血染めうさぎ

水無月

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3 輪切りさん

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「っぶね~。ボスを犯罪者にするとこだった」

 僕を小脇に抱えて廊下を歩くお兄さん。

「あの。うさみ、さん?」
「あ? 俺の名前聞いたのか。お前は?」
「僕は物ですから、名前なんて、無いです」

 ぼそぼそと喋ったのが良くなかったのかもしれない。

「ない? ない君ってことか? 変わった名前だな」
「……ッ、ッ⁉」

 ち、違うんです! そ、そうじゃなくって。名前が、名前が無いって意味で……

 あたふたしている間にお兄さんは言葉を重ねる。

「でも無いより有る方がいいんじゃねえか? 名前。ま、ウチはコードネームで呼び合うし、お前は『アル』とかどう? アールちゃーん」

 お兄さんが笑いかけてくれた。自覚はしていなかったがこの時……いやきっと出会った時から僕は、僕の頭はお兄さんでいっぱいだったのだ。

 力強く、こくっと頷く。

「はい‼」
「え? 適当に決めたんだが。……気に入ったのならいい、か。ウチは勝手に変なコードネーム付けられるから、早めに決めといた方がいいしな。俺なんて血染めうさぎだぜ~。死にてぇよ」

 トホホ、と泣きながら笑っているお兄さん。ええ? かっこいいと思うけどなぁ。

 「浴場→」と書かれた看板の前に、一人の男性が立っていた。腕を組んで、壁にもたれている。

「よ。血染め」

 お兄さんを見ると片手をあげる。お友達、なのかな?

 お兄さんも片手を上げる。

「おう。輪切り」

 お兄さんと色違いのジャケットを羽織っている男性は、ちらりと僕を見る。どういうわけか、僕は嫌な気配がした。まるで苛立った時に僕(サンドバッグ)を見つけたおじさんのような。

 無意識にお兄さんの、宇佐美さんのジャケットを握った。

「マジだったんだな。お前がガキ拾ってきたってのは」

 男性はケッと悪態をつく。

「ふーん? ぱっとしないガキだな。薄汚れてきったねぇしよ。何より顔が悪い」
「え?」
「おい。ふざけた真似しやがったら承知しねぇぞ。そこの能天気とお人好しなボスは騙せても、俺はお前がスパイじゃないかって疑ってんだ」

 す、すぱい?

 壁から離れ、ツカツカと歩み寄ってくる。悪と決めつけるような態度に僕は背筋が震えた。

「ま、俺の小間使いとして働くってなら? 受け入れてやってもいいがよ。どうだ? 俺のストレス発散道具にならないか? お前、よく鳴きそうだ。ここに居たいんだろ? 俺の機嫌を損ねない方がいいぞ」

 僕に向かって手を伸ばしてくる。

 「家に置いてほしいのなら殴らせろ」と笑うおじさんと重なった。

 殴られる日々がフラッシュバックし、歯がカチカチと鳴る。とても、怖かった。


 宇佐美さんはすっと半身を引いて、その手が僕に届かないようにしてくれる。

「あ?」
「お前の許可などいらん。すでにボスがオーケーしたしな。こいつは俺につけるそうだ」

 宇佐美さんは舌をべろりと出しながら、(邪悪な)笑顔で白い前髪をかき上げる。

「羨ましいか? 輪切り。お前、掃除できないもんな。雑用欲しがってたのに、性格悪すぎて雑用もらえないもんなぁああああ」
「はあ⁉ て、テメェ!」

 「調子に乗るな」と前のめりになって叫ぶ男性に、宇佐美さんは額をごっつんこさせた。うっすら踵を上げて。
至近距離で睨み合う。険悪な雰囲気だが僕は男性が羨ましかった。お、お兄さんとあんなに近くで……。
 僕は、顔にすら届かなかったのに。

「血染め。今はお前が一位だが、すぐ俺が追い越すってことを忘れんなよ?」
「頼もしいじゃねぇか。早く俺の仕事減らしてくれよ輪切りィ」

 悪魔のように口角を吊り上げる宇佐美さんに、男性は怯えたようだった。彼を突き飛ばすとさっさと歩いて行ってしまう。

「ふふ」

 宇佐美さんは友達と語らえて楽しいと言いたげな笑みだったが、一瞬すれ違った男性の表情は……冥く淀んでいた。

 つい目を離せずにいると、視線を感じたのか男性が振り返る。

 僕は咄嗟にぺこりと会釈した。だがこれを、男性は「俺に気がある」と受け取ってしまったようだ。この勘違いが後に最悪な出来事を引き起こすが……今の僕には知る由もない。





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