ヴァルキュリア・サーガ~The End of All Stories~

琉奈川さとし

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砂城の愛

第五十五話 朝日

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「何故……ぼくが……こんなことに……。頭がクラクラして……目が見えない……解っているかミリア、これは自殺だぞ……!」

 神への恨み言のようにぽつぽつとセルモアはつぶやく。

 そうヴァルキュリアはエインヘリャルとの戦いに介入できない。ヴァルキュリアが相手のエインヘリャルを攻撃すると、因果律が狂いパートナーのエインヘリャルに災厄が降りかかる。これは絶対不変の法則。それ故ヴァルキュリアは相手エインヘリャルに対して無抵抗になる。何度も僕が戦いで経験した教訓だ。

 セルモアはあまりにも高揚して、ヴァルキュリアとの絆について失念していたのだろう。いやもしかすると、そういう経験は踏まずに戦ってきたのかもしれない。

 罠を張り巡らし、策で相手を弄し、こういう真正面からの勝負をしてこなかったのだろう。彼女たちはあくまで契約で従っているだけで奴隷ではない。彼女たちにも意思があり、自分の望みがあって協力しているのだ。

 それがわかっていなかったから、あんなヴァルキュリア任せな乗っ取り策を立てたのかもしれない。しかも、そのヴァルキュリアとの信頼関係すら心の外に置いて見逃していた。

 策士策に溺れるといったところだ。あまりにもパートナーに負担のかかることをすればやがてそのしっぺ返しがくる。

 セルモアはフラフラ歩き続け、この場から逃げようとする。足の歩を進めたその時、地面から炎柱が上がった。

「うあああ――――――――――!!!」

 セルモアは自分の仕掛けた罠に引っかかり、体が燃えさかり、炎に包まれていく、あたりに肉が焦げる独特の匂いが立ちこめ、思わず僕は鼻を覆った。炎が消え去ったときセルモアの姿はなく、焼け残った消し炭が残るだけだった。

 ヴァルキュリアが敵のエインヘリャルを攻撃するとこうなる。つまり、自ら罠を踏む羽目になったのは絶対不変の法則のためだ。

 それを静かに満足げに見つめていたミリア。

「……女を甘く見ているからよ……!」

 そして、消し炭を侮蔑した面持ちで見下ろす。

「ねえ、ユヅ、おなかの調子はどう?」

 こちらを向き、ミリアは自分で刺した僕の腹を気にした。

「ちょっと、痛いね」

「そう、なら、大丈夫ね。相手のエインヘリャルにきちんと攻撃しないと因果律が狂わないから思い切ってザクッとやっちゃった。……ごめんね」

「それよりも、これでよかったのか? パートナーのエインヘリャルが死ぬということは君自身も消えてしまうことになる。僕は君を生かす気だった、なのにこんなことなったら君は……」

「そうね、私も消えることになるわね。――でも、メンフェスを馬鹿にされて黙っていられるほど冷徹な女じゃない、こう見えてメンフェスの妻だから……」

「そうか……、強いんだな君は……」

 僕の思いとは裏腹に、ミリアの体が光に包まれていく。

「砂の城……」
「えっ?」

 彼女のつぶやきの僕は少し驚いた。

「砂の城、確かに私たちの愛はそうなのかもしれない。でも、波さらわれた後、崩れ落ちる間もなく流されて、残されたものはキレイだと思う。形が残らなくても、きっとそれは素敵な想い出になるから。そう、永遠に……」
「ミリア……」

「……メリッサさん良い娘じゃない、私気に入ったわ。カーとなっていろんなこと言っちゃったけど、私の好みのタイプだわ、二人ともお似合いよ。幸せにしなさいよ」

 ミリアは僕に満面の笑顔で微笑みかけた。

「僕は……その……彼女を傷つけた」

「ちゃんと謝っちゃいなさいよ、女は根に持つから。難しい恋だと思うけど、きっと貴方たちなら大丈夫。私とメンフェスみたいにはならないと思う。大切にしなさい。

 ……幸せは自分たちでお互いに合わせて作るもの。そしてそれを守り続けるのが男と女。貴方たちみたいな恋愛もあって、素敵なことだと私は思う。がんばってね」

 そして、徐々に体が透けていくミリアだった。

「──あ、そうそうメリッサさんに私からゴメンねって言っておいて。あれ、本心じゃないから。私はヴァルハラに行っても貴方たちのことを応援しているわね。ガンバレ! ユヅ……!」

 それをさわやかな笑顔で言い終わったあとぽつりと、

「……そう、好きだったわ、ユヅ。……世界で二番目にね……」

 と告げ、僕は思わず、

「……ミリア!」

 と、声が出てしまった。彼女は笑みを浮かべながら振り返り、真っ直ぐと燃え上がっていた残り火を見つめたようだった。一歩一歩静かに進んでいく、そして、城の硝子のない窓からひとすじの風が舞い込み、彼女を覆うシーツを遥か彼方へ奪い去った。

 衣一つ無い体。そこには一切の飾り気のないギリシア彫刻のような美しい滑らかな裸体があった。その姿はまさしく女神だった、長いブロンドを揺らす風、外を見やると空は雲一つない満月が燦々さんさんと輝いていた。

 そっと、消し炭のあとを見たミリア、彼女の足がその手前でふと止まる。静かに黄金の長い髪の毛が揺れていた、静寂が城を包みこみ、彼女はゆっくりと手を見た、それは、手だったものから、透明色がじわりじわりと彼女の身体を蝕んでいくのを確認しているようだった。

 命が燃え尽きる瞬間、ミリアは勢いよく炎のあとに飛び込んだ。

 ──地から炎が舞い出で、煉獄れんごくの炎の中、金色の女神は愛しき人の名を叫んだ。月明かりがライトのように差し込み金色の女神を煌々こうこうと輝かせる。――愛の終末の美。赤く肌を包み、金色に咲く彼岸の花、それはまるで夜空の星々に包まれた月のような輝き。

 舞い上がる炎にひらかれる愛の花びらが、ゆっくりと消えていく、そこには彼女の生命の美麗さを感じさせた。火は強く、想いを焦がし、やがて、徐々にまた、静寂が訪れる、……そして、消えた親友に僕はひっそり、ほとりほとりと涙を流した。

 ―――――――――――――――――――――――――――

 朝日が昇ってくる、僕はメリッサを抱き城壁の上に立っていた。彼女の体はもはやメリッサだった、だが、目を開かない、僕はゆっくりとその時を待つ。そして、メリッサの目に光が差し込む。うっ……と、声が薄紅色の唇からもれると彼女は目を開いた。

「生きてる……勝ったんだな……佑月」
「──ミリアのおかげさ……僕はまだまだだ」

「……そうかあの女が、でも、私は信じていた、佑月ならあの状況でも生きのびることができる、私を守るためなんとしてでも勝利をもぎ取ると」
「ああ……そうだね」

「……すまない、ヴァルキュリアの秘密を黙っていて。別にお前をからかっていたわけじゃない、本気で好きなんだ。──むしろだから言えなかった……お前の子どもが産めないということを」

「いい、何も言わなくとも、構わないさ、僕の愛は変わらない。僕こそ感情的に罵ったりしてごめん、大丈夫、気持ちの整理はついた。僕はメリッサ、君を愛し続ける」

「佑月……」

「──泣いているのかいメリッサ?」

 メリッサの瞳から白い肌をつたい涙がこぼれ落ちていく。

「はは、かっこ悪い姿見せているな。不安だったんだ、佑月と一つになれないことを知ると私から離れて行ってしまうんじゃないかと、あいつの言ってた通りだよ。でも、私は本当に佑月のことを……!」

「わかっている。だから何も言わなくていい」

 僕はメリッサの上半身を抱き寄せキスをする。

 しばし、時間が止まった感覚がする。僕は知った、これが愛なんだと。

「温かい……こうやって幸せを積み上げていくんだな」

 と、メリッサがつぶやく。だから、僕は微笑んで見せた。

「誰かが言っていたけど幸せは自分達で築き作って守るものだってさ」
「哲学者だな……そいつは」
「……ああ」

 僕は真っ直ぐ彼女を見つめ、彼女も僕の顔をますらおのように見つめ続けてくれた。

「僕たちも作っていこう幸せの形を」
「……ああ、そうだな……!」

 しばらく二人で朝日を眺めていた。時間が経っていくと胸元から寝息が聞こえてくる、死んで生き返ったんだ、よっぽど疲れたのだろう、僕の胸元で天使の寝顔を見せている。だから、僕はメリッサを強く抱きしめた。

 ──僕は堅く決心した、決して彼女を手放さないと。この恋は永遠だ、この娘と幸せを築いていく、たとえどんな困難がこようとメリッサを愛し続ける、これが僕の愛の形であり、僕が求めていた普通の幸せへの証明だと信じている。

 メリッサを守り続けていく……!

 朝日が昇りまぶしい光に僕たちは包まれていく。メリッサを見ると銀色の髪が透き通って光り輝き神々しく今にも天に昇っていきそうな心地だった、僕は彼女が逃げてしまわないよう、強く強く抱きしめる。

 ──そうこの愛は永遠だ。それを太陽に見せつけるようにメリッサを抱きしめていた。
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