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第一話 悪魔さま誕生(2/4)
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私の質問「神様って本当にいるの?」は、予想以上に破壊力があったらしい。普段は開かない神父様の細い目がほんの少し開き、一点に私を捉えていた。
「どうしてそんなことを聞くんだい?」
いつと変わらない落ち着いた声が返る。
でも、神父様、怒ってる? ちょっぴり恐い。自分の体が小刻みに震えているのも分かる。だけどまだだ、もう口火は切ってしまったのだから。
「……だって、私にはお母様もお父様もいないから」
神父様は大きな体をしゃがみ込ませて私と同じ目線になった。
「いいかいエンティー。お前がこの世に生を受けていること、それがご両親のいる証しなのだよ。みな例外なく平等に親がいる。ただ、必ずしも産みの親が育ての親とは限らないがね……」
私の抱えた疑念を少しでも拭い去ろうと、神父様は優しく語りかけてくれる。言いたいことは解る。そう、理屈だったらいくらでも。
「ほっほ、私が親代わりでは役不足だったかな」
ズルい答え。反射的に首を振り、伏し目がちになった。
神父様は嫌いじゃない。優しいし、背が高いし、髪もヒゲも白いけどハゲてないし、渋くてカッコいいし、とっても好き。言ったことないけど、本当はお父様みたいに思ってる。
だけど……それとこれとは別だ。話をすり替えて説得できるほど私だって子供じゃない。まだ私の話は終わってない。自分の中に生まれた疑念を……キチンと見極めるんだ。
「どうして私にはお家がないの?」
神父様の目がさらに開いた。解き伏せたつもりの小娘が言い返したからだろうか、何にしても想定外に違いない。
「毎日朝を迎え、食物を賜り、働いて、眠りにつく。そうして日々を過ごしているここがお家だよ」
「そうじゃない! もっと普通の家のこと!」
何を言われようと私は退かない。理屈じゃないんだ。
いつもと違う様子の私に、神父様も少し戸惑っている。
「どうしたというんだいエンティー」
「私、ずっと考えてたんです。教会に住まわしてもらってるのに、いけないことを……」
話が噛み合うはずなんてなかったんだ。だって私の中での結論は、神様がいるかどうかって疑問じゃなく、既に否定だったのだから。
― ひとつめの禁忌は《神様》の否定 ―
「私の知ってる神様は人を縛ります。それも都合の良いルールを創ってそれを破ると罪だって言う……私はそこに愛を感じません。無限の愛なんて存在しない。あるのは限られた愛。しかもその実体は、世界を統べる為に作られた規律を《神様》って存在で刷り込んだ紛い物です!」
― そうしてもう一つの禁忌は……《悪魔》の肯定 ―
「《悪魔》は人を惑わします。ルールのない悪行へと誘う。人の持つ悪さやズルさ、怖さ、憎しみ、妬み等からくる憎悪は一貫した破壊衝動を生みます。でも、それは誰もが持ってる感情で、時には規律や愛すらも凌ぐ力を発揮することがある。そこにこそ真理があるんじゃないですか!」
これにはさすがに神父様が口を挟んだ。
「いったいどうしたというんだエンティー、神の愛は無限だ。人はみな平等なのだよ」
「違う! さっきも言ったでしょ、無限の愛なんて存在しない!! 平等なんて嘘!!」
思わず大声を上げていた。頭のネジが弾けてしまったような、そんな感じだった。ずっと抱え込んでいた思いが溢れ出す。
「じゃあ、じゃあどうして《カイン》は病気になったの? どうしてもういないの? 11歳だよ。街ではぶくぶく太った大人がたくさん歩いてるのに、その人達とカインが平等だって言うの? そんなんで……どこに神様がいるって言うの!?」
一気に言い切って気が付いた。それらしいご託を延々と並べてみたが、その実、私の言いたかったことはこれだったんだと。
「……」
神父様にとっても《カイン》のことは傷口に触れられるようなものだろう。私の卑怯なカードにしばらく黙り込んでしまった。
それからしばらくして、神父様はゆっくりと口を開いた。
「私は……神の教えを伝えはするが、それを信じなさいと強要するつもりはない。信仰とはあくまで己の自由なのだから。だがそれでも伝えたい、信じる者には必ず救いが訪れると」
「私が求めてるのは“救い”じゃない! 自分が信じるに足る信念を求めているだけ! それは絶対の存在じゃなきゃいけないの! だから、《神様》ではそれに足らないの!」
「……」
神父様は何も言い返してこない。そりゃそうよね、信仰自体は人それぞれって神父様が今言ったんだから。
「そもそも私、《神様》なんていないと思ってる」
「な、なんという事を……いや、お前が神を信じられないと言うのは、私の不徳のいたすところか……」
そう言いつつも、神父様は体をぶるぶる震わせている。
さすがに今のは言い方も良くなかった気がする。これまでで一番ダメージを受けているようだった。
「違うの神父様、これは私のワガママで勝手な考えです。だって、神様って人の形してるから。いかにも他の動物や虫とか生き物すべてを見ていない、人目線でしょ。だから神様っていうのは、人が考え出した言わば偶像なんです」
私の偏った考えは間違ってるかもしれない。でも、このまとまりつつある考えが、今の私の想いに唯一答えてくれる依り代になりそうなんだ。
「善い行いは《神様》、悪い行いは《悪魔》、どちらも人の持つ感情を何かに置き換えただけ。だとすればどちらも同義ってことです。それなのにどうして《神様》には“様”がついて、《悪魔》には“様”がつかないの?」
一方だけ信仰したり崇めるのはおかしい。この時の私は国や地域によっては邪神が崇められていることを知らなかったけど、考え方は似ていたのかもしれない。
世に聞く《悪魔》の方が姿形も多様で、欲望や憎悪という感情から破壊に至る行動まで広義に亘る。どうしてだろう、整理すればするほど神父様の教えとは離れてしまって、いけない方向にまとまってゆく……
この結論が何をもたらすのかは分からない。だけど、私の中では《悪魔》>《神様》なんだ。
「神様よりも悪魔の方がずっと絶対的で、私の求める信念にずっと近い存在なんです!」
いつの間にか私だけが喋っていた。まるで別の意思を持った“何か”がそうさせるかのように……
そしてそれは己の中に留めておくには余りある力で、自ら外に出ることを望んでいるようだった。
いまいま熱く語っていたのが嘘のように驚くほと冷静な口調で私は言った。
「だから敬意を込めて、私だけでも《悪魔さま》って呼んであげるんです」
「どうしてそんなことを聞くんだい?」
いつと変わらない落ち着いた声が返る。
でも、神父様、怒ってる? ちょっぴり恐い。自分の体が小刻みに震えているのも分かる。だけどまだだ、もう口火は切ってしまったのだから。
「……だって、私にはお母様もお父様もいないから」
神父様は大きな体をしゃがみ込ませて私と同じ目線になった。
「いいかいエンティー。お前がこの世に生を受けていること、それがご両親のいる証しなのだよ。みな例外なく平等に親がいる。ただ、必ずしも産みの親が育ての親とは限らないがね……」
私の抱えた疑念を少しでも拭い去ろうと、神父様は優しく語りかけてくれる。言いたいことは解る。そう、理屈だったらいくらでも。
「ほっほ、私が親代わりでは役不足だったかな」
ズルい答え。反射的に首を振り、伏し目がちになった。
神父様は嫌いじゃない。優しいし、背が高いし、髪もヒゲも白いけどハゲてないし、渋くてカッコいいし、とっても好き。言ったことないけど、本当はお父様みたいに思ってる。
だけど……それとこれとは別だ。話をすり替えて説得できるほど私だって子供じゃない。まだ私の話は終わってない。自分の中に生まれた疑念を……キチンと見極めるんだ。
「どうして私にはお家がないの?」
神父様の目がさらに開いた。解き伏せたつもりの小娘が言い返したからだろうか、何にしても想定外に違いない。
「毎日朝を迎え、食物を賜り、働いて、眠りにつく。そうして日々を過ごしているここがお家だよ」
「そうじゃない! もっと普通の家のこと!」
何を言われようと私は退かない。理屈じゃないんだ。
いつもと違う様子の私に、神父様も少し戸惑っている。
「どうしたというんだいエンティー」
「私、ずっと考えてたんです。教会に住まわしてもらってるのに、いけないことを……」
話が噛み合うはずなんてなかったんだ。だって私の中での結論は、神様がいるかどうかって疑問じゃなく、既に否定だったのだから。
― ひとつめの禁忌は《神様》の否定 ―
「私の知ってる神様は人を縛ります。それも都合の良いルールを創ってそれを破ると罪だって言う……私はそこに愛を感じません。無限の愛なんて存在しない。あるのは限られた愛。しかもその実体は、世界を統べる為に作られた規律を《神様》って存在で刷り込んだ紛い物です!」
― そうしてもう一つの禁忌は……《悪魔》の肯定 ―
「《悪魔》は人を惑わします。ルールのない悪行へと誘う。人の持つ悪さやズルさ、怖さ、憎しみ、妬み等からくる憎悪は一貫した破壊衝動を生みます。でも、それは誰もが持ってる感情で、時には規律や愛すらも凌ぐ力を発揮することがある。そこにこそ真理があるんじゃないですか!」
これにはさすがに神父様が口を挟んだ。
「いったいどうしたというんだエンティー、神の愛は無限だ。人はみな平等なのだよ」
「違う! さっきも言ったでしょ、無限の愛なんて存在しない!! 平等なんて嘘!!」
思わず大声を上げていた。頭のネジが弾けてしまったような、そんな感じだった。ずっと抱え込んでいた思いが溢れ出す。
「じゃあ、じゃあどうして《カイン》は病気になったの? どうしてもういないの? 11歳だよ。街ではぶくぶく太った大人がたくさん歩いてるのに、その人達とカインが平等だって言うの? そんなんで……どこに神様がいるって言うの!?」
一気に言い切って気が付いた。それらしいご託を延々と並べてみたが、その実、私の言いたかったことはこれだったんだと。
「……」
神父様にとっても《カイン》のことは傷口に触れられるようなものだろう。私の卑怯なカードにしばらく黙り込んでしまった。
それからしばらくして、神父様はゆっくりと口を開いた。
「私は……神の教えを伝えはするが、それを信じなさいと強要するつもりはない。信仰とはあくまで己の自由なのだから。だがそれでも伝えたい、信じる者には必ず救いが訪れると」
「私が求めてるのは“救い”じゃない! 自分が信じるに足る信念を求めているだけ! それは絶対の存在じゃなきゃいけないの! だから、《神様》ではそれに足らないの!」
「……」
神父様は何も言い返してこない。そりゃそうよね、信仰自体は人それぞれって神父様が今言ったんだから。
「そもそも私、《神様》なんていないと思ってる」
「な、なんという事を……いや、お前が神を信じられないと言うのは、私の不徳のいたすところか……」
そう言いつつも、神父様は体をぶるぶる震わせている。
さすがに今のは言い方も良くなかった気がする。これまでで一番ダメージを受けているようだった。
「違うの神父様、これは私のワガママで勝手な考えです。だって、神様って人の形してるから。いかにも他の動物や虫とか生き物すべてを見ていない、人目線でしょ。だから神様っていうのは、人が考え出した言わば偶像なんです」
私の偏った考えは間違ってるかもしれない。でも、このまとまりつつある考えが、今の私の想いに唯一答えてくれる依り代になりそうなんだ。
「善い行いは《神様》、悪い行いは《悪魔》、どちらも人の持つ感情を何かに置き換えただけ。だとすればどちらも同義ってことです。それなのにどうして《神様》には“様”がついて、《悪魔》には“様”がつかないの?」
一方だけ信仰したり崇めるのはおかしい。この時の私は国や地域によっては邪神が崇められていることを知らなかったけど、考え方は似ていたのかもしれない。
世に聞く《悪魔》の方が姿形も多様で、欲望や憎悪という感情から破壊に至る行動まで広義に亘る。どうしてだろう、整理すればするほど神父様の教えとは離れてしまって、いけない方向にまとまってゆく……
この結論が何をもたらすのかは分からない。だけど、私の中では《悪魔》>《神様》なんだ。
「神様よりも悪魔の方がずっと絶対的で、私の求める信念にずっと近い存在なんです!」
いつの間にか私だけが喋っていた。まるで別の意思を持った“何か”がそうさせるかのように……
そしてそれは己の中に留めておくには余りある力で、自ら外に出ることを望んでいるようだった。
いまいま熱く語っていたのが嘘のように驚くほと冷静な口調で私は言った。
「だから敬意を込めて、私だけでも《悪魔さま》って呼んであげるんです」
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