ヴァルキュリア・サーガ~The End of All Stories~

琉奈川さとし

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マハロブ市街戦

第二百三話 男の意地②

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「て、てめえ、男にしろって、何言ってるんだ、お前は!」

 シェリーはブライアンの言葉に動揺する。流石にレズビアンの彼女でも、いきなり告白まがいのことを言われたらそうなるだろう。っていうか僕でもそういう反応になりそうだ。

「ですから、僕を戦えるよう鍛えてください!」
「あ? きた、え? ああ、そうか、なるほど、あ、ああ……」

 ブライアンの言葉の意味が理解できたシェリーはとりあえず納得したらしい。どうやら、精神的に弱いブライアンが自ら強くなりたいと伝えたいようだ。僕や、周りの人間は、ああ……とに落ちたと同時に何故だかがっかりしてしまった。

 やがてシェリーは気を取り直し、いつもの調子に戻った。

「はっ、鍛えるね、てめえ、誰に言ってるかわかってるのか? 私に言ってるんぞ、お前を認めてない私に」
「はい、貴女しか頼めない願いだと思っています、どうか僕に剣を教えてください!」

「へえー、ガチで言ってるんだな」
「シェリー、やめて」

 シェリーが嫌らしく笑みを浮かべたことに、ダイアナが彼女の心の中を察して制止する。だがブライアンはその意味を理解しながらもなお、引き下がらない。

「お願いします、僕を鍛えてください!」
「はっ、ははは、いいだろう、やってやろうじゃないか、その言葉、後悔させてやる……!」

 そう言ったあとシェリーは木剣をもってきて、ブライアンにも投げて渡す。皆息を呑んで、見守っていた。その場にいたアイリ―はどういう状態なのかわからず、

「な、何が始まるんです?」

 と僕に聞いてきたので、ただ静かに、

「黙ってみてるんだ」

 そう僕は返答した。

「おらっ! どうした! 鍛えてほしいんじゃなかったのか!? そんなんでよく戦えるな、気合見せろ!」

 シェリーのブライアンへの訓練は虐待に近かった。ブライアンはまともに剣など振れる暇すらなく、一方的に叩きのめされていた。周りで見ていたレイラやアイリ―が止めようとするのを僕はやめさせる。

 ブライアンは肩で息をしながらも、ボロボロであざだらけで血も出ている。だが目は死んでいない。だから僕は黙ってみるように皆に言った。

 アデルはもとよりさっさと帰ったが、レイラとアイリ―とミーナ、そしてダイアナとメリッサと僕以外は見てもいられず部屋に帰った。

 ブライアンが痛めつけられ流石に倒れると、シェリーは頭を踏みつけた。

「どうした! おわりか!?」

 その無慈悲な言葉に対し、ブライアンは何も言わずシェリーの足を力ない手でつかんだ。

「あん? 何だ、この手は?」

 シェリーは手を足で振り払い、ブライアンの体を踏みつける。だが、か細い声でブライアンは、

「まだ……、まだ……やれま……す……」

 と振り絞った言葉にシェリーは苦い顔をした。

「──もういい、明日にしろ、飯の時間だ」

 と言って、シェリーはダイアナを連れて去る。その後ろ姿に、ブライアンは「ありがとう……ござい……ます」とだけこたえた。

 すぐさまレイラは急いで彼に駆け寄り、回復を施していく。

「どうしてこんなことを頼むんですか、シェリーさんならこうすることをわかってたでしょう?」
「……僕は強くなりたいんだ、みんなを守れるほど、強く……」

 彼の強い決意にレイラはただ「ブライアンさん……」と言って、涙を浮かべていた。こんなありさまに、僕はただブライアンに向かって言葉をかける。

「大丈夫か……、立てるか? 食事に行こう、メリッサ、準備を」
「ああ……そうだな」

 と言って、何も言わずに僕とメリッサはいつも通りを貫く。それが彼の想いに応えることになるからだ。

 僕たちはチームの仲を取り戻すために、一緒に食事をとった。ブライアンの傷自体は治ったものの、内臓に血がたまっているのか、何度もせき込んだ。それを見てアデルがからかう。

「おいおい、気を引こうとわざと演技してるんじゃないか、裏切り者のブライアン君?」

 その言葉が放たれると同時に、シェリーが彼に近寄り首襟くびえりをつかんだ。

「黙ってみてろ……!」

 彼女の低いトーンの言葉と迫力にアデルは口をふさいだ。彼女が無言で手を離した後、何事もなかったかのようにシェリーは席に戻り食事を続ける。だから僕たちは黙って夕食を終わらせた。

 その次の日も、ブライアンはシェリーに頼み込み、訓練という虐待を自ら受けに行った。流石にシェリーもしり込みしていたが、彼の決意を持った瞳に気圧けおされて、木剣を彼の体に叩き込んだ。

 今度はシェリーは無言で仕置きをしていた。ブライアンが動けなくなった後、シェリーは冷たい目で言い放つ。

「なあ? なんで私に頼むんだよ。鍛えてほしいなら、ほかにふさわしい相手がいるだろ、佑月とかあメリッサにさあ。お前馬鹿か?」
「あなたは……」

 ブライアンがせき込みながら言葉を続けようとする。シェリーは冷徹にただ、「何だ?」ときく。そして彼は必死に言葉をふりしぼった。

「──貴女は、決して僕に対して……手加減を……しま……せんから」

 彼の答えに満足したようにシェリーはただ、笑った。訓練場に彼女の笑い声が鳴り響いて、すっと消え真剣な顔になった後、一言だけ告げた。

「……いいだろう、剣の握り方を教えてやる……。つまんねえんだよ、弱い奴を叩きのめしてもな──」

「……ありがと……う……ござ……い……」

 彼女の恩情だった。だが、ブライアンはすべてを告げる前に彼は気を失ってしまった。レイラはすぐさま駆け寄り、回復を施す。アイリ―はただ一言、

「馬鹿だよ……そいつも……あんたたちも……」

 と言った。そうさ、そうなんだ。だから僕は、

「そうだよ、僕らみんなは馬鹿なんだ……不器用でね」

 とだけ答える。少し自嘲気味に。歪な信頼関係、不確かな絆。それでも僕たちはチームだった。ユリアもそれを見届けて、「ホント馬鹿……」とつぶやく。

 こうしてまた無言の夕食が始まる。それでいいんだ。何も言わなくていいんだ、僕たちはわかっているはずだ、こんなんでも──仲間だって。

 その晩、僕はブライアンに声をかけて、メリッサと三人で話し合った。重苦しい雰囲気の中、僕は彼に、「大丈夫か?」と静かに尋ねる。

 ブライアンは「はい……」とだけ答えた。僕は僕なりの考えを彼に告げる。

「信頼というものは、得るのは難しいが失うのは簡単だ。失った後、取り戻すのはもっと難しい。それでも、やっていけそうかい?」
「やってみたいです、こんな弱虫な自分を変えたいから……」

 弱弱しいけど前向きに考えているようだ、だから、メリッサは彼に静かに提案をしてきた。

「なあ、強くなりたいなら私が訓練をつけようか? シェリーはさあ、心の底ではどう思ってるかわからないけど、あいつ私以上に不器用だぞ、だから……」

「いえ、お話はありがたいんですけど、シェリーさんに鍛えてほしいんです。僕は昔、佑月さんたちと出会う前、彼女の目の前で仲間を置いて逃げ出したから、余計に逃げたくないんです。彼女から……」

 彼の言葉に強い決心を感じた僕は、ただ、「なら、頑張れ」と言うしかなかった。そのあと彼と少しばかり酒を飲んだ。僕は酒が飲めないけど、こういう時ぐらい、彼のために一緒に飲んであげた。

 二人して馬鹿みたいに部屋で騒いで、一緒に寝て、翌朝一緒にメリッサに叱られる。僕も底抜けに不器用だった。それでも、彼にはあきらめないでほしい、闘ってほしい、昔の僕を見ているようで、ほっとけなかったんだ。

 次の日、また、訓練が終わった後シェリー自身がブライアンに近寄ってきて、木剣を渡す。

「ほら、やるんだろ?」

 無表情な彼女に戸惑い、ブライアンはどうしていいかわからずきょとんとしていた。

「ええい、じれったい! やるんだろうが! 構えろ!」

 とブライアンのケツを叩いた。そのあと、シェリーはあれこれ指示を飛ばす。

「違う違う! 構えがなってないぞ、隙だらけだぞ、馬鹿野郎。こっち見とけよ、ほら、こうだ、やってみせろ」

「だから違うって、何度言わせんだよ!」

「いや、まあ、そのだな……ん、お前ならこっちの構えのほうがいいのか……?」

 と、どうやら彼を本気で教育してくれているつもりらしい。その訓練模様がいかにもたどたどしくて、むしろ微笑ましかった。僕たちがこっそり笑っていると、シェリーはみんなに文句をつける。

「なんだよ、笑ってんじゃねえ、こっちは真剣なんだよ!」

 シェリーが顔を赤らめながら必死に言ってきたので、逆に、僕たちは顔を合わせてさらに笑い合った。そんな変な有意義な時間を仲間たちとすごしていたのだった。
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