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デュエルの誘い

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 こちらが誘いだすまでもなく、先方からの誘いは想像よりもはるかに速くやって来た。
 学園内の試験にはデュアルや学科、実習など複数の科目が存在する。
 試験のデュアルは公闘にあたり、何試合かを来ない、何試合勝利するかという単純な勝利数と、技能をテストがある。
 試合数は少なくとも5試合以上を想定されており、デュアル相手は自分で決めても学内の掲示板や配布物などで募集をかけてもよいことになっている。いずれにせよ、公式デュアルとして申請を行った後に、試合をし、その内容でテストされるのだ。

 学園内の試験はランク付けに関係しており、キングランクは帝王をはじめとして、クイーン、ナイト、ビショップなどのランク付けされる。
 学園内のデュアル相手探しに奮闘するものが多い中、オレは柳とそして麗史様、琉来などを希望相手としてすでに申請をしていた。
 琉来は勝手知ったる友達で、能力値的にはオレと拮抗している相手だ。柳とは何度デュアルをしても面白いし、麗史様とは一度手合わせ願いたいと思っている。キングランクの麗史様や、クイーンランクの柳は、そもそも人気が高くてオレが相手をしてもらえるとは思えなかったが。


 相手を求め、デュアル相手の募集を出そうと思っていた矢先に、特別棟の廊下を歩いていたオレは、桐峯から声をかけられた。
 連れ人はおらず、ただ一人、オレの元へやって来て、
「デュアル試験の相手を探している。やってみないか?」
 と言うのだった。
「オレもあんたと手合わせしてみたいと思ってたんだ」
 と言う。
 一方の桐峯は自分で誘っておきながら、意外そうに眉をあげて見せる。

「節操はないのか?」
 と毒を含んだ言い方をするのだけれど、
「デュアルに節操は必要か?どんな奴と、どこで戦闘になるのか分からないだろ?」
 と返す。

 面白くなさそうに鼻をならし、「じゃあ頼む」と言うのだった。
 誘いをかけるまでもなく、やって来てくれてラッキーとは思ったが、一方でデュアル自体が楽しみなのも事実だ。   
 桐峯はクイーンランクだったと思う。


 そしてちなみにオレは今、男の姿になっている。だからこそ、桐峯はオレを誘い出しやすく、つっけんどんなものの言い方をするのだろう。
 女の姿をしていると、物見高い連中が遠巻きに眺めてくるだけで、中々接触はしてこない。



 先ほどオレは、麗史様の部屋を訪れていた。そこで女の姿へと変化してしまったのだ。
 柳と話していた内容を要約し、麗史様と柳の身の安全を確保するために尽力したい、と告げる。
 麗史様の反応は柳のそれと同じだった。
「やる気を見せてくれるのはありがたいが、お前が想定しているようなものが相手とは限らないだろう。学園の歴史の中で脈々を存在している何かがあるはずだ」
 と麗史様は言う。

「その何かのせいで、命を奪われる危険性を良しとはできません」
 とオレが返せば、
「危険性もまた、帝王やパートナーとして擁立されてしまった者のさだめだ。それ相応のものを得るには、対価が必要だ。引き受けるものも大きい。それは覚悟の上だ」
 と言うのだった。

 麗史様の考えは一理あるとは思う。麗史様は学園入学時、いやそれ以前よりも人々の耳目を集めてきた存在だ。それゆえに、善意や悪意を含め様々なものに触れてきたに違いない。
 言葉の重みや凄味をオレが理解できるとは思わなかった。けれど、そういった覚悟があったとて、麗史様の命が脅かされて良いとは思えない。

「オレはその覚悟を同じように背負うことはできませんが、お手伝いはできます。パートナーの器量には程遠いかもしれないけど、自分の得意な部分で麗史様をお支えできると思います」
「得意な部分というのは、つまり……」
 麗史様はそういうと、視線をさまよわせる。女性の身体のオレを苦手視しているのは、相変わらずなのだ。

「そうです。この魔法によって、お役に立てると思います。ただ、そのためにはこの魔法を自在に使えるようにしなければいけないようです」
 オレの言葉に、麗史様に緊張が走るのを感じた。麗史様が魔法の歴史について知らないわけがない。だとすればまわりくどい話をする必要はないと思った。

「オレを愛してくれませんか?」
 オレがそう言葉にしたとたんに、ピリピリッと肌に強い電気が走った。
 え?とオレは思ったけれど、麗史様はその場から動くことなく、こちらを見ている。
 額に手を添え、ため息をついた。

「私としたことが、コントロールを失った」
 と言うのだが、何のことを言っているのか分からない。
「麗史様?どうかしましたか?」
 とオレが聞けば、
「身体を見てみればいい」
 と言う。

 オレは自分の身体を見下ろした。すると膨らみはなくなり、身体のラインは直線的な、元通りの身体となっていたのだ。
「戻っている?じゃあ、今のは、麗史様の?」
「ああ、お前はおかしなことを言うので、ついコントロールを手放してしまったようだ。申し訳ない」
「電撃のようなモノが走った気がしました。あれが麗史様の魔法なんですね」
「魔法自体をどんな感じ方をするのかどうかは、そのときどきによるらしい。どの場合であっても、おおむねかけられた者の反応は変わらない」
「というと?」

「魔法の性質を明かすことはできない」
「ですよね」
「それにしても、お前の発言はおかしかった」
「オレのことを愛してくれれば、オレはこの魔法をコントロールできるようになるようです」
「壮也から聞いたのだろう?そして、壮也はお前を愛する者でもある」
 真正面からそう言われてしまうと、気恥ずかしい。

「何だか恥ずかしいですけど、そうみたいですね」
「それ以外に愛する者が必要か?」
「はい、魔法をコントロールして、麗史様や壮也のお役に立つためには」
「愛は見えないものだろう。お前のことは憎からず思っていたとしても、それは見えるものではない。だとすれば、どうする」
 過去に同じ魔法を持ったものは、どうしたのだろう?

「麗史様はご存知ではないのですか?」オレが問いかけると、麗史様はその美しい顔をしかめた。
「知っていたとして、その知識をお前に授けるのが正しいのかどうかは判断しかねる。恐らくは試してみようとするからだ」
「その通りです。試してみなければ、と思っています」じりじりと距離を取ろうとする、麗史様にオレは近づいていく。無礼を承知だけれど、役割を全うするためにも、オレは聞かなければいけない、と使命感に燃えていたのだ。
「契りを結んだのか?」
「契りとは婚約ですか?」
 オレは手の甲を麗史様に見せる。柳の紋章が浮かぶ。麗史様は首を横に振った。

「そうではない。そうではなく……」
 麗史様は視線を惑わせる。
「ひょっとして、接合のことですか?」
 麗史様の口を手で覆う仕草によって、オレの言葉が当たっていたと知った。オレだって進んでこの単語を口にしたいわけじゃない。
 言語的な誤解が生まれる可能性があることを柳とのやり取りで学んだからだ。

「あ、あまり、公言すべき話ではないですが。あります、女として」
「そうか」
 麗史様は口を覆ったまま、頷いた。脳に理解を落とし込むかのように、数秒の間をおいて、麗史様は口を覆っていた手をどける。
 そしてこちらを見るのだけれど、それはいつものような精悍な顔つきだ。

「今夜私的なデュアルを行おう。それから、考えよう」
 と言うのだった。
 オレは信じられない気持で、麗史様の顔を見つめるのみだ。
 かつて経験した「未来」でも麗史様とのデュアル経験はない。

「オレなんかとなぜデュアルをしてくださるんですか?」
 と問えば、
 「それが必要だからだ」
 と麗史様は言った。

 その後、オレは学科の時間になり、麗史様の部屋を後にすることになる。元々公式でデュアルを申し込もうと思っていた矢先の、私闘の誘いにオレは驚くほかなかったのだ。
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