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第11話 リリアンナ
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『リリアンナ』
この世界で生きる私の今の名前だ。
誰かに、この名前を呼ばれたことがきっかけで、記憶を取り戻していた。
リリアンナは大きな商家の娘として生まれた。
両親とともに訪れた神殿で、目の前を歩いていた少年が階段で足を踏み外し、落ちてしまった。
慌てて駆け寄ると、少年は足から血を流していた。
少年の両親はーーどこにいるかわからない。
私は、血が出ている少年の足に、ハンカチを強く押しあてた。
『血が止まりますように。』と願いながら。
なぜそうしたのかは、わからない。
体が勝手に動いていたのだから。
私の両親、騒ぎを聞き付けた少年の両親や神官たちが集まってきた。
みな私たちから一定の距離を保ったまま近づいてこない。
なぜ?
なぜ、みんな遠巻きに私たちを見ているの?
不思議に思いながら、怪我の様子を確認しようと、ハンカチを外す。
えっ!
少年の足にあった切り傷、擦り傷が見当たらない。
夢でも見たのかと、ハンカチを見る。
ハンカチには、少年のものと思われる血がついている。
少年は確かに怪我をしていたはずなのにーー傷が消えた?
少年の両親が彼を抱えあげ、
「ありがとうございます。聖女様。」
私に深く頭を下げた。
びっくりしていると、母が私の横に来て、背中をなでてくれた。
その背中の温かさに少し気持ちが落ち着いた。
何と答えればいいのか、混乱してわからない。
「怪我がなくて?よかったですね。」
神殿の敷地で起こったことだから、奇跡でも起きたのだろう。
両親が両側から私の手をしっかりと握りしめ、人だかりを抜けて馬車へと歩きだす。
今にも駆け出しそうな早足だ。
何だろう…心臓がドキドキする。
「お待ちください。」
後ろから男性に呼び止められた。
無言で馬車に乗り込んだが、馬車は動き出さない。
馬車の前に、神官たちが立ちふさがっているのだ。
「お待ちください。大事な話がありますので、神殿までお戻りいただけますか?」
神官の一人が声をあげた。
「それは…命令ですかな?」
父の強ばった声。
こんな声を聞いたのは初めてだ。
「………はい。」
「命令なら従うしかありませんね。わかりました。」
両親にしっかりと手を繋がれたまま、神官の後ろをついて行く。
神殿内の部屋に通され、両親に挟まれてソファーに座ると、年配の男性が入室してきた。
神殿の偉い方のようで、みな頭を下げている。
「頭をあげよ。
娘さんには治癒の力がある。
これから聖女として神殿預かりとする。
ここで両親とお別れを。」
私は、泣いた。
訳もわからず、両親と引き離される。
両親からのプレゼントであり、肌身離さずつけているユリのネックレス。
そのネックレスをギュッと握りしめる。
悲しくて、悲しくて、泣いた。
私がいくら泣いたとしても、何も変わらなかった。
すぐに両親とは別れ、聖女として、神殿での生活が始まった。
大好きな家族と引き離され、突然 聖女と言われてもーー気持ちがついていかない。
神殿では、きっちりとスケジュールが決まっており、否応なく規則正しい生活をおくることになった。
神殿関係者は貴族出身ばかり。
神殿内では、貴族出身の聖女たちが威張りちらしていた。
そんな人たちと仲良くなれるわけもなく、私は一人だ。
彼女たちから珍しく話しかけられたとしても、それは嫌味だったり…クスクスとこちらを見て笑ったり、嫌なことばかり。
彼女たちの態度がエスカレートしたのは、第二王子ライベルト様が現れてからだ。
神殿長と話すライベルト様を遠くから眺めては、夢見る乙女のように、浮き足だつ彼女たち。
ライベルト様が、頻繁に顔を出すようになると、聖女の誰かが見初められたのではないかと、噂になった。
自分の家柄や容姿に自信のある聖女は、
きっと自分が見初められたのだと期待していたようだ。
そう期待しても仕方がない。
それだけ、彼は顔を出していた。
時間が経つにつれ、彼は私につきまとうようになる。
私は神殿で決められたスケジュールに沿って動いている。
逃げようにも、逃げ場などーー
私には無かった。
ある日、両親からの手紙が破られていた。
誰がこんなことをーー
私にはとっては大切な手紙。
泣きそうになった。
でも我慢した。
自分の部屋に戻るまでは。
泣き顔など、見せてやるものか!
部屋に戻ると、悔しくて…涙が溢れる。
両親に抱きつきたい。
寂しくて…涙が溢れた。
私は、辛く悲しい日々を過ごしていた。
ライベルト様は、ただつきまとうのではなく、なんと私に愛を囁くようになった。
確かに、彼は素敵な方なのかもしれない。
それでも私には、住む世界が違う方が、気の迷い?もしくは、お遊びで私に声をかけているとしか思えないのだ。
彼の言動で、ますます居心地が悪くなる。
本当に、本当に、迷惑だ。
勘弁して欲しい。
他の聖女たちの視線が、だんだんキツくなってきていると言うのにーー
何度も、何度も、不敬にならないよう、オブラートに包んだ言葉でお断りした。
優しく伝えすぎたのかーー
断られるとは思っていないのかーー
私の気持ちは、彼には伝わらなかったらしい。
ついに恐れていたことが起きた。
王家から、正式に婚約の話が舞い込んだのだ。
平民である私の両親が、王家からの縁談を断れるはずはなかった。
私が正式に彼の婚約者に決まると、持ち物が無くなったり、壊されたりするようになった。
貴族出身の聖女たち。
言葉や態度はひどかったが、直接 何かをしてくることはなかったのに。
私宛の手紙を破いたことで、タガが外れてしまったのだろうかーー
これからエスカレートしていくと思うと、身震いする。
私には逃げ場などないのに。
ああー、私の人生、詰んだわ。
この世界で生きる私の今の名前だ。
誰かに、この名前を呼ばれたことがきっかけで、記憶を取り戻していた。
リリアンナは大きな商家の娘として生まれた。
両親とともに訪れた神殿で、目の前を歩いていた少年が階段で足を踏み外し、落ちてしまった。
慌てて駆け寄ると、少年は足から血を流していた。
少年の両親はーーどこにいるかわからない。
私は、血が出ている少年の足に、ハンカチを強く押しあてた。
『血が止まりますように。』と願いながら。
なぜそうしたのかは、わからない。
体が勝手に動いていたのだから。
私の両親、騒ぎを聞き付けた少年の両親や神官たちが集まってきた。
みな私たちから一定の距離を保ったまま近づいてこない。
なぜ?
なぜ、みんな遠巻きに私たちを見ているの?
不思議に思いながら、怪我の様子を確認しようと、ハンカチを外す。
えっ!
少年の足にあった切り傷、擦り傷が見当たらない。
夢でも見たのかと、ハンカチを見る。
ハンカチには、少年のものと思われる血がついている。
少年は確かに怪我をしていたはずなのにーー傷が消えた?
少年の両親が彼を抱えあげ、
「ありがとうございます。聖女様。」
私に深く頭を下げた。
びっくりしていると、母が私の横に来て、背中をなでてくれた。
その背中の温かさに少し気持ちが落ち着いた。
何と答えればいいのか、混乱してわからない。
「怪我がなくて?よかったですね。」
神殿の敷地で起こったことだから、奇跡でも起きたのだろう。
両親が両側から私の手をしっかりと握りしめ、人だかりを抜けて馬車へと歩きだす。
今にも駆け出しそうな早足だ。
何だろう…心臓がドキドキする。
「お待ちください。」
後ろから男性に呼び止められた。
無言で馬車に乗り込んだが、馬車は動き出さない。
馬車の前に、神官たちが立ちふさがっているのだ。
「お待ちください。大事な話がありますので、神殿までお戻りいただけますか?」
神官の一人が声をあげた。
「それは…命令ですかな?」
父の強ばった声。
こんな声を聞いたのは初めてだ。
「………はい。」
「命令なら従うしかありませんね。わかりました。」
両親にしっかりと手を繋がれたまま、神官の後ろをついて行く。
神殿内の部屋に通され、両親に挟まれてソファーに座ると、年配の男性が入室してきた。
神殿の偉い方のようで、みな頭を下げている。
「頭をあげよ。
娘さんには治癒の力がある。
これから聖女として神殿預かりとする。
ここで両親とお別れを。」
私は、泣いた。
訳もわからず、両親と引き離される。
両親からのプレゼントであり、肌身離さずつけているユリのネックレス。
そのネックレスをギュッと握りしめる。
悲しくて、悲しくて、泣いた。
私がいくら泣いたとしても、何も変わらなかった。
すぐに両親とは別れ、聖女として、神殿での生活が始まった。
大好きな家族と引き離され、突然 聖女と言われてもーー気持ちがついていかない。
神殿では、きっちりとスケジュールが決まっており、否応なく規則正しい生活をおくることになった。
神殿関係者は貴族出身ばかり。
神殿内では、貴族出身の聖女たちが威張りちらしていた。
そんな人たちと仲良くなれるわけもなく、私は一人だ。
彼女たちから珍しく話しかけられたとしても、それは嫌味だったり…クスクスとこちらを見て笑ったり、嫌なことばかり。
彼女たちの態度がエスカレートしたのは、第二王子ライベルト様が現れてからだ。
神殿長と話すライベルト様を遠くから眺めては、夢見る乙女のように、浮き足だつ彼女たち。
ライベルト様が、頻繁に顔を出すようになると、聖女の誰かが見初められたのではないかと、噂になった。
自分の家柄や容姿に自信のある聖女は、
きっと自分が見初められたのだと期待していたようだ。
そう期待しても仕方がない。
それだけ、彼は顔を出していた。
時間が経つにつれ、彼は私につきまとうようになる。
私は神殿で決められたスケジュールに沿って動いている。
逃げようにも、逃げ場などーー
私には無かった。
ある日、両親からの手紙が破られていた。
誰がこんなことをーー
私にはとっては大切な手紙。
泣きそうになった。
でも我慢した。
自分の部屋に戻るまでは。
泣き顔など、見せてやるものか!
部屋に戻ると、悔しくて…涙が溢れる。
両親に抱きつきたい。
寂しくて…涙が溢れた。
私は、辛く悲しい日々を過ごしていた。
ライベルト様は、ただつきまとうのではなく、なんと私に愛を囁くようになった。
確かに、彼は素敵な方なのかもしれない。
それでも私には、住む世界が違う方が、気の迷い?もしくは、お遊びで私に声をかけているとしか思えないのだ。
彼の言動で、ますます居心地が悪くなる。
本当に、本当に、迷惑だ。
勘弁して欲しい。
他の聖女たちの視線が、だんだんキツくなってきていると言うのにーー
何度も、何度も、不敬にならないよう、オブラートに包んだ言葉でお断りした。
優しく伝えすぎたのかーー
断られるとは思っていないのかーー
私の気持ちは、彼には伝わらなかったらしい。
ついに恐れていたことが起きた。
王家から、正式に婚約の話が舞い込んだのだ。
平民である私の両親が、王家からの縁談を断れるはずはなかった。
私が正式に彼の婚約者に決まると、持ち物が無くなったり、壊されたりするようになった。
貴族出身の聖女たち。
言葉や態度はひどかったが、直接 何かをしてくることはなかったのに。
私宛の手紙を破いたことで、タガが外れてしまったのだろうかーー
これからエスカレートしていくと思うと、身震いする。
私には逃げ場などないのに。
ああー、私の人生、詰んだわ。
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