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第二部 漂流編
第40話 外界への扉
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赤い心臓層は、
塔のすべての祈りが集まる場所だった。
ここに入った瞬間、
兄弟はまるで深海に潜ったかのように、
胸の奥を掴まれる感覚に襲われた。
だがそれ以上に、
そこに立つ“影”が、二人の心を止めた。
少女の形。
リタとよく似た肩の傾き。
長い髪が、ゆっくり揺れている。
タケルが、息を飲んだ。
「……リタ?」
影は振り向いた。
笑った。
声を落とした。
そしてタケルの名を呼んだ。
「……タケル。」
声は似ていた。
息遣いも似ていた。
でも——
アキトは、背中に稲妻が走るような違和感を覚えた。
(……遅れてる。)
影の表情が動く前に、
喉が小さく鳴る。
笑顔の角度と、視線の動きが揃っていない。
ほんの半拍。
しかし、決定的な違い。
タケルは気づかない。
影は、タケルに歩み寄る。
赤い心臓層の光に照らされながら、不安定に、しかし一定のリズムで。
アキトは叫んだ。
「タケル、止まれ!!」
タケルは振り返り、涙を浮かべて言った。
「兄さん……違う!これ、リタや……!
声も……顔も……歩き方も……!」
「違う!!」
アキトの叫びが、心臓層の空気を裂いた。
影は、アキトに目を向けた。
しかしその目は、アキトを見ていない。
アキトの“少し横”を見つめている。
焦点がずれている。
アキトは低く言った。
「タケル……あれは、生きてる目をしてない。」
タケルは影を見る。
影の目はタケルの顔を通り過ぎ、
その後ろの沈んだ空間を追い続けている。
タケルの涙が止まる。
「……リタなら……俺の顔を見る……。」
影はそっと手を伸ばした。
「タケル。
あなたは悪くないよ。
ここにいていい。
全部、辛いのも、苦しいのも……置いていきなさい。」
タケルの膝が震えた。
胸の欠片が強く光り、
罪と後悔が一気に噴き上がる。
影の声がさらに近づく。
「タケル……
あなたは、最初から悪くなかった。」
その瞬間——
アキトはタケルを掴んで後ろへ引いた。
影の指先が空を掠める。
指先が、
リタの手とは全く違う、
温度のない“金属の冷たさ”を含んでいるように見えた。
タケルは震え声で言う。
「兄さん……リタちゃう……
でも……声が……!」
アキトははっきり答えた。
「リタの声に“似てる”だけだ。
本物のリタは……お前をここには置かない。」
タケルは歯を食いしばった。
影は一瞬動きを止め、
まるで内部で何かが計算されたように、
首を傾けた。
次の瞬間——
心臓層の壁に、
ひび割れが走った。
白い光が滲み、
空間が捲れ、
塔の内部とは明らかに異質な“白い大地”が覗いた。
タケルは息を呑んだ。
「兄さん……あれ……!」
アキトの胸の穴が、熱くなる。
(……外界……!)
白い門の向こう。
影の薄い建物。
影が落ちない地面。
とまった空。
遠くで揺れる、細長い塔。
その手前を——
妹の背中のような影が、
ゆっくり歩いていた。
タケルは泣き出しそうな声で言った。
「リタ……?」
アキトは叫ぶ。
「タケル!!行くな!!
あれは“見せられてるだけ”だ!!」
影は手を広げた。
白い光を背景に、柔らかい微笑みを浮かべる。
「本物に会いたいなら……こちらへ。」
タケルは震える足を前に出しそうになったが、
アキトが腕を掴んだ。
タケルは振り返り、泣きながら言った。
「兄さん……行きたい……!
けど……怖い……!
兄さんと離れるのも……リタに会えへんのも……嫌や!」
アキトはタケルの肩をつかむ。
「タケル……俺は離れない。
お前を置いていかない。
だから——」
タケルは、泣き笑いの顔で言った。
「一緒に行こう。兄さん。
兄さんとなら、どこでも行ける。」
アキトは頷いた。
「行くぞ。
何があっても、二人でな。」
タケルの瞳に、
赤い光ではなく、小さな“生きた光”が戻った。
影は門の前で、
微笑みを保ったまま硬直している。
塔の装置の制御が限界に近づいているように、
その姿は微かに“乱れ”の揺らぎを帯びはじめていた。
心臓層が、大きく脈打つ。
白い光が広がる。
赤い層が押し流される。
塔の呼吸が、二人を押す。
タケルは喉の奥で小さな声を出した。
「兄さん……
今、体が……軽い。
外の空気が、呼んでるみたいや……」
アキトも同じだった。
胸の穴が痛まない。
息を吸うと、重さが溶けていく。
塔の内部では決して得られなかった感覚。
(ここは……外界の気流……?
塔の祈りの圧と違う……ただの“空気”だ……!)
タケルは、涙の跡のまま笑った。
「兄さん……走れる。
もう一回、走れる気がする……!」
アキトも笑う。
「じゃあ行くぞ、タケル。
その足で——外へ。」
そして——
二人は手をつないだまま、
白い門へと足を踏み入れた。
塔の心臓層が炸裂するように脈打ち、
赤い祈りの光が一瞬だけ強くなった。
だが白い光がすぐそれを飲み込み、
塔の内部が霧のように薄れていく。
外界の風が吹いた。
二人の髪を軽く揺らす。
塔の内部の息苦しさとはまるで違う、
“普通の風”だった。
タケルが目を見開く。
「兄さん……風や……!」
アキトは深く息を吸った。
(……重さがない……これが……外界……!)
白い地面。
影のない建造物。
とまったような青白い空。
二人の足が、塔の内部を離れ、
完全に外界へ踏み出した。
背後の門が、静かに閉じていく。
塔の影が遠ざかり、
兄弟の影が、
はじめて“地面に落ちた”。
アキトは言った。
「タケル……俺たち、外に出たぞ。」
タケルは息を震わせながら笑った。
「兄さん……やっとや……
俺ら……塔の外に出たんや……!」
二人は、塔の縁を越えて——
まったく新しい世界へ踏み出した。
──第二部 漂流編 了
塔のすべての祈りが集まる場所だった。
ここに入った瞬間、
兄弟はまるで深海に潜ったかのように、
胸の奥を掴まれる感覚に襲われた。
だがそれ以上に、
そこに立つ“影”が、二人の心を止めた。
少女の形。
リタとよく似た肩の傾き。
長い髪が、ゆっくり揺れている。
タケルが、息を飲んだ。
「……リタ?」
影は振り向いた。
笑った。
声を落とした。
そしてタケルの名を呼んだ。
「……タケル。」
声は似ていた。
息遣いも似ていた。
でも——
アキトは、背中に稲妻が走るような違和感を覚えた。
(……遅れてる。)
影の表情が動く前に、
喉が小さく鳴る。
笑顔の角度と、視線の動きが揃っていない。
ほんの半拍。
しかし、決定的な違い。
タケルは気づかない。
影は、タケルに歩み寄る。
赤い心臓層の光に照らされながら、不安定に、しかし一定のリズムで。
アキトは叫んだ。
「タケル、止まれ!!」
タケルは振り返り、涙を浮かべて言った。
「兄さん……違う!これ、リタや……!
声も……顔も……歩き方も……!」
「違う!!」
アキトの叫びが、心臓層の空気を裂いた。
影は、アキトに目を向けた。
しかしその目は、アキトを見ていない。
アキトの“少し横”を見つめている。
焦点がずれている。
アキトは低く言った。
「タケル……あれは、生きてる目をしてない。」
タケルは影を見る。
影の目はタケルの顔を通り過ぎ、
その後ろの沈んだ空間を追い続けている。
タケルの涙が止まる。
「……リタなら……俺の顔を見る……。」
影はそっと手を伸ばした。
「タケル。
あなたは悪くないよ。
ここにいていい。
全部、辛いのも、苦しいのも……置いていきなさい。」
タケルの膝が震えた。
胸の欠片が強く光り、
罪と後悔が一気に噴き上がる。
影の声がさらに近づく。
「タケル……
あなたは、最初から悪くなかった。」
その瞬間——
アキトはタケルを掴んで後ろへ引いた。
影の指先が空を掠める。
指先が、
リタの手とは全く違う、
温度のない“金属の冷たさ”を含んでいるように見えた。
タケルは震え声で言う。
「兄さん……リタちゃう……
でも……声が……!」
アキトははっきり答えた。
「リタの声に“似てる”だけだ。
本物のリタは……お前をここには置かない。」
タケルは歯を食いしばった。
影は一瞬動きを止め、
まるで内部で何かが計算されたように、
首を傾けた。
次の瞬間——
心臓層の壁に、
ひび割れが走った。
白い光が滲み、
空間が捲れ、
塔の内部とは明らかに異質な“白い大地”が覗いた。
タケルは息を呑んだ。
「兄さん……あれ……!」
アキトの胸の穴が、熱くなる。
(……外界……!)
白い門の向こう。
影の薄い建物。
影が落ちない地面。
とまった空。
遠くで揺れる、細長い塔。
その手前を——
妹の背中のような影が、
ゆっくり歩いていた。
タケルは泣き出しそうな声で言った。
「リタ……?」
アキトは叫ぶ。
「タケル!!行くな!!
あれは“見せられてるだけ”だ!!」
影は手を広げた。
白い光を背景に、柔らかい微笑みを浮かべる。
「本物に会いたいなら……こちらへ。」
タケルは震える足を前に出しそうになったが、
アキトが腕を掴んだ。
タケルは振り返り、泣きながら言った。
「兄さん……行きたい……!
けど……怖い……!
兄さんと離れるのも……リタに会えへんのも……嫌や!」
アキトはタケルの肩をつかむ。
「タケル……俺は離れない。
お前を置いていかない。
だから——」
タケルは、泣き笑いの顔で言った。
「一緒に行こう。兄さん。
兄さんとなら、どこでも行ける。」
アキトは頷いた。
「行くぞ。
何があっても、二人でな。」
タケルの瞳に、
赤い光ではなく、小さな“生きた光”が戻った。
影は門の前で、
微笑みを保ったまま硬直している。
塔の装置の制御が限界に近づいているように、
その姿は微かに“乱れ”の揺らぎを帯びはじめていた。
心臓層が、大きく脈打つ。
白い光が広がる。
赤い層が押し流される。
塔の呼吸が、二人を押す。
タケルは喉の奥で小さな声を出した。
「兄さん……
今、体が……軽い。
外の空気が、呼んでるみたいや……」
アキトも同じだった。
胸の穴が痛まない。
息を吸うと、重さが溶けていく。
塔の内部では決して得られなかった感覚。
(ここは……外界の気流……?
塔の祈りの圧と違う……ただの“空気”だ……!)
タケルは、涙の跡のまま笑った。
「兄さん……走れる。
もう一回、走れる気がする……!」
アキトも笑う。
「じゃあ行くぞ、タケル。
その足で——外へ。」
そして——
二人は手をつないだまま、
白い門へと足を踏み入れた。
塔の心臓層が炸裂するように脈打ち、
赤い祈りの光が一瞬だけ強くなった。
だが白い光がすぐそれを飲み込み、
塔の内部が霧のように薄れていく。
外界の風が吹いた。
二人の髪を軽く揺らす。
塔の内部の息苦しさとはまるで違う、
“普通の風”だった。
タケルが目を見開く。
「兄さん……風や……!」
アキトは深く息を吸った。
(……重さがない……これが……外界……!)
白い地面。
影のない建造物。
とまったような青白い空。
二人の足が、塔の内部を離れ、
完全に外界へ踏み出した。
背後の門が、静かに閉じていく。
塔の影が遠ざかり、
兄弟の影が、
はじめて“地面に落ちた”。
アキトは言った。
「タケル……俺たち、外に出たぞ。」
タケルは息を震わせながら笑った。
「兄さん……やっとや……
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