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第5章
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ああ、腹が立つ。
着いてくるんじゃなかった、と由伊は朝から後悔をしていた。
橘は律に無駄に触りまくるし、仲野は無駄に女連れてきていたし、風呂でも橘は律と仲良さそうにしていたのだ。
それより何よりも、全てにおいて満更でも無さそうな律のあの笑顔に由伊は酷く腹を立てていた。
別に律の不幸を願っているわけではない。寧ろ、彼にはずって、笑っていて欲しい、明るく元気に過ごしていて欲しいと思っている。
けれど、それは自分が彼を笑顔にしてあげたい、幸せにしてあげたい、という思いなだけで、誰彼構わず愛想を振りまいて欲しい訳では無いのだ。
しかしこれは由伊の傲慢であり自己中な思考だ。
押し付ける訳にはいかないし、クソ可愛いがクソ腹立ってしまう。
チラリと楽しそうに話す律と律の前の女をみて由伊は「はぁ.......」とため息を吐いた。
内心、嫉妬でイライラしつつも空気を悪くするわけにはいかないと思い、無表情で食べ進めていると、ふと目の前の女が由伊に話しかけた。
「.......私達もなんか話しとく?」
とても面倒くさそうにつまんなそうに話しかけられ、由伊はポカンとする。
「.......え、別に話すことなく.......ないよね?」
あっぶね。口調が荒ぶるところだった。
「だよね。じゃあ料理美味しいね」
はあ? 話すことねぇっつってんだから無駄に話しかけてくんな。
俺は律くんと話してぇのに.......
「そうだねぇ~とっても美味しい」
にっこり笑って返すと、女はじっと由伊を見て「ぷっ」と吹き出した。
「下手くそ」
「.......え?」
女のセリフが理解出来なかった由伊は箸を止め、女を見つめる。
「愛想笑い、クソ下手くそだって言ったの」
意地悪そうな顔で笑われ、由伊はにっこり笑った。
「ありがとう。とっても嬉しいな」
この女、うぜ。
「隣の子にバレないといいね」
見透かしたような笑みで言われ、由伊は少しどき、と胸が鳴った。
こんな女に身の上話する気は無いからとりあえず黙って笑っておいたけれど、まさか、バレてるとは思わなかった。
何も隠す気はないからいいんだけど、そんなに顔に出てたか? 俺.......。
由伊はこれ以上この空間に居たくなかったので、早々に「ごちそうさま」と声を掛け、立ち上がった。
「あれ? 由伊、どこ行くの?」
不思議そうに見上げてくる彼が可愛くて可愛すぎて今すぐ押し倒したい感情に駆られたがそれらをいつも通り心の奥底に押し込め、笑顔を作る。
「ちょっと外の空気を吸いに」
くしゃり、と彼の頭を撫でて部屋を後にした。
廊下を歩き、浴衣のままベランダへと出る。冬の外はやっぱり寒くて、浴衣じゃぶるぶる震える。
まあ館内が少し暖かすぎて暑いくらいだったので、今は少し涼しい程度だけど、あんまり長居は出来ないなと感じる。
頭を冷やすくらいなら、丁度いい。苛立ちが収まらなくて、困っていた。自分がこんなにも嫉妬深い男だとは思わなかった。
ひたすら彼しか見ていない。彼基準の生活が心地よくて大好きなのだ。こんな日々を失いたくない。
彼が好きになってくれるのを待つと言ったけど、中々にキツイものが由伊にもある。由伊は律に「絶対触らないで」って言われたら、腕を切り落とす覚悟くらい出来ている。
むしろ、律の嫌がる事をしてしまいそうな自分の方に嫌悪すら抱いてしまうから、仕方なし、喜んで四肢を差し出そう。
「あ~もう監禁しちまおうかな」
「誰を?」
「り..............って、え!?」
いきなり聞こえた女の声に、由伊は驚いて隣を見た。
「寒いんじゃない? 息白いけど」
先程由伊の前に座っていた女が、鼻の頭を赤くしてぷるぷる震えながら俺の横にちょこんと、座っていた。
「ほら、これ渡しに来た」
何も話していないのに、女は由伊にダウンを渡してくる。
「あれ、これ俺のじゃん」
自分のダウンを手に取り、ポカンとする。
「私が余計なこと言ったから出てったのかと思って、罪滅ぼし」
相変わらずの無表情で話す女は、いかにも寒そうだった。そんな自分は何も羽織るもの持ってきていないらしい。
「.......別にいいよ。てか、君のせいじゃないし」
由伊は「はぁ」と息を吐いて、女の肩に自分のダウンをかけた。
「.......これ、私がアナタのために持ってきたんだけど」
キョトン顔で言われるも、由伊は女から視線をそらし白い息を吐きながら返す。
「いいよ、お前が熱なんか出したら仲野がビービー煩いだろ」
仲野とは極力関わりたくねぇし。
「.......ふふ」
女は静かに笑う。
「.......素が出たのに、優しいんだ」
「あ?」
「言葉遣いと愛想笑い、止めたんだ」
そう言われ、そういえばそうだな、なんて思い出す。
「今は律くん居ねーし、取り繕っても無駄だろ」
「.......私が言いふらすかもよ?」
「そしたら、今度はこっち路線で律くんを口説くから別にいい」
「.......ふへ、一途だね」
変な笑い方をした女は楽しそうに言う。
「.......お前もう戻れよ。俺も戻るし」
そう言って立ち上がると、女はキョトンとする。
「いいの? 戻ったら、捕まるよ?」
「は? 何に?」
捕まるって、何かあったっけ?
「今、アイリ達王様ゲームする事になってるから.......逃げてきたんだけど」
「はあ!? 王様ゲーム!? お前それ早く言えよ!! 律くんなんて恰好の餌食だろうが!!」
王様ゲームなんて、合コンのイチャコラ定番ゲームだろうが。彼に何かあったら、と苛立ちと不安に襲われ慌てて館内に戻るため足を進めた。
女も後ろからてってっと着いてくる。
しかし、女は手と足が悴んだようで上手く歩けていない。
「おい、早くしろ」
冷たくそう言うと、女は少しムッとした顔をして「先行けば.......わっ!?」と言ったかと思ったら、案の定ずっこけていた。
「うぅ.......」
その場で蹲り足を抑えている。
「はあ? なんなのお前マジで.......」
早く行かないと彼が脱がさレてしまうかもしれないのに。王様ゲームなんてあんな野蛮なゲーム彼にはさせられない。
「いいよ、私歩けるから。早く行きなよ」
女は無表情で由伊を見上げる。
女の方も由伊の手は必要としていないのだろう。
.......どう考えても大丈夫じゃねぇだろ。膝小僧擦りむいてるし、手も擦りむいてるし.......。
.......てか、
「.......なんであのコケ方で、デコまで擦りむくんだよ.......」
由伊は女の姿が間抜けすぎて思わず笑ってしまった。
「.......はは、ほら、冷たくして悪かった。おぶってやるからおいで」
彼の事でいっぱいになっていて、女に冷たく当たり過ぎた。どう考えてもただの八つ当たりだ。
確かに律以外の人間はどうでもいいが、それにしたって冷た過ぎただろう、と由伊は反省し、手を差し伸べた。
自分の周りにうじゃうじゃ湧いて出る転んでか弱いアピールする女より遥かにマシだ。
「え、いい.......大丈夫.......っ」
女は急に焦って首を振る。
何をそんなに遠慮しているのか知らないが、何処と無く彼に似た女だと由伊は薄ら思った。
「そんな首振っともげんぞ。ほら早く来い」
早く律くんのとこ行きてぇんだから。
由伊は無理矢理女の手を掴んで、おぶるのは諦めて前に抱えた。
.......いわゆるお姫様抱っこ。
女は軽く、ヒョイッと簡単に持ち上がった。そのまま館内に入り、フロントで救急セットを頼んでいると後ろから、「.......ゆ、ゆい?」と戸惑う声が聞こえた。
「律くん!?」
由伊が効果音が付きそうな程ギュインッと勢いよく振り向いたせいで、女が、「うわっ」と声を上げた。
「あ、悪ぃ」
「.......いや、.......ふふっ.......アトラクションみたい.......っ」
コイツマジで変な女だな。女が肩を震わせて笑ってるのを無視して、由伊は律に駆け寄る。
「どうした? なんかあった?」
心配になって話しかけるも、律は何故かぽーっと由伊を見上げたまま黙っていた。
「どうしたの? 律くん、なんかあったの?」
律の様子を不審に思い顔を近づけると、律は「わぁ!」と心底驚いて声を上げて由伊と距離を取った。何故か物凄く焦っているように見える。
「.......な、なんでもない! ゆ、由伊と笹原さんが帰ってこないって皆が言うから、代わりに呼びに来ただけ.......!」
「そ、そっかぁ、ごめんね。今戻る所だったんだ」
なにかされたんじゃなくて良かった。何かあったら全員ぶっ殺だかんな.......。
「お客様お待たせ致しました。こちら、絆創膏と湿布でございます。.......それから、何かございましたらこの近辺の病院も紹介出来ますので」
「ありがとうございます」
係の人から受け取り、由伊はロビーのソファに女を下ろす。
「あとは、自分で出来るよ」
女は由伊を見上げ、絆創膏を寄越せと手を出してきた。
「あ、そう? じゃよろしく」
それを渡す寸前で気づく。
「.......そのデコぐれぇ貼ってやるよ。見えねぇだろ」
額の擦り傷は無理だろうな、と思い絆創膏の一枚を女のデコに貼ってポンッと叩く。
「ほれ、間抜け」
そう言ってやると、女はムッという顔をして「.......どーも」と呟いた。
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