ひとりぼっち獣人が最強貴族に拾われる話

かし子

文字の大きさ
10 / 20

居場所

しおりを挟む
「ルノ、気に入った?」

「はい!とらさん、とってもやさしい!」

ここに連れてきてからのルノは興奮しっぱなしで、今も鼻息荒く白虎の側で尻尾を振りながらそわそわとしている。

「うーん...確かに躾はそれなりにしたけれど、結局この白虎は私の言うことしか聞かなかったのになぁ...。やっぱり獣人だと通づるものがあるのかな?」

そもそも、初めてルノに会った時にルノが虎のぬいぐるみを抱いていたから、もし再会した時に飼ってたら喜ぶかなぁ...という下心で見つけてきた虎だから、ルノに懐かなければ意味がないんだけど。
しかしこれは、白虎がルノに懐くというよりルノが白虎に懐きすぎているな。

「とらさんとらさん!くちあけて!...わぁー!とらさんのきば、すごくながい!ぼくのとってもみじかいの!ほら、みてみて!いー!!とらくんは、くちあかないからわかんないね!あ!!とらさん、おめめもきれいだねー!おそらとおなじいろだ!!」

「すっごい懐いてる...。」

白虎は寝転がった顔の前まで来たルノの頼みに従って面倒そうに一度口を開けた。それにルノはさらに大興奮で、可愛い顔して自分の牙も見せている。
白虎はまるで群れの子供の面倒を見るように、ルノの好きにさせていた。

そのうち尻尾を追いかける遊びを始めたのか、白虎に弄ばれながらルノはバタバタと走り回っていた。
そして、しばらくすると糸の切れた操り人形のようにパタリと白虎に寄りかかって動かなくなった。どうやらお昼寝の時間に入ったらしい。白虎の尻尾を抱きしめたまま気持ちよさそうに寝ている。

「...これじゃあ夕飯まで目覚めないかな。起こすのも可哀想だし、ウェーゲル、後で何かかけるものを持ってきてあげて。」

「畏まりました。」

「白虎は、暫くルノをよろしくね。」

そう声をかけた白虎は言葉が分かっているのかは定かではないが、ルノが掴んだ己の尻尾を動かさないようにしているのを見ると、許容範囲なのだろう。くあ、と大きなあくびをして、白虎も目を閉じてしまった。

「さて、私達は仕事に戻ろうか。」

「はい。」








少し前に、貴族の間で虎を飼うのが流行した時期があった。しかし、虎は犬や馬ほど躾が簡単なわけではなく、一度下町へと脱走した虎が人を殺してしまったという事件があってからは、流行は落ち着いた。私はその時期に家督争い真っ只中だったため、ペットを飼うなんて余裕はなかったが、ルノの腕にいた虎のぬいぐるみを見てからはペットは虎一択だった。もしルノが虎を気に入ったら、この家に居続けたいと思ってくれるかもしれないからだ。

だからあの虎はルノをこの家に繋ぎ止める道具にすぎない。白虎は相当値の張る買い物だったが、賢くて大人しいし、今もああしてルノに好意的なのを見ると、良い買い物をしたと言えるだろう。

しかし、ルノが白虎に懐きすぎても困る。
あくまで一番に懐いて欲しいのは私だから。

















ぱちっと目を覚ますと、真っ暗だった。



「...んぅ...?」

慣れ親しんだ感触がそばに無くて、手で辺りを探るが、見当たらない。いつも腕の中にあった虎くんは、大きいもふもふの何かに変わってしまっていた。

「...とらくん...?どこ...?」

多少夜目の効く目でキョロキョロするが、居ない。ジル様に言ったら探してくれるかな。

「じるさま...?」

...あれ、でもジル様もいない。

「とらくん...!...じるさま...!

不安で涙声になりながら名前を呼ぶが、何の反応もなかった。



真夜中の路地裏みたいに、真っ暗で嫌な静けさだ。




「......ぁ...。」



もしかしたら、僕はここに捨てられてしまったのかもしれない。

全部全部夢だったのかもしれない。

目が覚めた今、もう幸せな時間は終わっちゃったんだ。

まるで夢から覚めるように。



「ぁ...ぁぅ...。」



がぶ、と己の尻尾に噛み付く。それでも心に溢れた大きなドロドロは消えなかった。頭は嫌な想像でいっぱいだ。



...通りで、最近僕にとって嬉しいことばかりが起きると思った。

僕が欲しかったものばかり手に入るのはおかしいじゃないか。

いつもいつも、僕は弾かれものなんだから。

僕はきっと、あの橋の下で死んだ。

獣らしく、惨めに死んだ。

虎くんも守れずに、首がとれちゃって、...きっと、僕みたいに。


「うっ、うぅっ...とらく...っ...!ごめ、」


ごめんね、と苦しい胸から搾り出そうとしたその時だった。


____グルっ


「ひゃぁ!」


暗闇で、何かが鳴った。


「...な、なに...?」


警戒しながら低い音のした方を見ると、暗闇の中にぼんやり青い何かが浮かんでいるのが見えた。




「え...。」




...あれ、ぼく、あの“目”をどこかで...。




『おそらとおなじいろだ!!』



「......あ!とらさん!!」



そうだ、と眠る前のまだ明るかった時を思い出す。
僕はここで、真っ白な本物の虎さんに会ったんだ。

すると、その大きな体がのそりと起き上がって、僕の前に行儀良くお座りすると、口からポトリと何かを落とした。

「っ!!とらくん!」

それは首と体が繋がったままの虎くんだった。すぐに抱き上げてぎゅうっとすると、いつもの感触で安心する。

良かった。虎くんは無事だった。




...じゃあ、



「ルノ!!」

「...っ...!」




その時、ばん!と何かが開く音と同時にパッと光が僕を照らし出した。

ドキドキしながら振り向くと、そこに居たのは、焦った顔をして息を切らすジル様だった。



「...ゆめじゃ、なかった。」



僕を真っ直ぐ見つめたジル様は、すぐに駆け寄って来て、ぎゅうっと抱きしめてくれた。


「ルノ、ごめんね。不安にさせたね。よく眠っているからもう少ししたら迎えに行こうと思っていたんだ。でも明かりくらい置いておくべきだった。怖かったね。」

ジル様のどくどくと鳴る心臓の音が聞こえた。僕のために、走って来てくれたんだ。


僕のために。


「...じる、さま...。」

「ああ、なんだい。」

「じるさま。」

「うん。」

「ぼくね、ずっと、ここにいたい。ぺっとでもいいから、...じるさまと、いっしょにいたい。」

毎日温かくて美味しいご飯も食べたいし、お風呂もたまには入りたいし、屋根のある静かな場所で眠りたい。

そして、ここ温かい腕の中に居たい。
こうして僕を心配して駆けつけてくれる人を手放したくない。優しくされたい。たくさん撫でてほしい。たくさん褒めてほしい。

ジル様から、離れたくない。

もう一人では、生きていけない。


「っ......。...ははっ。それは、私が一番願っている事だよ。」

ジル様は嬉しそうに、でもどこか切なそうにそう言った。

「ルノには、ずっとここに居てほしい。私からのお願いだ。」

「...じるさまが、いいなら。」

「いいよ。」

即答してくれたジル様の優しい声に、胸の辺りがむずむずしてくる。そしてそれは、温かい涙になって溢れた。



一番の友達の虎くんが居て。
僕を一番にしてくれるジル様が居て。
一番幸せな場所がここにあって。
僕の一番はすべてここにある。


そしてなにより、ここに居て良いよと言われた事が、とっても嬉しかった。安心した。



いつも何かから逃げて隠れながら生きていた僕が、初めて許してもらった場所。




ここが、僕のおうち。
僕の居場所だ。












「...本当はね、嫌だと言っても逃してあげるつもりはなかったんだ。」

「ん?」

「いいや、なんでもない。ルノ、最近寒くなってきたし今日からは私と一緒に寝ようか。」

「え!ほんと!?とらくんもいっしょ!?」

「勿論。」




「っ~!!嬉しい!」









ねぇ、聞いて。誰か。
僕はこんなに幸せでいいのかな。
こんなに与えてもらっていいのかな。
僕に、そんな価値があるかな。
今はまだ分からない。
分からないけど、僕もジル様に何かできる日が来ると良いな。








しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

筋肉質な人間湯たんぽを召喚した魔術師の話

陽花紫
BL
ある冬の日のこと、寒さに耐えかねた魔術師ユウは湯たんぽになるような自分好み(筋肉質)の男ゴウを召喚した。 私利私欲に塗れた召喚であったが、無事に成功した。引きこもりで筋肉フェチなユウと呑気なマッチョ、ゴウが過ごす春までの日々。 小説家になろうにも掲載しています。

推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!

木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。 この話は小説家になろうにも投稿しています。

同性愛者であると言った兄の為(?)の家族会議

海林檎
BL
兄が同性愛者だと家族の前でカミングアウトした。 家族会議の内容がおかしい

悪役令息の兄って需要ありますか?

焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。 その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。 これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

異世界召喚に巻き込まれた料理人の話

ミミナガ
BL
 神子として異世界に召喚された高校生⋯に巻き込まれてしまった29歳料理人の俺。  魔力が全てのこの世界で魔力0の俺は蔑みの対象だったが、皆の胃袋を掴んだ途端に態度が激変。  そして魔王討伐の旅に調理担当として同行することになってしまった。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

処理中です...