ヴァルキュリア・サーガ~The End of All Stories~

琉奈川さとし

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二つの死闘

第百七十九話 クラリーナとデート②

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 僕とクラリーナは共に歩いて行く、でも僕たちの未来はそこにはない。彼女がどう思っているかわからないけど、僕はメリッサを愛しているし、ナオコも愛している。だからこそこうやって平然とデートのお相手が出来るんだ。

 そうじゃなきゃクラリーナみたいな素敵な女性と一緒に時を過ごせて、まともでいられるわけないだろ?

 僕たちはマハロブを楽しみながら食べ歩きをしていた、彼女はもっとこの街を愛してもらおうと、饒舌じょうぜつになっていた。それがとても楽しそうで、彼女がきらめいてみえた。

 彼女の戦う姿はとても美しく、華麗であったけど、このように普通の女性としても立派に生きていけるヴァイタリティを感じた。僕はできれば彼女に剣を取ってもらうより、ただのレディとして安らかに人生を遂げるほうが良いとさえ感じていた。

 ……まあ、それは明らかに男の傲慢ごうまんだけどね。

 彼女はふと途中人だかりの中で足を止めた。彼女は大きな舞台屋形をみて、察していたようだけど、僕はなんだか気になった。言葉はわからないけど子ども向けの人形劇のようだ。人形たちは語りだす。

『おねがいします、神様、どうか私たちの愛をお許しください』
『シーダ大丈夫さ、僕たちの仲間の恨みは僕が晴らすんだ』

『だがそこに悪魔が現れて、彼らの運命を狂わしていく……』

 と語り手が話し始めて、悪魔の人形が現れてきた。

『貴様ら愛だと何だと言うのか、間抜けめ、この悪魔の俺が本当の現実を見せつけてやる』

『まて悪魔め、シーダになにをする!』
『エディ、やめて、私はもう……』

『ははは、シーダを人質に取ってやったぞ、さてどうするかな……?』

 どうも見ている子どもたちは悪魔に怖がっているようだ。だが熱心にじっと人形劇を見つめている。

『よし俺様は、良いことを思いついたぞ、エディ、お前が本当に愛しているのなら、この娘の前で自殺してみろ、貴様ならできるだろ、何故なら愛しているからな!』

『やめてエディ、そんなことはやめて、悪魔の言うことを聞いちゃ駄目!』
『でも、僕が死ななければ君が死んでしまう……!』

『そんなの聞いちゃ駄目! 貴方が死ぬ姿なんて見たくない、お願い止めて!』

『そうかできないのか、愛してるなんて、エディお前はうそつきだな、その罰としてこのシーダから殺してやろう』

『やめろ! 悪魔め。わかったお前の言う通りにする、それが僕の愛の証明というのなら、僕はそれを選ぶ!』

『やめてよ、エディ! 私貴方の事を愛してる、だから……』
『僕も愛してるよシーダ、だから僕の命を君に捧げるよ……。うあああああ!』

 そう言ってどうやら男の方が槍を自分の胸に当てて自殺したようだ。

『エディ、エディ、エディ! え、でぃ……』

 その後悪魔が女の方を襲い女も倒れる。

『ははは、所詮しょせん貴様ら人間などの浅はかな愛などクソにも役に立たない、俺は勝ったぞ、俺を倒せる者がいるか! いないだろうな、そう神でもない限りな、はははは!』

『そういって悪魔は無惨にも恋人たちを死に至らしめてさっていった。さて悪魔を倒すやつは現れるのか! それは神のみぞ知る……』

 そう語り手が言い終わって、人形劇の舞台の幕は降ろされた、子どもたちは涙をためてくやしがるものや、女の子は泣いていた。

 僕はそれを見てぼそりとつぶやく。

「これは子どもに悪影響を与える、子どもたちの世界では正義は勝つべきなんだ。このストーリーは良くない、だから僕は前の試合、ナオコを連れてこなかった」

 うろたえて人形劇を見ていたクラリーナが僕の言葉に驚いた顔で、こちらの顔を見つめていた。そして穏やかに彼女は言った。

「そうですね、よくありませんよね、私も同じ気持ちです。佑月さん、良かった……」

 そしてとても嬉しそうに微笑んだ。そして何故か前もらったチケットを彼女は握りしめてつぶやいたのだった。

「……素股でドン……」

 彼女が何か思い悩んでいるようなので僕はそっと逃げ場を作ろうと、彼女に話題を振る。

「子どもの劇より、僕は大人の劇を見たいな、何か案内してくれないかい? クラリーナ」

 そう言うとクラリーナは晴れ晴れした様子で、気持ちを切り替えたようだ。

「ああ、そうですね、エンディオン劇場で舞台劇があります、言葉はわからないでしょうけど興味がおありなら、私、案内しますね」

「舞台劇か、いいね、お願いするよ」

 行き場所が決まったので僕たちは歓談かんだんしながら軽やかに劇場へと歩んでいった。

「ここが劇場なのかい……?」

 僕は驚いた、あまりにも巨大な、それこそコロッセウムに似たドーム状の建築物であり、地上から60メートルほどがコンクリートでできて、入り口の上はアーチ状の形で中は空洞になっており、人30人ほどが横並びで余裕をもって入れるほどの幅を持っている。

 劇場の天井は見たことのない技術でできており、ドーム張りで白くあるいは半透明であり、日差しや雨や雪から観客を守るのであろう、恐ろしい建築技術の高さをうかがえた。中に入ると観客席はコロッセウムのように広大な半円状の客席となっており、残りの半円はアーティスティックな建築物が並んである。

「ねえ、クラリーナあの建築物は何だい?」

「あちらですか? あっちは巨大食堂やサウナ、浴場、ベッドルームになっております。あまり大きな声で言えませんが、いかがわしい行為を行うために使ってる者共もいるようで、ええ、ふしだらなことです」

 巨大な売春会場となっているのか、意外とオープンな文化なんだな、教会団とか宗教団体の割にはコロッセウムや巨大劇場など俗っぽいものも建てているようだ。とりあえず変なにおいとかつけられたら困るから、あっちの建物には近づかないようにしよう。

 僕たちは観客席についた。ローブを着た売り子が、酒や食事を売り歩いており、僕たちは少し軽食のフルーツと飲み物を頼み劇が始まるのを待った。しばらくたつと楽器を持った人々が、劇場舞台になる円形のホールに並び客席から拍手が飛び交う、クラリーナが拍手を始めたので僕も真似して拍手した。

 しばらくするとケープを着た女性が円形舞台の中央に立ち、会場はしんと静かになった。また、しっとりした音楽とともに女性が歌いながら語り始める。

『われは聖女マレサ、この世界に命を、輝きをもたらしに神に命じられてやってきた、皆の者! われの左手を見よ、栄光が見えるであろう、われの右手を見よ、繁栄が見えるであろう。われは神に与えられしその務めを今果たさん!』

 何を言っているのかよくわからないが、音響効果もないのに、巨大な劇場に声も楽器の音も耳を襲うように響く。その音圧に押されて、どんどん気持ちが高揚こうようしていき、まだ始まったばかりなのに神聖な気分になって感動すら覚えた。僕はとたんに興味がわいてきたのでクラリーナに尋ねた。

「これは何の劇なんだい?」
「これはわが教会団の成立と、聖女マレサ様と聖帝様のこの世界の秩序の創生物語です」

「創生ね……」

「はい、聖女マレサ様は神の言葉であるこの世界、ミズガルズの成り立ちを語りだします。そして、もうすぐ神への誓いの場面ですが、聖女様はこの街の西に見えるアクィム山にのぼり神託しんたくを受けるのです。

 それまでのミズガルズは文明のない今でいう野蛮な人々が相争い、己の権力の欲望にとらわれ、人々の集落を焼き略奪され、女、子どもは好きなように扱われ、混迷と血と涙による暗黒時代でした。

 アクィム山で神の託宣たくせんを受けたマレサ様は、この世界を救い、繁栄の大陸を約束し、この地に栄光をもたらすことを誓います。でも未来、恐ろしいことに終末の時代が訪れるとの預言も致しました、この世界は永遠ではない、いずれ皆に終末が訪れ、神のもとに召されます。

 その時神との契約を結んだものだけが、ふたたび新世界の千年王国で復活を遂げるのです。千年王国は、永遠の繁栄の地であり、人々は永久に生きながらえて、神の御許みもとにより、この世の至上の幸福を得られます。私たちの生は、神との契約を守るための試練なのですよ。

 人々は善なる心によって、他者を愛し、手を取り、もう片方の手は貧しいものとみれば救ってやらねばなりません。神の定めによる人生にわたる善行によって千年王国での復活を約束されるのです。

 素晴らしいと思いませんか、千年王国の幸福な暮らし、皆が善なるものでこの世から悪が消え去り、人々たちが手を取って皆が豊かに平等に暮らす。そこに貧富の差などありません。皆が家族で、友達で、恋人なのです。素敵ですね……」

 クラリーナはうっとりとしていた。彼女の恍惚こうこつとした表情が、何かひどく僕の心をかきみだされるような、喜びと絶望をもたらした。そんな世界が本当に来ればいいと思うよ、本当に来るならね……。クラリーナの話は続く。

「そして千年の後に新世界が完成します。そして皆が契約の民となり、あらゆる奇跡を起こせるように、また、新世界の導き手となります。そこから新たな生命が生まれ、善なる者たちの繁栄が永遠と続きます。

 もはや人々はこの世界の苦しみから解き放たれ、悩める者もなく、皆がすべてを愛せる、至上の永遠の世界が作られると、マレサ様は告げます。

 これからが面白い場面なんですけど、このあと10人の従者が契約の民になりたいと、マレサ様におっしゃります、その10人は最初の聖人と呼ばれ、マレサ様はならば神に命をささげる覚悟はあるかとおっしゃります。10人の方が是非と申したまえた後、そのあとマレサ様は聖人たちにナイフを一本ずつ渡します。

 そのあとこの中で一人神に選ばれたものがこの大陸を救うだろうと告げます、神にその魂を捧げたまえ、とおっしゃると聖人たちは次々と自分の首の脈を切って、その中で神の使命を帯びた聖人が現世に復活するのです。

 これは母胎への殉死と言われ、その試練を乗り越えられた方が今の聖帝様です。マレサ様は聖帝様と手を取り約束の契約を結びます。

 “このミズガルズに神の救いを持たせたまわらんことを!”その言葉と同時に花が咲いたといいます、その花の種類は聖華で……」

 クラリーナは火が付いたようにうれしそうに語りだす。本当に信じているんだな。人が死んでヴァルハラでヴァルキュリアがエインヘリャルを選び、この地に降臨する。聖帝はどこの世界の産まれかわからないが、たぶんこのミズカルズ生まれだろう、言葉の難を乗り越えるのは難しいから。

 そして教会団の成立と、聖都マハロブの建設、各地方の制圧と、発展へと劇は繰り広げられていく、クラリーナは興奮した子どものように、目を輝かせて、何度も見たであろう劇をなつかしそうに語りかけている。

 僕は自分の故郷である町の話しをメリッサですらしたことがない。故郷が素晴らしいと語れる人間の心の美しさを彼女がそばにいてよく分かった。故郷を愛するものは他人を愛せるだろう。逆に故郷を嫌っている僕は他人に対して惜しみない愛を注げるかわからない。

 自分を愛せないものが他人を愛するなんて奇怪きっかいなことかもしれない、それはまやかしなのか、よくわからない。母や父を愛せなかった自分が他人を愛するなんておこがましいことかもしれない。

 僕は自分の生前の情けなさを悔やんだ。親孝行一つしたことない、負担になることしかやらなかった、でももうその機会はおとずれたりしないんだ。日向ひゅうがさん教えてくれ、僕は本当に誰かを愛する資格があるのだろうか。

 そんなことをうじうじ悩んでいると、あっという間に夜になり劇は終わってしまった。考えながら見ていたので頭に入らなかったけど印象的なシーンもいっぱいあったし、普通によくできた劇だった。

 だからフィナーレが飾られた後、僕は惜しみなく拍手を送った、それを母のように温かい瞳で見るクラリーナ。彼女は上機嫌だった、とてもうきうきしているように見える、彼女はずっと僕に話しかけていた。

 余りもの勢いに、僕はうなずくことしかできなかったけど、こっちまでうれしくなってきたんだ。なんかロマンティックな雰囲気になってしまうのは、仕方ないだろう、大人の男と女だから。……ああ、夜まで来てしまったな。

 僕は自然と胸が高鳴ってきた、メリッサは心臓が動かなくなるとか言っていたのに、やっぱり魂というのは揺さぶられるのだな。でもそれはクラリーナも同じだっただろう。今までの時間を惜しみながら夜の街を僕たちはゆっくり歩く。

 彼女はずっとチケットをにぎりしめながら、「……素股でドン……」と何度もつぶやいている。そして彼女は「あっ……」と言って立ち止まってしまった。ここからまっすぐ行けば、僕の今住んでいる館だ。

 前を行っていた彼女は名残惜しそうに、また切なそうに、こちらを上目づかいで見つめていた。星々の輝きのもと、悩める乙女がそこにいた。わかってるよ、君の気持ちは。でも、僕はその悩みに答えていけないんだ、僕は君が大好きになったから君を捨てる。それをしなきゃならないんだ……。

「──今日はありがとう、メリッサとナオコが待ってるから、じゃあ……」

 と言った後、彼女の肩に手を置き、そっとすれ違う。彼女には彼女の優しさと栄光の道を、僕には苦しみと絶望の道を、そう、それでいい。僕たちはもう大人なんだから。僕が夜の道中、靴の音を鳴らしていく。数歩あるいた後のことだった──

「あの……、待って!」

 僕はそっと立ち止まる、決して振り返らない、そう決めているから。クラリーナは急ぎ足で僕に追いつこうとする。それに対し僕は無言で立ち去ろうとすると、クラリーナ少し声を振り絞って僕に言った。

「──待ってください、佑月さん!」

 僕は歩みを止めない、だが彼女はこう続けた。

「あの、その、佑月さん……。靴紐ほどけていますよ……」
「えっ!」

 僕は光が当たるよう振り返ると、彼女が素早く僕の足元で靴紐を結ぼうとしゃがむ。恥ずかしい……。カッコよく去ろうと思ったのに、やっぱ僕にはイケメン役は似合わないよ。

 そして優しそうに、「よしっ!」と言ったのちに、クラリーナは立ち上がってこちらを向いた後、瞬時に僕の顔を見つめる。

 僕は思わず、
「ありがとうクラリ──」

 と、言い終わるのを待たずに彼女は大声ではっきり言った。

「好きです!」
「えっ!?」

 僕は虚を突かれて思わず素に戻った。だが彼女はそのスキを逃さず畳みかける。

「貴方のことが好きです! 佑月さん!」

 僕はどうしていいかわからず、戸惑い狼狽ろうばいしてしまった、いや、わかるけど僕には妻と子供が……。と情けなく混乱してしまった。だが彼女はそれを見て微笑む。それを十分眺めた後クラリーナは、そっとつぶやいた。

「──なーんてね、驚きました?」

 その笑顔と軽やかな言葉に僕は思わず吹き出してしまった。卑怯だよそれは、もう。

「からかわないでくれよ……まったく」
「だって佑月さん真面目な顔して悩んでるからつい……」

「でもついていい嘘と、ついちゃいけない嘘とね。参ったなあ」

「びっくりしたでしょ、やっぱり。私、こんなお茶目な部分があるんですよ。意外でしょ。そう、私は嘘つき、嘘つきクラリーナなんです。あれもこれもぜーんぶウソ! 信じないでくださいね!」

「ははは……」

 そういって二人笑いあった後、彼女は振り返りこちらに手を振りながら走り去っていく。

「それじゃ! また会いましょ、佑月さん!」

「またね」
「また!」

 そうして僕も家族が待っている道に向き直す。そう、それでいいんだ。彼女は性を安売りするような女性であってほしくない、僕はただの彼女の恋愛ごっこの踏み台さ。それでいいんだ。彼女には彼女の道、僕には僕の道。不思議と彼女はこのラグナロクを生き延びるとしか思えなかった。

 だって神様なら僕なんかより彼女を愛するだろ? それが当然なんだ。

 そう思った後、僕が自然に笑っていることに気づき驚いた。

「そうか、まだ、僕にも感情が残っていたか……、嬉しいな……」

 そう呟き、三日月の光りで濡れる自分の家へと帰った。
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