植物使い

水無月

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籠城

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 気位の高い少年だ。媚薬の仕業とはいえ晶利に甘えたことを覚えていたら自刃するんじゃないかとハラハラしていたが、意識を取り戻した詩蓮は、

「死にたい……っ」

 きっちり覚えていた。
 毛布を頭まで被り、籠城して出てこない。

『おーい。元気出せって。どうしたんだよー?』

 巨大切り株の上で、引き裂かれた詩蓮の服を妖精が縫い合わせている。もう雑巾にするしかないほどびりびりだったものが、服っぽいの形にまで復元されていた。
 ドライフルーツクッキーの甘い香りが充満する部屋で、晶利は紅茶を淹れている。ひとつだけオレンジジュースなのは、詩蓮が紅茶を飲めないからだ。紅茶仲間が増えなくて寂しい。
 お菓子作りは時間がかかる。クッキーを焼いていたら日が暮れたので夕食がクッキーだけになってしまった。育ちざかりがいるのにこれはよろしくない。
 恥ずかしいのは分かるが、聞きたいこともあるのでそろそろ出てきてほしい。
 晶利は毛布の塊の頂上に優しく手を置く。

「少年。明日の朝は何が食べたい? 食べたいものがあるなら、明日出かけるついでに買ってくるぞ?」

 勢いよく亀のように頭が出てきた。

「ま、また、どこかへ行くのか?」
「ああ」

 ―ー晶利がいない? それじゃあまた何かあった時、すぐは助けてもらえな……。な、なんだこの弱気な考えは。私らしくない!

 情けない表情を整えようとするが、晶利と目が合うと露骨に顔を背けてしまった。

「いつもどこへ行ってるんだ?」
「まあ、色々用事が。お前は留守番していてくれればいい」

 赤い顔を伏せて、少年はきちんと座りなおす。

「……私もついて行く」

 金のつむじを見ながら首を振る。

「いや。買い物くらい俺ひとりで行ける」
『そーじゃねーだろー? 詩蓮ひとりだと寂しいんだよきっと』

 歯で糸を噛み切る。詩蓮の服は破られる前と変わらぬ姿に戻っていた。それを見た詩蓮が駆け寄る。

「よくここまで直ったな!」
『へへーん。まあなー』
「あの。……あ、ありが」
「寂しいのか? 詩蓮」

 少年と大人の声がぶつかる。
 詩蓮はぎっと睨んだ。

「私の声を遮るなと言っただろう! あと寂しくなんかない! ……えっと、お、お前が怪しいことをしていないか、見張るためだ」
「?」

 袖を三つも折り返したアオザイを脱ぎ捨て、さっそく袖を通す。リボンを巻いて青薔薇をつければいつも通り。

「はあ。やっと落ち着いた」

 アオザイを畳みながら晶利もこっそり息を吐く。

「俺の服は落ち着かなかったか? せめて肌触りの良いものを選んでいるのに」

 せめて、とはどういう意味だろうか。気になったが口にしたのは別のことだった。

「……そんなことどうでもいい。というか、アンタの庭の低木が襲い掛かってきたのは、どういうことだ? 何かしたのか?」

 無実だと両手を上げる。

「俺は植物使いじゃないし、参考書を見ながらやっているのに紫の花すら咲かせられない人間だ。あれは単なる暴走だ」
「暴走? そんなことさせたことはない!」

 畳んだ服を適当に置き、定位置に戻って紅茶を傾ける。冷める前に飲みたい。

「普段なら、な。暴走などさせないだろう。だが今は不調中だろう? 魔力を込め過ぎて魔法石が、風船のように弾けたんだ」

 詩蓮の杖を指差す。

「現に、お前の魔法石にひびが入っているぞ」
「えっ!」

 ソファーに置いておいた杖を慌てて手に通り、顔を近づける。
 自分の顔が映るほど磨かれた宝石には、小指ほどの亀裂が走っていた。

「………………」

 真っ青になって固まる少年の後ろ姿を見ながら、妖精はクッキーを齧る。

『ひびって。杖が壊れたってことか?』
「いや。あのくらいならまだ使えるだろう。だが、暴走させるような無茶を繰り返せば、魔法石が負荷に耐えられずいすれ砕け散る」

 晶利も自分で焼いたクッキーを食む。さくっとして、ほろほろ口の中でほどけていく。ドライフルーツも甘すぎず酸っぱすぎず、食べやすい。

「美味いぞ。食べないのか?」
「……ああ」

 大事な杖に傷がついて悲しみに沈みそうだったのに、背後からの平和な声に感情が迷子になる。
 山のように言いたいことを飲み込み杖を立て掛け、どかっとソファーに腰を下ろす。

「何を言われても、明日はついて行くからな」

 クッキーを二枚取ると、まとめて噛み砕いた。

「魔力を吸われて消耗しているだろう? 家で安静にしていろ」
「っは!」

 触手にされたことだけでなく恥ずかしい場面を見られたことまで思い出し、顔を真っ赤にして叫んだ。

「~~~ッ。わ、私に指図するなっ」

 妖精は耳を塞ぎ、壁のスワッグはぱさっと落ちた。

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