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第9話 ライバル

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案内された食堂は、大きな長いテーブルにカトラリーが並んでいた。

席につくと、次々と料理が運ばれてくる。
デザートまで豪華な食事を満喫した後、領主様が話し出した。

「やはり聖女様は私たちと似た環境で過ごしていたのではないですか? 
食事マナーも完璧だ。
覚えていないとは記憶がないということでしょうか?
ならば我が家へ来ませんか? 
そのほうが何か思い出せるかもしれませんよ。」

「そうですわ。リリー様。
我が家は歓迎致しますわ。
私、娘が欲しかったんですの。」
伯爵夫人が言う。

「母上、私の婚約者に…」
マルソー様、何をーーー

「まぁマルソー、はしゃぎすぎよ。」
そう言いながら、ニィッと嬉しそうな夫人。

なんだか外堀埋められてる気がする。
    
「いえいえ、こんな豪邸で暮らすなんて気後れします。
ダンおじさんの家は居心地がよくて。
私はあの家で生活していきたいんです。」


「まぁ、リリーちゃん。」
マーサおばさんが涙を溜めながら、感極まっている。

「領主様、リリーはパン屋の看板娘でして…」
ダンおじさんが顔面蒼白で震えながら、抗議してくれる。

「リリーはずっとうちで暮らせばいい。」
鼻の頭をかきながら、リュカが後押ししてくれる。

「リリーは僕の義姉さんになるんだ。」
真っ赤な顔のノア、意味をわかって言ってる?

「リリー様は…みなに慕われていらっしゃる。
では、こうしませんか?
月に1度、我が家の者と一緒に孤児院の慰問をお願いできませんか?」

「私は聖女なんかじゃないのですが…」

「ご心配は要りませんよ。
そちらのたまごロールパンを孤児院の人数分購入します。
それを聖女様に孤児院まで届けていただけるだけで…
もちろん馬車はこちらで手配致しますので。」
領主様の押しが強い。

リュカたちは、今 想像したでしょ?
売上を計算してる?
頬が緩んでるよ。

バン屋のみんなが助かるのならーー
孤児院の子供たちもきっと喜んでくれるよね。

「おじさん、おばさん、領主様のお話を受けてもいいですか?」

「リリーちゃん、無理してないかい?
嫌なら断ってもうちは構わないからね。」

おばさんが私の意思を尊重してくれる。
おばさんの言葉に、おじさんも大きく頷いた。

「領主様、私でよろしければ、お受け致します。」

「聖女様、ありがとうございます。」
なぜか、マルソー様が嬉しそうに、ニコリと微笑んだ。

うーん、聖女なんてーー違うのに。

不安で瞳が揺れる私に、
領主さまが優しく告げる。

「もしや聖女ではないとおっしゃりたいのですか?
あなたは聖女で間違いない。
先程のたまごロールパンには、あなたの魔力が込められておりました。
治癒を促す温かい魔力が。
こんなことができるのは聖女のみ。
私には魔力を読み取る力がありましてな。
リリー様からは強い魔力が溢れております。」


私が?
私が聖女だなんて、嘘でしょー。

***

領主様の馬車に送られ、みんなで家に帰ってきた。

「リリー、ここで暮らしていきたいと言ってくれて…嬉しかった。
これからもずっと一緒にここで暮らさないか?」
リュカの言葉にーー感激である。

「私はまだここに居ていいんだよね?
リュカ、ありがとう♪」
心からの笑顔がこぼれる。

「あー、もちろん。
疲れただろ?今日は早めに休めよ。」


「うん、みなさん、おやすみなさい。」
私は安心して眠りについた。

***

リリーが眠った後、家族会議である。

彼女はパン屋の大事な大事な看板娘。

今さら彼女のいない生活など考えられない。


「兄さん、モテるくせに。
さっきのプロポーズのつもり? 
リリーには、全く伝わってなかったよね?
兄さんが頑張らないと、マルソー様に横から奪われても知らないよ。」

ノアの言葉が、心にグサッと刺さる。

「そうだぞ。リュカ、しっかりリリーを繋ぎ止めるんだ。」

「そうよ。ノアでは年下過ぎるし…
リュカに頑張ってもらわないと。
私はね、リリーに看板娘としてだけ居て欲しいわけじゃない。
我が家の嫁に欲しいんだよ。
あんな娘はなかなか居ない。
しっかり捕まえないと。」

みんな言いたい放題である。


リリーの孤児院訪問に付き添うと名乗り出た俺に、マルソー様の刺すような視線。

ピリリとした空気の中、負けてなるものかと食いついたが、
「付き添いは我が家の者で。」
と領主様が譲らなかった。

いやいや我が家の者って、それ、絶対マルソー様だよね?

持っていくたまごロールパンは、領主様買い取りなので、強くは言えないところが悔しい。

俺はたまごロールパンを作るパン屋の跡継ぎ。

あの顔はーー絶対に、マルソー様が付き添うつもりだ。
くそーっ。
俺に権力があれば…

領主様一家はリリーを聖女として、丁寧に扱っている。

彼女の嫌がることはしないであろう。
しないと思いたい。


翌日から、俺はリリーに異性として意識してもらえるよう行動した。
距離を詰めたり、言葉で伝えたり…
さりげなく髪に触れる。

もっと俺を意識して欲しい。


以前渡した髪飾り。
彼女は毎日それで髪をまとめている。

孤児院訪問の前夜、彼女にブレゼントを渡した。
髪飾りと同じユリの透かしが入った指輪。

俺、頑張った。

アクセサリーを買うと、リリーへのプレゼントだとバレバレなようで…
生暖かい目で見られた。

『まぁせいぜい頑張りなよ。』
といったところだろうか。

この街は狭い。
人の口に戸は立てられない。

俺たちが領主様に呼ばれた時に、マルソー様がリリーを気に入ったことまで噂になっている。

近々 孤児院へ行くことも。

街のみんなはパン屋の嫁だろうと、次期領主夫人だろうと、リリーさえ街に居てくれればいいのだ。

くそっー。
あんなお坊っちゃんに負けてなるものか!


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