ヴァルキュリア・サーガ~The End of All Stories~

琉奈川さとし

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紅い月のもとで

第十六話 メリッサの夢②

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「もううちの主人たら、ヤキモチ焼きで困っちゃってー」

 メリッサとのデートは思いっきり痛かった。いろんな意味で。

「でもでもー、私嬉しくってうちに帰ってチューしちゃったんですよー」

 メリッサは市場で店の主人と話している。無論、僕には何を言っているかわからない。でも何を言っているか想像がつく。だってなんかクネクネしてるし、いや、そういうキャラじゃないだろ君は。

「ねえ、あなたも何か言ってよ、ア・ナ・タ」

 アナタって何言ってんだ、とおっしゃるよりもたとえ僕が話しても話が通じないだろう現地人と。ベタベタと白く細い指先で僕の体を触ってくる、町のど真ん中で、おっさんが十五歳ぐらいに見える美少女と。

 後ろの中年の男が壁をドンドンと蹴って、わめいている。そうかこの世界ではイラつくとそういう行動を取るのか、僕も今度やろう。

 見た目は三十代のおっさんと十代の少女との夫婦ごっこだもんな、嫉妬されるのも無理はないし、そんな経験ないから僕は胸を張るどころか、気持ちが臆病になって、逃げたい。

 しかしそれはもう周り人々のストレスは半端ないだろう、僕は町の中でさらし者にされている、なにせ冴えない僕の姿を見たあと、メリッサの美少女ぶりに二度見して、僕のほうに憎しみの視線があつまってくる。

 こんな中世の世界だ、いちゃつくバカップルは、はしたなく見えるだろう。それを堂々とやってるメリッサ姫。でも文句を言うと怖いから、黙って従っている。

 しかたないじゃないか、性格もとがってる上、身体能力もあっちのほうが上だ、逆らったらボコられるだけだ。助けて……。

「見てー買っちゃった、似合う?」

 メリッサは髪飾りをつけて僕に見せつけている。きつい空気感があったが、本当に銀細工の髪飾りが似合って可愛かったので褒めることにした。

「とても素敵だよ、お姫様」
「ホントに!?  ありがとうアナタ」

 なんと彼女は堂々と人前で僕の頬にキスをする。柔らかく温かい唇、少ししめっていて、なんともいえないゾクゾクする。不思議な感じだ、彼女と触れた肌から全身が電子レンジでチンしたみたいに沸騰ふっとうしそうになる。

「ねえ、アナターおなか空いちゃった。ランチにしましょう」

 ランチ? このモードでランチとおっしゃるか。危険な匂いがする……。僕は為すがまま彼女に連れられて食堂に連れて行かれた、ここは大衆食堂のようで客はほとんど男ばかりだ。

 その中に腕を組んだカップルが入ってくる、僕たちだ。あたりはしんと静まり冷たい視線で見てきた。息苦しい……。

 席を座るとメリッサは手慣れた様子であれこれメニューを頼む。運ばれてきた料理はいつもと似たような献立で見ただけで胃もたれしてくる。これメリッサの好みなのかな、脂っこいものばかり運び込まれる。

 それにしてもまたあの硬いパンを食べなければならないのか、突如何を血迷ったか、頬を染めながらメリッサはスープを一匙ひとさじすくい僕の口元に持ってくる。

「はい、あ~ん」

 や、やめてくれ、それは勘弁してくれ。ここは中世だぞ。死人が出る。

「あ~ん……!」

 煮え切らない僕の様子に腹が立ったのか、メリッサは段々きつい目つきと、低い声でプレッシャーをかけてくる。圧力で僕の体が押しつぶされそうだ。こんなに迫力のあるあ~んは見たことがない。

 冷ややかな緑碧あおの瞳。 早く口を開かないと視線で全身が凍てつきそうだ。必死の思いでスプーンにかぶりつく。うんまあまあだ……。

「いっぱい食べて、精をつけてね。あ・な・た、ふふふ」

 僕のわからない言葉で大きく笑う。あたりがざわめき始めた。

「おい! ふざけんな! ぶち殺すぞお前ら!」

 店の中で男たちのわけのわからない言葉の怒声が飛び交う。言っている言葉は伝わらないが言いたい感情は伝わった。これが激しい嫉妬ってやつか、初めて受けたよその感情。

 もはや優越感よりも申し訳ないと思うのが小市民の日本人のダメ男ゆえか。そいつらに対しメリッサ姫はお言葉を述べられた。

「お前らこそ、ぶち殺すぞ。ブタども」

 メリッサが低く張りのあるハスキーヴォイスで男たちに答える。一体何を言ったんだろうか、その迫力に食堂の男たちは静まりかえってしまった。……怖い。

 怒らせたら血を見る、もう店の空気張りつめてで体がバラバラになりそうだ。僕は生きてこの店から出られるのだろうか?

「はい、あ~ん」

 しょうこりもなくまたスプーンをこちらに持ってくる。こんなに殺伐としたあ~んはかつてなかったであろう。さすが中世だ、さすが異世界だ、こんな経験ヴァーチャルでは味わえないだろ、──勘弁してくれ……。

 僕らは凍てつくランチを終わらせると川の上に石造りの古びた橋の上で話しこむ、透き通った風が吹き少し涼しげなところだ。まあ、食堂では寒気で死にそうだったが。

「今回は日本での二〇代新婚夫婦を仮定したデートだ。楽しかったか?」

 メリッサは目を閉じ僕に微笑ましく話しかけてきた。

「非常に楽しかったです」

 きっとそれ以外の言葉を言ってはいけない。殺される。

「そうか! 私も楽しかったぞ!」

 メリッサは抱きついてきた。ああ、可愛いなあ、はは、もはや何も考えまい、僕はすっかり飼い慣らされていた。そして突如、何故かメリッサは急に湿っぽくうつむいて上目づかいにし出す。

「あのな、頼み事があるのだが……」

 なんだろう、僕には拒否権がないけど。

「こういう雰囲気のとこでは恋人同士はするのだろう。……ほらなんて言うかその、ああじれったい、佑月! キス……して欲しい……」

 キス!? そこまでいくのか! 最近の娘は早いなあ、でもキス⁉ いやまて僕は大人だ、その期待には応えないといけない。そうじゃなきゃ男として名が廃る、言い訳じゃないよ。何しろこっちも命がけだから。

「そうか……わかった」

 僕は唇を近づけようとする、なのにある問題が出てきた。

 ──届かない。

 必死に目をつぶってメリッサは待っているがキスしようにもあまりにも身長差があった。

「メリッサ。身長何センチ?」
「身長? 152cmだけど。どうしたんだ?」

 僕は175cm。23cm差だ。うーんこのままだと、ちょっと無理だな、僕は少しかがんでメリッサと身長を合わす。僕のやりずらそうな様子に不思議そうな顔をしているメリッサ。しかし女の子が待ってるんだGOだ。

「いくよ……」

 ゆっくりと、僕は顔を傾け少女の唇を奪う、柔らかいメリッサの唇、しめやかなぬくもりが敏感な唇をとおし、甘酸っぱい心地になり、そこにすこし間を開けもう一度唇を重ねた。かすかな息と息が交わる。

 そして感情のおもむくまま少女の唇をむさぼった。彼女は決して震えたりしなかった、黙って僕のしたいように唇を委ねている。その姿が愛おしくてたまらない。

 彼女の唇を十分に味わうと少し間を取って瞳と瞳を合わせる。メリッサの目は少しうるんでいる。

「はじめてキスをした……お前とキスした……ふふふ」

 彼女は嬉しそうに空を見上げた。空には雲一つないんでいる、やけに心地よく晴れ晴れとしていた。

「夢だったんだ。こういうの。幸せだな……」

 メリッサはつぶやいた。そして一呼吸、幸福感を味わったのだろう、その後ゆっくりとこちらを向く。

「うん、幸せだ。ありがとうな!」

 満開の華が咲いた笑顔。こんな素敵な表情に僕も嬉しくなっていき、胸が熱くなる。これが幸せというものか、35にして初めて知った幸福感。こっちの世界にきて本当に良かった。僕も幸せだよメリッサ……。
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