【完結】引きこもり伯爵令息を幸せにしたい

青井 海

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第52話 彼女と過ごす時間

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【ケント視点】

『ダンスレッスンのパートナーとして王宮へ来て欲しい。〈神贈り人〉の希望である』
宰相から手紙が届いた。

リナには王宮へ会いに行くと約束したにも関わらず、1人で登城するのは憂鬱で……明日行こう、そのうち行こう、つい先延ばしにしていた。

外に出る時、いつも隣に彼女がいたから……
馬車での移動も彼女がいるとあっという間に着いてしまう。
ひとりだと出かける気になれない。

はぁー、僕はダメだな。
あー嫌だ、嫌だと、髪をぐじゃぐしゃにかき乱す。

リナを王宮へ送り届けた後、一度だけ、父とともに登城した。
だが、彼女は講義に出ていて不在だった。
彼女を待ちたかったのだが、仕事があり、叶わなかった。

ダンスパートナーか……
リナが僕を指名したということなんだろう。
もちろん受けますと返事を出した。

ダンスパートナーを受けたと両親へ報告すると、父には、
「お前が登城しないから……まぁよかったじゃないか。しっかりパートナーをつとめてこい」と渇を入れるかのように背中をバァーンと力強く叩かれ、母には、
「しっかりリナさんの心を繋ぎ止めなさいよ。リナさんにヘアクリームの材料など渡してもらいたいものがあるから、持っていってね」と言われた。

両親も動かない僕に呆れていたようだが、それでも激励してくれた。

***

リナのダンスパートナーをつとめる日がやってきた。
みながはりきって僕の準備をしている。
前髪をきっちりとあげて固める。

玄関ホールで出かける挨拶をすませると、バンパンと頬を叩き、気合いを入れる。
みんなの『しっかり』と応援してくれる視線と『大丈夫かなぁ』と心配してくれる視線をひしひしと感じる。
僕はそんなに頼りないんだろうか。
僕が乗り込んだ馬車には、既に大量の荷物がのせられていた。

僕は荷物運びかってくらい……
母がリナの為に用意したものだ。
ロナから届く報告の手紙には、王宮でも彼女がイキイキ過ごしていること、ヘアクリームやお菓子を作ったことなど書かれていたそうだ。
ロナも僕に報告すればいいのに……
母の口から聞かされ、僕ではダメなのかと複雑な気持ちになった。

王宮に到着すると、そのままマーラ夫人が待つ部屋へ通された。
夫人と軽く打ち合わせをした後、出番が来るまでここで待機だ。

ソファーに座っていたが、心がザワザワして落ち着かない。
部屋を見渡すと隅に全身がうつる鏡が置かれているのをみつけた。
立ち上がり、鏡の前へ移動し、ダンスの動きを確認する。
体を動かすと、少しだけザワザワした気持ちが落ち着いたように感じる。

使用人が呼びに来て、ダンスホールへ移動する。
リナは全然会いに来ない僕を怒っているだろうか、呆れているだろうか……
とにかくよくは思われていないと思うと、自然に背が丸くなる。
穴があったら入りたい気分だ。

ホールに入ると、懐かしいドレスを身に纏った彼女が目に飛び込んできた。
スカイブルーのドレスがよく似合う。
いったいどんな顔で会えばいいのか……

俯いた僕に甘い香りが近づき、腕に誰かの腕が絡み付いた。

えっと、顔をあげると、なんとモリーヌだ。
なぜここに彼女が?
予想外の出来事に頭が混乱する。

混乱したまま動けない僕の前で、リナとモリーヌが言い合いを始めた。
リナが僕に纏わりつくモリーヌを怒り、モリーヌも負けじと応戦。

リナがヤキモチをやいてくれたのが嬉しくて、嬉しすぎて、僕は幸せな気分に浸っていた。

パン、パン
マーラ夫人の手を叩く音で、ハッと我に返った。

リナとモリーヌは基本のステップを踏む。
2人が踊る姿を眺めていると、僕の出番がやってきた。

久しぶりにリナをエスコートし、ホール中心へと進む。
僕の手に重ねられた彼女の手のぬくもり。
ほんの少しのふれあい。
たったそれだけで、僕の心に暖かい火が灯る。

ピアノの音に合わせ、彼女と2人、踊り出す。
リナの視線を感じる。
この至近距離で……視線を合わせるのが恥ずかしくて、どうしたらいいかわからず、ついっと目を反らしてしまった。
リナと踊り終える。


「次は彼女のパートナーをお願いしますね」
とマーラ夫人から頼まれる。
ダンスパートナーとしてこの場にいるのは僕だけ。
モリーヌとはもう関わりたくないのだが……仕方がない。

リナから離れ、モリーヌを迎えに行く。
彼女をエスコートし、ダンスを始めたのだが、以前、彼女と踊った時のような心の高揚はない。
それどころか、モリーヌからの視線が鬱陶しく感じられ、リナを心配させたくなくて、早く曲が終わらないかと願ってしまう。

距離をとりたい僕に、距離を詰めてくる彼女。
踊りにくくて仕方がない。
あんなにかわいいと思っていたのに……
あんなに好きだったのに……
昔の僕は、本当に見る目がなかったようだ。
モリーヌへの思いは、すっかり過去のものに。

夫人のレッスンが終わり、夫人が退室していった。
残された僕らはイスに座り、果実水で喉を潤す。
久しぶりにリナと過ごす貴重な時間。
この場にモリーヌがいるのが気に入らないが、帰る前に少しでもリナと話したい。

「リナ、ここでの生活はどう? 何か必要なものはない?」

「欲しいものは……ジョセフィーヌ様が送ってくださったとロナから聞いています。今は特に困ったこともないので心配いりませんよ。王妃様、王太子妃様が気にかけてくださり、楽しく過ごしています」

彼女の言葉に深い意味はないのだ。
ただ僕に心配をかけぬように紡がれた言葉。
それなのに……
僕がリナを気にかけていなかったと非難された気がした。
















    
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