孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

かし子

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第2章 魔塔編

【24】不安

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アステルの去った部屋でぼうっと天井を見つめる。
この体は幼い頃から苛烈な環境にいたせいか多少は打たれ強くなっていたようで、公爵家にきてから体調を崩すなんて事は無かった。だからこうしてベッドの上で一日を過ごすのは初めてのことである。

魔法の授業中に突然気を失ってしまい、ユノ先生にも迷惑をかけてしまったし、父上には怒られてしまった。
しかしアステルに心配されるのは悪くないな、と先程のアステルの泣きそうな顔を思い出す。
アステルは、昔からずっと俺のために泣いてくれる。それが今も変わっていない事を知れて、安堵に似た嬉しさが込み上げたのだ。

だから早くその愛しい存在を守れる力が欲しい。絶対に失いたくない。そんな焦りから今回こんな事になってしまったのは情けないことだが、まだ一つ不安がある。


数日後に出発する予定の覚醒の儀式は2ヶ月もかかる。それは覚醒時に必要な体力をつけるための期間と、覚醒後の魔力を制御する方法を学ぶためのカリキュラムが含まれているためだ。
だから仕方ないことではあるが...。

「...2ヶ月。」

それほど長い期間アステルと離れるのは、アステルが生まれてから初めてのことだ。というか俺が生後間もないアステルを避けていた時期を除けばアステルに会わない日はこれまでにない。同じ家に住んでいるのだから当たり前だ。俺の時間は全てアステルのためにあると言っても過言ではない。
今日一日離れる事でさえ、苦痛でしょうがないのだから。

____わぁ!あはは!

遠くからアステルの声が聞こえた気がする。
とても楽しそうな、無邪気な声だ。
今は庭園に居るのかもしれない。メイドも一緒だろう。

いつもなら、俺が一緒にいられたのに。
...でも。



「................はぁ。」



俺が不安に思っていること。



それは、アステルと離れている間アステルの心も俺から離れていってしまうのではないかということだ。
つまり、この2ヶ月の間にアステルに俺以外の大切なものができたり、俺が居なくても何も思わなくなったりする可能性があると言うこと。

もしそうなったら一生立ち直れない。生きる意味すら見失ってしまう。
そんな事なら覚醒なんてしなくていい。アステルが俺以外の何ものにも見向きしないよう四六時中一緒にいるほうがいい。魔力なんていらない。

だからアステルに、魔塔へ行くのが2ヶ月という長期間だとは伝えていない。きっと長くても1週間ほどで帰ってくると思っているだろう。

もし、伝えたとして、
俺と2ヶ月離れることが、アステルにとっては何ともない事だったら?
今のアステルはただ兄だから俺に懐いてるだけなのでは?
「そうなんですね!いってらっしゃい!」と軽く笑顔で言われたら、果たして俺は正気でいられるだろうか。

そう考えだしたらキリがなかった。

そしてその不安を拭うために魔法を使い続けた結果がこのザマだ。
情けない。本当に情けない。



結局俺は、自分を肯定してくれるアステルが居ないと何もできない臆病者なんだ。









_________________________
________________











____ガチャ



扉の開く音で目を覚ます。
俺は、いつの間にか寝ていたらしい。体の熱も少し引いたようだ。
日が落ち、部屋はすっかり暗くなっていた。

光の差してくる扉の方を向くと、アステルが顔を覗かせてこっそりこちらを見ていた。


「...アステル。」

そう呼べば、アステルはぱっと顔を明るくして駆け寄ってきた。

「にいさま!...おこしちゃいましたか?」

ベッドに乗り上げそうな勢いのアステルに手を伸ばすと、アステルは滑らかな頬を俺の手に擦った。
その愛らしい態度に心が締め付けられ、同時に満たされていくのを感じる。

この尊い存在のためなら、世界だって滅ぼしてしまえそうだ。

「いいや今起きところだ。...アステル。」

「はい、にいさま。たいちょうはどうですか?」

「お前が来てくれたからもう元気だ。」

「ほんとうですか!じゃあぼくはずっとここにいます!」

「ああ、ありがとう。...?アステル、その手は...。」

ふと、アステルの右手の人差し指に白いものが巻かれているのが見えた。
それは包帯だった。
アステルは気まずそうにそれについて説明する。

「っあ、こ、これはですね、えっと、ちょっとおはなをつむときに、とげがささっちゃって...。」

「!?...棘っ?大丈夫なのか?痛くないか?どれくらい刺さった?」

「すこしちがでただけです。」

「血!?」

寝たままの体勢から半身を上げようとしてアステルに止められる。

「だいじょうぶです!おいしゃさんにみてもらって、しょうどくをしてもらいました!もういたくないです!」

「...そう、か...。」

だとしても、アステルの体に傷ができたなんて看過できるはずがなかった。アステルはすぐに溶けて消えてしまう砂糖菓子のような存在なのだから、血を流すなんてのはあってはならない事なのだ。
とても大事にして、それでも足りないくらい大事にして慈しんで愛でて可愛がって守って、それでやっとアステルは無事なのだ。

だから、アステルを傷つけるものはこの世にあってはならない。それがたとえ美しい花であったとしても。

「...棘のある花は全部抜こう。」

「えぇ!?だ、だめですよ!きれいなあかいろのばらなんです!」

「ぐっ...。」

それは俺の色だからかと思うと、その言葉を無碍にできるはずも無かった。

「...分かった。でも気をつけてくれ。俺はお前が傷つくと、とても悲しい。」

「はい。ごめんなさい、にいさま。」

「アステルが謝ることじゃない。...それで、今日は庭園で花を摘んでいたのか?」

「はい!にいさまのおみまいにつんできました!」

アステルの指差す方にはいつの間にか花瓶に生けられた赤い薔薇があった。窓辺にあるそれは、月明かりに輪郭を照らされて美しく佇んでいる。
アステルが、俺のためを思って摘んでくれたものだ。

それは、離れている間もアステルの頭にはずっと俺がいた証拠だった。

「...そうか。ありがとう。」

ほっと、体から力が抜けた。

自分が悩んでごちゃごちゃと考えていたことが全てどうでも良くなった。

恐らく、たとえアステルが俺に興味がなくなってしまったとしても、俺はアステルしか眼中にないままだ。
だから俺は、アステルが許す範囲でアステルのそばにいる方法を考えるまでだ。それがどんな形になったとしても。

そのために、魔塔に行って力を得る。
俺が一番、アステルのために生きているのだと証明するために。

「にいさま。ぼくがいるからだいじょうぶですよ。」

アステルは、自信に満ちた顔で笑っている。

「...ああ。」

この笑顔を守れるなら、俺はお前に忘れられる覚悟だって、なんだってする。
そう覚悟を決めてアステルを撫でると、その手をアステルが掴んだ。まだ僅かに熱のある俺の手よりもアステルの手は温かかった。

「にいさま。いまは、ゆっくりやすんでください。ふかくふかくねむって、からだをいやしてあげてください。ぼくのだいすきなにいさま。おやすみなさい。ゆめでもぼくは、にいさまをおもっています。」





アステルの声はどんな子守唄より優しく、穏やかに眠りへと誘ってくれた。

俺も、ずっとお前の事を想っている。
アステル。




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