神様と悪魔さま

相馬正

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第二話 悪魔さまのいる生活(2/2)

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 今日もあっという間に一日が過ぎようとしていた。夕暮れとともに、みんなでロウソクに火をつける。柔らかな灯りが食卓を照らす。いつものように神様に祈りを捧げ、楽しく食事をして、神父様のありがた~いお話を聞いて……
 それがこれから先も続くはずだった。少なくとも他の子達はみな、それを疑うことすらなかっただろう。この時点ではまだ、私は神父様に街へ行く話を切り出してはいなかった。


「ねえエンティー、ノーって何食べるの?」

 人一倍臆病だったムーアが、今では一番ノーになついている。

「え? ああ、そういえば何だろ。ねえどうなの、ノー?」

『ソレハ勿論、人間ガ抱ク邪悪ナ……』


 ボゴン!


『モ゛ゴッ……!』

 とりあえずノーを突き飛ばして、適当な設定を考えてみた。

「そうそう思い出した! ノーは納豆を食べるんだった。残念、ここにはないな~」

「納豆ってな~に?」

 ムーアが首を傾げながら問う。知らないっての! 適当に外国の食べ物言っただけなんだから。なんて言っても余計分かんないよね。

「あ、悪魔さまの食べ物じゃないかしら?」

「ふ~ん」

『エンティー、貴様何ヲスル!』

 急にどついたせいでノーが怒っている。

「今のはノーが悪いんでしょ!」

『何ダト!』

「やめてよ! ほらノー、僕のレタス半分あげるから」

『……』

「……」

 こういう時、無垢な存在っていうのはありがたい。無言で差し出されたレタスを食べるノーは、本当に黒い羊にしか見えない。ムーアがニコニコとノーを見ているので、ノーも黙って食べるしかないようだ。

「うわぁああああ!」

 突然大声を上げて席を立ったのは、あのいたずらっ子のトロンだ。

「どうしたトロン!」

 神父様がすぐに駆け寄る。

「ス、スープの中に芋虫が!」

 言いながら席から後ずさり、顔を真っ赤っかにしていた。

「うぷぷっ……う、あーっはっはっはっ! ……はっ」

 しまった! あまりにトロンの驚きっぷりがおかしかったから、つい笑ってしまった。しれっと仕返しするはずだったのに。

「エンティー!!」

 トロンがさらに顔を赤くして私を睨み付けてきた。

「べー、アンタが悪いんじゃない!」

「トロン、やっちまえよ!」

 ハーリーがトロン側につく。

「エンティー、トロンなんかやっつけちゃえ!」

 ナナも私をあおる。サラとムーアは神父様の後ろに隠れ、恐る恐る顔を覗かせる。まさに恒例の騒動が始まるはずだった。
 神父様が口を挟むまでは。

「エンティー、子供同士のケンカはどうするんだったかな?」

「神父様は黙ってて! 子供同士のケンカに大人は口出ししないんでしょ!」

 何よ、自分で教えた決まり事に横から口挟んで!

「そうだ分かってるならいい、一番の年長者がその場を治めるのだからな」

「だから、それはカイ……」

 思わず口を閉じてしまった。「カイ……?」、私はなんて言おうとしたの?
 一気にみんな鎮まり返った。

『何ダ、ドウシタ エンティー? 急ニ静カニナッタヨウダガ』

「るっさい!」

「エンティー、今はお前が一番の年長なんだ。みんなの手本にならないといけないのだぞ」

「るっさい!」

 トロンは俯き、ハーリーもナナも茶化すのを止めてしまった。そこで一番小さいサラが何かを思い出したように泣き始めてしまった。

「うぇええ、カイーン……」

 そうだった、サラは私と一緒によくカインの看病をしてくれた。

「るさい……」

 駄目、頭の中にカインとの想い出が勝手に浮かんでくる……
 サラの泣き声に釣られてか、ムーアも他の子達も泣き始めてしまった。

「うえええええーん」

「るっさい! るっさい、るっさ……」

 駄目だ、私まで泣きそうだ……
 この場から逃げ出したくなってドアに手をかけた時、腕を強く引っ張られた。

「神父様……」

「どこに行くのだエンティー? まだこの場は治まっておらぬぞ」

「放して! 街に行くの!」

「何だと!?」

「街に行って、この悲しみの元をなくしてくるの! 私が一番年長さんだから!」

「ならん!」

「どうして!」

 神父様は怒ってる。お顔が恐いし、腕からも凄い力が伝わってくる。私が悪い子だから? でも、これだけは絶対にゆずれない。朝の話の続きだ。だってカインは……
 こらえていたのに涙が止まらない。

「ねえ、神父様! じゃあ答えて! カインは幸せだったと思う!?」

「……」

「私に“カインは幸せだった”って、ちゃんと説明できる!? できないんでしょ! だから私がこの目で確かめてくるの! 街に行って他の家の子達と比べてくる! 本当にカインは幸せだったかどうかって!」

 神父様は何も言わずにただ唇を強く噛んでいるようだった。一瞬力の緩んだ隙をついて私は掴まれていた腕を引き抜いた。
 そして、この協会にきてから片時も肌見放さなかった木製のロザリオを、力いっぱい神父様に投げつけた。

「だから……もしもこの世界の方が間違ってるんだとしたら、その元凶を私が壊してやる!」


 バターン!


 強くドアを開くと真っ暗な森の中へ駆け出していた。

 思い描いていた形と全く違う。半ば喧嘩別れのような感じで飛び出してしまった。神父様のあの細い目は、とても悲しげだった。それが強く焼き付いて脳裏から離れない。

「こんな風に街に出るつもりじゃなかったのに……」

『何ダ? 街ニ行ケルトイウノニ 嬉シクナイノカ?』

「るっさい!」

 涙で前がよく見えないけど、ただただ遠くに滲んで見える街灯りを頼りに走り続けた。


#つづく
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