ヴァルキュリア・サーガ~The End of All Stories~

琉奈川さとし

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二つの死闘

百七十七話 クラリーナすねる

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 試合に勝利した次の日、僕はまだ気が晴れなくてぼんやり窓の外を眺めていた。ここは館の僕とメリッサの部屋、自室から外に行く気にもなれず、ただ黄昏たそがれていた。それを見ていたメリッサは何故か慌てていた様子だった。

「今日は晴れているなあ」
「僕は別にそれほど晴れているとは思えないけど、なんか曇ってるし」
「ははは、そうだな、そういえばそうだった」

 なんだかよくわからないけど、彼女は取りめのない話を頻繁ひんぱんにしてくる。気になっていたけど、なんだか聞く気にもならなかった。メリッサはまた世間話を僕に投げかけてくる。

「そう言えばナオコは最近ものすごいロハ語が上達したぞ、聞いたことがあるか?」
「僕にはよくわからない言葉だから、上手い下手が良くわからないよ」
「ははは、なるほど、そうかそうだな、ははは……」

 そしてしんと静まり、会話が途切れてしまう。メリッサはどんどん焦った様子で僕に言葉をつむいでいく。

「うーん、少し暇だし一緒にナオコと遊んでやるとするか、うんそうだ、それがいい」
「ナオコだったら、さっきメリッサがいないときに来て、僕と話していたら、パパ何だかつまんないとか言って、ルミコを連れて館内を散歩するって言ってたよ」
「ははは、そうか、子どもは薄情だなあ、ははは、どうしようか、これ……」

 メリッサの乾いた笑いが続く、すると突然、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた、「私です、ユリアです」と聞こえたので、僕たちは何かあったのかドア越しに尋ねた。

「どうしたんだい?」
「クラリーナさんがまたいらしてます、応接間に通しておりますので、佑月さんたちも来てください」
「わかった」

 ユリアの声が途絶えると僕は胸の中が何か詰まった感じでぼやいていた。

「クラリーナか会いにくいなあ」

 メリッサは僕の気持ちを察してくれたのか、優しい言葉をかけてくれる。

「あいつならわかってくれるはずだよ、あの試合でのお前はできる限りの最善の選択をしたんだ」
「でも彼女からすれば僕の行為は侮蔑に値する、きっと僕の事嫌いになっただろうな」

「そんなことないって、さあいくぞ、ここでぼんやりしていてもらちが明かないだろ、ほーら」

 そう言いながら僕を引きずるようにメリッサは強引に応接間に引っ張っていく、クラリーナに合わせる顔がないのになあ。そう思いながらも、メリッサの言うことの方が正しいので、僕は心の準備を整えた。

 応接間に行くともうみんなは席についており、僕とメリッサが最後だった、気になっていたクラリーナだが、特に怒った様子もなく、むしろにこやかであった。僕とメリッサが席に着いた後彼女が話し始めた。

「みなさんそろいましたね、昨日の試合お疲れ様でした、今回生じた問題諸々を教会団闘技大会開催委員会で決まったことをご報告いたします」

 僕たちは少し息をんだ、ルールに書いていないとはいえ、試合相手への奇襲と、試合中人質を取ったのは、上層部にとって好ましいことだと思わない。何かペナルティでも課されるのだろうか。クラリーナは報告を続けた。

「検討した結果、皆さんの行為はルールに反していないということで一致し、ペナルティなど課す必要はないと判断されました」

 僕たちは安堵あんどの声を上げた、どうやら押し通せたらしい。だがクラリーナはその様子を見て「ただし……」と続けたので、僕たちは再び緊張した。

「ただし、今後、奇襲及び、人質を取ることは禁止致します、試合の正当な戦いに支障が出るとの意見があり、これから先は、決して行わないようよろしくお願いいたします」

 僕はそれを当然の判断だと感じたため「わかった、約束するよ、クラリーナ」と言った。それを聞いた彼女は少しうれしそうに微笑んだ、そして横髪が気になったのか頬にかかった髪の毛をかき上げると、少し赤くれているように思えた。なんだろうあれは。

 とりあえず、僕たちはここで初めて試合をやり切った感じがしたので、ひとまず安心して自室に帰っていった。

「おい、佑月、そろそろ外に出てみないか?」

 またメリッサが変なことを言う。彼女は危険だから外に出るのはやめろと僕に忠告したはずなのに。

「外に出て敵に襲われたらどうするんだい」
「クラリーナの話を聞いてなかったのか、奇襲は禁止だぞ」
「敵がわざわざルールを守るとは限らないよ」

「まあ取敢えず武器を持たすから行ってこい、ほら」

 またいつもの掛け合いをしてから、MP7A1を手にする、僕はそれを腰の後ろのメリッサお手製のマシンガンシースに入れる。闘技大会の時に両手用のAKMを持ち替える時にも便利なガンケースと言えば分かってもらえるだろうか。

 昔からMP7A1を携帯する時に使っている。僕のすその長い上着に隠れていて相手から見られないし便利だ。そうやって僕は一人外をぶらつくことにした、メリッサも来ればいいのに。何だか一人で放り出された気がして気分があまり良くなかった。

 適当にぶらつくと赤髪の騎士の格好をした女性がすぐに目に入った、クラリーナだ、一瞬でわかる程、彼女の美貌びぼうは目立つ。飼われているヤカバと座ってじゃれていたけど、いつもヴァルキュリアと一緒にいないんだな、この女性は。まあ最近僕もそうだけど。

 僕は声をかけようとして「あっ……」と言いかけたとたん止めた、そう言えば今朝はにこやかだったけど、やっぱり怒ってるに違いない、なんか彼女ぼんやりしているし。と思ったが彼女の方が僕に気づいた。

「あれ、佑月さん」
「や、やあ、クラリーナこんにちは」

 おっかなびっくりで口がひきつってしまっていただろう、彼女に叱られるのはやはりショックだった。この容姿で激しく言われると、流石に僕でも傷つく。だがクラリーナはごく自然に、話し始めた。

「動物は良いですね、悩みがなくて」
「ははは……」

 乾いた愛想笑いしか出ない、彼女はこっちに向き直ししゃがんだまま僕に話しかける。

「今日もお一人なんですね」
「メリッサに部屋を追い出されたよ、邪魔なのかな、僕は」

「違いますよ、貴方が大分お疲れのようなので、気を利かせたんですよ彼女は」
「えっ……?」

「私、昨日闘技大会の後、メリッサさんに怒られました。佑月さんは今とても疲れていて、みんなの命の責任を背負って大変なんだ、なのにあんな言い方はないだろってぶたれてしまいましたよ」

 左頬が少しれていたのは、メリッサが叩いたのか。流石メリッサやることすさまじいな。気が強いというかなんというか。

「彼女、貴方の事をとても心配していましたよ、流石奥さんですね、私そんなこと気づかずにただひたすら感情のまま貴方を罵倒してしまったけど、確かにそうなんですよね、私が間違っているとは思いませんが、貴方の気持ちを考えていませんでした。でも……」

「でも?」

「でも、メリッサさん、大通りで大声を上げてぶたなくてもいいじゃないですか! 私だって立場があるんですよ、周りのみんなに見られて、すごく恥ずかしい思いをしたんですからね、ひどいですよ、言いたいことがあるなら人気のないところでやってくださいよ、私こういうこと慣れていますけど、大勢の前でやられたのは初めてです!

 ほんと恥をかいちゃった、はーあ、みんなに合わせる顔ないなー」

「あの……もしかして、ねてる?」
「拗ねてません!」

「……やっぱり」
「拗ねてません!」

 そうか、メリッサにキレられてねているのか、クラリーナはぶつぶつと小言を言い始めた。なるほどそういうことか、彼女は怒ってないんだな、嫌ってもいないみたいだし、仲直りということでここは僕は下手したてに出たほうが良いな。

「ごめんな、メリッサは気性が激しいから君に面倒かけてすまない」
「え……?」

「君は僕の事を思って叱ってくれたんだろ、みんなに愛されるような戦士でいて欲しいと、君の気持ちは十分にわかるよ、すまないね」

「佑月さん……!」

 その言葉を聞いて彼女は気を取り直したのか、いつも通り胸を張って立ち上がった。

「そうですよ、佑月さんは誠実で優しい方です! 私あの試合の後、佑月さんの悪口言う人がいたので説教してやりました、佑月さんはそういう人じゃない、優しいから敢えてみんなを守るために、あんなことをしたんだ。佑月さんの悪口を軽々しく言うなって。

 そう言ったらその人たちは黙ってしまいました、やはり、人の言うことはコロコロ変わりますが、人間は変わらない大切な部分があるんですね」

「はは、そうかい、ありがとうね」

「ええそうですとも、とりあえず前に貴方をぶったおびに、私とデートしましょう」
「はい⁉」

 な、何を言ってるんだクラリーナは、君と僕とがデート⁉ 釣り合わなすぎるだろう。

「さあ、いきますよ、初めて男の人とこうやって親密に出かけるのですから、私楽しみで仕方ないんです、ほら」
「で、でも、僕には妻と子どもが……」

「ああ、それなら大丈夫です、メリッサさんから私はこういうの苦手だから、お前が佑月を慰めてくれないかとむしろ頼まれました」

「なっ……!」

 あのメリッサが⁉ 傷口に塩を塗るのが楽しみな女だぞあいつは、でもクラリーナが嘘つくような人間ではないし。どうしようか……。

「ほら、いきますよ!」

 そう言って彼女は僕の手を握って、僕を連れてどんどん走っていく、こうやって奇妙なクラリーナとのデートが始まった。
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