1 / 39
のんきな兎は危機感がない
しおりを挟む……あれれ。
夜に明日の朝食のためのニンジンがないことに気付いた僕。買いに行かなきゃ!と慌てて財布だけ持って家を飛び出した。近道をしようと細い道に入ったところ、そこに黒い帽子と黒いマスクを着けた男の人が立っていた。
「ねぇ、君。ここの店に行きたいんだけど、知らない?」
そう道を聞かれ、地図らしきものを持っていたため覗き込むと、身体が浮いた。
「あれ?」
何故か抱え込まれて、視界が揺れる。そのまま移動する男の人にキョトンとしていると、
「おいこら!何してんだ!」
聞き覚えのある声がしたかと思うと、身体が浮いた。
「あれれ。」
見ると、地面に倒れている男の人。僕はいつの間にかあの聞こえた声の主に抱えられていた。
「おい、こっちだ!こいつ連れて行け!」
その人は急いで走って来る人たちに向かって怒鳴るように言うと、僕を見下ろして睨んできた。その場にゆっくり下ろされると、
「お前、何回目だ!夜は出歩くなって何度も言ってんだろうが!」
ガアッと怒られて思わず兎耳を両手で押さえた。
「だって、だって、ニンジンがなかったんだもん……。」
じわっと涙が出てきて、そう言いながらその人を見上げる。その人は虎の獣人で、この辺りでは有名な騎士をしている。色々あって顔見知りだ。虎獣人とあって、身体は大きいし、牙も鋭いし、声も大きい。だから怒鳴らないで欲しい、怖い……。
「うぅ、ぐすっ、だってニンジン……。」
「ニンジンじゃねぇ!夜に出歩くなって言ってんだ!ニンジン食わなくても死にやしねぇだろーが。」
「だって明日の朝ご飯はニンジンスープの予定なんだもん。」
「予定を変えろ!そんなもん!」
わーわー言われて、僕はもっと縮こまる。
「何だい、そんな怒らなくても、一体誰……。あぁ、ウルルかぁ……。」
「どうしたんだ、被害者だろ?その子、ならもっと優しく……。あぁ、ウルルか……。」
「怯えてるじゃないか、そんな声出し……。あー、ウルル、お前またか……。」
街の人たちが出て来て、庇おうとしてくれるが、僕を見ると諦めたようにそう言って、虎獣人のロイの肩を叩いて行く。
……うぅ、だって道教えてって言うから。
シクシクと泣く僕に溜め息をついたロイは、ガシガシと頭を掻くと泣いている僕を担ぎ上げて歩き出した。僕はそんなロイにしがみ付いてシクシク泣き続ける。
「ほら、そんなに泣くな。心配してんだよ、お前は予想外のことがあると固まるんだから。せめて叫べ、助けを求めろ。」
そう言われ、僕の家へと送り届けられる。
もう何度、ロイに助けられたか分からない。僕は兎獣人で、そういう筋ではよく売れるらしく攫われそうになるのもこれが初めてではないのだ。その都度、駆け付けてくれて命拾いしている僕。だから、ロイが僕のことを本当に心配してくれているのは分かっている。だが、僕はよく抜けているやら間抜けやら能天気やら色々と言われるぐらい、危機管理能力が備わっていないらしく。これをやらないと!と思うと、その注意事項が全て抜け落ちてしまうのだ。そんな僕なので、何度も怒られてしまう。
「うぅ、もうお外出ない、怖い。怒られるのやだ……。」
手でグリグリ目を擦りながら涙を拭く僕に、
「止めろ、赤くなるぞ。ほら、ニンジン、街のやつがくれたからこれで元気出せ。」
ロイがいつの間にかニンジンを持っていて渡してくれた。
「ニンジン……。僕の朝ご飯のニンジン?くれるの?ありがとう!」
ニンジンだぁ!と喜ぶ僕を見て苦笑するロイ。
「ウルル、あのな、何度も言うが夜に出歩くな。あと、狭い道や路地裏にも行くな。聞いているか?」
「えっ、うん、聞いてるよ。でもね、ニンジンがなかったんだよ。朝ご飯が食べられなくなっちゃうでしょ?」
「……全然分かってないなこれ。はぁ。」
何故か頭を抱えるロイに首を傾げる。お腹空いているのかな?
「ロイ、ご飯なら僕の夕ご飯の余りがあるよ。食べる?お腹空いているでしょ。」
そう誘うと、そうじゃないと余計に項垂れてしまったロイ。
「今日はもう出る用事はないな?分かった、なら明日また来るから、それまで家にいてくれ。用事があれば、俺が来てから一緒に行くから待っていてくれ。分かったな?絶対だぞ。」
念押しされて、僕は頷くと、さらにまた念押しされる。そして、そのまま帰って行ったのだった。
……明日、何かあるのかな?
そう思い考えてみるも、僕はニンジンを明日の朝ご飯でスープにするために下拵えをし始める頃には忘れてしまうのだった。
次の日、僕は何かあったようなと考えながら起きた。ニンジンスープを温めて飲む。
……美味しい~。
ホッと良い気持ちになって、今日は何をしようかなと考える。僕は薬草を育てて売る仕事をしているが、それも室内で育てているためあまり外に出ない。今日は売りに行く予定もないため、時間は有り余っている。
「そうだ、ニンジンをくれた人にお礼を言いに行こう!」
昨日、ロイから受け取ったニンジンが誰から貰ったのか聞きそびれてしまった。だから探してお礼を言いに行こうと思い立ち、家を出たのだった。
……うーん。誰だろう。
「あの、昨日ニンジン持ってましたか?」
「はぁ?ニンジン?持ってねぇよ。ウルル、次は何だ。お前、日が暮れる前には帰るんだぞ?」
「あの、ニンジン持ってましたか?」
「ニンジン?何のことだ。ウルル、お前また一人でほっつき歩いてんのか?早く帰れよ?」
……聞く人聞く人、みんな早く帰らそうとしてくる。どうして?
首を傾げながら、通り過ぎようとした通りにたむろしている人たちを見て、そこにも声を掛けてみた。
「あぁ?ニンジン?……あーはいはいニンジンな。持ってたぜ。礼してくれるって?じゃあこっち来いよ、向こうで良いことしてくれよ。」
ニヤニヤ笑いながらそう言ってきて、僕は顔を輝かせた。
……この人たちだったんだ!見つけた!
ニンジンをくれた優しい人たちに、僕は笑顔で頷く。何故か腕を掴まれて、そのまま細い道の奥へと進んで行かれると、何だか古そうな建物の中へ足を進めて行く。
「ここに何かあるの?」
「あ?痛くされるのは嫌だろ?うさぎちゃん。」
腰を抱かれ、周りの人もニヤニヤしている中、僕は首を傾げる。だが、抱かれている腰の手が僕の身体を撫でてきた時、思わず固まる。
……あれ、あれ、ニンジンくれた人なんだよね?
何だか怖い感じがして、キョロキョロと目を動かすが、建物も薄暗く何だか落ち着かない。そのまま奥の扉へと連れ込まれそうになった時。
「……おーい、兄さんたち。そいつ、何処に連れて行く気だ?あぁ?」
グルルルと低音がその建物に響き渡り、ダンッと壁を殴る音が聞こえ、僕は衝撃で飛び跳ねた。
「なっ、何だよ、こいつから声掛けてきたんだぞ!」
「あぁ!?おい、ウルル!てめぇ、家で待ってろって言っただろーが!」
ガァッと牙を見せて怒っている様子のロイに、
「ごめんなさい~!」
昨日言われたことをやっと思い出して、即座に謝った。
「迎えに行ったらいねぇし、街のやつらに聞いて肝が冷えたぞ!」
ズンズンと歩いてきて、掴まれている手を払い退けると、僕を抱え上げた。
「っおい、俺らが……!」
「……あ゛ぁ?何だ、相手して欲しいならそう言え。」
明らかに声を掛けた人より大きい身長に身体。加えて見てわかる騎士の服。その人たちは冷たく見下ろすロイにたじろぐと、もごもごと何か言ってから、舌打ちをしてその場を去った。
「あ、お礼言ってない……。」
僕は見つかったニンジンをくれた人にお礼を言うのを忘れていたことを思い出し、呆然と呟く。すると、
「ニンジンくれたのはあいつらじゃねぇ。だいたい、昨日あんなやつらいなかっただろーが!何付いて行ってんだ!」
抱え上げられながらお説教を受ける羽目になってしまった。
「えっ、でもニンジン持ってたって言ってたよ。」
「受け取った俺が言ってんだ、あいつらじゃねぇ。ほいほい何でも信じてついて行んじゃねぇよ。」
……あれ?あの人たちじゃなかったの?じゃあどうして嘘ついたんだろう。ニンジン欲しかったのかな?
首を傾げている僕を見て、呆れたようにため息をつくロイ。抱え上げられたまま、僕の家とは逆方向へと進んでいくロイに、はてなが頭に浮かぶ。
「ロイ、ロイ、僕の家はあっちだよ。どこ行くの?僕、お腹空いたよ……。」
「お前、どんだけ能天気なんだよ……。」
そう言われても、もうそろそろお昼だし、お腹は空くもんだし…。兎耳をショボンと垂れさせたが、とりあえず僕は落ちないようにロイにしがみ付いた。
「……お前、そういうとこだぞ。危機感ってのがないんだよな、本当、よく今まで無事に生きてきたな……。」
何故かロイには呆れられたが、僕がロイから逃げられるわけないし、高いから下りれないし、なら落ちないようにするのがいいんじゃないの?
そんな中、ロイが向かっていたのは騎士団の宿舎だった。え、僕捕まっちゃうの?
「ろ、ロイ……。僕、何も悪いことしてないよぅ。」
怖くなって縮こまっていると、
「何でそういう発想になるんだ。違ぇよ。ウルル、お前、ここで働け。」
そう言われながら降ろされた僕。
「うん?僕ここで働くの?」
突然の言葉に僕は驚く。僕、無職だと思われているの?一応、薬草売りの仕事をしているんだけどなぁ。
「あぁ、ここで働け。送り迎えは俺がしてやる。許可はもらった。騎士団の雑用係だ。まぁ、書類を整理したり、集めたり、事務作業だと思ってくれればいい。」
何だかどんどん話が進んでいっちゃう。僕は書類を整理したらいいらしい。
「分かった~。書類整理すればいいんだね?洗濯とかも?」
「身の回りのことは基本的に自分でやることになっている。書類関連は苦手なやつらが多いからな、そっちをサポートする仕事だ。いいか、送り迎えは俺がするから、絶対に一人で来たり帰ったりするんじゃないぞ?」
念を押されるように言われ、僕は分かったよ~と再度頷くと、本当に分かってんのか?と眉を顰められる。どうしてこんなに信用がないんだろう、僕。ショックだ……。耳を垂れさせると、ロイは苦笑した。
「こっちが、ウルルの職場になる。ついて来い。」
案内された先の部屋には、書類が山積みになっている机。あららぁ、たくさん書類がある。
「あっ、ウルル君っすね!助かった!みんな全然書類仕事しないんすよ~!隊長もですよ!」
そこには、リス獣人の騎士が尻尾を不満げに揺らしてぷんすか怒っていた。
「あー、ソニー、悪いないつも。どうも書類関連は後回しになっちまうんだよなぁ。」
「もう!こんな山積みになっているのに、みんな見ないふりするんだから!ウルル君、この際、誰でもいいから手が欲しかったっス!これ、この書類を分けて下さい!」
さっそく、僕の仕事らしい。僕はドサッと手渡された書類を慌てて落とさないように持って、使っていいと言われた机に置いてフムフムと見ていく。なるほど、書式が同じものを分けたらいいんだ、これなら僕にも出来そうだと思い、これはこっち~これはあっち~と分けていく。
「じゃあ、よろしく頼む。帰りは迎えに来るから一人で帰さないでくれ。」
「了解っす!」
ロイはソニーにそう言うとその部屋から出て行ってしまった。そうして、僕は騎士団で雑用係として働くことが決まったのだった。
758
あなたにおすすめの小説
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【本編完結】最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!
天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。
なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____
過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定
要所要所シリアスが入ります。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
転生したら猫獣人になってました
おーか
BL
自分が死んだ記憶はない。
でも…今は猫の赤ちゃんになってる。
この事実を鑑みるに、転生というやつなんだろう…。
それだけでも衝撃的なのに、加えて俺は猫ではなく猫獣人で成長すれば人型をとれるようになるらしい。
それに、バース性なるものが存在するという。
第10回BL小説大賞 奨励賞を頂きました。読んで、応援して下さった皆様ありがとうございました。
BLゲームの展開を無視した結果、悪役令息は主人公に溺愛される。
佐倉海斗
BL
この世界が前世の世界で存在したBLゲームに酷似していることをレイド・アクロイドだけが知っている。レイドは主人公の恋を邪魔する敵役であり、通称悪役令息と呼ばれていた。そして破滅する運命にある。……運命のとおりに生きるつもりはなく、主人公や主人公の恋人候補を避けて学園生活を生き抜き、無事に卒業を迎えた。これで、自由な日々が手に入ると思っていたのに。突然、主人公に告白をされてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる