別れを告げたら、赤い紐で結ばれて・・・ハッピーエンド

KUMANOMORI(くまのもり)

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赤い紐のくれた未来

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 兄が家を探していることを話してみると、「じゃあ那々がオレに家に住んでればいいんじゃん」と慧ちゃんが言う。
 とはいえ「蓉梓くんと消えていった兄貴のことだし、どこかに宿をとっているかも」と私は言った。
 蓉梓くんの発言から、私たちの間には妙な緊張感が生まれた。歩きながら手を繋ぐ。将来のことを意識したことはあまりなかったけれど、そう言われれば、考えてもおかしくないのかもしれない。

 ふとしたタイミングで慧ちゃんが話を始めた。

「今回の出向で話が出たんだけど。ひょっとしたら専属のトレーナーになるかもしれない。で、そうなるとシーズン中はチームに帯同するから、ジムの仕事は両立できないかもしれない」
「そうなんだ」
「那々も今回の反響によっては、別の仕事も増えそうだよな。そうすると、ジムで会える機会はなくなるかもしれない」
「そうだね」
 思えば、高校生、大学生と一緒に過ごしてきて、仕事場も同じで、慧ちゃんと離れたことはほとんどなかった。

「寂しいな」
 ふとこぼした自分の言葉が、自分の言葉に届いて、じんわりとしみ込んでしまう。慧ちゃんの指が絡まってくる。手を見ると、薬指に赤い紐が結びついていた。
「結婚する?」
 私は慧ちゃんを見上げる。
「いや。そうじゃないな、これじゃ蓉梓の影響受けすぎ。一緒に暮らす?」
「いいよ、結婚する?」
 私が今度は聞く番だった。慧ちゃんが目を丸くする。
「え、いいの?」
「断る理由ないし。私慧ちゃんの生活スタイル、大体は分かる気もするし。結婚しても、今とそんなに変わらない気もする」
 私がそう言っても、慧ちゃんは何も言わない。
「どうしたの?言った瞬間に、後悔したとか?」
「夢みたいで、コメントができない。那々と暮らせるとか、そんなの考えてなかったし」
「え、だって付き合ってたし。それまでもずっと友達だったし、家の行き来あったよね?」
「それとこれとは、別。オレと結婚したら、別の奴と結婚できないんだぞ?それに離婚になったら、たぶん、ごねるぞ?」
「な、何ありもしない想像してるの?重婚できないなんて、当たり前なことじゃん。慧ちゃん以外と結婚したくないよ」
「潤は?」
「え、なんでそこで鳥府くん?しないでしょ」
「鳥府は昔、那々と米寿までルート計画してたっぽいけど」
「べいじゅ?な、なにそれ。今、慧ちゃんとの結婚の話だよね?」
「間違いじゃないんだよな?潤じゃなくて、オレだよな?」
「そうだよ、三河慧梓との結婚」

 私が言うと、慧ちゃんは片手で顔を覆う。神様、ありがとう、と言って。
 少し変な部分が見え隠れし始めている気もするけれど、可愛いと思った。赤い紐はまだ、指に絡みついていて、簡単にとれなそうだ。

 今日もまた、慧ちゃんと愛を深めないと外れないのだろうか?
 別れるつもりだったのに、赤い紐に繋がれてから、未来を描く話も出てきた。そんなの想像もしていなかった。
 私は慧ちゃんの手を握る。
「これから、楽しいといいね」と言うと、「そうだな」と返事が返って来た。
 赤い紐のおかげで、結構いい未来がやって来る予感がある。


おしまい





                    後日談



 スタッフルームに驚きの声があがる。準備していた広告のすべてが公開され、コスメの売り上げやPRによるジムへの反響が良かったことで、ジムはしばらく大忙しで新しいトレーナーを採用した。
 少しずつ反響も落ち着いてきて、売り上げが底上げされた、と数値的な者が見えてきたところで、ジムのみんなからお疲れ様、と労いの言葉を受ける。
 後日お疲れ様会を行いたいんだけど、玖珠さん結構飲めるよね、と聞かれたところで、とうとう言わざるを得なくなった。

「えーと。どうも赤ちゃんが出来たっぽいので。当日はソフトドリンクで」
 出向より3か月経ったある日、そうしてスタフルームに驚きの声が上がったのだ。

 経過は順調、現在つわりもない。今後はマタニティやベビー・キッズクラスを作りたいという意向でジムを辞めるつもりはないことを同僚に告げる。身体を使う仕事である以上、色々な懸念はあった。けれど、マタニティクラスやベビー・キッズクラスを作るアイデア出しや、監修してくれる医療機関や保育機関を探すなどの根回りをしておいて正解だった。

 スタッフの中にはクラスを複数かけもちしてバリバリ働くというよりも、結婚や育児の中でも細く長く働きたい女性も多いので、連携しておいて損はないとジム長にかけあっていたのだ。
 ジム長からも今後はそういう方面にも力を入れていくので、したい人は自由に結婚、育児してね、と声がけがある。
「で、相手は誰?」
 と聞いてくるのは、私と慧ちゃんの付き合いを知らない人だ。慧ちゃんはシーズン前のサッカーチームのキャンプに帯同している。

 そう言うと、初めてのマタニティで放置ってきつくないですか?と言われるのだけれど、慧ちゃんからは2時間おきくらいに連絡が入っているので、放置されている感じはまったくしない。
「体調大丈夫?」
「週末には一度帰る」
「食べたいものあれば買ってく」と連絡をくれるのだ。
 慧ちゃんの連絡は嬉しい。問題は、
「えー二人の子どもならオレの子ども同然だよね」と言いだす鳥府くんだ。
「男の子ならオレか慧梓の名前の漢字を使って、女の子なら那々巳の字を使おうよ」という。

 名前の候補をメッセージからどんどんと送りつけてくるのだ。
 どういう理屈でそうなるのかは分からないけれど、悪縁が続いているのは間違いない。
 鳥府くんは友達としての名目で私たちの生活に入り込んでくる。正直煙たい存在だけれど、前職の人材派遣業のつてを使って、監修の医療機関探しや保育機関に協力してくれるなど、仕事ぶりは間違いないのだった。
 

 妊娠が分かってすぐに、慧ちゃんとは入籍したけれど、基本的には別姓を名乗っているので、私たちの結婚を知っているのは身近な人たちだけだ。
 中々やって来ないリセットを気にかけて、検査を試して「陽性反応」を見たときには、慧ちゃんは、こっちが驚くほど喜んだ。
 病院でエコーを確認しないと分からないらしいよ、と言えば、すごく慎重になって病院の初診には一緒に行った。
 数か月前には浮気を疑って、別れようとしていたのだから、今なんでそんな状況になっているのか、分からない瞬間はある。
 あれ以降、赤い紐が出てくることはなくなった。
 あの赤い紐が私たちの縁を結んでくれたのかもしれない、と頭の片隅では思う。
 
 願わくば、長年の友達であり現在の夫と、このまま仲良く続いていけばいいな、と思うのだった。
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