四つの犠牲

滝川 魚影

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 不自然だった。
 送り状の住所に洋子の兄は住んでいなかった。
 電話番号が使われていないことは既にわかっていたが、住所も違うとなると、いよいよ分からない。
 隆史は、一度だけ訪れたことのある洋子の実家に向かった。
 想像はしていたが、その場所に記憶にある建物はなかった。
 そこは景色が変わっていた。
 震災が変えてしまった。
 それでも、思いすごしの可能性もある、と隆史は場所が間違っていないかどうか何軒か聞いて回ることにした。
 知っている人はいないか。
 震災の後、実は隆史は一度洋子と連絡を試みた。
 しかし、連絡がつかなかった。
 あの時、徹底的に探すべきだったのだ。
 十軒近く訪ねてようやく当時を知る人に出会った。
 リカーショップだった。
 震災の後に建て直したのだろう。
 小規模ながら、新しさが残る佇まいだった。
 聞けば、昔から酒屋を営んでいると言う。
 店の主人は留守にしていたが、老夫人が店番をしていた。
 彼女の話では、震災で家主と幼い子が亡くなった、ということだった。
 夫人は、悲痛な表情を浮かべた。
 幼い子とは、洋子の兄の子供か。
 夫人もそこまでは忘れてしまったようだった。
「気の毒にねえ、そのまま引っ越されたようで」「どちらに行かれたのか」
 夫人は、そう言ったきり、口をつぐんでしまった。
 想い出したくないことも多くあるのだろう。
 隆史が礼を言って帰りかけると、店の主人が戻ってきた。
 夫人は夫に、隆史のことを紹介すると、確かに引っ越してその後は分からない、と言った。
 隆史は、試しに聞いてみた。
「洋子さんという娘さんがいらしたはずなんですが」
「ああ、いたいた」
 夫人も、いたわ、と想い出した。
「県議会議員の家に嫁いだ娘さんな」
 隆史は、洋子の婚家のだいたいの住所を教えてもらった。
 そのあたりでも有名な豪邸だ、ということだった。
 隆史は、洋子の母親や兄の家のことを、再度尋ねた。
「分からんね」「な、母さん」
 夫人は、首を横に降った。
 隆史は礼を言って、そこを後にした。
 とりあえず、洋子の婚家に行くしかなかった。
 迷うこと無く、隆史はそこに辿り着いた。
 想像以上の豪邸だった。
 何度も表札を確認した後、隆史は異様なほどに大きく頑丈な門扉の横にある、不釣り合いなほどあり触れたインターホンのボタンを押した。
 すぐに応答があった。
 不審がられることを覚悟の上で、隆史は単刀直入に切り出した。
「Kさんと、洋子さんの古い友人で、松田と言いますが、近くまで来たもので、ご挨拶に伺ったのですが」
「お間違いではないですか」「こちらにはKさんという方も、洋子さんという方もおりません」
 隆史は少し考えてから、さらに聞いてみた。
「引っ越されたんですか」
「私もこちらでお世話になって、五年近くになりますが、存じ上げません」
 もはや、これ以上話しても駄目だと思った。
 隆史は最後の質問をした。
「こちらのご主人は県議会議員の相崎さんですよね」
「以前は、議員をされていたとは伺ったことがあります」「もうよろしいですかね」
 家政婦は話を切り上げようとした。
「すみません、大変ご無礼は承知の上なのですが、ご主人と少しお話できませんか」「インターホン越しで構いませんので、なんとか」
「お出にならないと思います」
「念のため御取次いただけませんか」
 隆史は食い下がった。
「分かりました、少しお待ちください」
 かなり待たされた。
「申し訳ございません、やはりお出になれません」
 諦めるしかなかった。
 隆史は、詫びを言い、その家を後にした。
 知りたいことが、一つも分からず終いだった。
 せめて菩提寺だけでも、家政婦に聞けないものか。
 歩き始めてから、思い立って、戻ってインターフォンを再び押した。
 しかし、応答が無かった。
 不審者だと思われたに違いなかった。
 考えてみれば、Kは独立して、別の場所に居を構えたのかもしれなかった。
 隆史は来た道を駅まで戻った。
 頭を整理をする必要があった。
 適当な場所が見当たらず、駅近くのファースト・フード店に入った。
 コーヒーを飲みながら、隆史は考えた。
 相崎邸の線から、これ以上何かを聞き出すことは困難に思われた。
 隆史は、スマートフォンを取り出し、インターネット検索をかけた。
 『相崎K郎 神戸 市議会議員』
 思い通りの検索結果は無かった。
 関係のないものばかりだった。
 『相崎 兵庫 県議会議員』
 こちらは、Kの父親に関連するらしき情報がいくつも出てきた。
 当選しなかった、ということか。
 とにかく、洋子の足跡は途絶えた。
 別の方法を考えるしかなかった。
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