神様と悪魔さま

相馬正

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第一話 悪魔さま誕生(3/4)

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 明らかに、私の周りには異変が起きていた。それはいわゆる、“邪気”と呼ばれる類の気だったんじゃないだろうか。冷たい空気が痛いほどに肌を打つ。

「……ティー、エンティー! もうやめなさい! エンティー!」

 気が付くと、神父様が私の名前を叫んでいた。無心で喋っていたせいか、ずっと呼ばれているのにも気が付かなかったらしい。それに、いつの間にかトロンの姿もない。
 もはや自分の意思なのか、それとも抑え切れない力に動かされているのか、自分自身でも判らないまま、けれど止まらない。勝手に口は動き続ける。

「お願い《悪魔さま》、私に貴方の力を貸してほしいの」

「やめなさいエンティー!!」

 辺り一面を薄暗い霧が包み始めた。私の周りは一層深い闇が渦巻き、さらには目に見えるほどの黒いうねりとなって眼の前に組み上がっていく。
 ここが闇の中心……その渦は吸い込まれそうなほど深く暗い闇だというのに、とても眩しく感じた。あまりの眩しさに目を細めた時、その先に何かが揺らめいた。
 それは今まさに形づいており、徐々に“何か”が実体化されようとしている。背丈は人に近く、風貌は数多の動物が入り混じっている……それはたぶん、野獣や魔物の類いに感じられた。
 そんな有り得ない存在を目の当たりにした自分が抱いたのは、意外にも驚愕や恐怖ではなかった。

「綺麗……」

 ただ、神父様の反応は私とは違った。

「なんとまがまがしい……」

 そう呟き、たじろいで険しい顔を見せている。
 まがまがしい? 何を言ってるんだろう。こんなにも黒く美しい光を放っているというのに。
 この時の私の感覚は異常だったのかもしれない。

『我ヲ喚ンダノハ ウヌカ?』

 その黒い光が私に語りかけている気がした。
 ん、待って“ウヌ”って……私のこと? 喚んだって何? え、まさか、本当に私に話し掛けてるの?

「……そ、そうよ」

『名ハ?』

「いかん! 名前を交わしてはならん! ぐわっ、なんだ!?」

 神父様が間に割って入ろうとしたが、ひと際闇の濃い私の傍には近付けないようだった。漠然としていたものが、徐々に確信に近付いていく。もしかしてこれが……悪魔さま?

「私はエンティ・ティー。貴方は?」

『我ハタッタ今誕生シタ。名ハマダ無イ。ウヌガ名付ケヨ』

「え、私が……」

「よせ、いかん! よすんだエンティー!!」

 ごめんなさい神父様。エンティーは悪い子です。神父様を一瞥すると、闇に目を向けた。

『サア』

 私が求める絶対的な存在ってなんだろう。
 無限の愛なんてものがあるのだとすれば……それは、どんな過ちを犯した人間でさえも神に許しを請い、そして全ての罪を許し、さらにそれすらも背負う。そんな“善”という行為において絶対的な存在。そう、例えるなら《イエス様》のような……
 でも今の私からはほど遠い存在。それどころか真逆に向かっているかもしれない。それでも、絶対的な力を手に入れたい。だったら……

「わかったわ……それじゃあ、アナタの名前は《ノー》よ」

 名前を呼ぶと、ぶわっと闇は範囲を広げ、神父様を覆って尚、部屋中にまで行き渡った。
 その瞬間、《ノー》と名付けた悪魔さまは鮮明に実体を現した。黒く輝く魔物。羊のような角を生やし、牛のような顔、そして様々な生き物とさらには植物が絡み合ったような体……

「くっ、ぐくくっ、なんということだ、私がついていながら……」

 神父様は受け入れがたい事態に顔を歪ませ、こちらに腕を伸ばさんとしている。だけど、少しも届かない。たぶん身動きが取れないんだ。既に部屋中を覆っているこの闇のせい?

『ソウカ、我ノ名ハ《ノー》。フハハ、コレデ契約ハ完了シタ』

「契約?」

『ソウダ。ウヌハ我ノ主トナッタノダ。サア、共ニ破壊ノ限リヲ尽クソウゾ』

「なんということだ……好き勝手はさせぬぞ!」

 神父様は目の前で起こった魔物の誕生に狼狽うろたえていたが、すぐに切り替え、悪魔さまを退治せんと聖書を出して唱え始めた。

 こんな状況の中でも私はなぜか冷静でいられた。妙に頭が冴える。
 これは私の望んだことなんだ。私自身が願い、そして叶えた……世界を変えた第一歩なんだ。

「やめて神父様! 悪魔なんていないって言ってるでしょ! 神も悪魔も存在しない。ここにいるのは私の想いが顕在化した《悪魔さま》よ!」

「……まさか!?」

『フン、察シガイイナ神父。ソウ、我ヲ消スコトハ、《エンティ・ティー》ヲ消スコトト同義ダ』

「そういうアナタは察しが悪いわね、《ノー》」

『ナニ?』

「『破壊ノ限リヲ尽クソウゾ』? はっ、ナンセンスもいいところだわ。破壊すべきものは私が決める。この世を……ひっくり返してみせるわ」

 暗い部屋の中、その中心にある黒く輝く魔物のような存在は、薄っすら笑みを浮かべたようだった。

『ホウ、面白イ。我ハ退屈ヲ望マナイ。ウヌノ考エヲ聞イテミヨウデハナイカ』
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