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第三部 祈り編
第45話 白の仮面
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白い柱が静かに脈を打ち続けている。
そのリズムは、塔の祈り機のような“内側から押し寄せる鼓動”とは違い、
まるで皮膚の表面だけを軽く叩いて確かめてくるような、
浅く冷たい揺れだった。
アキトは息を整えた。
足元の白い床が、ごく微かに波打っている。
揺れているというより、「こちらの体温に合わせて沈んだり戻ったりしている」ように見える。
タケルが胸を押さえた。
「兄ちゃん……変だ……。
胸ん中に……指を差し込まれてるみたいに……そこだけ空気が冷たい……。」
アキトはタケルの腕を支えながら周囲を見渡した。
空が半拍ほど狂っていた。
ゆっくり呼吸するように明暗を繰り返すはずの空が、
一瞬だけリズムを外し、沈黙を作った。
その沈黙に、タケルの呼吸が引きずられる。
「……呼ばれてるのか……?
いや……違う……。
何かの“形”が……俺の中を探してる……。」
その言葉と同時に、白い柱の内部で光が膨らみはじめた。
膜のような光が揺れ、静かに広がり、
やがて“人の輪郭”をつくった。
タケルが息を呑んだ。
「兄ちゃん……輪郭が……
リタの肩の高さ……あの髪……。」
アキトは目を細めた。
確かに似ている。
しかし塔の深層で見た“影の残り滓”とは違う。
塔の影は、記憶の破片のざらつきがそのまま姿に出ていた。
歪み、揺れ、欠けた部分が痛みとして伝わってくるような存在だった。
だが、目の前の白い少女は——
「欠け」が一つもない。
均一で、濁りがなく、傷の痕跡すら再現されていない。
まるで、誰かが“形だけ”を切り抜き、表面を磨き直したようだった。
タケルは後ずさった。
「……兄ちゃん……違う……。
でも……似てて……気持ち悪い……。」
少女の顔にあたる部分がゆっくりと動き、
瞳孔の位置で黒い穴がカメラのように“開閉”した。
その動きは、タケルの胸の奥に触れた。
「っ……!」
タケルの肩が跳ねる。
アキトはすぐに抱き寄せた。
「タケル、目を逸らすな。
けど……飲まれるな。」
タケルは震えながらも少女を見た。
「兄ちゃん……。
なんで……リタの“形”だけ……こんなに正確なんだ……。
声は……ないのに……。」
少女はまた口を動かした。
音はない。
それなのにタケルは、胸の奥をなぞられたような気配を感じた。
アキトはタケルの背を押さえつけるように言った。
「おまえの中にある“リタの外側”だけ……拾われてる。」
タケルの瞳が揺れた。
「外側……?」
「そうだ。
思い出の“見える部分”だけ掬って、組み立ててる。」
タケルは震えた息を吐いた。
「……じゃあ……これは……
リタの“模倣”……なのか……?」
その言葉が零れた瞬間、白い少女の瞳孔の穴がわずかに開いた。
光がその周囲でざわめき、輪郭が微かに揺れる。
タケルの“認識”が、白い存在を刺激した。
アキトはタケルを庇う形で前に出た。
「タケル、下がってろ。
こいつは……おまえの反応を観てる。」
少女の輪郭が、音もなく距離を詰めてくる。
足は動いていない。
それなのに位置だけが移動する。
タケルの声が震えた。
「……兄ちゃん……
呼ばれてない……。
でも……“呼ばれたい名前”の場所だけ……触ってくる……。」
アキトの背に寒気が走る。
塔の誘惑は声だった。
熱と迷いと祈りの残り滓が、人の心の隙間に入り込んでくる種類の重さだった。
しかし今目の前にあるものは——
温度がゼロ。
呼吸がゼロ。
情の影が一切ない。
ただ“タケルの心の配置”を観察し、そこへ合わせて形を変える。
アキトは唇を噛んだ。
「タケル。
おまえが心を揺らした“瞬間”を観て、
それを真似てきてる。」
タケルは涙をこぼした。
「……やめてほしい……。
リタは……そんなやり方……絶対しない……。」
少女がタケルへ顔を向けた。
首ではなく、輪郭全体が回転する。
不気味な滑らかさ。
タケルは息を詰めた。
「違う……。
リタは……俺が泣いたら……一緒に泣く……。
こんな……ただ“観測してるだけ”の顔じゃない……。」
その瞬間、白い少女の輪郭がひび割れたように揺れた。
光が濁り、均一だった表面が乱れ始める。
アキトはタケルの肩を強く抱いた。
「タケル。
おまえが覚えてるリタを……
こいつに否定させろ。」
タケルは涙を拭い、朧になった視界のまま少女をまっすぐ睨んだ。
「……お前は……リタじゃない。
リタの姿を真似ることはできても……
“気持ち”は真似できない。
兄ちゃんの名前を呼ぶとき……
リタはいつも……少し笑うんだ……。
お前には……絶対できない。」
少女の瞳孔の穴が一度大きく開き、
その後で急激に収縮した。
輪郭の光が一気に濁り、
少女の体が崩れ落ちるように分解されていく。
しん、と音のない破壊。
タケルが膝から力を抜いて座り込んだ。
アキトが肩を支える。
「タケル……大丈夫か。」
タケルは震える息を吸い、吐いた。
「兄ちゃん……。
俺……やっと……分かったんだ……。
俺が欲しかったのは……呼ばれることじゃない……。
ちゃんと……思い出すことだったんだ……。
リタを……。」
アキトの胸が熱くなる。
そのとき——
白い空が一瞬だけ大きく脈動し、
兄弟の影がふたつとも微かに揺れた。
“見ている”。
“触れられる場所を探している”。
そんな冷たい気配が空気に漂った。
だがタケルの足は、もう震えていなかった。
自分で立ち、前を向く強さが戻っている。
白い通路が、無音のまま奥へ続いている。
その先でまた何かが待っている。
タケルが前を向いたまま言う。
「兄ちゃん……もう大丈夫。
行こう。」
アキトは小さく頷いた。
ふたりの歩幅が、また揃った。
白い世界の中で、兄弟の影が長く伸び、
わずかに重なりながら進んでいった。
そのリズムは、塔の祈り機のような“内側から押し寄せる鼓動”とは違い、
まるで皮膚の表面だけを軽く叩いて確かめてくるような、
浅く冷たい揺れだった。
アキトは息を整えた。
足元の白い床が、ごく微かに波打っている。
揺れているというより、「こちらの体温に合わせて沈んだり戻ったりしている」ように見える。
タケルが胸を押さえた。
「兄ちゃん……変だ……。
胸ん中に……指を差し込まれてるみたいに……そこだけ空気が冷たい……。」
アキトはタケルの腕を支えながら周囲を見渡した。
空が半拍ほど狂っていた。
ゆっくり呼吸するように明暗を繰り返すはずの空が、
一瞬だけリズムを外し、沈黙を作った。
その沈黙に、タケルの呼吸が引きずられる。
「……呼ばれてるのか……?
いや……違う……。
何かの“形”が……俺の中を探してる……。」
その言葉と同時に、白い柱の内部で光が膨らみはじめた。
膜のような光が揺れ、静かに広がり、
やがて“人の輪郭”をつくった。
タケルが息を呑んだ。
「兄ちゃん……輪郭が……
リタの肩の高さ……あの髪……。」
アキトは目を細めた。
確かに似ている。
しかし塔の深層で見た“影の残り滓”とは違う。
塔の影は、記憶の破片のざらつきがそのまま姿に出ていた。
歪み、揺れ、欠けた部分が痛みとして伝わってくるような存在だった。
だが、目の前の白い少女は——
「欠け」が一つもない。
均一で、濁りがなく、傷の痕跡すら再現されていない。
まるで、誰かが“形だけ”を切り抜き、表面を磨き直したようだった。
タケルは後ずさった。
「……兄ちゃん……違う……。
でも……似てて……気持ち悪い……。」
少女の顔にあたる部分がゆっくりと動き、
瞳孔の位置で黒い穴がカメラのように“開閉”した。
その動きは、タケルの胸の奥に触れた。
「っ……!」
タケルの肩が跳ねる。
アキトはすぐに抱き寄せた。
「タケル、目を逸らすな。
けど……飲まれるな。」
タケルは震えながらも少女を見た。
「兄ちゃん……。
なんで……リタの“形”だけ……こんなに正確なんだ……。
声は……ないのに……。」
少女はまた口を動かした。
音はない。
それなのにタケルは、胸の奥をなぞられたような気配を感じた。
アキトはタケルの背を押さえつけるように言った。
「おまえの中にある“リタの外側”だけ……拾われてる。」
タケルの瞳が揺れた。
「外側……?」
「そうだ。
思い出の“見える部分”だけ掬って、組み立ててる。」
タケルは震えた息を吐いた。
「……じゃあ……これは……
リタの“模倣”……なのか……?」
その言葉が零れた瞬間、白い少女の瞳孔の穴がわずかに開いた。
光がその周囲でざわめき、輪郭が微かに揺れる。
タケルの“認識”が、白い存在を刺激した。
アキトはタケルを庇う形で前に出た。
「タケル、下がってろ。
こいつは……おまえの反応を観てる。」
少女の輪郭が、音もなく距離を詰めてくる。
足は動いていない。
それなのに位置だけが移動する。
タケルの声が震えた。
「……兄ちゃん……
呼ばれてない……。
でも……“呼ばれたい名前”の場所だけ……触ってくる……。」
アキトの背に寒気が走る。
塔の誘惑は声だった。
熱と迷いと祈りの残り滓が、人の心の隙間に入り込んでくる種類の重さだった。
しかし今目の前にあるものは——
温度がゼロ。
呼吸がゼロ。
情の影が一切ない。
ただ“タケルの心の配置”を観察し、そこへ合わせて形を変える。
アキトは唇を噛んだ。
「タケル。
おまえが心を揺らした“瞬間”を観て、
それを真似てきてる。」
タケルは涙をこぼした。
「……やめてほしい……。
リタは……そんなやり方……絶対しない……。」
少女がタケルへ顔を向けた。
首ではなく、輪郭全体が回転する。
不気味な滑らかさ。
タケルは息を詰めた。
「違う……。
リタは……俺が泣いたら……一緒に泣く……。
こんな……ただ“観測してるだけ”の顔じゃない……。」
その瞬間、白い少女の輪郭がひび割れたように揺れた。
光が濁り、均一だった表面が乱れ始める。
アキトはタケルの肩を強く抱いた。
「タケル。
おまえが覚えてるリタを……
こいつに否定させろ。」
タケルは涙を拭い、朧になった視界のまま少女をまっすぐ睨んだ。
「……お前は……リタじゃない。
リタの姿を真似ることはできても……
“気持ち”は真似できない。
兄ちゃんの名前を呼ぶとき……
リタはいつも……少し笑うんだ……。
お前には……絶対できない。」
少女の瞳孔の穴が一度大きく開き、
その後で急激に収縮した。
輪郭の光が一気に濁り、
少女の体が崩れ落ちるように分解されていく。
しん、と音のない破壊。
タケルが膝から力を抜いて座り込んだ。
アキトが肩を支える。
「タケル……大丈夫か。」
タケルは震える息を吸い、吐いた。
「兄ちゃん……。
俺……やっと……分かったんだ……。
俺が欲しかったのは……呼ばれることじゃない……。
ちゃんと……思い出すことだったんだ……。
リタを……。」
アキトの胸が熱くなる。
そのとき——
白い空が一瞬だけ大きく脈動し、
兄弟の影がふたつとも微かに揺れた。
“見ている”。
“触れられる場所を探している”。
そんな冷たい気配が空気に漂った。
だがタケルの足は、もう震えていなかった。
自分で立ち、前を向く強さが戻っている。
白い通路が、無音のまま奥へ続いている。
その先でまた何かが待っている。
タケルが前を向いたまま言う。
「兄ちゃん……もう大丈夫。
行こう。」
アキトは小さく頷いた。
ふたりの歩幅が、また揃った。
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