赤に咲く

12時のトキノカネ

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イツは前職が騎士であるナイト職だったため前衛で盾職のタンクを巻かされることが多い。目の前にどんなモンスターが現れても恐れることなく重厚な盾を構え、仲間を守りながら戦う。それがイツだ。

元々、決まったパーティーは組んではいない。ただパーティーを組んだクエストのほうが割りのいいものが多く、レベル帯や条件の合う仲間や馴染みとパーティーを組むことが多い。今いる町のギルドでは最上級ランクのSランクは少なく、よってイツとパーティーを組める人間も少ないのだが、ランクもレベルもいくつも下がるしかも女性を今日は彼女の押しもあり、メンバーも集まらなくて入れたんだったなと彼女の職であるバードの歌声を聴きながらイツは他人事のように思い出していた。バード。決して多いとは言えない職だ。珍しい。支援職だ。
歌声で癒しも励ましもする。そんな彼らの歌声は総じて美しいがイツの焦がれるレーシアのほうがイツにとっては美しい音色だと思ってしまうのは恋の盲目か。

バードの旋律とともに思い出すのは何も持たない少女が広場の噴水に腰掛けて空に向かって歌っていた賛美歌だ。練習のためだったらしい。
途中危うげになりながらも拙くでもどこかイツを離さない美しいと思える音色はあの時以上を知らない。

赤い髪だった。まだ孤児院にいる頃で、自分も今のような冒険者でもなく一、騎士を目指す騎士見習いの子供で、久方ぶりに実家に帰った時だった。
少女に会ったのはまさに偶然で、最初に見たのは背中だった。
細い背中は頼りなげ、でもどこか生命力を感じる歌声、透明感。どう言い表していいか歌に通じない自分に語彙がないのが悔しいがいつまででも聞いていたい、そう感じる歌声で。終わったときはでもどこか晴れ晴れとする不思議なものだった。

振り返った少女の顔はとても整っていた、つり目がちの目は知性的で身体は折れそうに細かった。着ているものから裕福なものではないのはわかった。
だけれど一目見てどうしてか目が離せない。

歌が終われば夕暮れ時、さっさと帰ろうとする時間だろうに
彼女は一人、周囲の大人や子供を凪いだ目で眺めていた。
その表情は大人を思わせるもので少女の風貌とはミスマッチで他の同じ世代の子供が騒がしいのに大人しいのが印象的だった。

子供が帰る薄闇時になって彼女は帰っていった。
その時間は30分もあっただろうか。しかしただ彼女を見ていただけの僅かな時間がイツにとっては何故か忘れられない思い出になった。

バードの歌声が止み、その恩恵が身体にもたらされる。
湧き上がる力に自分も防御だけでなく攻撃に打って出る。

イツの前に立ちはだかるオーガは容易く切られイツの剣の錆になる。

すべての敵を倒して気分が高揚する。戦いは血を賑わせる。
それに息を吐いてどうにか高揚を押さえ込み、イツはにやりと微笑む。

イツは強い。冒険者の中でも比類ないほど。
しかし、それだけでなく冒険者向きな狩人の気質もイツの中で見え隠れする

強い相手との戦闘は面白い。命のやり取り。緊張。ギリギリの部分での
自分の真価。問われつづける資質があるようで
ただ対象物を守るだけだった騎士時代より生きてると感じれる今が天職だとイツは実感する。

倒したモンスターの剥ぎ取りを終えた仲間に肩を叩かれて
獣染みた顔からたらしだと言われる普段の優しげなイツの顔に戻る。
そして数事仲間とねぎらいとこれからギルドに戻ることを確認しあって
戦場を後にする。


イツの帰る街にはレーシアがいる。
レーシアはとても魅力あふれる女性に育った。その妖艶なまでの美しさから彼女を狙う男は後を立たない。どうにかしてそのライバルを出し抜いて一歩前へ。
それよりもっと前へ、この腕の中に。

そう思うイツの気持ちが強くなる。
数日前もレーシアにモーションを掛けようとした男どもを威圧して蹴散らしたばかりだ。思い人が魅力的だと大変だ。露払いのように常に周囲を気にして沸く蛆虫を排除して自分のものだと牽制しないといけない。

はやく本当の恋人同士になれたらいいのだが
いつもそっけない彼女にその道のりの長さをイツは思う。

いつか彼女を自分のものに。
固い決意はある。
絶対にかなえるという自信も。

それには誰よりも前に出て彼女の関心を買い印象づけないと

しかし自分からアプローチしたことのないイツはそこで行き詰る。
自分が有効だと思った手は打った。大体の手は自分かライバルが行ったと思われるがどれも彼女の心を射止めない。どうすれば。

ここにきてイツに焦りが生まれる。

レーシア以外の女性は勝手に自分を見てほほを染めてよってくると思っているイツは女性が喜ぶプレゼントも分からない。朴念仁の経験値の低さだ。
いつもまとわり付く商売女ややっかいなストーカーのような未亡人ばかりまわりに固まっていてまったく参考にならないが、たまには彼女たちの積極性を参考にすべきか

行き詰るイツは進展しないレーシアとの関係に思い悩んでいた。


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