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啓一が早朝の波乗りから戻り、シャワーを浴びて洗面台で髪の毛を乾かしながら、ふとリビングに目をやると、留守電のランプが点滅しているのが見えた。
電話番号で、父からの着信だと分かった。
三年前の母の七回忌の法要の時、衝突したきり、父とは連絡を取っていなかった。
啓一は何事かと訝りながら留守番電話の再生ボタンを押した。
隆史の母親から彼の居場所を知らないか、と尋ねる内容の連絡が入った、ということだった。
啓一は父が留守電に残した番号にすぐに電話した。
「おばさんご無沙汰してます、啓一です」
隆史の母親は、十年以上ぶりの啓一を大変に懐かしがり、しばし近況報告などをしあった。
「急な電話でびっくりしたでしょ、啓一くん」「隆史ね、離婚して一人だから、私が電話したのよ」
隆史の離婚は、啓一には初耳だった。
それほどまでに疎遠になっていた事実を、啓一はあらためて思い知らされた。
啓一がどういう反応をしたらいいか戸惑っていると、母親は事情を説明し始めた。
もう別れて二年になる、ということだった。
理由は、何度聞いてもよく分からず、釈然としないこと。
隆史の一人息子は、妻方に引き取られたが、時々、隆史の実家に遊びに来ること。
そして、母親としては復縁を望んでいるが、本人たちは全くその気がないらしいことなどを矢継ぎ早に話し、急に本題に入った。
隆史と、この一週間連絡が全く取れなくなっている、と。
合鍵を使って、一週間毎日、隆史のマンションに行っているが、帰ってきた形跡がないということだった
「まあ、あの子のことだから、ふらっと旅行に行くことがあるし、考えすぎだとは思うんだけど」「啓一君がもしかしたら知っているかしら、と思って連絡したの」
隆史の母親は、隆史と啓一が昔と変わらずに親しく、定期的に連絡を取りあってると思っているらしかった。
啓一は、そのことにひどく胸が痛んだ。
「そうなんですか」「すみません、おばさん」「最近、連絡とっていなくて」
最近、ではなかったが、そう言うしかなかった。
「まだ、一週間だし、もう少し待ってみることにするわ」
隆史の母親の不安は全く消えていなかったように思えたが、その日の電話はそれで終わった。
ところがその電話から半月ほどして、隆史の母親から再度電話がかかってきた。
啓一はてっきり、隆史が帰ってきた、という話だと思った。
しかし、期待はずれだった。
隆史の母親は、行方不明者届を出した、と言った。
さらに、隆史が最後に実家を訪れた時のことなどを思い返して、彼女なりにいろいろ調べたことなどについて、啓一に話した。
「あの子ね、会社を辞めてたの」
その事実は、暗に、隆史が当分戻らない、ということを意味していた。
直後に発せられた、母親からの情報がそれを決定づけた。
隆史の実家の机から一枚の便箋が出てきた。
手紙の文末には、「和田宏明」という名前が記されていた。
隆史の母親の記憶では、隆史がいなくなる一か月前くらい前に届いた荷物の荷主と同じ名前だという。
その荷物は、隆史の実家の部屋から消えていた。
運び出したのは、隆史しかいないだろう。
手紙の内容から次のことが分かったということだった。
和田宏明は、和田洋子の兄、ということ。
和田洋子は、二〇〇七年に自殺によって亡くなったこと。
荷物の中身は、隆史に宛てられた和田洋子の遺書を含む封書類と、兄宛の遺書の中で洋子が隆史に送るよう指示したものであること。
和田洋子のことを、啓一が忘れるはずがなかった。
啓一と隆史がヴァンクーバーにいた二〇年前、隆史と洋子は交際していた。
とても愛し合っていたのに、別れることになった二人だった。
啓一は、当時そのことを自分のことのように残念がった。
あれから二十年経ち、そういうことを啓一はすっかり忘れていた。
そして、自分が疎遠にしている間に、隆史がいなくなり、それがきっかけで、彼女の死を知ったわけだ。
しかも、自殺だ。
本来であれば、啓一には届くはずのない情報だった。
知らずに済んだことだった。
啓一は、簡単に言い表せない因果を感じた。
何が彼女を死に追いやったのか。
啓一は、そう考えずにはいられなかった。
そして彼女の遺志だとしても、なぜ死後何年も経ってから、隆史宛に彼女の遺書が届いたのか。
同梱されていたものは何だったのか。
考えても、説明がつかないことばかりだった。
それに、なぜ、その荷物が届いたあとに、隆史がいなくなったのか。
もはや、その二つの出来事は無関係ではないことが明らかだった。
隆史宛の遺書には、何が書かれていたのか。
警察の協力もあって、それから一週間のうちに、隆史の足取りがなんとなく見えてきた。
一番の手掛かりになったは、隆史のビジネスバッグから出てきた航空会社の封筒だった。
数社の旅行代理店への聞き込みで、彼がロサンゼルスに向かったことがすぐに分かった。
隆史の母親はすぐにでも渡米したいと言ったが、周りが止めた。
そんなことをしても何の成果もないことは分かり切っている。
「おばさん、とにかく一日二日待ってもらえますか」「僕のほうでも、あたってみたいところがありますので」
啓一は、そう言って、彼女をなんとか留まらせた。
しかし、そうは言ったものの、状況が状況だけに、隆史の身に何が起こってもおかしくはない。
早く手を打つに越したことはなかった。
古い手帳やら、日記やらを当たっている最中も、啓一の脳裏には何度も最悪の事態が思い浮かんだ。
啓一は、何度もそれらを振り払わなければならなかった。
電話番号で、父からの着信だと分かった。
三年前の母の七回忌の法要の時、衝突したきり、父とは連絡を取っていなかった。
啓一は何事かと訝りながら留守番電話の再生ボタンを押した。
隆史の母親から彼の居場所を知らないか、と尋ねる内容の連絡が入った、ということだった。
啓一は父が留守電に残した番号にすぐに電話した。
「おばさんご無沙汰してます、啓一です」
隆史の母親は、十年以上ぶりの啓一を大変に懐かしがり、しばし近況報告などをしあった。
「急な電話でびっくりしたでしょ、啓一くん」「隆史ね、離婚して一人だから、私が電話したのよ」
隆史の離婚は、啓一には初耳だった。
それほどまでに疎遠になっていた事実を、啓一はあらためて思い知らされた。
啓一がどういう反応をしたらいいか戸惑っていると、母親は事情を説明し始めた。
もう別れて二年になる、ということだった。
理由は、何度聞いてもよく分からず、釈然としないこと。
隆史の一人息子は、妻方に引き取られたが、時々、隆史の実家に遊びに来ること。
そして、母親としては復縁を望んでいるが、本人たちは全くその気がないらしいことなどを矢継ぎ早に話し、急に本題に入った。
隆史と、この一週間連絡が全く取れなくなっている、と。
合鍵を使って、一週間毎日、隆史のマンションに行っているが、帰ってきた形跡がないということだった
「まあ、あの子のことだから、ふらっと旅行に行くことがあるし、考えすぎだとは思うんだけど」「啓一君がもしかしたら知っているかしら、と思って連絡したの」
隆史の母親は、隆史と啓一が昔と変わらずに親しく、定期的に連絡を取りあってると思っているらしかった。
啓一は、そのことにひどく胸が痛んだ。
「そうなんですか」「すみません、おばさん」「最近、連絡とっていなくて」
最近、ではなかったが、そう言うしかなかった。
「まだ、一週間だし、もう少し待ってみることにするわ」
隆史の母親の不安は全く消えていなかったように思えたが、その日の電話はそれで終わった。
ところがその電話から半月ほどして、隆史の母親から再度電話がかかってきた。
啓一はてっきり、隆史が帰ってきた、という話だと思った。
しかし、期待はずれだった。
隆史の母親は、行方不明者届を出した、と言った。
さらに、隆史が最後に実家を訪れた時のことなどを思い返して、彼女なりにいろいろ調べたことなどについて、啓一に話した。
「あの子ね、会社を辞めてたの」
その事実は、暗に、隆史が当分戻らない、ということを意味していた。
直後に発せられた、母親からの情報がそれを決定づけた。
隆史の実家の机から一枚の便箋が出てきた。
手紙の文末には、「和田宏明」という名前が記されていた。
隆史の母親の記憶では、隆史がいなくなる一か月前くらい前に届いた荷物の荷主と同じ名前だという。
その荷物は、隆史の実家の部屋から消えていた。
運び出したのは、隆史しかいないだろう。
手紙の内容から次のことが分かったということだった。
和田宏明は、和田洋子の兄、ということ。
和田洋子は、二〇〇七年に自殺によって亡くなったこと。
荷物の中身は、隆史に宛てられた和田洋子の遺書を含む封書類と、兄宛の遺書の中で洋子が隆史に送るよう指示したものであること。
和田洋子のことを、啓一が忘れるはずがなかった。
啓一と隆史がヴァンクーバーにいた二〇年前、隆史と洋子は交際していた。
とても愛し合っていたのに、別れることになった二人だった。
啓一は、当時そのことを自分のことのように残念がった。
あれから二十年経ち、そういうことを啓一はすっかり忘れていた。
そして、自分が疎遠にしている間に、隆史がいなくなり、それがきっかけで、彼女の死を知ったわけだ。
しかも、自殺だ。
本来であれば、啓一には届くはずのない情報だった。
知らずに済んだことだった。
啓一は、簡単に言い表せない因果を感じた。
何が彼女を死に追いやったのか。
啓一は、そう考えずにはいられなかった。
そして彼女の遺志だとしても、なぜ死後何年も経ってから、隆史宛に彼女の遺書が届いたのか。
同梱されていたものは何だったのか。
考えても、説明がつかないことばかりだった。
それに、なぜ、その荷物が届いたあとに、隆史がいなくなったのか。
もはや、その二つの出来事は無関係ではないことが明らかだった。
隆史宛の遺書には、何が書かれていたのか。
警察の協力もあって、それから一週間のうちに、隆史の足取りがなんとなく見えてきた。
一番の手掛かりになったは、隆史のビジネスバッグから出てきた航空会社の封筒だった。
数社の旅行代理店への聞き込みで、彼がロサンゼルスに向かったことがすぐに分かった。
隆史の母親はすぐにでも渡米したいと言ったが、周りが止めた。
そんなことをしても何の成果もないことは分かり切っている。
「おばさん、とにかく一日二日待ってもらえますか」「僕のほうでも、あたってみたいところがありますので」
啓一は、そう言って、彼女をなんとか留まらせた。
しかし、そうは言ったものの、状況が状況だけに、隆史の身に何が起こってもおかしくはない。
早く手を打つに越したことはなかった。
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