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その荷物が届いてから一か月ほど経過したその日、終業定時の五時半になると、隆史は席を立ち、社長室に向かった。
相談したいことがあることを、隆史は三、四日前にメールで社長に伝えてあった。
ノックして社長室の入ると、デスクまでまっすぐ進み、頭を下げてから、辞表が入った封筒を社長の前に置いた。
そして、お世話になりました、とだけ隆史は言葉を添えた。
あるいは創業当時を懐かしむような話も、と淡い期待も抱いていた隆史だったが、社長の口から出たのは、社交辞令的な言葉だった。
「会社を興すようなことがあれば、いつでも協力するよ」
こういう話であることを、社長は予見していたのだろう。
「ありがとうございます。感謝します」
隆史も儀礼的に返した。
その会社の創業のキーマン二人が交わした最後の言葉としては、寂しいものだった。
隆史は、再び頭を下げ、社長室を後にした。
最良のビジネス・パートナーとして、人生のよき理解者として、やってきた二人だった。
ありきたりだが、人の心は移ろいやすいということだろうか。
変化の激しい世の中に、隆史のほうがついていけなかっただけかもしれなかった。
いつからか経営戦略に対する二人の考え方が、基本的な部分で合わなくなっていった。
それが理由の全てではないが、辞めるにはいいタイミングだと隆史は考えることにした。
幸いといったら語弊があるかもしれないが、彼には当面やるべきことができた。
その荷物は、隆史の実家に届いた。
そのことを母親から電話で知らされ、その週の週末に隆史は実家に荷物を取りに行った。
離婚が成立して以来初めての実家だった。
送り状の宛名に記憶はなかった。
しかし、名字でなんとなく察しがついた。
隆史の予想通り、和田宏明は洋子の兄だった。
荷物に同梱されていた手紙にそう書いてあった。
荷物の中には、緩衝材に包まれた十立方センチほどの小箱と、大小二つの封筒が入っていた。
大きい封筒の中には、さらに二つの小さい定形封筒が入っていた。
隆史は最初に、表書きに長田隆史様とある方の封筒の封を切った。
和田宏明からの手紙だった。
内容は、この荷物について。
それが読み終わると、もうひとつの方の封筒も封を切って読み始めた。
便せんが一枚入っていた。
隆史はそれを何度も読み返した。
そして最後は、茫然自失となって、便箋を封筒に戻した。
小さいほうの封筒には、隆史と洋子が一緒に写った写真が数枚入っていた。
隆史の記憶が徐々によみがえってきた。
その写真は、彼女がいつも持ち歩いていたものだった。
大きめの手帳のカバーの裏側に差し込んで。
何度も何度も出し入れしていたからだろう、角が丸くなって擦り切れていた。
小箱の緩衝材をはがすと桐箱が出てきた。
さらに桐箱の中には、蓋が付いた青磁の壺が入っていた。
恐る恐る、隆史は蓋を開けた。
覚悟して開けたはずなのに、隆史はひどく驚き、危うく壺を落としてしまうところだった。
隆史は、しばらく放心していたが、ふと我に帰り、送状の電話番号に電話をしてみた。
なぜか、電話は使われていなかった。
社長室の扉を閉め、席に戻ると、デスクの上に封筒が置いてあった。
デスクの引き出しを再度チェックするふりをして、封筒の中の便せんに目を通した。
同僚たちからの送別会の招待状だった。
便せんを封筒に戻し、席を立つと、隆史は会社を後にした。
ビルのエントランスを出てすぐに、彼は辞めてきた会社の建物を見上げた。
ありがとう、世話になったな、と小さくつぶやき、隆史はその場を立ち去った。
相談したいことがあることを、隆史は三、四日前にメールで社長に伝えてあった。
ノックして社長室の入ると、デスクまでまっすぐ進み、頭を下げてから、辞表が入った封筒を社長の前に置いた。
そして、お世話になりました、とだけ隆史は言葉を添えた。
あるいは創業当時を懐かしむような話も、と淡い期待も抱いていた隆史だったが、社長の口から出たのは、社交辞令的な言葉だった。
「会社を興すようなことがあれば、いつでも協力するよ」
こういう話であることを、社長は予見していたのだろう。
「ありがとうございます。感謝します」
隆史も儀礼的に返した。
その会社の創業のキーマン二人が交わした最後の言葉としては、寂しいものだった。
隆史は、再び頭を下げ、社長室を後にした。
最良のビジネス・パートナーとして、人生のよき理解者として、やってきた二人だった。
ありきたりだが、人の心は移ろいやすいということだろうか。
変化の激しい世の中に、隆史のほうがついていけなかっただけかもしれなかった。
いつからか経営戦略に対する二人の考え方が、基本的な部分で合わなくなっていった。
それが理由の全てではないが、辞めるにはいいタイミングだと隆史は考えることにした。
幸いといったら語弊があるかもしれないが、彼には当面やるべきことができた。
その荷物は、隆史の実家に届いた。
そのことを母親から電話で知らされ、その週の週末に隆史は実家に荷物を取りに行った。
離婚が成立して以来初めての実家だった。
送り状の宛名に記憶はなかった。
しかし、名字でなんとなく察しがついた。
隆史の予想通り、和田宏明は洋子の兄だった。
荷物に同梱されていた手紙にそう書いてあった。
荷物の中には、緩衝材に包まれた十立方センチほどの小箱と、大小二つの封筒が入っていた。
大きい封筒の中には、さらに二つの小さい定形封筒が入っていた。
隆史は最初に、表書きに長田隆史様とある方の封筒の封を切った。
和田宏明からの手紙だった。
内容は、この荷物について。
それが読み終わると、もうひとつの方の封筒も封を切って読み始めた。
便せんが一枚入っていた。
隆史はそれを何度も読み返した。
そして最後は、茫然自失となって、便箋を封筒に戻した。
小さいほうの封筒には、隆史と洋子が一緒に写った写真が数枚入っていた。
隆史の記憶が徐々によみがえってきた。
その写真は、彼女がいつも持ち歩いていたものだった。
大きめの手帳のカバーの裏側に差し込んで。
何度も何度も出し入れしていたからだろう、角が丸くなって擦り切れていた。
小箱の緩衝材をはがすと桐箱が出てきた。
さらに桐箱の中には、蓋が付いた青磁の壺が入っていた。
恐る恐る、隆史は蓋を開けた。
覚悟して開けたはずなのに、隆史はひどく驚き、危うく壺を落としてしまうところだった。
隆史は、しばらく放心していたが、ふと我に帰り、送状の電話番号に電話をしてみた。
なぜか、電話は使われていなかった。
社長室の扉を閉め、席に戻ると、デスクの上に封筒が置いてあった。
デスクの引き出しを再度チェックするふりをして、封筒の中の便せんに目を通した。
同僚たちからの送別会の招待状だった。
便せんを封筒に戻し、席を立つと、隆史は会社を後にした。
ビルのエントランスを出てすぐに、彼は辞めてきた会社の建物を見上げた。
ありがとう、世話になったな、と小さくつぶやき、隆史はその場を立ち去った。
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