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2 ボスさん
しおりを挟む🐰 🐇 🐰
「で、持って帰ってきたと?」
今からボスに会いに行くから、挨拶だけはしろよ。とお兄さんに言われて、仔猫のようにぶら下げられたまま連れてこられたのは、積み上がった本やら資料やらでごちゃついた部屋。
お偉いさんに会いに行くの? せめて身なりだけでも何かした方が、と戸惑う僕に構うことなく、ドアをノックすると入って行ってしまう。
僕もお兄さんもずぶ濡れなので、申し訳ないよ……
「そうそう。親もいないみたいでさ」
説明しながら本を横にずらすと、僕をソファーの上に置く。もしゅうと身体がすごく沈む。こんなやわらかいソファー初め、う、埋まる……。
うさぎっぽいお兄さんはお偉いさんのデスクに手をつく。
「ボス。あれだろ? 小さい、子どもの、男の子が。ほら。好きなんだろ……」
お兄さんの目が気まずそうに泳ぐ。
ボスの目が据わった。
「人をショタコン呼ばわりはやめたまえ。軽い名誉棄損だぞ」
お兄さんは死んだ目で親指をぐっと立てた。
「気にすんな。ボスがどんなショタ大好きでも。俺はついていくぜ」
「とんでもねー誤解だなぁ! 宇佐美(うさみ)! 違うって。私は小学校に寄付してるだけだ。小さい子は好きだけど、そういう目で見てないよ⁉」
喚いているボスさんだが、その目はずっと僕を見ていた。
僕と目が合うとごほんと咳払いし、ボスさんは背もたれに身体を預ける。
「……さて、今回君が遭遇したバグスフェラトゥは、どういったやつだったかな?」
「ランク一の雑魚だった。俺が殴ったら死んだから、新人に経験詰ませるために置いとけばよかった?」
ボスさんは首を振る。黒い髪がしゃらりと揺れた。
「倒してくれ。私たちに君ほどの心の余裕はない。被害は小さかったが被害者は出たようだ」
テレビをつけると先ほどのニュースが流れている。僕は手足をばたつかせ、ソファーから脱出した。おじさんは生きているのか気になったのだ。画面を覗き込む。
「おーい。邪魔だ」
画面に貼りつく僕にお兄さんが声をかけてきたが、ボスが「まあいいじゃないか」と宥めてくれていた。
『――以上が、今回の被害者で』
「お、おじさん……」
僕はペタンと尻餅をつく。被害者の名前の欄におじさんの名前があった。心のどこかで同姓同名の別人だと思いたかったけど、おじさんの名前は難しい感じが使われている。同姓同名が近所にいたなど、聞いたことはない。
「……」
おじさんのサンドバッグになる。それが僕の生きていていい理由だったのに。僕は帰る家も居場所も、存在していい理由も失ったのだ。
「見ての通りだ。バグスフェラトゥは見つけ次第、排除してくれ。宇佐美」
お兄さんは右手を目の上に当て、敬礼してみせた。
「じゃ、俺はこの辺で」
お兄さんはすたすた歩いて行ってしまう。
ドアが閉まる音を背中に聞いたが、僕は動けなかった。
ボスが席を立ち、僕の肩に手を置く。
「君は……。良ければ名前を教えてくれないかな? 私はすまないが諸事情で名乗れなくてね。今のところは、ボスとでも呼んでくれ」
「……」
僕は顔を上げると、ボスさんはギョッとしたようだった。
後で聞いた話だが、この時の僕は表情を無くしていたんだ。
「僕は、無能力者、です」
僕に優しくされる価値なんかない。能力があると誤魔化すのも嫌だ。
僕は自暴自棄になっていたんだと思う。
どうしようもなく途方に暮れる僕に、だがボスさんも対応は変わらなかった。
「で、名前は?」
「……」
僕は何度も瞬きをした。
ボスさんは柔和な笑顔で僕の返事を待ってくれている。
な、なんで? 両親でさえ、肉親でさえ、僕が無能力者だと知ると庇ってくれることもなく、守ってくれることもなく。態度を一変させたのに。どうして?
頭の中はぐるぐる渦を巻く。
早く答えないと殴られるという焦りと共に、おじさんの顔が浮かぶ。
必死で思い出す僕の、名前? なんだったっけ……
「『おい』とか『それ』で、十分です」
ボスさんは目まいを覚えたようだった。
僕を抱き上げるとソファーに戻す。また沈んじゃうぅぅ。
「話にならんな。能力者の数は半数を超えたとはいえ、三~四割は無能力者だ。無能力者差別はまだ流行っているのか」
ボスさんはテーブルに腰掛ける。えええええ? ソファーは埋まっているとはいえ、テーブルに座っちゃってるよ。
「あの、ボスさん」
「ん?」
「あのうさぎの、お兄さんは?」
「宇佐美か? ウチの一員だ。バグスフェラトゥ。これの掃討を使命にしている組織・エラー。聞いたことあるだろ? 背が低いから舐められがちだが、日本にあるエラーの最強があいつだ」
ニッと白い歯をみせてボスさんが笑う。自慢げと言うように。
「『血染めうさぎ』。まあ、コードネームのようなものだな」
バグスフェラトゥ。その正体は数十年前に世界中で大流行した疫病。それの突然変異だと言われている。ノスフェラトゥ(怪物)をもじり、この世界に居なかったもの――『バグ』を足してバグスフェラトゥと名付けられた。僕でも知っている、が。
「あれって、実在するんですか……⁉」
初めて実物を見た。
戦争やハリケーンと同じく、バグスフェラトゥは遠い国の話だと思っていたのに。
ボスさんは首を傾げる。
「あまりニュースを見ていなかったのか? 最近は日本でも奴らは出現し始めている。海を渡る個体が出始めてな。厄介だわ」
じゃあ、お兄さんのジャケットに書かれていた英語は、「エラー」だったのかな?
バグを倒すのがエラーとは、何とも。
「君はどうしたい?」
「え?」
「家に帰るなら家族を探すよう手配してやる」
受話器を取ろうとするボスさんを見て、僕は咄嗟に頭をぶんぶんと振った。悲鳴のような声が出てしまう。
「やだ! 帰りたくない……ッ」
頭を抱えて蹲る。
僕の愛した両親はおじさんより怖い、鬼になってしまった。帰ったら殺される。
おじさんを失い、かすれていた心が怯えだす。怪物にではなく、一人ぼっちの恐怖に。心細さに。
「ふむ……。私の運営している施設に行くという手もあるが? 家や家族を失った者ばかりだ」
「……お兄さんと、一緒にいたい。です」
ボスさんは驚いたようだった。目を見開く。
「宇佐美のことか?」
こくんと頷く。
「どうしてまた。あいつ、仲間内でも避けられているのに。強すぎて」
思い出すのは、助けてくれたあの背中。
「お兄さんは……強いんでしょうけど。僕には、そうは見えませんでした……」
雨を耐えていた姿。狼に怯えるうさぎのようだった。僕にできることなんてないだろう。邪魔にしかならないはずだ。でも、またお兄さんが怯えていたら、僕は抱きしめてあげたい。
お兄さんが僕に、そうしてくれたように。
……思えば僕は、何かに縋りつきたいだけだったのかもしれない。でも、この気持ちに嘘はなかった。
子どもの僕は、それを上手く言葉に出来なかったけれど。
「つ、強く見えなかったってか……? あいつを? う、うん……そうか」
そのせいでボスさんをちょっと引かせてしまったようだ。悪い事をしちゃったとうつむく。
「いや~。でも待てよ? これを言ったら、あいつは面白い顔をするんじゃないか?」
ニヤニヤとなにか、悪戯を思いついたような顔でボスさんが笑う。
ぱんっと手を叩いた。
「よろしい! 君を宇佐美の雑用係りとして採用しようじゃないか。働きに応じて、給料も出すけど、どう? あいつほっとくと飯も食わないから、面倒見てやってくれんか?」
「いいんですか⁉」
自分で言っておいてなんだけど、僕は物凄く驚いた。
「いいよ。私も強さはともかく、メンタル面は若干不安定だと思っててさ~……。なんかいいパートナーとか落ちてないかなと思ってたんだ。君なら、頑張ってくれそうだ」
僕を試すような、狐さんのような笑みだった。少し怖かったけど僕は迷わず飛びついた。
「お願いします‼」
「うん。じゃ、まずはお風呂にでも入ろうか。君もずぶ濡れだし」
バァン!
ボスさんが言い終わる前にドアが開く。血相を変えて入ってきたのはうさぎのお兄さんだった。僕もボスさんも目を丸くする。
何かよほどの出来事でもあったのか。ボスさんは腰を浮かしかけた。
「どうし」
「ボス‼ 俺がそいつ風呂に連れて行くんで‼ 何もしないでください!」
「た……」
ボスさんの笑顔がひくっと引き攣った。
「だから違うっつってんだろが‼ 下心なんてないもん。お、おふ、風呂に入れてあげようとしただけだもん‼」
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