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第2章 魔塔編
【34】悪徳
しおりを挟む魔塔の医務室で目を覚ました。
先ほどまで魔塔主の部屋で公爵家の長男と揉めていたはずだが、どうやら私は魔塔主に気絶させられたらしい。
おかげでひどく頭が痛い。
はぁ、とため息をつきながら気を失う前の事を考える。
公爵家の長男は、今日魔塔主に呼ばれ、信じられないことにその場で魔塔への勧誘を受けていた。ユノ様に「優秀だ」と褒めていただいた俺ですら、魔塔に入れるようになるまでには随分時間がかかったというのに。
そしてそいつは、その勧誘を即座に蹴った。
それはユノ様の与えてくれたものを、全てドブに捨てているようなものだ。
...そんな事は、決して許されない。
あの人は私の全てだった。
貧民街で生まれた私はゴミのような人間に囲まれて暮らし、未来への希望も、その日食べる食事もない。
ただ“生きてるだけ”の人間だった自分。
そんな私に手を差し伸べて、全てを与えてくれたのがユノ様だった。
食事も着るものも寝る所も、言葉も知識も優しさも。
俺の中の温かい記憶は全てユノ様と共にあった。
...そんな人に一番に可愛がられて、好きにならないはずがなかった。
だからユノ様の優しさの全てに報いようと、必死に頑張った。
ユノ様の言う事は一言一句逃さず聞き入れ、全て自分の糧にした。
ユノ様と同じ優秀な魔法師になれるように、たくさん勉強をした。
俺の魔法覚醒を喜んでくれるユノ様を見て、俺は初めて生きる意味を心の底から実感した。俺を救ってくれたユノ様を、今度は自分が支える番だと思った。こんな日々がずっと、永遠に続くと思っていた。
そしていつの日にか、今よりも特別な関係になりたいと......思っていた。
...なのに。
ある日突然、ユノ様は姿を消した。
俺に、何も告げず。
勿論至る場所を探した。
しかし、ユノ様は隠れる事が人一倍得意だったため、たとえ階級は俺の方が上でも、流石に得意分野には敵わない。
でも探した。
ユノ様は俺の全てだから。
ユノ様が居なければ、俺の人生にはなんの意味もないから。
そしてある時、一つの情報を手に入れた。
それはユノ様が公爵家の長男の家庭教師になったという噂だった。
現公爵の一人であるゼルビュート・ディラードはユノ様と旧知であるため、合点がいった。
しかし、公爵家は強い結界で守られており、迂闊に近づく事すらできない。それに、俺が追いかけてるとユノ様に知られたら、もっと遠くへ、今度はなんの噂も耳に入らない所まで行ってしまう気がしてならなかった。
それならばいっそ、この距離で、ユノ様を取り戻す機会を伺おうとしていたのだ。
そう思って数年。
ユノ様は、未だ帰らない。
...もう、この気持ちをどうすれば良いのかが、分からなかった。
ユノ様が教えてくれたのは、温かいものばかりだったから。
この、冷たいような熱いような感情はどうすればいい。どうすればまたあの頃のように戻れるんだ。どんな本を読んだって書かれていない。ユノ様だけが、俺の道標なのに。
貧民街で生きていた時は、女子供から食べ物を奪う奴が1番幸せそうだった。やっとありつけた食べ物が目の前で食われて絶望する様子を見て大笑いする。それが、快楽だった。
では、自分もあの長男の絶望顔を見れば、このドロドロした感情が晴れるのだろうか。泣き顔の一つでも見て、笑ってやれば良いのだろうか。
しかし、殺されかけても無表情だったあの子供が、大きく表情を崩す事なんてあるのだろうか。
もう数年考え続けていることだ。そう簡単に答えは見つかるはずもない。
「シェラルク様、少しいいですか。」
ベッドでぼんやりそんな事を考えていた私に、同じ研究室の3級の男が声をかけてくる。
その手にあったものを見て、私は一瞬眉を顰めたが、ある事に思い至って私は少し気分が良くなった。
_______ああこれで、少しは。
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