこだ?」
「え?」
「ここは王都ではないな」
広がっている光景は王都のように見えたが、街並みの向こうに聳え立つ峰や、緑深い森を見れば王都ではないと事が分かる。
「ここは、ティアトタン。私の母国の都かもしれない」とフィアは言う。見渡せば、いくつもの光が飛び交い、街に降り注いでいく。その度に、街が崩れていくのだ。
これは、前戦争だ、とフィアは思う。城の方向を伺う。この光景は、幼少の頃、フィアが見たものだったのかもしれない。
子どもたちの声がして、一人の男児がキャッキャと声をあげながら、剣を振るえば、街に稲妻が走り、塔が崩壊した。
「聖堂にいた子どもね」
「ああ。あの子どもは、ロンと呼ばれていた」とゼクスは言う。恐らくあちこちに、あの子どもたちが散らばっているな、と視線を四方に向けながら言うのだ。あちこちで光りが爆ぜ、火の手があがっていた。
「ゼクス、あなたはここにはいないの?」とフィアは思ったことを尋ねる。
あの場には、幼いゼクスの姿もあったのだ。ここに来ている可能性もある。
「覚えはない。だが、あの生意気な子どもが、大人しく言うことを聞くとは思えない」
「生意気な子ども?自分のことなのに、随分と冷静ね」
「もし、いるならば。天邪鬼な行動をしている可能性が高いな」と言うのだ。
「天邪鬼な行動?」
フィアは当時のことを思い出そうとする。城の外で光が爆ぜたのを見ただけ、だと思っていた。けれど、あの日―――――。
稲妻が絶え間なく光っては消えて、と繰り返しながら城の方へと進んでいく。夜空を舞うように、屋根の上を飛んでいく一人の子ども姿が見えた。
「あれだな」とゼクスが呟く。剣を振り回しながら、光っては消えてを繰り返しながら移動していく動きは、流れ星のようですらある。
「え?」
「追うぞ、出来れば奴に追いつきたい」
「いや、それは難し」言いかけたところで、
「では、失礼する」
と強引に抱き抱えられる。ゼクスは壁を蹴り、屋根の上を飛んでいくのだ。毎度毎度、にべもなく抱きかかえられるので、
「面倒になれば、抱きかかえればいいと思って。私の足が遅いと思っているでしょ?」とフィアは不満を述べる。
「では、足の速さに自信がおありなのか?」と少し意地悪に切り返されてしまい、言葉につまってしまった。
フィアは力にこそ自信はあるが、素早さにはそれほど自信はない。
くるくると宙を舞い、遊ぶように飛んでいく少年の後を追っていけば、城にたどり着く。城の窓に少年は飛び込んでいくのだ。
「あの部屋は?」
すぐさま、少年が窓から飛び出してくる。と言うよりも、飛ばされてきたといった印象だ。しかし、少年は再び、同じ窓に入っていく。そして再び、飛ばされてくるのだった。
「何をしているんだ?」
とゼクスが呟くが、フィアにはなぜ少年が飛ばされてくるのかだけは、分かる。
「あの部屋は、私の部屋。結界が張られているの」
「なるほど?」
「お父様が張った結界だし、そう簡単には、解けないと思うけど」
と見守っていたが、その後の挑戦により、結界を越えて少年が中に入っていく。
解けたな、とゼクスが呟き、なぜ、とフィアも呟くのだ。
「きゃああああ!」
と絹を裂いたような子どもの叫び声と共に、テラスの一部が崩壊する。そして、飛ばされてきた少年は落ちていく。彼が手に持っていたはずの剣がなくなっていた。
少年は、集まって来た近衛兵や騎士に囲まれてしまうが、再び屋根の上を飛んで去って行くのだ。
「彼は一体、何を?」
「どうやら、神具を置いていったな」
窓から幼い少女が、テラスから顔を出す。幼い少女は、15年前のフィアだ。手には神具と呼ばれた剣を持っていた。少年が置いていった剣のようだ。
「待って、忘れ物が!」
と少女が声をあげるが、少年の姿はもうない。黄金に光り輝くその剣は、他の子どもだちが持っていたものとは、違う。
「なんで、そんなことを?」
聖堂で見た少年の振る舞いから推測するならば、面倒事を嫌うように思えた。わざわざ剣を城まで運び、置いていく理由がフィアには分からない。
「敵国の城に、母国の重要な品物を置いていく。やりそうなことだな」
「そういう子どもだったの?」
「ああ、強制的な決め事に関しては、ことごとく逆を行くような、天邪鬼だったな。神具で都を破壊せよとでも言われたんだろう。やってやるものか、と思っていたのかもしれない」
「でも、あの剣は、恐らく。特別なものでしょ。光りを宿せば次の王位をと言われていた」
フィアが指摘するが、
「覚えていないな。既に置いて行ってしまったのだから、仕方がない」とゼクスはしれっと言い切ってしまう。
黄金の剣は、どこにあっただろう?しばらくはノインの遊び道具になっていたように思う。
フィアが去った今はどこにあるのだろう、と思う。
「これが真実であったならば。このとき、既に出会っていたんだな」とゼクスは言うのだ。
子ども達が、神具をふるい、街を破壊していく。神具を振るえば稲妻が走り、まるで街に光りの雨が注ぐようだった。
「これを見ているのは、辛い」フィアは目を伏せる。
「では、妨害しよう」
とゼクスは言う。
「これは過去でしょ?取り返しはつかない」
「やってみなければ分からない」
「あの子どもたちからは、お母様の気配がした。神具に力を宿したのはお母様なのかもしれない」
「陛下は惑わせる。惑わされた者は、ただの罪人になるのみ、と言っていたな。子どもたちを惑わせて、破壊させているのか」とゼクスは言う。
強風が吹き、フィアとゼクスは夜空を見上げた。有翼の獅子が躍るように舞い、月影に反映している。
「有翼獣?」
「お母様!?」
その言葉にゼクスがフィアの顔を見る。
「あれが、母君か?」
「フィア。あなたのそばにいるものは、相変わらず、封印し、閉じこめておきたがる。こんな箱、壊してしまいましょう」
と低音から高音までの幾重にも重なった声音で、獅子は言った。獅子の視線が注がれているのは、城のテラスだ。
獅子が「フィア」と呼んだのは、今、ここにいる自分ではなく、恐らく過去の子どもの自分なのだろう、とフィアは思う。
そして、獅子が吠えれば、子ども達がそれぞれ、放った光が集約していく。高い塔のように空へと伸びた、光の筋が街に降り注ごうとしていた。
「これに当たれば、一網打尽だな」とゼクスは言う。
「では、今の私たちも?」
二人は顔を見合わせる。仮に、自分たちがここで倒れたら、どうなるのか?と思ったのだ。
それに、このままでは、街が破壊されてしまう。
フィアは石畳の床にしゃがみ込んで、床に力を放つ。石の壁が現れ出て、ティアトタンの街をドーム状に囲んでいく。
急激にエネルギーを注ぎこんだせいで、フィアの手の爪は変形していくのだ。手足が白銀の獣の姿をとりはじめて、フィアは自分の魔力の限界を意識する。
「力が、足りない」と呟けば、床に触れている手に、ゼクスの手を重ねられた。手からエネルギーが注ぎ込まれて、石の壁が完成する。
そして、光が爆ぜた――――
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