地方騎士ハンスの受難

アマラ

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6巻

6-3

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 ニコはファヌルス達の方を振り返って、にっこりと微笑んだ。

「二人とも、上に行くんだろう? 搬入のリストも渡し終えたし、僕も一緒に行くよ。イチゴが逃げないように、見張らないといけないしね」
「ううー。お仕事きちんと終わらせていったのにぃー」

 唇を尖らせるイチゴを見て、ファヌルスはニコの方へ顔を向ける。
 その意味を察したのか、ニコが頷く。
 イチゴは、確かに自分の役目は果たしていたのだ。だが、先ほどから話題に上がっているトヨカは、非常に仕事に厳しい人物であった。仕事を終わらせたなら、すぐに次に取り掛かれ、というタイプなのである。どちらかというとお気楽なイチゴは、よく彼女に怒られていた。
 とはいえ、仲が悪いというわけではない。
 ファヌルスは手を伸ばし、イチゴの頭を撫でる。

「大丈夫だよ。迎えに来るように私が頼んだんだ、って言っておくから」
「ホント!? それなら怒られないで済むかも!」

 とたんに、イチゴは嬉しそうに表情を輝かせる。
 コロコロと変わるイチゴの顔に、ファヌルスとニコは少しあきれたように笑うのであった。



   3 島を歩く男


 空に浮かぶ島からは、三本のケーブルが延びていた。
 それらはすべて地上にある同じ駅と繋がっており、ひっきりなしにゴンドラが行き来している。
 ゴンドラが駅に着くと、すぐに積荷を兵士達が下ろしていく。人は乗っておらず、中にあるのは空箱あきばこなどのゴミの類だけだ。それらを下ろし終えたら、兵士達は今度は物資を載せていく。きびきびと積み込んでいく姿は、流石さすが軍人といったところだろうか。ゴンドラはかなり大きく、人ならば二十人以上は乗れるだろう。積載量せきさいりょう許容きょよう限度にも余裕があり、安定性も申し分ないらしい。
 もっとも、兵士達は大雑把おおざっぱに物資を載せているわけではない。
 ゴンドラは、その天井部分に取り付けられたハンガーと呼ばれる柱一本でケーブルにぶら下がっている。そのため前後左右の重さのバランスが崩れると、ゴンドラ全体が傾いてしまうのだ。そうなると中の積荷も崩れるし、下手をすればゴンドラがケーブルから外れてしまう。このような事故を防ぐ目的で、荷物の重さを上手く調整する必要がある。
 兵士達は無造作に詰め込んでいるように見えたが、実は載せる荷物やその位置などには細かな配慮はいりょがあった。だから、急にやって来た人間達を乗せるスペースを作るのに、少し時間がかかるのだ。
 そこでファヌルス、イチゴ、ニコの三人は、自分達が乗れるゴンドラが来るまで、駅の中で待つことにした。
 駅と言っても、ケーブルを支える装置と予備のゴンドラ、そしてゴンドラに積み込む荷物と、島から下ろされたゴミの類が積み上げられただけの簡素な建物だ。休憩するための施設などはなく、中はがらんとしている。大きな倉庫の壁の一面がないような状態だった。その壁のない部分から、空に浮かぶ島へ繋がるケーブルが延びているわけだ。
 三人は駅の壁際に置かれた椅子に、のんびりと座っていた。
 すでに兵士達には頼んであるので、余裕が出来れば声をかけてくれることになっている。本来なら、荷物よりも貴族のファヌルスを優先するのが当たり前だろう。だが、ファヌルスはそういったことに頓着とんちゃくのない人物であったので、今は自分達よりも荷物を運ぶことの方が大事だと考えていた。わざわざ物資を運び上げてまで島で行っている作業は、それだけ重要なものなのである。

「それにしても」

 近くに置いてあった予備のゴンドラを見上げ、ニコがポツリと言葉を漏らす。

「ロープウェイって、普通はケーブルが動くものだよね? それがゴンドラの方が動くんだから。魔法道具って凄いよね」

 ここでは地球のロープウェイとは、まったく違う原理が使われていた。ケーブルの方は固定してあり、ゴンドラが自らの動力で動くのだ。
 ニコにも詳しい原理は分からなかったが、動力が魔法道具なのは知っていた。実際に、それを工房で製作している場面も見たことがある。とはいえ本当に、ただ目にしたことがあるというだけだ。原理も仕組みも不明だが、使うことはできる、というところだろうか。
 そんなニコの言葉に、イチゴは真剣な面持おももちで頷く。

「そうなんだよねぇー! 不思議な道具って沢山あるんだよね! 使い方しか分からないけどさ!」
「それなら地球も同じだろう? 正直なところ、スマホがどうやって動いてるのかとか、考えたこともないまま使っていたよ。少なくとも、私はね」

 ファヌルスの言葉に、イチゴはポンと手を叩く。

「そっか! 言われてみればどんな仕組みなのかも知らないや!」
「僕もだよ。使ってはいたけど、どういう構造なのかも知らないんだよね」

 三人は顔を見合わせて声を出して笑う。
 そんな話をしていると、兵士の一人が声をかけてきた。
 人が乗れるスペースのあるゴンドラが、そろそろ出発するのだという。
 軍人に案内されて、ファヌルス達はそのゴンドラへ向かった。荷物の積み込みは、すでに終わっていたらしい。案内されたゴンドラの周りには兵士の姿はなく、ほかのゴンドラへ荷物を運び込んでいる姿が見られた。代わりにゴンドラの前に立っていたのは、作業着を着た職人風の男だ。ゴンドラの操作や整備などを任された技術者である。
 ファヌルスが「ご苦労様」と声をかけると、大変恐縮した様子を見せた。
 それも当然だろう。ここで働いている職人は皆、街に住んでいる者達だ。彼らは自分達の仕事を発展させてくれたファヌルスに対する敬意の気持ちが強いのだ。
 この街は元々、あちこちにある魔法道具の産地の一つでしかなかった。それを現在のような国内でも指折りの産地に発展させたのは、ファヌルスの功績だった。
 この国は国全体の産業として魔法道具作りを行っており、その作業場や生産場は国の各地に点在していた。そんな中でファヌルスは様々な優遇措置ゆうぐうそちや、職人の誘致ゆうちなどを行い、この街の魔法道具産業を支えたのだ。街に住む職人は領主の子息だからではなく、為政者いせいしゃとして結果を出したファヌルスに感謝しているのである。
 ゴンドラの中には、木箱が多く積み上げられていた。箱の表面には、品名や数などが書かれている。どうやらファヌルス達と一緒に運ばれるのは食料のようだ。案内してくれた軍人と職人に見送られ、ファヌルス達はゴンドラへ乗り込む。
 ゴンドラ自体は大きいのだが多くの荷物があり、人の乗るスペースは狭かった。椅子なども設置されていない。ファヌルスとイチゴは、揺れても危なくないよう近くの荷物などに掴まった。ただ、ニコが立っている場所は丁度よい荷物がなく、仕方なくファヌルスに掴まることになる。

「その、申し訳ない。なるべく自分の足で頑張るようにするよ」
「大丈夫だよ。ニコぐらいなら、僕でも支えられるからね」

 ファヌルスは身長が高く、ニコとは頭一つ以上差があった。ニコは特別小柄ではないが、どちらかといえば細身な体格だ。確かに、ファヌルスならニコを問題なく支えられるだろう。
 それを見ていたイチゴが、横から顔を出す。

「じゃあ、私もつかまってもいーい?」
「どうだろう。イチゴは私で支えられるかな?」
「ひっどい! どういう意味それっ!」

 ほおを膨らませるイチゴに、ファヌルスとニコは可笑おかしそうに笑う。
 そんなことをしているうちに、ゴンドラの扉が閉められる。観光用のゴンドラではないので、窓などはほとんどない。一応、中に乗った人間が外を確認するためののぞき窓があるのだが、景色を楽しめる大きさではなかった。明かりの取り入れ口はそれくらいしかなく、中は非常に薄暗い。
 普段はほとんど荷物の運搬用としてしか使わないので仕方ないのだろう。
 職人が大声でゴンドラの出発を知らせる。ベルの音が駅構内に響き渡り、それからゆっくりとゴンドラが動き出した。安定しているためか、大きな振動などはない。
 三人で小さな窓から外を覗いていると、徐々に地面が離れていくのが分かる。駅から空に浮かぶ島までは、それほど距離は離れていなかった。暫くられていると、あっという間に到着してしまう。

「なんか、景色とか見る余裕もないよねー」
「観光用じゃないからね。ゴンドラの速度も、けっこう速いし」

 不満そうなイチゴに、ニコが肩を竦める。
 僅かな振動の後、ゴンドラが完全にその動きを止めた。すぐに声がかかり、ドアが開けられる。だが、それは人間ではなかった。
 木製の、のっぺりとした人型の人形。顔の部分はほぼ円柱であり、いわゆるデッサン人形のようになっている。そんな物体が、まるで人間と変わらぬ様子で動いているのだ。

「お疲れ様でした。どうぞ、こちらへ」

 感情のない無機質な声が、その人形から響いた。普通ならば腰を抜かしそうなものだが、ファヌルス達の表情に驚きはない。
 三人がゴンドラを下りると、そこは広場になっていた。地面はコンクリートに似た物質で固められている。この場所は島の側面、中央付近に開いた洞窟のような場所であった。
 奥の方に目をやると、大きな穴がいくつも見える。それらは島の内部へ繋がる通路の出入口だ。
 ファヌルス達がゴンドラから下りたのを見計らい、周囲に居た者達が集まって来た。それらはやはり人間ではなく、ファヌルス達を出迎えたのと同じデッサン人形である。広場を見渡すと、そこで作業をしているのは、すべてデッサン人形であった。何十体というデッサン人形が規律正しく、忙しそうに働く姿は、かなり異様だ。ところが、やはりファヌルス達はそれを、当たり前のように受け入れていた。彼らにとっては、すでに見慣れた光景なのである。

「いやぁー、相変わらずマジメでえらいよねー!」
「イチゴは、最初彼らの外見に驚いていたじゃないか」
「そりゃ驚くよ! ビジュアルなんてほとんどホラーだし!」
「まあ。そう言われれば、そうなんだけどさ」

 からかうように言ったニコは、イチゴの言葉に苦笑する。ニコ自身、あのデッサン人形の外見に最初は酷く驚いたのだ。
 イチゴとニコのそんなやり取りを、ファヌルスは微笑ましそうに眺めている。
 ふと、ファヌルスは何かに気がついたように振り返った。目に入ったのは、熊のぬいぐるみを抱えた少女の姿だ。年齢は、小学校低学年ぐらいだろうか。
 ファヌルスは膝を折り、腕を広げた。少女は無表情のまま、そこへ飛び込んで行く。

「こんにちは、ミクル。仕事は順調かな?」

 無表情の少女、ミクルを抱きとめたファヌルスは、頭をでながら尋ねた。
 ミクルは無表情のまま目を細め、コクリと頷く。
 ファヌルスは嬉しそうに笑顔を見せると、ミクルを抱いたまま立ち上がる。
 そんな二人に、イチゴが真剣な顔で近づいて来た。

「ねぇ、ミクルちゃん。トヨカさんって、なにしてるか分かる?」

 おずおずと尋ねるイチゴに、ミクルはやはり無表情にコクリと頷いた。

「イチゴを、さがしてる。おこってるみたい」
「おうわあー! ミクルちゃんにもイツミくんにも確認したのにぃー! 仕事も一応終わらせたのにぃー!」

 イチゴは叫びながら頭を抱えた。
 苦悶くもんの表情で身をよじる姿に、ニコは呆れた様子で肩を竦める。

「今日の作業って、なんだったんだい?」
「ミクルちゃんが仕掛けたトラップの強化だよー。イツミくんに運んでもらって、島の底のヤツを強化してたの! 今設置してあるヤツは全部終わったから、ファヌルスのこと迎えに行ったのにぃー!」
「なら、トヨカさんも文句言わないんじゃないかな、って言いたいところだけど。彼女、人にも自分にも厳しいからね」

 絶望したような顔で項垂うなだれるイチゴを見て、ニコは苦笑を漏らす。
 そんな二人の様子を見て、ミクルはゆっくりと口を開いた。

「イチゴは、しっかり仕事した。トヨカに言ってあげる」

 どうやら、イチゴの弁護をしてくれるつもりらしい。
 イチゴはパッと表情を輝かせると、ファヌルスごとミクルに抱き付いた。

「ありがとうミクルちゃん! 命の恩人だよっ!」
「まったく。ミクルも大変だね。ダンジョンだけじゃなくて、イチゴの世話もしなくちゃいけないんだから」
「えー! 私がお世話されてるの!?」

 ニコの言葉に、イチゴが抗議の声を上げる。
 だが、ファヌルスとニコは、そのとおりだと言うように笑っていた。
 憮然ぶぜんとして頬をふくらませるイチゴを見て、ミクルは少しだけ目をつむる。ミクルは日本に居た頃、児童養護施設で生活していた。実の親に育児放棄ほうきをされており、そこで保護されていたのだ。
 学校に行き、施設へ戻る。そんな日々を送っていた、ある日。
 イチゴ達のときと同じように、それは突然起こった。
 いつのまにか森の中を彷徨っていたのである。
 別段、恐怖もあせりもなかった。自分の身など、どうなってもいいと思っていたからだ。
 それから冷静に自分の現状を見つめると、妙な能力があることに気がついた。
 それを使い、近くの村に辿たどり着いたのだ。村で保護されたミクルは、その数日後、ファヌルスと出会うことになった。
 ミクルは、保護者からの「無条件の愛」というのを知らずに育ってきた。もしかしたら、そういったものを向けられたこともあるのかも知れないが、ミクル自身はそれを感じ取った経験がない。
 それになれていたし、そういうものだろうと思っていた。
 だが、この世界で保護者となったファヌルスは、ミクルに愛情を注いでくれたのだ。初めて会ったとき、優しく頭を撫でてくれたことを、ミクルは今も鮮明に覚えている。
 自分より先にこの世界に来ていた日本人達が、自分を温かく迎え入れてくれたことも。
 だから現在のミクルにとって、日本に居た頃のことなどどうでもいいものになっている。
 ファヌルスと、仲間である日本人達こそが、ミクルにとっての家族。守るべきものなのだ。
 そして、ミクルの能力は、それに最も適していた。
 それは、ポイントと呼ばれるものを消費してダンジョンを作り出す「ダンジョンマスター」という能力だ。ゲームなどでよくあるそれを、自らの手で創造できるのである。
 これほど「守る」ということに特化した力は少ないだろう。
 ミクルは自分の能力を、ファヌルス達のために惜しげもなく使っている。
 今している仕事も、その一環だ。
 ファヌルス達が今居る、空に浮かぶ島。
 ポイントを消費して手に入れた「浮遊島ふゆうとう」を、「空を移動するダンジョン」に仕上げること。
 それが、ファヌルスの現在の目的であり、ミクルがするべきことなのである。


 ファヌルス達は、ダンジョンの中へ入って行った。ミクルは、ファヌルスに抱き上げられたままだ。どうやらファヌルスは、見た目よりも体力があるらしい。
 彼らが今歩いているのは、広場と同じくコンクリートのようなもので固められた通路だ。そこも広々としており、天井には発光する魔法道具が吊るされている。
 時々、荷物を抱えたデッサン人形達とすれ違う。それらのデッサン人形は、実はミクルが作り出した「モンスター」であった。ポイントを消費して製作したそれらは、この世界に元々居た生物とは異なる。生物であるかすら、怪しいところだろう。だが、創造主の命に従い、忠実に働いてくれる。ダンジョン内部を忙しく動き回っている彼らは、見た目のまま「デッサン人形」という名前であった。外見は不気味で生物的な要素は一切ないが、機械のように勤勉きんべんに働く労働力として重宝ちょうほうされていた。

「ねぇーえー。やっぱりトヨカさんのところに行くのー? 挨拶なら、先にイツミくんのところに行こうよ!」

 イチゴは項垂れながら、そんなことをぼやいた。足が重そうな様子だが、それでもきちんとファヌルス達について行く。一番後ろから、ではあったが。

「イツミ、そとにいる。トヨカはすぐそこ」
「だってさ。ダンジョンマスターがそう言うんだから、間違いないよ」

 ミクルの言葉に賛同し、ニコは肩を竦める。
 彼らが今向かっているのは、ダンジョン内に作られた訓練所だ。ミクルによれば、トヨカはそこに居るらしい。ダンジョンマスターであるミクルには、ダンジョン内部のことが手に取るように分かるようだ。

「大体、ファヌルス様はトヨカさんに用があるんだから。くっ付いて行くなら、自然と会うことになると思うよ?」
「そーだけどさぁー。トヨカさん、お説教長いんだよなぁー」

 がっくりと項垂れるイチゴを見て、ファヌルスはミクルと顔を見合わせて笑う。とはいっても、ミクルの表情はほとんど動いていないのだが。
 ファヌルス達が暫く進むと、目的の場所に出た。広い空間に、何体もの「モンスター」が動き回っている。大半が「人型」であり、脚と腕を持っていた。それらはやはり、ミクルが能力を使って作り出したものだ。
 全身が赤く、巨大なつのきばを持つもの。
 六本の腕を持つもの。
 人の二倍はあろうかという身のたけに、ぎょろりとした単眼たんがんを持つもの。
 正に、日本のゲームやファンタジー小説に出てきそうな怪物ばかりだった。
 そんなモンスター達は、手に手に木刀や棒のような非致死性ひちしせいの武器を持ち、お互いを攻撃し合っている。どうやら、戦闘の訓練をしているようだ。
 ファヌルス達に気がついたモンスター達は、すぐにその手を止めて敬礼の姿勢をとる。粗暴そぼうな見た目ではあるが、知能はなかなかに高いらしい。
 そんなモンスター達の間をって、一人の女性が歩いて来た。さやに納められた剣を片手に持つ、黒髪の少女だ。ポニーテールにまとめた髪は、腰まで届いている。意思の強そうな目を、さらにとがらせており、手にした得物もあいまって、さながら女性剣士のようだった。

「やぁ、トヨカ。順調そうだね」
「はっ。おかげ様で、モンスター達のレベルアップは順調です」

 にっこりと笑って声をかけるファヌルスに、剣を持った女性、トヨカは綺麗な敬礼をしながら答える。彼女もやはり、この世界に転移して来た日本人の一人だ。
 そのトヨカが今、行っている仕事。
 それはモンスター達をきたえてレベルを上げる、というものだった。
 ミクルの能力によって作り出されたモンスターには、「経験を積むとレベルが上がり、能力も増える」という正にゲームのような能力が備わっていた。そのままでも十分戦力になるが、レベルを上げれば、さらに驚異的きょういてきな能力を発揮するようになるのだ。

「助かるよ。今のうちにレベルを上げておけば、戦いのときに役立つからね」
「お任せを。必ずお役に立って見せます」

 トヨカは手にしていた剣を目の高さまで持ち上げた。さやに入っていながら、どこか禍々まがまがしい。それは、いわゆる魔剣と呼ばれる類の武器である。
 トヨカが持つ能力は「魔剣使い」。様々な能力のある魔剣を召喚し、それを自在に使いこなして戦うことができる、というものだ。
 炎を操る魔剣や斬撃ざんげきを飛ばす魔剣、持った者が疾風しっぷうのように素早く動けるようになる魔剣。
 そういった能力を持つ数種類の魔剣を、トヨカは手足のように扱えるのだ。
 当然、トヨカ自身の身体能力も、「魔剣使い」によって強化されている。強力な破壊力を秘めた魔剣を振るって戦うトヨカの戦闘能力は、ハンスが暮らす国の「騎士」数人分に匹敵するものだった。
 トヨカの仕草にファヌルスは嬉しそうに笑って頷いた。
 それを確認したトヨカ自身も、微笑んで剣を下ろす。だが、トヨカの目はすぐに鋭く細められ、ファヌルスの後ろに隠れようとしていた人物に向けられた。
 その人物は視線に気がついたのか、びくりと体を震わせる。ファヌルス越しに顔を覗かせたのは、言わずもがな、イチゴであった。

「えーっと、げんき?」
「元気? ではないだろう。どこに行っていたんだ? トラップの強化は終わったようだが、こちらも手がいたら手伝って欲しいと言ってあったはずだが?」

 トヨカの口調は落ち着いているものの、剣呑けんのんな雰囲気がたっぷりとめられていた。
 そんなトヨカに気圧けおされたのか、イチゴはじりじりとファヌルスの影に隠れていく。
 二人のやり取りを見て、ファヌルスはおかしそうに笑う。

「イチゴは、私のことを迎えに来てくれたんだよ。自分の仕事に、きちんと目処めどを付けて、ね。それに、あまり根をつめると疲れてしまうよ。適度に休憩もしないと」

 ファヌルスに言われ、トヨカはひるむように言葉に詰まった。僅かに表情を険しくして、考えるように唸り、小さく溜め息を吐く。

「まあ、ファヌルス様が、そうおっしゃるのでしたら」

 いかにも不本意そうだが、一応引き下がった。
 イチゴはほっとした様子で、胸を撫で下ろしている。

「ありがとー、ファヌルスー!」
「ふぁ、キサマッ! 様をつけんかっ! 様をっ!」
「あー! いいじゃんかー!」

 ファヌルスを呼び捨てにしたことが、トヨカの逆鱗げきりんに触れたらしい。
 怒鳴どなられてビクつくイチゴを見て、ファヌルスは面白そうに笑う。
 トヨカも、イチゴ達と同じくこの世界に迷い込んで来た日本人だ。
 森の中で異変に気がつき、すぐに自分の能力を把握すると、魔剣を駆使くしして小さな農村へ辿り着いた。それから、やはりほかの日本人達と同じく、ファヌルスに保護されたのである。
 トヨカの家は、財閥ざいばつとも呼ばれる名家だった。政治家や、企業の代表、資産家など、いわゆる「人の上に立つ人間」を見て育っている。トヨカ自身、将来はそういった人間になるべく教育されてきたし、そのための勉強や努力を重ねてきた。このまま行けば、トヨカは日本の国政に影響を与える存在になっていたはずだ。
 だが、この世界にやって来てしまった。
 そして、ファヌルスに出会ったのである。
 ファヌルスと過ごすうちに、トヨカは幼い頃から思い定めてきた自分の未来像が音を立てて崩れていくのを感じた。
 自分の中の価値観が決定的に変わったのである。
 今まで自分は「人の上に立つ人間」だと信じていたけれど、自分は偽物にせものだと。自分は、状況や立場でたまたまそうなっているだけの、凡庸ぼんような普通の人間にしか過ぎないのだ、と。
 トヨカにとってファヌルスは「本当に人の上に立つべき人間」だった。
 ファヌルスという人物と出会ったことは、まさしく青天の霹靂へきれきであった。人の上に立ち、人々を導くのは、ファヌルスのような人間なのだ。そんな思いは、ファヌルスのことを知れば知るほど強くなっていった。トヨカにとってファヌルスは、理想的な「指導者」であり、「貴族」であったのだ。いつしかトヨカは、自分が今まで努力してきたのは、すべてファヌルスの役に立つためだったのだと考えるようになった。
 そして今、トヨカは持てるすべての力で、彼を支えようとしている。
 暫く笑って二人のやり取りを見ていたファヌルスだったが、抱えていたミクルに胸元を引っ張られて視線を下げた。あまり感情を表さないミクルだが、ファヌルスはその意を理解したらしい。にっこりと笑って頷くと、トヨカの方へ顔を向ける。

「トヨカも、そろそろ休憩が必要じゃないかな。イツミも呼んで、お茶でも飲もうと思うんだけど。どうかな?」
「はっ。まだ、十数時間ほどしか経っていないのですが、ファヌルス様がそう仰るのであれば……」
「魔剣のおかげで体は疲れないかもしれないけど、それでは心が疲れてしまうよ」

 トヨカの言葉に、ファヌルスは苦笑する。

「じゃあ、私からのお願いだね。お茶を飲み終わったら、眠って英気えいきを養っておいで。その方が、仕事の能率も上がるだろうし。トヨカの体も、心配だしね」
「はっ、その、申し訳ありません。ありがとうございます」

 恐縮するトヨカに、イチゴはほっと胸を撫で下ろす。
 二人は別段仲が悪いわけではない。さっきのやり取りはじゃれあいみたいなものなのだ。

「ミクル。イツミはどこに居るかな?」
「しまのうえ。ろぼっとにのってる。ちかくに、てーぶると、おちゃ、よういさせる」
「流石。仕事が速いね。ありがとう」

 ファヌルスは、ミクルの頭を撫でる。
 ミクルは満足そうに目を細め、ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。


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