1 / 12
1話 仮面の下に隠した五年前の悲劇①
しおりを挟む
1話 仮面の下に隠した五年前の悲劇①
新年の儀まであと三週間。
僕は婚約者でもあるヴィヴァーチェ・グランディオール王女殿下に、新年の儀、参列のためのドレスを贈るため登城した。
冬にしては明るく晴れた穏やかな日だった。
しかし、それを切り裂くかのような声がした。
「私にバケモノが送るドレスを着ろというの!」
王女殿下は侍女にドレスの箱を開けさせ、ドレスを噴水に捨てるよう命じた。
「王女である私に同じバケモノに成り下がれとは恐ろしいわ」
侍女は僕の方を見るなり申し訳なさそうな顔をして、そっとドレスを噴水に入れた。
もう何度目になるか…
同じバケモノになれとは思っていない。ただ婚約者として礼儀を尽くしているだけだ。
僕は仕立ててもらったドレスを噴水からすくい上げた。
真冬の水は僕の心を抉るように冷たく、紫色のタイトなドレスは水を含んで黒く見えた。
まるで僕の気持ちを表しているようだ。
「失礼いたします」
僕は濡れたドレスを抱えて辞するが、当の本人は、こちらを見向きもせず隣りの男性に垂れかかっている。
あれは確か、侯爵子息か?
侯爵子息は僕に勝ち誇ったように蔑むような眼差しを向ける。僕が大公家子息リソルート・レアソルだろうが、お構いなしといったところだろう。
また“お気に入り”が変わったのか。次はワイン製造に強いあの侯爵家とは。
こちらは王女殿下にもはや何の感情もないから勝ちも負けもない。
まっすぐレアソル城に帰る気になれず、御者に頼んで回り道をするが、外の景色を見る気になれない。
カーテンは引いたままにした。
城に戻り控えていた侍女に濡れたドレスを渡した。
「すまない。このドレスお願いできるかな?」
侍女は悲しみを押し込めた表情で「かしこまりました」とドレスを受け取った。
うちの侍女たちのことだ。新品同様にしておいてくれるだろう。
使われていない部屋にはそんなドレスや宝飾品がいくつも保管されている。
僕の部屋には軽くつまめるものが用意してあった。
何も食べる気がなかったが瑞々しいキウイフルーツを一口食べてみる。
甘酸っぱさが口に広がるが、心の慰めにはならなかった。
仮面を外し三人掛けソファに身を投げ出した。天井を仰ぎ目をつむる。
あぁ…身体が、重い——
婚約者である王女殿下の罵倒も、おぞましいものを見る目にも、慣れたつもりだったが、そうではなかった。
僕だってこの顔を見ると恐ろしく、あの時のことを思い出して悲鳴をあげそうになる。
また思い出してしまった。
五年前、王女殿下の護衛騎士になることが決まった。
騎士として独り立ちできるようになり、当時長く婚約していた侯爵令嬢との結婚まであと三ヶ月という頃だった。
当時の婚約者は王女殿下は男性との距離が近く、良くない噂が多いため、僕が護衛騎士になることに不安を抱いていた。
「仕事だから、大丈夫。王女の護衛騎士の命を解かれたらすぐに結婚式をあげよう」となだめていた。
護衛騎士は交代でローテーションを組まれていることは既に周知されていた。
王女殿下の酷い気まぐれが護衛を困難にさせる。
その事実を覆い隠すため定期的に護衛を交代するローテーションが組まれた。
ある意味定期的にやってくる過酷な訓練というところだろうか。
かなり覚悟して護衛に挑んだが、王女殿下は僕に対して理不尽な要求をすることは、さほどなかった。
僕が大公家子息だからだろうと考えていた。
王女殿下の護衛騎士になって五ヶ月ほど経った日、唯一の公務である孤児の救済施設に慰問訪問することになった。
まだ民衆には王女殿下本来の姿は知られていないので、救済施設には一目王女を見ようと人だかりになる。
この時ばかりはそれなりに王女らしく民衆に応えるが、貼り付けた笑顔は薄っぺらい。
慰問を終えた王女殿下が馬車へと向かう先にも手を振りたいと、待っていた多くの民衆が騎士達に制されていた。僕も王女殿下の斜め後ろに控えている。
すると若い女性が「ヴィヴァーチェ!」と王女殿下を呼び捨てにする声が聞こえた。
反射的に皆が声のした方へ振り向くと、一人の令嬢が小瓶を手に持ち、狙いを定め浴びせようとしている。
僕は王女殿下を自分のマントの中に隠したが、他の護衛騎士に止められて令嬢の狙いが外れたのか、小瓶の中の液体は僕の左頬を浴びた。
令嬢は騎士に捕えられながら「お前のせいで!」「あの人を返して!」と泣き叫んでいる。
マントの中の王女殿下は震えていたが怪我はないようだ。
安心したのも束の間、激しい痛みと焼けるような熱感が僕の顔を襲った。
異変に気づいた王女殿下が、僕の顔を見て悲鳴をあげる。
その瞳には恐怖と涙が溢れ出ていた。
小瓶を振り上げた令嬢の歪んだ顔。
——そしてその後の記憶はない
新年の儀まであと三週間。
僕は婚約者でもあるヴィヴァーチェ・グランディオール王女殿下に、新年の儀、参列のためのドレスを贈るため登城した。
冬にしては明るく晴れた穏やかな日だった。
しかし、それを切り裂くかのような声がした。
「私にバケモノが送るドレスを着ろというの!」
王女殿下は侍女にドレスの箱を開けさせ、ドレスを噴水に捨てるよう命じた。
「王女である私に同じバケモノに成り下がれとは恐ろしいわ」
侍女は僕の方を見るなり申し訳なさそうな顔をして、そっとドレスを噴水に入れた。
もう何度目になるか…
同じバケモノになれとは思っていない。ただ婚約者として礼儀を尽くしているだけだ。
僕は仕立ててもらったドレスを噴水からすくい上げた。
真冬の水は僕の心を抉るように冷たく、紫色のタイトなドレスは水を含んで黒く見えた。
まるで僕の気持ちを表しているようだ。
「失礼いたします」
僕は濡れたドレスを抱えて辞するが、当の本人は、こちらを見向きもせず隣りの男性に垂れかかっている。
あれは確か、侯爵子息か?
侯爵子息は僕に勝ち誇ったように蔑むような眼差しを向ける。僕が大公家子息リソルート・レアソルだろうが、お構いなしといったところだろう。
また“お気に入り”が変わったのか。次はワイン製造に強いあの侯爵家とは。
こちらは王女殿下にもはや何の感情もないから勝ちも負けもない。
まっすぐレアソル城に帰る気になれず、御者に頼んで回り道をするが、外の景色を見る気になれない。
カーテンは引いたままにした。
城に戻り控えていた侍女に濡れたドレスを渡した。
「すまない。このドレスお願いできるかな?」
侍女は悲しみを押し込めた表情で「かしこまりました」とドレスを受け取った。
うちの侍女たちのことだ。新品同様にしておいてくれるだろう。
使われていない部屋にはそんなドレスや宝飾品がいくつも保管されている。
僕の部屋には軽くつまめるものが用意してあった。
何も食べる気がなかったが瑞々しいキウイフルーツを一口食べてみる。
甘酸っぱさが口に広がるが、心の慰めにはならなかった。
仮面を外し三人掛けソファに身を投げ出した。天井を仰ぎ目をつむる。
あぁ…身体が、重い——
婚約者である王女殿下の罵倒も、おぞましいものを見る目にも、慣れたつもりだったが、そうではなかった。
僕だってこの顔を見ると恐ろしく、あの時のことを思い出して悲鳴をあげそうになる。
また思い出してしまった。
五年前、王女殿下の護衛騎士になることが決まった。
騎士として独り立ちできるようになり、当時長く婚約していた侯爵令嬢との結婚まであと三ヶ月という頃だった。
当時の婚約者は王女殿下は男性との距離が近く、良くない噂が多いため、僕が護衛騎士になることに不安を抱いていた。
「仕事だから、大丈夫。王女の護衛騎士の命を解かれたらすぐに結婚式をあげよう」となだめていた。
護衛騎士は交代でローテーションを組まれていることは既に周知されていた。
王女殿下の酷い気まぐれが護衛を困難にさせる。
その事実を覆い隠すため定期的に護衛を交代するローテーションが組まれた。
ある意味定期的にやってくる過酷な訓練というところだろうか。
かなり覚悟して護衛に挑んだが、王女殿下は僕に対して理不尽な要求をすることは、さほどなかった。
僕が大公家子息だからだろうと考えていた。
王女殿下の護衛騎士になって五ヶ月ほど経った日、唯一の公務である孤児の救済施設に慰問訪問することになった。
まだ民衆には王女殿下本来の姿は知られていないので、救済施設には一目王女を見ようと人だかりになる。
この時ばかりはそれなりに王女らしく民衆に応えるが、貼り付けた笑顔は薄っぺらい。
慰問を終えた王女殿下が馬車へと向かう先にも手を振りたいと、待っていた多くの民衆が騎士達に制されていた。僕も王女殿下の斜め後ろに控えている。
すると若い女性が「ヴィヴァーチェ!」と王女殿下を呼び捨てにする声が聞こえた。
反射的に皆が声のした方へ振り向くと、一人の令嬢が小瓶を手に持ち、狙いを定め浴びせようとしている。
僕は王女殿下を自分のマントの中に隠したが、他の護衛騎士に止められて令嬢の狙いが外れたのか、小瓶の中の液体は僕の左頬を浴びた。
令嬢は騎士に捕えられながら「お前のせいで!」「あの人を返して!」と泣き叫んでいる。
マントの中の王女殿下は震えていたが怪我はないようだ。
安心したのも束の間、激しい痛みと焼けるような熱感が僕の顔を襲った。
異変に気づいた王女殿下が、僕の顔を見て悲鳴をあげる。
その瞳には恐怖と涙が溢れ出ていた。
小瓶を振り上げた令嬢の歪んだ顔。
——そしてその後の記憶はない
2
あなたにおすすめの小説
あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~
桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜
★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました!
10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。
現在コミカライズも進行中です。
「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」
コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。
しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。
愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。
だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。
どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。
もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。
※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!)
独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。
※誤字脱字報告もありがとうございます!
こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。
私のことを愛していなかった貴方へ
矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。
でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。
でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。
だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。
夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。
*設定はゆるいです。
好きな人ができたなら仕方ない、お別れしましょう
四季
恋愛
フルエリーゼとハインツは婚約者同士。
親同士は知り合いで、年が近いということもあってそこそこ親しくしていた。最初のうちは良かったのだ。
しかし、ハインツが段々、心ここに在らずのような目をするようになって……。
【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。
こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。
彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。
皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。
だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。
何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。
どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。
絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。
聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──……
※在り来りなご都合主義設定です
※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です
※つまりは行き当たりばったり
※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください
4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる