神様と悪魔さま

相馬正

文字の大きさ
7 / 10

第三話 悪魔さま街へ行く(1/4)

しおりを挟む
 教会を飛び出してどれくらい経っただろうか。既に陽は落ち、辺りは薄暗く、道という道などないに等しかった。唯一の頼りは、まだ遠い街の灯りだけ。
 思わず熱くなって飛び出した勢いも、森を走り抜けて暖まった体も、寒空の下でとっくに冷えきっていた。加えて足取りは重くなり、暗闇が作る孤独がさらに追い打ちをかけてくる。

「どうしてあんなこと言っちゃったんだろう……」

 みんなにカインのことを思い出させてしまった。それに神父様のあんな悲しそうな目は、初めて見た。後悔が押し寄せる。何度も後ろ髪が引かれる。その度、前に進む力が弱くなる。

『エンティー、ココガ街カ?』

 ノーに言われて顔をあげる。いつの間にか、街の入り口が目の前というところまで辿り着いていた。俯いて歩いてたから気が付かなかったんだ。

「凄い……夜なのにとっても明るい」

 そのまばゆいばかりの灯りは、今の沈んだ私の心を少しだけ救ってくれた。引き寄せられるように街の中に足が進む。
 前に神父様に連れられて来た昼間の雰囲気とはまるで違う。そんな始めて訪れた夜の街に少し興奮気味になっていく。

「どうなってるの? 夜なのになんでこんなに眩しいの?」

 不思議だけど、それより何よりとっても綺麗。

『ナンダエンティー、電気モ知ラナイノカ?』

 急に話し掛けられハッとする。私のすぐ横で浮遊している黒い羊……

「ちょ、ちょっと駄目じゃないノー! 早く姿を消して!」

『ナンダ、駄目ナノカ』

「当たり前でしょ! ほら早く!」

 慌てて周りを見回す。大丈夫、誰にも見られてない……よね、きっと。

「ねぇノー、さっき言ってた“電気”ってなぁに?」

『火ニ変ワル エネルギーノヒトツダ。スイッチヲ入レルダケデ イツデモ灯リガ点ク』

「いつでも!? すっごい!」

『イイヤ……全然スゴクハナイト思ウゾ。今ノ時代、電気ガナイアノ教会ノ方ガドウカシテイル』

「そうなの?」


 パパパァーン


「わぁあああっ!」

 道の真ん中を大きな箱が走り抜けた。

「な、な、な……!」

『タダノ自動車ダ。ナンダ、アレモ知ラナイノカ』

「るっさい! 一回だけ見たことあるもん。夜だったからビックリしただけ!」

『一回ダケ……』

「何よ、文句あるの!? っていうか、ノーの方こそ生まれたばっかのクセして何で知ってるのよ?」

『イヤ、ドレモ協会ニアッタ本ニ書イテアッタンダガ』

「る、るっさい! 私、読書は好きじゃないもん!」

 やばい、ノーって意外に頭いいかも。私も負けてられない。色々見て回らないと。

 それにしても凄い。夜なのに、街はどこもかしこも輝いてる。そういえば、ここに来るまでは何も見えなくて道すらおぼろげだったのに、街明かりだけはハッキリ認識できていた。もうそれだけが頼りだったほどだ。
 そうか、たがらここには何でもある。昼間と変わらないくらい何でも見える。家も道も人も、当たり前のものまでが、夜に見るせいか、全てが新鮮で輝いて映った。
 世界はこんなにも輝いていたんだ!


 キュルルルル


『ナンダ、何ノ音ダ?』

「る、るっさい!」

 そういえばご飯の途中で抜け出してきたんだった。お腹空いたな……
 空腹を自覚すると、そこかしこからいい匂いがしていることに気が付いた。

「ママー、パン食べたいパンー」

 パン!? このいい匂いの元はパンか。えっ、ていうか、なんでこんな時間に子供がいるの?
 よく注意して見れば、そこにもあそこにも子供がいる。そうか、夜でも普通に子供がいるから、私が一人で歩いてても珍しく思われなかったんだ。

 さっきの子を見るとパンを片手に満面の笑みを浮かべていた。余計にお腹が空いてくる。

『ドウシタ、エンティーモ食ベタイノダロウ?』

「でも、私はお金持ってないから……」

 少しすると、今度は太った子供がパン屋のおじさんに話しかけていた。

「おじさんパンちょうだい!」

「こら! 今日はパン買いませんよ」

 母親も一緒のようだった。

「あはは、いいですよ、いつもお世話になってますから。今日はサービスです」

「ありがとうー!」

 ええっ!? もらえるの?

『ドウシタ、エンティーモ モラッテキタラドウダ?』

 何言ってるの、もらう? 確かに街は私の知らないことでいっぱいだけど、それでもパンがただでもらえるなんてあり得ない。でも……いつまでも空腹ってわけにもいかない。
 空腹といい匂いの誘惑に勝てず、恐る恐るパン屋に歩み寄る。

「おじさん、私も、パン……食べたい」

「おや、カワイイお嬢ちゃんだね。しょうがない、サービスだよ」

 そういっておじさんはパンをひとつ差し出してくれた。

「ええっ、ホントに!?」

「あっはっは、いいからいいから! その代り、おいしかったら今度は家族で買いに来ておくれよ」

「あ、ありがとうっ!」

 パンを受け取ると、いい匂いが広がった。それに温かい。街って本当にすごい。すぐにパンを頬張った。

「おいしい! こんなにおいしいパンは始めて!」

『ソウカ、ソレハ良カッタナ』

 世界はこんなにも幸せで満ちていたんだ!
 そんな感動を覚えた直後だった。

「コラ! 帰れこのクソガキ!」

 なんだろう? さっきのパン屋のおじさんの声だ。振り向くと子供がおじさんと言い合っていた。

「一個くらいいいじゃんかケチ! さっきの子だってもらってたじゃないか!」

「しっしっ! お前なんかにやるパンはない! 商売の邪魔だ!」

 え? なんで?

「ねぇノー、なんであの子はもらえないの?」

『ソレハ金ガナイカラダロウ』

「そんな、私だって、その前の子だって」

『簡単ナコトダ、次ニ来ル時ハ パンヲ買ッテクレルカラダロウ。先行投資ッテヤツダ』

「せんこうとう……何? でも、それだったらあの子だって」

『ソレハナイ、アノ恰好デ分カルダロウ? パンヲ買ウコトハオロカ、水デサエ手ニ入レラレナイ』

「どういうこと……?」

『街ハ綺麗カ? 全テ見タカ?』

 何よ、さっきから見てるじゃない。街はキラキラしてて、こんなにも綺麗で、隅々まで……あれ?
 どうして気が付かなかったんだろう。道の端や建物の隙間に、座り込んだり横になっている人がいた。みんな痩せていて恰好もみすぼらしい人達ばかりだ。
 それに引き替え、道の真ん中を歩いているのはみんな恰幅のいい人ばかり。例の自動車の中から出てきた人も裕福な恰好をしている。明るくきらびやかな家の中に入っていくのも、同じような人達だった。

「じゃあ、さっきの子供はどこに住んでいるの?」

『ドウダロウナ、家ガアレバイインダガナ』

「まさか、そんなこと……そうだ、教会! 街には教会があるはずよね! そこへ行けばきっと」

『行ッテドウスル?』

「るっさい! とっとと教会探しなさいよ!」

 教会は一番背の高いところに十字架が見えるはずだ。ほら、あった。教会にさえ行けばきっと大丈夫……あそこへ行けば救いがあるはず。
 気持ちとは裏腹に、なぜか確信を持てない自分に戸惑いながら教会へ急いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

碧天のノアズアーク

世良シンア
ファンタジー
両親の顔を知らない双子の兄弟。 あらゆる害悪から双子を守る二人の従者。 かけがえのない仲間を失った若き女冒険者。 病に苦しむ母を救うために懸命に生きる少女。 幼い頃から血にまみれた世界で生きる幼い暗殺者。 両親に売られ生きる意味を失くした女盗賊。 一族を殺され激しい復讐心に囚われた隻眼の女剣士。 Sランク冒険者の一人として活躍する亜人国家の第二王子。 自分という存在を心底嫌悪する龍人の男。 俗世とは隔絶して生きる最強の一族族長の息子。 強い自責の念に蝕まれ自分を見失った青年。 性別も年齢も性格も違う十三人。決して交わることのなかった者たちが、ノア=オーガストの不思議な引力により一つの方舟へと乗り込んでいく。そして方舟はいくつもの荒波を越えて、飽くなき探究心を原動力に世界中を冒険する。この方舟の終着点は果たして…… ※『side〇〇』という風に、それぞれのキャラ視点を通して物語が進んでいきます。そのため主人公だけでなく様々なキャラの視点が入り混じります。視点がコロコロと変わりますがご容赦いただけると幸いです。 ※一話ごとの字数がまちまちとなっています。ご了承ください。 ※物語が進んでいく中で、投稿済みの話を修正する場合があります。ご了承ください。 ※初執筆の作品です。誤字脱字など至らぬ点が多々あると思いますが、温かい目で見守ってくださると大変ありがたいです。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...