植物使い

水無月

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荒野の化け物

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🌸



 晶利が作った朝食を食べ、詩蓮が淹れたお茶を飲み、妖精に見送られて二人は出発した。
 手を振っている妖精。少し名残惜しそうに歩きながら振り返る。

「……紗無はついてこないのか?」
「あいつは森林浴をしないと元気が出ないんだ」

 森で充電しているのか。ずっと森にいなくて平気なのか。妖精のことはよく分からない。
 昨日に引き続きさわやかな晴天だが、遠くに黒い雲が見える。早ければ昼頃には降ってくるだろう。
 急いだほうがいいのに、身体が重い。猫背になる。晶利の半歩後ろを亀のように歩く。

「……はあ」
「だから休んでいろと言っただろう?」

 魔力を使った、または奪われた疲労は時間差でやってくる。筋肉痛のように。これがまた厄介だ。理由は判明していないが上達者ほど遅いと言われている。詩蓮は疲労が次の日の朝になってようやくきたのだ。ふっ。流石は私。これぞ一流の魔法使いの証。
 猫背になりながらドヤ顔をするという器用なことをしていると、ドドド……と地鳴りのような音が微かに聞こえた。

「ん?」

 見ると、一頭の大きな動物がこちらに向かって走ってくる。狛犬そっくりの外見だが、象より大きい。体毛は赤と緑の二色に金色の牙と、とても目立つ。

「魔物ッ!」

 慣れた様子でサッと杖を構えるが、晶利は杖の先に手を置いて制した。

「晶利?」
「大丈夫。何もしなければ無害な連中だ」
「……連中?」

 確かに真後ろにもう一頭いた。一回り小さくて牙が銀だがこちらも派手だ。

「お、おい」

 何もしなければって……このままだとぶつかるぞ!
 咄嗟に晶利の後ろに隠れたが、狛犬たちは一メートル手前で停止した。ぶわりとアオザイの裾とマントが翻る。
 お座りするとはっはっはっはっと犬のように舌を垂らし、熱心に晶利を見つめている。
 晶利は袖から袋を取り出す。昨日焼いたクッキーを包んだものだ。中身を取り出し狛犬に放ると大きな口でぱくっと食べた。後ろの銀牙にも投げてやる。
 喧嘩することなく仲良く食べている。クッキーがなくなると袋を仕舞った。

「なんだ? 飼っているのか?」
「いや。紗無と同じだ。俺を見かけると菓子目当てで近寄ってくるようになった」
「……」

 確かにこいつの作る菓子類はうまいと思うけども。

「たかられているのか?」
「無償でやっているわけではない。代わりに背中に乗せてもらう。目的地まで遠いからな」

 そう言うと、狛犬の背にひらりと飛び乗った。よしよしと首元を撫でている。

「乗れ」
「え? ……私はこいつらに何もやってないぞ?」
「気にするな。そいつが乗せる気満々だ」

 一回り小さい方がじっと詩蓮を見つめてくる。ふんっふんっと鼻息が髪をぼさぼさにする。

「ま、まあ。乗れというなら」

 伏せの姿勢になってくれた狛犬の前足を踏んで、なんとか飛び乗る。毛並みはしっとりなめらかであたたかく、顔を埋めたい欲求に駆られた。

「お……。やわらかいな」
「しっかり掴まれ。こいつらは走るのが速いから。……いつもの場所へ頼む」

 狛犬はとてとてと回れ右すると、ドヒュンと走り出した。

「うっ」

 首がガクンとなる。掴まれと言われていなければ地面に叩きつけられていただろう。

「大丈夫か? 詩蓮」

 前を走る晶利が振り返り声をかけてくる。
 痛んだ首を押さえる。

「く、くく、首が取れるかと思っ……いって」
「こいつらは急に走り出すぞ」
「遅い!」

 杖は詩蓮の頭上を独りでに飛んでいる。追跡モードにしてある今は、いちいち握っていなくともどこまでも追ってくる。
 狛犬たちは風のように速い。もう草原を抜け、荒れた道を走っていた。

「草原の向こうはこんなに荒んでいたのか……」

 砂利道、など可愛いものではない。拳大の石から顔より大きな岩までごろごろ転がっている。朽ち果てた木々が魔物の影のように見え、時折叫び声のようなものが聞こえた。
 生ぬるい風が吹く。

「景色変わりすぎだろう。どうなっている」

 晶利は前を見ながらぽつりとつぶやく。

「……この荒廃した大地の先には、毒草ばかりを好んで食べる化け物が住んでいると言われている」
「え?」
「それが俺だ」


 
 狛犬たちはいつもの場所で停止する。

「ありがとう」

 礼を言うと二頭は走り去った。荒野にポツンと取り残された二人。

「さて、行くぞ」
「おい待て。さっきのはどういう意味だ?」

 晶利のあとを小走りで追いかける。両手で杖を握りしめていた。

「……」
「晶利!」

 無視するなと怒鳴ろうとしたら、晶利が足を止めた。

「着いたぞ。ここだ」
「……ここだ、って?」

 岩と瓦礫を積み上げただけの……何? 何か、だった。晶利の背丈より高いこれはもしかして家、なのか。
 一応屋根は乗って……いや、よく見ればただの板。
 扉らしきものは目の前にあるが、開けたらすべてが崩れそうだ。その前に扉なのか?

「邪魔するぞ」

 疑問符だらけの少年を置いて、晶利は躊躇なく扉を開ける。身構えたが小屋(?)は崩れなかった。

「お、おい。なんなんだここは」

 中に入るか悩んだが荒野狼の唸り声が聞こえ、慌てて詩蓮も中に入る。扉を閉めると、ぱっと明かりがついた。

「…………え?」

 暖炉の炎がパチパチと燃えている。あたたかな木のぬくもりがする内装で、暖炉前には赤いキリムラグが敷かれていた。その上のひとりがけソファーには、人の背中が見える。
 積み上げられた瓦礫の中が山小屋になっていた。訳が分からない。
 思考が宇宙まで飛んでいった少年を置いて、晶利は椅子の人物に声をかける。

「今日も来たぞ。……具合はどうだ?」

 小柄な影は、ゆっくり口を開く。

「……諦めが悪いな、お前も。「荒野の化け物」が。律儀なことだ……」
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