バケモノ貴公子は傷を負った令嬢を寵愛する

冬野 海

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1話 仮面の下に隠した五年前の悲劇①

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1話 仮面の下に隠した五年前の悲劇①


新年の儀まであと三週間。

僕は婚約者でもあるヴィヴァーチェ・グランディオール王女殿下に、新年の儀、参列のためのドレスを贈るため登城した。

冬にしては明るく晴れた穏やかな日だった。
しかし、それを切り裂くかのような声がした。

「私にバケモノが送るドレスを着ろというの!」

王女殿下は侍女にドレスの箱を開けさせ、ドレスを噴水に捨てるよう命じた。

「王女である私に同じバケモノに成り下がれとは恐ろしいわ」

侍女は僕の方を見るなり申し訳なさそうな顔をして、そっとドレスを噴水に入れた。

もう何度目になるか…
同じバケモノになれとは思っていない。ただ婚約者として礼儀を尽くしているだけだ。

僕は仕立ててもらったドレスを噴水からすくい上げた。
真冬の水は僕の心を抉るように冷たく、紫色のタイトなドレスは水を含んで黒く見えた。
まるで僕の気持ちを表しているようだ。

「失礼いたします」
僕は濡れたドレスを抱えて辞するが、当の本人は、こちらを見向きもせず隣りの男性に垂れかかっている。

あれは確か、侯爵子息か?

侯爵子息は僕に勝ち誇ったように蔑むような眼差しを向ける。僕が大公家子息リソルート・レアソルだろうが、お構いなしといったところだろう。

また“お気に入り”が変わったのか。次はワイン製造に強いあの侯爵家とは。
こちらは王女殿下にもはや何の感情もないから勝ちも負けもない。

まっすぐレアソル城に帰る気になれず、御者に頼んで回り道をするが、外の景色を見る気になれない。
カーテンは引いたままにした。

城に戻り控えていた侍女に濡れたドレスを渡した。
「すまない。このドレスお願いできるかな?」
侍女は悲しみを押し込めた表情で「かしこまりました」とドレスを受け取った。
うちの侍女たちのことだ。新品同様にしておいてくれるだろう。

使われていない部屋にはそんなドレスや宝飾品がいくつも保管されている。

僕の部屋には軽くつまめるものが用意してあった。
何も食べる気がなかったが瑞々しいキウイフルーツを一口食べてみる。

甘酸っぱさが口に広がるが、心の慰めにはならなかった。
仮面を外し三人掛けソファに身を投げ出した。天井を仰ぎ目をつむる。

あぁ…身体が、重い——

婚約者である王女殿下の罵倒も、おぞましいものを見る目にも、慣れたつもりだったが、そうではなかった。
僕だってこの顔を見ると恐ろしく、あの時のことを思い出して悲鳴をあげそうになる。

また思い出してしまった。
五年前、王女殿下の護衛騎士になることが決まった。
騎士として独り立ちできるようになり、当時長く婚約していた侯爵令嬢との結婚まであと三ヶ月という頃だった。

当時の婚約者は王女殿下は男性との距離が近く、良くない噂が多いため、僕が護衛騎士になることに不安を抱いていた。

「仕事だから、大丈夫。王女の護衛騎士の命を解かれたらすぐに結婚式をあげよう」となだめていた。

護衛騎士は交代でローテーションを組まれていることは既に周知されていた。
王女殿下の酷い気まぐれが護衛を困難にさせる。

その事実を覆い隠すため定期的に護衛を交代するローテーションが組まれた。
ある意味定期的にやってくる過酷な訓練というところだろうか。

かなり覚悟して護衛に挑んだが、王女殿下は僕に対して理不尽な要求をすることは、さほどなかった。
僕が大公家子息だからだろうと考えていた。

王女殿下の護衛騎士になって五ヶ月ほど経った日、唯一の公務である孤児の救済施設に慰問訪問することになった。

まだ民衆には王女殿下本来の姿は知られていないので、救済施設には一目王女を見ようと人だかりになる。

この時ばかりはそれなりに王女らしく民衆に応えるが、貼り付けた笑顔は薄っぺらい。

慰問を終えた王女殿下が馬車へと向かう先にも手を振りたいと、待っていた多くの民衆が騎士達に制されていた。僕も王女殿下の斜め後ろに控えている。

すると若い女性が「ヴィヴァーチェ!」と王女殿下を呼び捨てにする声が聞こえた。
反射的に皆が声のした方へ振り向くと、一人の令嬢が小瓶を手に持ち、狙いを定め浴びせようとしている。

僕は王女殿下を自分のマントの中に隠したが、他の護衛騎士に止められて令嬢の狙いが外れたのか、小瓶の中の液体は僕の左頬を浴びた。

令嬢は騎士に捕えられながら「お前のせいで!」「あの人を返して!」と泣き叫んでいる。
マントの中の王女殿下は震えていたが怪我はないようだ。
安心したのも束の間、激しい痛みと焼けるような熱感が僕の顔を襲った。

異変に気づいた王女殿下が、僕の顔を見て悲鳴をあげる。
その瞳には恐怖と涙が溢れ出ていた。
小瓶を振り上げた令嬢の歪んだ顔。


——そしてその後の記憶はない
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