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居場所
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「ルノ、気に入った?」
「はい!とらさん、とってもやさしい!」
ここに連れてきてからのルノは興奮しっぱなしで、今も鼻息荒く白虎の側で尻尾を振りながらそわそわとしている。
「うーん...確かに躾はそれなりにしたけれど、結局この白虎は私の言うことしか聞かなかったのになぁ...。やっぱり獣人だと通づるものがあるのかな?」
そもそも、初めてルノに会った時にルノが虎のぬいぐるみを抱いていたから、もし再会した時に飼ってたら喜ぶかなぁ...という下心で見つけてきた虎だから、ルノに懐かなければ意味がないんだけど。
しかしこれは、白虎がルノに懐くというよりルノが白虎に懐きすぎているな。
「とらさんとらさん!くちあけて!...わぁー!とらさんのきば、すごくながい!ぼくのとってもみじかいの!ほら、みてみて!いー!!とらくんは、くちあかないからわかんないね!あ!!とらさん、おめめもきれいだねー!おそらとおなじいろだ!!」
「すっごい懐いてる...。」
白虎は寝転がった顔の前まで来たルノの頼みに従って面倒そうに一度口を開けた。それにルノはさらに大興奮で、可愛い顔して自分の牙も見せている。
白虎はまるで群れの子供の面倒を見るように、ルノの好きにさせていた。
そのうち尻尾を追いかける遊びを始めたのか、白虎に弄ばれながらルノはバタバタと走り回っていた。
そして、しばらくすると糸の切れた操り人形のようにパタリと白虎に寄りかかって動かなくなった。どうやらお昼寝の時間に入ったらしい。白虎の尻尾を抱きしめたまま気持ちよさそうに寝ている。
「...これじゃあ夕飯まで目覚めないかな。起こすのも可哀想だし、ウェーゲル、後で何かかけるものを持ってきてあげて。」
「畏まりました。」
「白虎は、暫くルノをよろしくね。」
そう声をかけた白虎は言葉が分かっているのかは定かではないが、ルノが掴んだ己の尻尾を動かさないようにしているのを見ると、許容範囲なのだろう。くあ、と大きなあくびをして、白虎も目を閉じてしまった。
「さて、私達は仕事に戻ろうか。」
「はい。」
少し前に、貴族の間で虎を飼うのが流行した時期があった。しかし、虎は犬や馬ほど躾が簡単なわけではなく、一度下町へと脱走した虎が人を殺してしまったという事件があってからは、流行は落ち着いた。私はその時期に家督争い真っ只中だったため、ペットを飼うなんて余裕はなかったが、ルノの腕にいた虎のぬいぐるみを見てからはペットは虎一択だった。もしルノが虎を気に入ったら、この家に居続けたいと思ってくれるかもしれないからだ。
だからあの虎はルノをこの家に繋ぎ止める道具にすぎない。白虎は相当値の張る買い物だったが、賢くて大人しいし、今もああしてルノに好意的なのを見ると、良い買い物をしたと言えるだろう。
しかし、ルノが白虎に懐きすぎても困る。
あくまで一番に懐いて欲しいのは私だから。
▼
ぱちっと目を覚ますと、真っ暗だった。
「...んぅ...?」
慣れ親しんだ感触がそばに無くて、手で辺りを探るが、見当たらない。いつも腕の中にあった虎くんは、大きいもふもふの何かに変わってしまっていた。
「...とらくん...?どこ...?」
多少夜目の効く目でキョロキョロするが、居ない。ジル様に言ったら探してくれるかな。
「じるさま...?」
...あれ、でもジル様もいない。
「とらくん...!...じるさま...!
不安で涙声になりながら名前を呼ぶが、何の反応もなかった。
真夜中の路地裏みたいに、真っ暗で嫌な静けさだ。
「......ぁ...。」
もしかしたら、僕はここに捨てられてしまったのかもしれない。
全部全部夢だったのかもしれない。
目が覚めた今、もう幸せな時間は終わっちゃったんだ。
まるで夢から覚めるように。
「ぁ...ぁぅ...。」
がぶ、と己の尻尾に噛み付く。それでも心に溢れた大きなドロドロは消えなかった。頭は嫌な想像でいっぱいだ。
...通りで、最近僕にとって嬉しいことばかりが起きると思った。
僕が欲しかったものばかり手に入るのはおかしいじゃないか。
いつもいつも、僕は弾かれものなんだから。
僕はきっと、あの橋の下で死んだ。
獣らしく、惨めに死んだ。
虎くんも守れずに、首がとれちゃって、...きっと、僕みたいに。
「うっ、うぅっ...とらく...っ...!ごめ、」
ごめんね、と苦しい胸から搾り出そうとしたその時だった。
____グルっ
「ひゃぁ!」
暗闇で、何かが鳴った。
「...な、なに...?」
警戒しながら低い音のした方を見ると、暗闇の中にぼんやり青い何かが浮かんでいるのが見えた。
「え...。」
...あれ、ぼく、あの“目”をどこかで...。
『おそらとおなじいろだ!!』
「......あ!とらさん!!」
そうだ、と眠る前のまだ明るかった時を思い出す。
僕はここで、真っ白な本物の虎さんに会ったんだ。
すると、その大きな体がのそりと起き上がって、僕の前に行儀良くお座りすると、口からポトリと何かを落とした。
「っ!!とらくん!」
それは首と体が繋がったままの虎くんだった。すぐに抱き上げてぎゅうっとすると、いつもの感触で安心する。
良かった。虎くんは無事だった。
...じゃあ、
「ルノ!!」
「...っ...!」
その時、ばん!と何かが開く音と同時にパッと光が僕を照らし出した。
ドキドキしながら振り向くと、そこに居たのは、焦った顔をして息を切らすジル様だった。
「...ゆめじゃ、なかった。」
僕を真っ直ぐ見つめたジル様は、すぐに駆け寄って来て、ぎゅうっと抱きしめてくれた。
「ルノ、ごめんね。不安にさせたね。よく眠っているからもう少ししたら迎えに行こうと思っていたんだ。でも明かりくらい置いておくべきだった。怖かったね。」
ジル様のどくどくと鳴る心臓の音が聞こえた。僕のために、走って来てくれたんだ。
僕のために。
「...じる、さま...。」
「ああ、なんだい。」
「じるさま。」
「うん。」
「ぼくね、ずっと、ここにいたい。ぺっとでもいいから、...じるさまと、いっしょにいたい。」
毎日温かくて美味しいご飯も食べたいし、お風呂もたまには入りたいし、屋根のある静かな場所で眠りたい。
そして、ここ温かい腕の中に居たい。
こうして僕を心配して駆けつけてくれる人を手放したくない。優しくされたい。たくさん撫でてほしい。たくさん褒めてほしい。
ジル様から、離れたくない。
もう一人では、生きていけない。
「っ......。...ははっ。それは、私が一番願っている事だよ。」
ジル様は嬉しそうに、でもどこか切なそうにそう言った。
「ルノには、ずっとここに居てほしい。私からのお願いだ。」
「...じるさまが、いいなら。」
「いいよ。」
即答してくれたジル様の優しい声に、胸の辺りがむずむずしてくる。そしてそれは、温かい涙になって溢れた。
一番の友達の虎くんが居て。
僕を一番にしてくれるジル様が居て。
一番幸せな場所がここにあって。
僕の一番はすべてここにある。
そしてなにより、ここに居て良いよと言われた事が、とっても嬉しかった。安心した。
いつも何かから逃げて隠れながら生きていた僕が、初めて許してもらった場所。
ここが、僕のおうち。
僕の居場所だ。
「...本当はね、嫌だと言っても逃してあげるつもりはなかったんだ。」
「ん?」
「いいや、なんでもない。ルノ、最近寒くなってきたし今日からは私と一緒に寝ようか。」
「え!ほんと!?とらくんもいっしょ!?」
「勿論。」
「っ~!!嬉しい!」
ねぇ、聞いて。誰か。
僕はこんなに幸せでいいのかな。
こんなに与えてもらっていいのかな。
僕に、そんな価値があるかな。
今はまだ分からない。
分からないけど、僕もジル様に何かできる日が来ると良いな。
「はい!とらさん、とってもやさしい!」
ここに連れてきてからのルノは興奮しっぱなしで、今も鼻息荒く白虎の側で尻尾を振りながらそわそわとしている。
「うーん...確かに躾はそれなりにしたけれど、結局この白虎は私の言うことしか聞かなかったのになぁ...。やっぱり獣人だと通づるものがあるのかな?」
そもそも、初めてルノに会った時にルノが虎のぬいぐるみを抱いていたから、もし再会した時に飼ってたら喜ぶかなぁ...という下心で見つけてきた虎だから、ルノに懐かなければ意味がないんだけど。
しかしこれは、白虎がルノに懐くというよりルノが白虎に懐きすぎているな。
「とらさんとらさん!くちあけて!...わぁー!とらさんのきば、すごくながい!ぼくのとってもみじかいの!ほら、みてみて!いー!!とらくんは、くちあかないからわかんないね!あ!!とらさん、おめめもきれいだねー!おそらとおなじいろだ!!」
「すっごい懐いてる...。」
白虎は寝転がった顔の前まで来たルノの頼みに従って面倒そうに一度口を開けた。それにルノはさらに大興奮で、可愛い顔して自分の牙も見せている。
白虎はまるで群れの子供の面倒を見るように、ルノの好きにさせていた。
そのうち尻尾を追いかける遊びを始めたのか、白虎に弄ばれながらルノはバタバタと走り回っていた。
そして、しばらくすると糸の切れた操り人形のようにパタリと白虎に寄りかかって動かなくなった。どうやらお昼寝の時間に入ったらしい。白虎の尻尾を抱きしめたまま気持ちよさそうに寝ている。
「...これじゃあ夕飯まで目覚めないかな。起こすのも可哀想だし、ウェーゲル、後で何かかけるものを持ってきてあげて。」
「畏まりました。」
「白虎は、暫くルノをよろしくね。」
そう声をかけた白虎は言葉が分かっているのかは定かではないが、ルノが掴んだ己の尻尾を動かさないようにしているのを見ると、許容範囲なのだろう。くあ、と大きなあくびをして、白虎も目を閉じてしまった。
「さて、私達は仕事に戻ろうか。」
「はい。」
少し前に、貴族の間で虎を飼うのが流行した時期があった。しかし、虎は犬や馬ほど躾が簡単なわけではなく、一度下町へと脱走した虎が人を殺してしまったという事件があってからは、流行は落ち着いた。私はその時期に家督争い真っ只中だったため、ペットを飼うなんて余裕はなかったが、ルノの腕にいた虎のぬいぐるみを見てからはペットは虎一択だった。もしルノが虎を気に入ったら、この家に居続けたいと思ってくれるかもしれないからだ。
だからあの虎はルノをこの家に繋ぎ止める道具にすぎない。白虎は相当値の張る買い物だったが、賢くて大人しいし、今もああしてルノに好意的なのを見ると、良い買い物をしたと言えるだろう。
しかし、ルノが白虎に懐きすぎても困る。
あくまで一番に懐いて欲しいのは私だから。
▼
ぱちっと目を覚ますと、真っ暗だった。
「...んぅ...?」
慣れ親しんだ感触がそばに無くて、手で辺りを探るが、見当たらない。いつも腕の中にあった虎くんは、大きいもふもふの何かに変わってしまっていた。
「...とらくん...?どこ...?」
多少夜目の効く目でキョロキョロするが、居ない。ジル様に言ったら探してくれるかな。
「じるさま...?」
...あれ、でもジル様もいない。
「とらくん...!...じるさま...!
不安で涙声になりながら名前を呼ぶが、何の反応もなかった。
真夜中の路地裏みたいに、真っ暗で嫌な静けさだ。
「......ぁ...。」
もしかしたら、僕はここに捨てられてしまったのかもしれない。
全部全部夢だったのかもしれない。
目が覚めた今、もう幸せな時間は終わっちゃったんだ。
まるで夢から覚めるように。
「ぁ...ぁぅ...。」
がぶ、と己の尻尾に噛み付く。それでも心に溢れた大きなドロドロは消えなかった。頭は嫌な想像でいっぱいだ。
...通りで、最近僕にとって嬉しいことばかりが起きると思った。
僕が欲しかったものばかり手に入るのはおかしいじゃないか。
いつもいつも、僕は弾かれものなんだから。
僕はきっと、あの橋の下で死んだ。
獣らしく、惨めに死んだ。
虎くんも守れずに、首がとれちゃって、...きっと、僕みたいに。
「うっ、うぅっ...とらく...っ...!ごめ、」
ごめんね、と苦しい胸から搾り出そうとしたその時だった。
____グルっ
「ひゃぁ!」
暗闇で、何かが鳴った。
「...な、なに...?」
警戒しながら低い音のした方を見ると、暗闇の中にぼんやり青い何かが浮かんでいるのが見えた。
「え...。」
...あれ、ぼく、あの“目”をどこかで...。
『おそらとおなじいろだ!!』
「......あ!とらさん!!」
そうだ、と眠る前のまだ明るかった時を思い出す。
僕はここで、真っ白な本物の虎さんに会ったんだ。
すると、その大きな体がのそりと起き上がって、僕の前に行儀良くお座りすると、口からポトリと何かを落とした。
「っ!!とらくん!」
それは首と体が繋がったままの虎くんだった。すぐに抱き上げてぎゅうっとすると、いつもの感触で安心する。
良かった。虎くんは無事だった。
...じゃあ、
「ルノ!!」
「...っ...!」
その時、ばん!と何かが開く音と同時にパッと光が僕を照らし出した。
ドキドキしながら振り向くと、そこに居たのは、焦った顔をして息を切らすジル様だった。
「...ゆめじゃ、なかった。」
僕を真っ直ぐ見つめたジル様は、すぐに駆け寄って来て、ぎゅうっと抱きしめてくれた。
「ルノ、ごめんね。不安にさせたね。よく眠っているからもう少ししたら迎えに行こうと思っていたんだ。でも明かりくらい置いておくべきだった。怖かったね。」
ジル様のどくどくと鳴る心臓の音が聞こえた。僕のために、走って来てくれたんだ。
僕のために。
「...じる、さま...。」
「ああ、なんだい。」
「じるさま。」
「うん。」
「ぼくね、ずっと、ここにいたい。ぺっとでもいいから、...じるさまと、いっしょにいたい。」
毎日温かくて美味しいご飯も食べたいし、お風呂もたまには入りたいし、屋根のある静かな場所で眠りたい。
そして、ここ温かい腕の中に居たい。
こうして僕を心配して駆けつけてくれる人を手放したくない。優しくされたい。たくさん撫でてほしい。たくさん褒めてほしい。
ジル様から、離れたくない。
もう一人では、生きていけない。
「っ......。...ははっ。それは、私が一番願っている事だよ。」
ジル様は嬉しそうに、でもどこか切なそうにそう言った。
「ルノには、ずっとここに居てほしい。私からのお願いだ。」
「...じるさまが、いいなら。」
「いいよ。」
即答してくれたジル様の優しい声に、胸の辺りがむずむずしてくる。そしてそれは、温かい涙になって溢れた。
一番の友達の虎くんが居て。
僕を一番にしてくれるジル様が居て。
一番幸せな場所がここにあって。
僕の一番はすべてここにある。
そしてなにより、ここに居て良いよと言われた事が、とっても嬉しかった。安心した。
いつも何かから逃げて隠れながら生きていた僕が、初めて許してもらった場所。
ここが、僕のおうち。
僕の居場所だ。
「...本当はね、嫌だと言っても逃してあげるつもりはなかったんだ。」
「ん?」
「いいや、なんでもない。ルノ、最近寒くなってきたし今日からは私と一緒に寝ようか。」
「え!ほんと!?とらくんもいっしょ!?」
「勿論。」
「っ~!!嬉しい!」
ねぇ、聞いて。誰か。
僕はこんなに幸せでいいのかな。
こんなに与えてもらっていいのかな。
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