LARGO:ReBOOT~追放先の異常事態が、世界の根幹を揺るがす~

ターキン

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―第1章:リベルタス騒乱―

第15話:高位魔族

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 ――ぬかった。

 まさかここに来て大ドジを踏むとは……俺も焼きが回ったか。
 不幸中の幸いだったのは、ウィルの存在が気取られていないということだ。

 どうするカリオン?
 巨体のドルフさんを担いでこのスライムの追撃を振り切れるか?
 それどころか、俺一人でも逃げ切れるかどうか……。

「そんな難しい顔をして……どうしたんです?」

 そう言って奴が腕を振るうと、そこから枝分かれした何本もの水の鞭が視界でぶれた。

「くっ!?」

 大きく横に飛び込み回避。
 振るわれた水の鞭は、石でできた天井や壁に意図も容易く傷をつけた。

「見かけに違わずすばしっこい方だ」
 
 人語を解するスライムなど、今までに見たことも聞いたこともない。
 それに、俺に対するこの余裕。
 それはあいつ本来の強さから来る自信だと見て間違いない。

 対して今俺が切れるカードは、数多の毒を駆使した短剣術と、そこいらの冒険者よりはマシなレベルの風魔法程度。
 ウィルに暗闇から援護させたとしても、勝利を収めるのは厳しいだろう。
 ならばせめて、この情報をウィルに持ち帰らせねばならない。
 
 俺は両手を前にクロスさせ、手にした短剣に風の魔力を込める。
 両手をクロスさせるのは、もしもの時の為にウィルを撤退させるよう示し合わせた合図だ。
 間違っても俺を助けようなんてしてくれるなよ。
 
「――ウィンド・スラッシュ!」

 俺はドルフさん、そしてウィルのいる方角に奴の視界が行かないよう回り込み、そのまま懐に飛び込む。
 元がスライムなら、身体のどこかに核がある。
 うまく捉える事が出来れば、多少なりとも痛手を負わせるだろう。

 しかし……。

 ――ぶにゅる

 身体の芯を貫いた一撃は、そのまま手応えもないまま通り抜けた。
 手に残るのは、魚を取るのに池に素手を突っ込んだ、あの感覚。
 振り向けば、奴は二体に増えていた。

「ははははは、愉快愉快! あなたの無駄な足掻きは、私が強者の一員なのだという事を証明してくれています!」
 
 分裂した人型スライムが、二体同時に同じ言葉を並べ立てている。
 しかし、分かれたせいで両方とも体積はさっきの半分程度しかない。
 なら、今俺ができるだけのことをやるまでだ。

「面白い。どこまで増えるか試してやる――ウォオオオ!!」

 一心不乱で放つ、風の刃による無数の斬撃。
 攻撃が奴の液状の身体を捉えるたびに、空しい手応えが伝わってくる。
 しかしそれでも俺は、息が切れるまで刃を振り続けた。
 やがて……。

「はぁ……はぁ…………」

 身体が重い。
 魔力を消耗しすぎたせいで視界が霞む。
 これが俺の限界とは……我ながら、自分の力の無さが恨めしい。
 
 
「残念……もう御終いですか」

 気付けば俺は、人型スライムの群れに包囲されていた。
 恐ろしいことにそのどれもが、最初に分裂した頃と同じ程度の体積を保っている。

「では、幕引きとさせていただきましょうか」

(済まないウィル……ラルゴ……後を頼――)

 音が消える。
 視界が狭まる。
 スライムの影が波のように迫る。
 その奥で、ウィルがほんの一瞬だけ動いたように見えた――気がした。

  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 (たりないよ……このままじゃ……)

 頭の中に響き渡る少女の声。
 気が付けば俺は真っ白な空間の中を一人漂っていた。
 意識はいまだ朦朧とし、身体全体が痺れて動けない感覚。
 そして目の前には、静かに揺らめく黒い炎があった。

 (ねぇ、ラルゴ)
 
 炎が徐々に人の形を成し、近寄ってくる。
 その輪郭が露わになるにつれ、とてつもない寒気が体中を駆け上った。

 (ねぇ……)

 「やめろ……」

(はやく……)

「やめてくれ……」

(――ラルゴ!)
 
「やめろおおお!!!!!」

 ――身体が動いた。
 気づけば俺は冷たい寝台の上で身体を起こしていた。
 そして、目の前には俺を見つめる一人の女がいる。
 
「ククク……やっと目覚めたようだな」

 その女は薄笑いを浮かべながら、俺ににじり寄ってきた。
 
「お前は……ッ!」

 近づくにつれ、露になる輪郭。
 この世の者とは思えない、妖艶で美しい相貌。
 怪しく輝く紫色の瞳と、黒紫の美しい髪。
 忘れもしない。
 黒哭の森で接触してきた謎の女だ。
 それを認識した途端、あの時の冷たい感覚が再び蘇ってくる。
 
「そう怯えるな。別に私はお前の敵ではない」

 そう言うと、僅かに落ち込んだような素振りをしながらそっぽを向いてしまう。

「お前は……一体誰だ? ここはどこなんだ?」
「やれやれ、質問はひとつに絞りたまえよ。 私はこのラボの所長、そしてここは私のラボだ」
「所長? ラボ?」

 周りを見渡すと、どうやらここは薄暗い箱の中のような場所だ。 
 よく見れば壁が微かに紫の光を放っている。
 あるのは寝台一つに、机と椅子と本棚……ラボというよりは勉強部屋のような、そんなスペースだが。
 そんなことを考えていると――
 
 ――バン!

 大きな音を立てて、壁が開いた。
 それと同時に、波の音と潮の匂いが流れ込んでくる。
 
 「先生、只今戻りました!」

 元気のよさそうな声と共に、金髪の眼鏡の女が現れた。
 それを見るなり、黒髪の方がやれやれと肩をすくめる。

「モルニア……もう少し静かにできないものか……」
「すいません先生! あっ!」

 金髪眼鏡は俺の顔を見るなり、嬉しそうに俺の手を取った。
 
「黒鉄さん! やっと目覚めたんですね!」
「喜んでくれてるところ悪いんだが、お前達は一体誰なんだ……」
「がーん!」

 大きなリアクションと共に、金髪眼鏡はとても悲しそうな表情を浮かべた。

「これでも私……黒鉄さんの命の恩人なのですよ……なのですよね、先生……」
「ああ……とんだ恩知らずもいたものだな、実に嘆かわしい」
「そんな顔をされてもだな……恩人とは? 俺は最後に、黒哭の森の坑道で……!?」

 俺はあそこで何者かと戦闘になった……だがその後は?
 
「どうやら何があったか思い出せないらしいな。 モルニア、説明してやるといい」

 そう言われて、金髪眼鏡……モルニアと呼ばれた女は息を巻いた。
 
「フフン! 黒鉄さんの窮地を救ったのは、このモルニア・オブリカなのです!」
「……もっと詳しくいいか?」
「ええとですね、ズバリ! 力の使い過ぎで倒れた黒鉄さんを助けて、ここまで連れてきたのはこのモルニア・オブリカなのです!」
「つまり、あの時俺は意識を失って、君……モルニアに助けられたということでいいか?」
「ええ、そうですとも! つまり私は、黒鉄さんの恩人なのですよ!」

 モルニアはさぞ誇らしげに胸を張っている。

「そう。そしてモルニアをあの場に赴かせたのはこの私だ。偉大だろう?」
 
 そして所長も誇らしげに胸を張っている。
 
「……偉大かはさておき、おかげさまで助かった。が、そもそもお前達は……一体何者なんだ?」
「よくぞ聞いてくれた。私達は叡智の同盟・キュリオシティ。そしてその偉大な所長こそ、このグレアノワール・アンルシアその人である」
「助手のモルニア・オブリカです! 二人合わせて、叡智の同盟・キュリオシティなのです! イェイ!」

 叡智の同盟・キュリオシティ……聞いたこともない。

「それでそのえいちのなんたら二人が……どうして俺を助ける?」
「はい?」
「愚かな」

 突然冷め切った口調で二人は言い放った。
 
「何故私達に助けられたのか、未だに気づかないふりをしているのか?」

 そう言われて俺は右腕を見る。
 その時初めて気づいた。
 黒い包帯のようなもので覆われ、魔法による施術が行われた形跡がある事に。

「十中八九……これか」
「そのとおり。君という存在は非常に興味深い故に、こうして保護させてもらったというわけだ」
「ルシアといったな? その口ぶりからす――」

 突然、空気が凍った。
 
「黒鉄さん! それはだめです!!」

 モルニアの叫びの直後──
 
 ――爆風。

 凄まじい勢いで外に吹き飛ばされ、俺は砂浜に叩きつけられた。

「ぐはっ!」
 
 衝撃で体が軋み、砂の味が口に混じる。
 視線を元に戻すと、砂浜の上に立つ妙な素材の作業小屋があった。
 そして、目の前で俺を見下ろす存在。

「私の名前は、グレアノワール・”アンルシア”。」

 そういうことか……。

「これは大変失礼しました……グレアノワール……さん?」
「フン、グレアでいい。 特別にそう呼ぶことを許そう」
「それはまあありがたいこって……」
 
 にしても名前一つでここまで怒るもんかね?
 相当癖が強いが……にしても凄まじい力だ。
 その気になれば俺なんて、一瞬で殺せるくらいの力の差を感じる。

「さて、私から素晴らしい提案をしよう」
「提案?」
「ああ。 君もキュリオシティの一員にならないか?」
「何かと思えばパーティの勧誘か? 生憎今はトライスタ、そうでなくても俺はラスターのリーダーなんでな、そうほいほい鞍替えしちまうと信用が落ちちまう」

 そう言うとグレアは大きくため息をついた。
 
「君は自分の力が何なのか、気にならないのか?」
「そりゃあ……気になるが……」
「私達キュリオシティならそれを解明できる。ただその為に、君自身の協力もまた必要というわけだ」
「そういうことかよ。つまり、生かしてやる代わりにお前らの研究対象になれってことであってるか?」
「クク、愛想のない奴だ。 どの道、私達の力がなければお前は長くない。どうする?」

 長くない……か。
 得体の知れない奴らだが、少なくとも今のところは悪い奴には見えない。
 それに、俺自身この力の謎にはケリをつけたい。
 ここで断るという選択はまずないだろう。
 それに今のノトスのこの状況、頼もしい助っ人が増えるのは非常に心強い。

「わかった。のらせてもらおう」
「クク……クハハ……クハハハハハ!!!」

 突然グレアが狂ったように笑い出した。
 どういう情緒なんだこいつは。
 さっきまでの冷静沈着な雰囲気が嘘のようだ。
 
「わぁ、先生が上機嫌です!」
「もうなんなんだよお前ら怖いよ……」
「クハハハハハ!!! 愛嬌があるのもいいものだろう!」
「どんな愛嬌だよ……」

 呆れて遠くを見据えると、よく見れば視線の先に見慣れた町が見えた。

「あれは……ノトスか? ということはここはノトス海岸?」
「ん、ああ。君を観察する為にここに拠点を置いたわけだ。合理的だろう」
「観察ねぇ……あの時も唐突に現れたが、一体いつから俺のことを狙っていた?」
「こちらの世界で数えるに3週間ほど前ぐらいか、そんなに詳しく数えてないのだが」

 いやいやいや……俺がノトスに来てかなり早い頃からずっと見られてたってことかよ。
 そしてその間一度も気配を察することすらできなかった。
 改めて何者なんだこいつらは……。

「ところでだな君……私も、ラルゴと呼んでも……いいだろうか?」
「ああそれでいい。どうした急に改まって」
「なんでもない」
 
 そう言うとグレアはなぜか照れ臭そうにもじもじしだした。

「ではラルゴ……クク……キュリオシティNo3……クハハ……」
「……」

 もはや不気味すぎて声も出ない。
 するとモルニアが静かに耳打ちをしてきた。

「先生は久々の同志の誕生に深く感動してます。生暖かい目で見守ってあげてください」

 この状態を見ているモルニアは、さっきまでと違ってどこか冷静なように思える。
 なにはともあれ、仲間がいる事に安心を覚えるような精神性ではあるようだ。
 思ったよりも人間臭くてほっとしたと、今は思おう。
 
「まあ……これからよろしくな。 グレア、モルニア」
「よろしくです、黒鉄さん改め……ラルゴさん!」
「うむ、よろしく頼むぞラルゴ。 では、改めて――」

「――君の抱える力について説明させてもらおうか」
 
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