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8話 エスプレッシーヴォ‼︎②
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8話 エスプレッシーヴォ‼︎②
アルダーテ・レガート伯爵家次男視点
スキップをするミスティア、ふざけながら歩く僕。
そんな僕たちを見守りながら歩く両親と長兄。
この角を曲がれば父の言うマカロンのお店がある。
しかしそれは、一瞬の出来事だった。
目の前に現れたのは殺気を纏い鋭い牙を剥いたホワイトライオンだった。
ホワイトライオンが僕に向かって
飛びかかってきたが、僕は身体が固まり逃げることができず、身を縮めることしかできなかった。
何かの音や声が聞こえたような気がしたが、恐怖で何も理解できなかった。
暗闇の中、薄目を開けると僕の上に妹のミスティアが覆い被さり、ポタリ、ポタリと頬を濡らす。ヌルリとした感触。
ミスティアを抱きしめて呼びかける母の声、助けを求める父の声、僕を心配する長兄の声、治安維持隊が避難を呼びかける声、ホワイトライオンの怒号のような咆哮。
僕には何も聞こえず、目の前がモノクロに見えた。
ミスティアは一命を取り留めたが、右肩に大きな傷を負った。完治の見込みはなく、日常生活は不自由を強いられると言われた。
この事実に家族も屋敷のみんなも楽団員たちも悲しみ嘆いた。
母はなぜ幼いミスティアの手を繋がらなかったのかと。
長兄はなぜ自分が僕を庇うことができなかったのかと。
僕はなぜミスティアは僕を庇ってくれたのかと。
ミスティア、僕がおまえの右肩と音楽を奪ってしまった。すまない…
それからレガート家には重く暗い空気が澱んでいた。
父はマカロンを食べなくなり、ハープ奏者だった母は、「役立たずの手」と言って演奏をやめてしまった。
長兄は常に僕やミスティアを心配し気にかけていた。
ミスティアは懸命にリハビリに励み、日常生活が送れるまで回復した。
ミスティアの回復に合わせて、父も母も長兄も前を向くようになってきた。
ミスティアは僕を一切責める事はなく、歩み寄ろうとしてくれていた。
でも僕は自分を許せず責め続けた。
大怪我が治ってから初めてミスティアがピアノに向かった。
僕からみれば十分素晴らしい演奏だった。
しかしミスティアは何も言わずピアノの蓋を閉じた。
それ以降ミスティアはピアノの蓋を開けることも、バイオリンを肩に乗せることもなくなった。
家族の誰もがミスティアの音を聞くことはできないと思っていたはずなのに…
ずっと音を失ったミスティアの部屋からピアノの音色が聴こえたような気がした。
(ん?幻聴か?)
震えていた音が強く主張した音になっている。
(本当か?嘘だろ⁈)
恐る恐るミスティアの部屋の様子を見に行く。
部屋の前には父も母も長兄も駆けつけていた。
ミスティアが奏でる美しいメロディに、楽団員屋敷の者たちも集まって、ある者は抱き合って涙し、またある者は非番の者を呼びに駆けていった。
本当に、素晴らしい曲だった。音楽の才能がない僕にも分かった。
「エスプレッシーーーヴォ‼︎」
父が滅多に使わない最高の褒め言葉だ。
僕にはミスティアの音楽を表現する語彙も資格も持ち合わせていない。
長兄が離れて佇んでいた僕に気づいてこう言った。
「もう自分を許せ。お前は十分苦しんだ」
その言葉が僕の罪を、後悔を昇華させてくれた。
僕はやっと泣くことができた。
騒ぎに気づいたミスティアが扉を開けてみんなの様子に驚いていた。
「ぎこちなくても、ヘタでも良かったんだわ。バカね私って」
そうだ。音楽は自由なんだ。
ミスティアが僕に微笑んで
「アルダーテお兄様。私、あの時本当に無意識だったの。もう…一緒に終わりにしましょう?」
何か伝えたいのに声が出ない。代わりに何度も大きく頷いた。
ありがとうミスティア。僕たちを救ってくれて。
話を聞くとどうやら今日、下弦の月の仮面をつけた騎士が、とても素晴らしい剣の音色の奏でていたので再現したかったとか。
ありがとう、仮面の騎士。
あなたのおかげで僕たちは一つ壁を乗り越えた。
アルダーテ・レガート伯爵家次男視点
スキップをするミスティア、ふざけながら歩く僕。
そんな僕たちを見守りながら歩く両親と長兄。
この角を曲がれば父の言うマカロンのお店がある。
しかしそれは、一瞬の出来事だった。
目の前に現れたのは殺気を纏い鋭い牙を剥いたホワイトライオンだった。
ホワイトライオンが僕に向かって
飛びかかってきたが、僕は身体が固まり逃げることができず、身を縮めることしかできなかった。
何かの音や声が聞こえたような気がしたが、恐怖で何も理解できなかった。
暗闇の中、薄目を開けると僕の上に妹のミスティアが覆い被さり、ポタリ、ポタリと頬を濡らす。ヌルリとした感触。
ミスティアを抱きしめて呼びかける母の声、助けを求める父の声、僕を心配する長兄の声、治安維持隊が避難を呼びかける声、ホワイトライオンの怒号のような咆哮。
僕には何も聞こえず、目の前がモノクロに見えた。
ミスティアは一命を取り留めたが、右肩に大きな傷を負った。完治の見込みはなく、日常生活は不自由を強いられると言われた。
この事実に家族も屋敷のみんなも楽団員たちも悲しみ嘆いた。
母はなぜ幼いミスティアの手を繋がらなかったのかと。
長兄はなぜ自分が僕を庇うことができなかったのかと。
僕はなぜミスティアは僕を庇ってくれたのかと。
ミスティア、僕がおまえの右肩と音楽を奪ってしまった。すまない…
それからレガート家には重く暗い空気が澱んでいた。
父はマカロンを食べなくなり、ハープ奏者だった母は、「役立たずの手」と言って演奏をやめてしまった。
長兄は常に僕やミスティアを心配し気にかけていた。
ミスティアは懸命にリハビリに励み、日常生活が送れるまで回復した。
ミスティアの回復に合わせて、父も母も長兄も前を向くようになってきた。
ミスティアは僕を一切責める事はなく、歩み寄ろうとしてくれていた。
でも僕は自分を許せず責め続けた。
大怪我が治ってから初めてミスティアがピアノに向かった。
僕からみれば十分素晴らしい演奏だった。
しかしミスティアは何も言わずピアノの蓋を閉じた。
それ以降ミスティアはピアノの蓋を開けることも、バイオリンを肩に乗せることもなくなった。
家族の誰もがミスティアの音を聞くことはできないと思っていたはずなのに…
ずっと音を失ったミスティアの部屋からピアノの音色が聴こえたような気がした。
(ん?幻聴か?)
震えていた音が強く主張した音になっている。
(本当か?嘘だろ⁈)
恐る恐るミスティアの部屋の様子を見に行く。
部屋の前には父も母も長兄も駆けつけていた。
ミスティアが奏でる美しいメロディに、楽団員屋敷の者たちも集まって、ある者は抱き合って涙し、またある者は非番の者を呼びに駆けていった。
本当に、素晴らしい曲だった。音楽の才能がない僕にも分かった。
「エスプレッシーーーヴォ‼︎」
父が滅多に使わない最高の褒め言葉だ。
僕にはミスティアの音楽を表現する語彙も資格も持ち合わせていない。
長兄が離れて佇んでいた僕に気づいてこう言った。
「もう自分を許せ。お前は十分苦しんだ」
その言葉が僕の罪を、後悔を昇華させてくれた。
僕はやっと泣くことができた。
騒ぎに気づいたミスティアが扉を開けてみんなの様子に驚いていた。
「ぎこちなくても、ヘタでも良かったんだわ。バカね私って」
そうだ。音楽は自由なんだ。
ミスティアが僕に微笑んで
「アルダーテお兄様。私、あの時本当に無意識だったの。もう…一緒に終わりにしましょう?」
何か伝えたいのに声が出ない。代わりに何度も大きく頷いた。
ありがとうミスティア。僕たちを救ってくれて。
話を聞くとどうやら今日、下弦の月の仮面をつけた騎士が、とても素晴らしい剣の音色の奏でていたので再現したかったとか。
ありがとう、仮面の騎士。
あなたのおかげで僕たちは一つ壁を乗り越えた。
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