のんきな兎は今日も外に出る【完】

おはぎ

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のんきな兎は危機感がない

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……あれれ。

夜に明日の朝食のためのニンジンがないことに気付いた僕。買いに行かなきゃ!と慌てて財布だけ持って家を飛び出した。近道をしようと細い道に入ったところ、そこに黒い帽子と黒いマスクを着けた男の人が立っていた。

「ねぇ、君。ここの店に行きたいんだけど、知らない?」

そう道を聞かれ、地図らしきものを持っていたため覗き込むと、身体が浮いた。

「あれ?」

何故か抱え込まれて、視界が揺れる。そのまま移動する男の人にキョトンとしていると、

「おいこら!何してんだ!」

聞き覚えのある声がしたかと思うと、身体が浮いた。

「あれれ。」

見ると、地面に倒れている男の人。僕はいつの間にかあの聞こえた声の主に抱えられていた。

「おい、こっちだ!こいつ連れて行け!」

その人は急いで走って来る人たちに向かって怒鳴るように言うと、僕を見下ろして睨んできた。その場にゆっくり下ろされると、

「お前、何回目だ!夜は出歩くなって何度も言ってんだろうが!」

ガアッと怒られて思わず兎耳を両手で押さえた。

「だって、だって、ニンジンがなかったんだもん……。」

じわっと涙が出てきて、そう言いながらその人を見上げる。その人は虎の獣人で、この辺りでは有名な騎士をしている。色々あって顔見知りだ。虎獣人とあって、身体は大きいし、牙も鋭いし、声も大きい。だから怒鳴らないで欲しい、怖い……。

「うぅ、ぐすっ、だってニンジン……。」

「ニンジンじゃねぇ!夜に出歩くなって言ってんだ!ニンジン食わなくても死にやしねぇだろーが。」

「だって明日の朝ご飯はニンジンスープの予定なんだもん。」

「予定を変えろ!そんなもん!」

わーわー言われて、僕はもっと縮こまる。

「何だい、そんな怒らなくても、一体誰……。あぁ、ウルルかぁ……。」

「どうしたんだ、被害者だろ?その子、ならもっと優しく……。あぁ、ウルルか……。」

「怯えてるじゃないか、そんな声出し……。あー、ウルル、お前またか……。」

街の人たちが出て来て、庇おうとしてくれるが、僕を見ると諦めたようにそう言って、虎獣人のロイの肩を叩いて行く。

……うぅ、だって道教えてって言うから。

シクシクと泣く僕に溜め息をついたロイは、ガシガシと頭を掻くと泣いている僕を担ぎ上げて歩き出した。僕はそんなロイにしがみ付いてシクシク泣き続ける。

「ほら、そんなに泣くな。心配してんだよ、お前は予想外のことがあると固まるんだから。せめて叫べ、助けを求めろ。」

そう言われ、僕の家へと送り届けられる。

もう何度、ロイに助けられたか分からない。僕は兎獣人で、そういう筋ではよく売れるらしく攫われそうになるのもこれが初めてではないのだ。その都度、駆け付けてくれて命拾いしている僕。だから、ロイが僕のことを本当に心配してくれているのは分かっている。だが、僕はよく抜けているやら間抜けやら能天気やら色々と言われるぐらい、危機管理能力が備わっていないらしく。これをやらないと!と思うと、その注意事項が全て抜け落ちてしまうのだ。そんな僕なので、何度も怒られてしまう。

「うぅ、もうお外出ない、怖い。怒られるのやだ……。」

手でグリグリ目を擦りながら涙を拭く僕に、

「止めろ、赤くなるぞ。ほら、ニンジン、街のやつがくれたからこれで元気出せ。」

ロイがいつの間にかニンジンを持っていて渡してくれた。

「ニンジン……。僕の朝ご飯のニンジン?くれるの?ありがとう!」

ニンジンだぁ!と喜ぶ僕を見て苦笑するロイ。

「ウルル、あのな、何度も言うが夜に出歩くな。あと、狭い道や路地裏にも行くな。聞いているか?」

「えっ、うん、聞いてるよ。でもね、ニンジンがなかったんだよ。朝ご飯が食べられなくなっちゃうでしょ?」

「……全然分かってないなこれ。はぁ。」

何故か頭を抱えるロイに首を傾げる。お腹空いているのかな?

「ロイ、ご飯なら僕の夕ご飯の余りがあるよ。食べる?お腹空いているでしょ。」

そう誘うと、そうじゃないと余計に項垂れてしまったロイ。

「今日はもう出る用事はないな?分かった、なら明日また来るから、それまで家にいてくれ。用事があれば、俺が来てから一緒に行くから待っていてくれ。分かったな?絶対だぞ。」

念押しされて、僕は頷くと、さらにまた念押しされる。そして、そのまま帰って行ったのだった。

……明日、何かあるのかな?

そう思い考えてみるも、僕はニンジンを明日の朝ご飯でスープにするために下拵えをし始める頃には忘れてしまうのだった。



次の日、僕は何かあったようなと考えながら起きた。ニンジンスープを温めて飲む。

……美味しい~。

ホッと良い気持ちになって、今日は何をしようかなと考える。僕は薬草を育てて売る仕事をしているが、それも室内で育てているためあまり外に出ない。今日は売りに行く予定もないため、時間は有り余っている。

「そうだ、ニンジンをくれた人にお礼を言いに行こう!」

昨日、ロイから受け取ったニンジンが誰から貰ったのか聞きそびれてしまった。だから探してお礼を言いに行こうと思い立ち、家を出たのだった。

……うーん。誰だろう。

「あの、昨日ニンジン持ってましたか?」

「はぁ?ニンジン?持ってねぇよ。ウルル、次は何だ。お前、日が暮れる前には帰るんだぞ?」

「あの、ニンジン持ってましたか?」

「ニンジン?何のことだ。ウルル、お前また一人でほっつき歩いてんのか?早く帰れよ?」

……聞く人聞く人、みんな早く帰らそうとしてくる。どうして?

首を傾げながら、通り過ぎようとした通りにたむろしている人たちを見て、そこにも声を掛けてみた。

「あぁ?ニンジン?……あーはいはいニンジンな。持ってたぜ。礼してくれるって?じゃあこっち来いよ、向こうで良いことしてくれよ。」

ニヤニヤ笑いながらそう言ってきて、僕は顔を輝かせた。

……この人たちだったんだ!見つけた!

ニンジンをくれた優しい人たちに、僕は笑顔で頷く。何故か腕を掴まれて、そのまま細い道の奥へと進んで行かれると、何だか古そうな建物の中へ足を進めて行く。

「ここに何かあるの?」

「あ?痛くされるのは嫌だろ?うさぎちゃん。」

腰を抱かれ、周りの人もニヤニヤしている中、僕は首を傾げる。だが、抱かれている腰の手が僕の身体を撫でてきた時、思わず固まる。

……あれ、あれ、ニンジンくれた人なんだよね?

何だか怖い感じがして、キョロキョロと目を動かすが、建物も薄暗く何だか落ち着かない。そのまま奥の扉へと連れ込まれそうになった時。

「……おーい、兄さんたち。そいつ、何処に連れて行く気だ?あぁ?」

グルルルと低音がその建物に響き渡り、ダンッと壁を殴る音が聞こえ、僕は衝撃で飛び跳ねた。

「なっ、何だよ、こいつから声掛けてきたんだぞ!」

「あぁ!?おい、ウルル!てめぇ、家で待ってろって言っただろーが!」

ガァッと牙を見せて怒っている様子のロイに、

「ごめんなさい~!」

昨日言われたことをやっと思い出して、即座に謝った。

「迎えに行ったらいねぇし、街のやつらに聞いて肝が冷えたぞ!」

ズンズンと歩いてきて、掴まれている手を払い退けると、僕を抱え上げた。

「っおい、俺らが……!」

「……あ゛ぁ?何だ、相手して欲しいならそう言え。」

明らかに声を掛けた人より大きい身長に身体。加えて見てわかる騎士の服。その人たちは冷たく見下ろすロイにたじろぐと、もごもごと何か言ってから、舌打ちをしてその場を去った。

「あ、お礼言ってない……。」

僕は見つかったニンジンをくれた人にお礼を言うのを忘れていたことを思い出し、呆然と呟く。すると、

「ニンジンくれたのはあいつらじゃねぇ。だいたい、昨日あんなやつらいなかっただろーが!何付いて行ってんだ!」

抱え上げられながらお説教を受ける羽目になってしまった。

「えっ、でもニンジン持ってたって言ってたよ。」

「受け取った俺が言ってんだ、あいつらじゃねぇ。ほいほい何でも信じてついて行んじゃねぇよ。」

……あれ?あの人たちじゃなかったの?じゃあどうして嘘ついたんだろう。ニンジン欲しかったのかな?

首を傾げている僕を見て、呆れたようにため息をつくロイ。抱え上げられたまま、僕の家とは逆方向へと進んでいくロイに、はてなが頭に浮かぶ。

「ロイ、ロイ、僕の家はあっちだよ。どこ行くの?僕、お腹空いたよ……。」

「お前、どんだけ能天気なんだよ……。」

そう言われても、もうそろそろお昼だし、お腹は空くもんだし…。兎耳をショボンと垂れさせたが、とりあえず僕は落ちないようにロイにしがみ付いた。

「……お前、そういうとこだぞ。危機感ってのがないんだよな、本当、よく今まで無事に生きてきたな……。」

何故かロイには呆れられたが、僕がロイから逃げられるわけないし、高いから下りれないし、なら落ちないようにするのがいいんじゃないの?

そんな中、ロイが向かっていたのは騎士団の宿舎だった。え、僕捕まっちゃうの?

「ろ、ロイ……。僕、何も悪いことしてないよぅ。」

怖くなって縮こまっていると、

「何でそういう発想になるんだ。違ぇよ。ウルル、お前、ここで働け。」

そう言われながら降ろされた僕。

「うん?僕ここで働くの?」

突然の言葉に僕は驚く。僕、無職だと思われているの?一応、薬草売りの仕事をしているんだけどなぁ。

「あぁ、ここで働け。送り迎えは俺がしてやる。許可はもらった。騎士団の雑用係だ。まぁ、書類を整理したり、集めたり、事務作業だと思ってくれればいい。」

何だかどんどん話が進んでいっちゃう。僕は書類を整理したらいいらしい。

「分かった~。書類整理すればいいんだね?洗濯とかも?」

「身の回りのことは基本的に自分でやることになっている。書類関連は苦手なやつらが多いからな、そっちをサポートする仕事だ。いいか、送り迎えは俺がするから、絶対に一人で来たり帰ったりするんじゃないぞ?」

念を押されるように言われ、僕は分かったよ~と再度頷くと、本当に分かってんのか?と眉を顰められる。どうしてこんなに信用がないんだろう、僕。ショックだ……。耳を垂れさせると、ロイは苦笑した。

「こっちが、ウルルの職場になる。ついて来い。」

案内された先の部屋には、書類が山積みになっている机。あららぁ、たくさん書類がある。

「あっ、ウルル君っすね!助かった!みんな全然書類仕事しないんすよ~!隊長もですよ!」

そこには、リス獣人の騎士が尻尾を不満げに揺らしてぷんすか怒っていた。

「あー、ソニー、悪いないつも。どうも書類関連は後回しになっちまうんだよなぁ。」

「もう!こんな山積みになっているのに、みんな見ないふりするんだから!ウルル君、この際、誰でもいいから手が欲しかったっス!これ、この書類を分けて下さい!」

さっそく、僕の仕事らしい。僕はドサッと手渡された書類を慌てて落とさないように持って、使っていいと言われた机に置いてフムフムと見ていく。なるほど、書式が同じものを分けたらいいんだ、これなら僕にも出来そうだと思い、これはこっち~これはあっち~と分けていく。

「じゃあ、よろしく頼む。帰りは迎えに来るから一人で帰さないでくれ。」

「了解っす!」

ロイはソニーにそう言うとその部屋から出て行ってしまった。そうして、僕は騎士団で雑用係として働くことが決まったのだった。




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