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番外編 のんきな兎は食べに行く
しおりを挟む「美味しい、ロイ、これ美味しい!」
びっくりしたように目を見開いて、美味しいと言うウルルを見て内心ホッと息を吐く。
―――ここは紹介制の店で、以前ウルルが前を通って知ったと言っていたところだ。紹介してもらわなければいけないから、友達をたくさん作るんだと言っていたが、その前に親父に連れて来られたらしく。どうだったか聞いても、「覚えてない……。」と悲しそうに兎耳を垂らしてしくしく泣き出したウルルに、もう一度行くかと聞いてみる。
「行く、ロイと行く。あっ、僕行ったことあるから、僕が紹介できる!ロイ連れていってあげる!」
ピンと兎耳を立たせて、そう言うと嬉しそうにぴこぴこ揺らして俺の周りを飛び跳ねる。元気になるの早ぇな、と思いながら、笑ってじゃあ連れて行ってくれと言うと、
「うん!僕が紹介するね!」
と元気良く返事してきた。機嫌が戻ったところで急かされて来たのだ。店員は俺を見てウルルを見て察してくれたらしく、ウルルの方に声を掛けた。さすがここの店員は腹黒い貴族共を相手に商売しているだけあると口角を上げる。
「いらっしゃいませ。ご案内いたします。」
「は、はい!」
来たことがあるのに、何をそんなにビビッているのか、俺の後ろに隠れて背中越しに返事するウルルに笑ってしまう。もともと、ウルルは娯楽や嗜好品に金を使うことに慣れていない。ましてや高級店ときたら緊張するのだろう。好きなようにさせて、店員の後を付いて行き席に着こうとすると、そわそわとウルルが落ち着かない。こういうところに来た時、ウルルは安心を求めて俺とくっつきたがる。また、以前の親父と来た時のことを考えると余計に不安にもなるのだろう。
そう思ったと同時に、店員が椅子を二人掛け用に変更する。あまり大きな声では言えないが、愛人などを侍らせて来るやつもいるため、こういうものも常備されている。まぁだいたいは密談等に使われることが多い店だ。俺も何度か統括団長やトレイルの親に呼び出されて利用したことがある。そのため、この店を利用することは出来たのだが、ウルルが頑張って俺をエスコートする姿が見たくて好きにさせていた。だが、やはり心細くなってしまったのだろう。
店員の行動に目を丸くしていたウルルだったが、俺がそれに座るとすぐに隣に身体を滑り込ませてぴったりくっついてくる。兎耳が垂れ下がっており、グリグリと頭を腕に擦り付けてくるため、一度離れさせる。すると、絶望したような顔で見てくるため苦笑する。そんな呆然としたウルルの身体ごと抱き上げて足の間に入れ、後ろから抱き締めるようにして包んでやる。
兎耳が俺の頬に当たってくすぐったいが、ウルルは安心したのか全身で凭れかかるようにして見上げるように首に頭を擦り付けてきた。ホッとしたように目を細めるウルルに庇護欲が湧き出る。
「怖がらなくていい、俺がいるだろ。」
「うん……。ロイいる、一緒にいるもん。」
そうして抱き締めている内に、店員が音もなく入ってきて料理を運んで来る。ウルルはそれに驚いている様子だったが、ここは完全個室で店員は守秘義務が課せられている。だから長年、貴族や商人、お忍びで王子たちもが利用する信用度が高い高級店であり続けられるのだ。
それを知っているため、特に気にせずウルルに飯を食わせる。
―――そして、冒頭に戻る。
「美味しい、ロイ、これはなあに?」
「これは星明花の花弁だな。満月の夜にだけ咲く花だ。こっちは月光草だ。」
見た目も美しいサラダは色とりどりで、光に当たると煌めくためウルルが楽しそうに食べる。採取が困難なものや、捕獲が難しい魔物でも取り扱うこの店では珍しいものが多く、ウルルは見たことがないものばかりだろう。
不思議そうに見ながらも、俺が運んでやると戸惑いもなく口を開けるため、たまらない気持ちにもなりながら食わせていく。
「ここのご飯、どれもすごいね、美味しいね。」
嬉しそうに振り向いてそう言うウルルの額に唇を落とす。
「あぁ、好きな時に来て好きなものを食え。この店は信用できるからな。」
そう言うと、
「どうして?ロイと一緒に行くもん、一緒だもん……!」
何を勘違いしたのか、泣きそうな声でそう言って、瞳が潤んできたウルルに苦笑する。
「一緒に来ないとは言ってねぇだろ。お前が来たい時に来て飯を食えって言ってるだけだ。」
頬に手を滑らせて零れそうな涙を拭いながらそう言った。
「うん?僕、ロイと来る……。」
俺と一緒がいいと繰り返すウルルは、余程親父と来た時の出来事がショックだったのか、ぐすぐす泣きながら抱き着いてくる。それが可哀そうでありながらも、俺だけがいいと言うウルルに口角も上がる。
「今も、これからもずっと一緒だって言ってんだろ。ほら、食え。」
「んん、美味しい、これ好き……。」
もしゃもしゃと泣きながら食べるウルルに笑いつつ、甘やかしながら餌付けする。それから、デザートまで食べ終わる頃には、機嫌が直って美味しかったと嬉しそうに言うウルル。もうこの店は美味しい店だと認識したらしい。それに俺も満足したため、ウルルを連れて店を出ようとすると、
「ろ、ロイ、お金!お金払わなきゃ!僕ちゃんと持って来たからね、大丈夫だよ!」
慌てたように、そう言ってウルルの腰を抱いて歩く俺を止めようと足を踏ん張る。何だそれ、本当に踏ん張ってんのか?と言いそうになるぐらいの微々たる抵抗で笑ってしまう。
「大丈夫だ、支払いは気にしなくていい。もしここに来ることがあっても、支払いはしなくていい。」
そう言って、きょとんとして理解できていないウルルを引き摺るようにして店を出た。家に帰っても、良く分かっていないウルルだったが、風呂に入れて可愛がっているとそのことは頭から抜け落ちたらしく話題に出ることはなかった。
だが後日、またあの店の前を通ったウルルが、店員に声を掛けられ珍しい葉野菜が手に入ったからと言われるがまま案内されたらしく。
「うぅ、どうしよう、僕捕まっちゃう……。お店怖い、お外怖い。ロイ……。」
手持ちがないままどうしたらいいか分からず泣き出してしまい、店員が騎士団本部まで連絡してくるという珍騒動が起こってしまった。
高級店で働く店員は、様々なトラブルにも冷静に対応できるスキルを持っているが、それは腹の探り合いをする者たちや、裏読み、貴族同士の家事情等を踏まえた気遣いや暗黙のルールに乗っ取ったものだ。それに当てはまらないウルルには、ただ善意で案内したに過ぎない。ウルルに掛かる金は俺に付くから、ウルルが支払いをする必要はないのだが、それを分かっていないがために怖くなったらしく。
支払いをする側には代金を提示するが、そうでない側には代金を提示することは禁止されている。また、支払いが俺に来ることも、ウルルが支払う必要がないことも伝えるのは無粋だとされているのだ。簡単に言えば、貴族が愛人と来て、その愛人にわざわざ貴族側が支払うからと、どのくらいの料金だったかを言うと格好悪いだろってことだ。
店員からしたら、俺とウルルが番であることは見れば分かるため、ウルルも勿論その仕組みやルールを分かっていると認識していたのだ。ましてや、ウルルは俺の番で、それが解消されることはない。疚しいことなど何もないことや、俺と一緒に来店したことも店員からすると十分声を掛ける対象に当たる。
……これは確実に俺の説明不足だな。
苦笑しつつ、あそこの店員が、泣くウルルにどうしたらいいか分からなくなって騎士団本部に連絡を入れてきたと思うと笑ってしまうが、一先ず俺の兎を回収しに行くかと腰を上げたのだ。
「ウルル。」
「うぅ、ロイ……。僕、捕まっちゃうの?うぅ、ロイも一緒に牢屋に入って……。」
ぐすぐす泣きながら、出されていた料理を食べているウルルに声を掛けると、そう言って兎耳を垂れさせた。捕まると思いながら食うな、それどれだけ貴重な食材だと思ってんだ。
そう思いつつも、捕まるなら俺も一緒に牢屋に入らないといけないらしいウルルの思考に笑って頭を撫でてやる。
「捕まえに来たんじゃねぇよ、迎えに来たんだよ。悪かったな。」
それから、改めてウルルに説明してやる。ここでの食事代はウルルに支払い義務がないことは理解できたらしい。でもただでさえ高級店のため、慣れないウルルにとっては緊張するし一人では怖いのだろう。安心させて、一度俺だけ個室を出る。すると、
「申し訳ございませんでした、私が……。」
店員が立っており、俺に向かって頭を下げようとするのを手で制した。
「いい、もう次からは大丈夫だろうから、通常通りにしてくれ。」
変な店に行かれるよりは、ここで食ってくれた方が俺も安心のためそう言うと、その意図が伝わったのか店員は深く頭を下げると無駄なことは言わずその場を去っていく。
俺が戻ると、安心したウルルは美味しそうに出された飯を食っており、とりあえず今回の騒動は落ち着いたのだ。
それから、何度か慣れさせるためにウルルを連れて飯を食いに来て、もうそろそろ大丈夫だろうと思っていたが。
――――
「ウルル、お前あの店に行ったか?」
ある日そう聞いてみると、
「うん?ロイと行くの。」
と不思議そうに言われる。
「そうじゃなくてな、好きに行っていいんだぞ。」
好きな物を買って、好きなものを食べて、好きなところに行けばいい。それは俺の目が届く範囲で、だが。この街では、もう俺の番ということは知れ渡っているし、もし治安の悪い通りにでも行こうものなら街人たちが止める。ウルルもこの街に馴染んできて、顔見知りも増えている。だから、ウルルが一人で外出しても安心ではあるため、好きに過ごして欲しいとは思っている。
「ロイ行きたいの?じゃあ僕も行く!」
だが、その思いとは裏腹に、俺が行くなら行くと嬉しそうに言うウルル。
「俺が行きたいわけじゃねぇが。ウルル、金は好きに使っていいんだぞ。」
再度、そう言うと、
「一緒に?」
首を傾げて聞いてくるウルルに苦笑する。
「俺と一緒がいいのか?」
「うん!一緒にいる!」
聞けば当たり前のように返ってくる言葉に笑い、そのまま俺に飛びついて来るウルルを受け止める。
嬉しそうに俺の腕の中で安心する兎は、どうやら俺と一緒じゃないと嫌らしい。一人でふらふらと外に出ることはあるが、自分のための何かを買ったり店の中で食べたりということがないウルル。俺がいないと安心できない、不安だとその兎耳を垂らして呼ぶのだ。それを仕方ねぇなと思いながらも可愛いと思う俺は、望むまま迎えに行くとウルルが安心できるようにこの腕で囲い込むのだ。
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