39 / 60
第二部 漂流編
第39話 心臓層の縁で
しおりを挟む
反応層の赤い渦は、
見るだけで足がすくむほど巨大だった。
祈り線の粉が霧のように舞い、
空気そのものが赤い呼吸をしている。
タケルは一歩踏み出し、
その呼吸に触れた瞬間、
胸の奥に熱が走った。
「兄さん……欠片が、暴れてる。」
アキトも胸の穴を押さえる。
反応層の奥――
さらに深い場所で、
塔の心臓が脈打っている。
その脈が、
欠片の残り火を揺らし、
リタの記憶を呼び起こしている。
(――呼ばれているのではない。
“照らされている”……)
タケルが息を震わせた。
「兄さん……ここ、怖いけど、なんか……懐かしい。」
アキトは振り向いて言った。
「懐かしさは罠だ。
それはリタじゃない。塔が“似せている”。」
「でも……兄さん。
リタの声、少しだけ……混じってる……。」
タケルは自分の胸を押さえ、
にじむ涙を拭わずに言った。
「……兄さん。俺……降りたい。
もっと深く……リタの近くまで……」
アキトは弟の肩をつかみ、
穴の奥を指差した。
「見ろ。」
反応層の渦の中心。
赤い霧の向こう側で――
“影”が揺れていた。
人影だった。
輪郭が崩れ、
表情のない影。
だがその影の立ち方が、
アキトの心臓を掴んだ。
(リタ……)
いや、違う。
まだ“形”にはなっていない。
残響。
祈りに溶かされきらず残った“意志の残り滓”。
タケルも息を呑んだ。
「兄さん……あれ……絶対に……」
「まだ行くな!!」
アキトは叫び、
タケルの腕を掴んだ。
だがタケルは影に惹かれ、
一歩踏み出しかけた。
その瞬間――
(――痛いの、置いていけるよ)
タケルの足が止まる。
(――君だけは、ここで“軽く”なっていい)
膝が震えた。
アキトは即座にタケルの頬を叩いた。
タケルが目を見開く。
「兄さん……」
「立てタケル!!
それ以上聞いたら……塔に“吸われる”!」
タケルは耳を押さえ、
呼吸を乱しながら叫んだ。
「……兄さん、声が……声が足に絡む……!
走れなくなる……!」
アキトは弟の背中に手を添えて言った。
「走りたくなるまで走れ。
自分の足音で囁きを消せ!」
タケルは涙をこぼしながら頷く。
反応層の渦が、
二人の存在を感知したように波立つ。
赤い線が塔の中心に向かって集まり、
渦が“穴のように”口を開いた。
タケルが震え声で言った。
「……兄さん……あれ、心臓層?」
アキトは目を細めた。
「そうだ。塔の本体。
祈りが“最終的に行き着く場所”。」
タケルは胸を押さえ、
震える声で言った。
「……怖い。
怖いけど……兄さん、俺……リタのとこまで行きたい。」
アキトはタケルの肩を掴み、
目をまっすぐに見た。
「タケル。リタの残り滓を追うのは間違ってない。
だが、塔の“優しさ”は全部罠だ。」
タケルが涙を拭う。
「……兄さん……走り方、教えて。」
アキトは息を吸った。
胸の穴の奥で、
忘れかけていた“走りの記憶”がよみがえる。
(……昔、リタを背負って走った道を……)
塔内部の空気が、
足裏に“速度”を刻み込んでくる。
塔は祈りを運ぶために、
走るものを好む。
“走れる者”を優遇する。
アキトはタケルの手を握り、言った。
「タケル。走るんだ。
走り続ければ、塔はお前を掴めない。」
タケルも強く握り返す。
「兄さん……一緒に走って。」
アキトは頷いた。
「行くぞ。」
二人は反応層の縁へ踏み込み、
赤い渦の中へ突っ込んだ。
渦の内部は、
重さと軽さが同時に押し寄せる、
奇妙な空間だった。
タケルの身体がふらつく。
「兄さん……下が……引っ張る……!」
アキトはタケルの腕を掴み、
力を込めた。
「走れタケル!!」
二人は赤い渦の中を駆け抜けた。
祈り線が足元で光を散らし、
塔の呼吸が背中を押す。
塔内部の重力が歪み、
走る速度が自然と上がる。
タケルの耳元で――
(――置いていけ)
(――君だけは、ここで終わっていい)
(――兄から離れれば、もう苦しまなくていい)
誘惑④。
塔の本気の囁き。
タケルの脚から力が抜ける。
「う……っ!」
アキトはタケルの肩を抱き寄せた。
「タケル!!
塔の声は優しく聞こえる!
だが優しさで殺すのが塔だ!!」
タケルは涙をこぼしながら叫んだ。
「兄さん……俺……怖い……!
走りたいのに……足が……!」
アキトはタケルの背中を押した。
「タケル!!」
「――走れ!!!」
タケルの瞳に光が戻る。
赤い渦の奥、
心臓層の境界が見える。
巨大な“赤い縦穴”が、
二人を待っている。
タケルが叫ぶ。
「兄さん……聞こえる!!
リタの声が……!
すぐそこにいる……!」
アキトは胸の穴を押さえる。
痛みではない。
熱。
リタの残り滓が、
確かにこの下にある。
二人は最後の踏み込みで赤い渦を抜け、
心臓層の縁に降り立った。
そこは、巨大な空洞だった。
壁が脈打ち、
赤い祈り線が幾重にも絡み、
塔の心臓が波打っている。
その心臓の片側に――
赤い光の中に、
“影”が立っていた。
人影。
泣いているような形。
笑っているような形。
だけど、たしかに――
少女の面影。
タケルの声が震える。
「兄さん……あれ……」
アキトの心臓が、
力強く脈打った。
「……リタだ。」
心臓層が、
二人を迎え入れた。
見るだけで足がすくむほど巨大だった。
祈り線の粉が霧のように舞い、
空気そのものが赤い呼吸をしている。
タケルは一歩踏み出し、
その呼吸に触れた瞬間、
胸の奥に熱が走った。
「兄さん……欠片が、暴れてる。」
アキトも胸の穴を押さえる。
反応層の奥――
さらに深い場所で、
塔の心臓が脈打っている。
その脈が、
欠片の残り火を揺らし、
リタの記憶を呼び起こしている。
(――呼ばれているのではない。
“照らされている”……)
タケルが息を震わせた。
「兄さん……ここ、怖いけど、なんか……懐かしい。」
アキトは振り向いて言った。
「懐かしさは罠だ。
それはリタじゃない。塔が“似せている”。」
「でも……兄さん。
リタの声、少しだけ……混じってる……。」
タケルは自分の胸を押さえ、
にじむ涙を拭わずに言った。
「……兄さん。俺……降りたい。
もっと深く……リタの近くまで……」
アキトは弟の肩をつかみ、
穴の奥を指差した。
「見ろ。」
反応層の渦の中心。
赤い霧の向こう側で――
“影”が揺れていた。
人影だった。
輪郭が崩れ、
表情のない影。
だがその影の立ち方が、
アキトの心臓を掴んだ。
(リタ……)
いや、違う。
まだ“形”にはなっていない。
残響。
祈りに溶かされきらず残った“意志の残り滓”。
タケルも息を呑んだ。
「兄さん……あれ……絶対に……」
「まだ行くな!!」
アキトは叫び、
タケルの腕を掴んだ。
だがタケルは影に惹かれ、
一歩踏み出しかけた。
その瞬間――
(――痛いの、置いていけるよ)
タケルの足が止まる。
(――君だけは、ここで“軽く”なっていい)
膝が震えた。
アキトは即座にタケルの頬を叩いた。
タケルが目を見開く。
「兄さん……」
「立てタケル!!
それ以上聞いたら……塔に“吸われる”!」
タケルは耳を押さえ、
呼吸を乱しながら叫んだ。
「……兄さん、声が……声が足に絡む……!
走れなくなる……!」
アキトは弟の背中に手を添えて言った。
「走りたくなるまで走れ。
自分の足音で囁きを消せ!」
タケルは涙をこぼしながら頷く。
反応層の渦が、
二人の存在を感知したように波立つ。
赤い線が塔の中心に向かって集まり、
渦が“穴のように”口を開いた。
タケルが震え声で言った。
「……兄さん……あれ、心臓層?」
アキトは目を細めた。
「そうだ。塔の本体。
祈りが“最終的に行き着く場所”。」
タケルは胸を押さえ、
震える声で言った。
「……怖い。
怖いけど……兄さん、俺……リタのとこまで行きたい。」
アキトはタケルの肩を掴み、
目をまっすぐに見た。
「タケル。リタの残り滓を追うのは間違ってない。
だが、塔の“優しさ”は全部罠だ。」
タケルが涙を拭う。
「……兄さん……走り方、教えて。」
アキトは息を吸った。
胸の穴の奥で、
忘れかけていた“走りの記憶”がよみがえる。
(……昔、リタを背負って走った道を……)
塔内部の空気が、
足裏に“速度”を刻み込んでくる。
塔は祈りを運ぶために、
走るものを好む。
“走れる者”を優遇する。
アキトはタケルの手を握り、言った。
「タケル。走るんだ。
走り続ければ、塔はお前を掴めない。」
タケルも強く握り返す。
「兄さん……一緒に走って。」
アキトは頷いた。
「行くぞ。」
二人は反応層の縁へ踏み込み、
赤い渦の中へ突っ込んだ。
渦の内部は、
重さと軽さが同時に押し寄せる、
奇妙な空間だった。
タケルの身体がふらつく。
「兄さん……下が……引っ張る……!」
アキトはタケルの腕を掴み、
力を込めた。
「走れタケル!!」
二人は赤い渦の中を駆け抜けた。
祈り線が足元で光を散らし、
塔の呼吸が背中を押す。
塔内部の重力が歪み、
走る速度が自然と上がる。
タケルの耳元で――
(――置いていけ)
(――君だけは、ここで終わっていい)
(――兄から離れれば、もう苦しまなくていい)
誘惑④。
塔の本気の囁き。
タケルの脚から力が抜ける。
「う……っ!」
アキトはタケルの肩を抱き寄せた。
「タケル!!
塔の声は優しく聞こえる!
だが優しさで殺すのが塔だ!!」
タケルは涙をこぼしながら叫んだ。
「兄さん……俺……怖い……!
走りたいのに……足が……!」
アキトはタケルの背中を押した。
「タケル!!」
「――走れ!!!」
タケルの瞳に光が戻る。
赤い渦の奥、
心臓層の境界が見える。
巨大な“赤い縦穴”が、
二人を待っている。
タケルが叫ぶ。
「兄さん……聞こえる!!
リタの声が……!
すぐそこにいる……!」
アキトは胸の穴を押さえる。
痛みではない。
熱。
リタの残り滓が、
確かにこの下にある。
二人は最後の踏み込みで赤い渦を抜け、
心臓層の縁に降り立った。
そこは、巨大な空洞だった。
壁が脈打ち、
赤い祈り線が幾重にも絡み、
塔の心臓が波打っている。
その心臓の片側に――
赤い光の中に、
“影”が立っていた。
人影。
泣いているような形。
笑っているような形。
だけど、たしかに――
少女の面影。
タケルの声が震える。
「兄さん……あれ……」
アキトの心臓が、
力強く脈打った。
「……リタだ。」
心臓層が、
二人を迎え入れた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~
川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる
…はずだった。
まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか?
敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。
文治系藩主は頼りなし?
暴れん坊藩主がまさかの活躍?
参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。
更新は週5~6予定です。
※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
異世界で農業を -異世界編-
半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。
そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。
狐侍こんこんちき
月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。
父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。
そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、
門弟なんぞはひとりもいやしない。
寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。
かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。
のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。
おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。
もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。
けれどもある日のこと。
自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。
脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。
こんこんちきちき、こんちきちん。
家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。
巻き起こる騒動の数々。
これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる