血染めうさぎ

水無月

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5 やりたいこと

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                🐰 🐇 🐰







 あれから数日が経った。

 宇佐美さんと僕の部屋を掃除し、帰ってきた宇佐美さんをシェルさんのところへ引っ張っていく日々。


 ボスさんはたまに様子を見に来てくれて、食堂に行けばエラーの職員さんたちがわっと寄ってくる。初めは仰天したものだ。

 「子どもだ」「可愛いじゃん」「ちっちぇえ」「こっち向いて!」「ボスに何もされてないか?」「みかんゼリー食べる?」等々。日本にきたパンダ気分だった。

 あれ食えこれも食えと、僕のトレイの上は毎回デザートやら総菜やらが山と積まれていく。

 す、数日で体重、一キロも増えたんだけど。あ、ありえない。しかも食堂のご飯、とっても美味しいし。僕がこんないい思いをしていいのだろうか。

 今日たまたま隣だったボスさんに話しかけてみる。


「ボスさん。僕、大して働いてないのに。ご飯こんなに、食べていいの? ですか?」

 ラーメン(三杯目)をすすっていたボスさんが手を止めた。「何言ってるの?」みたいな顔で。

「いいよ? 労働の基本は飯だよ。飯。私は飯食わずに働けと言われたら殴るよ。そいつ」
「……」

 宇佐美さんがバグスフェラトゥを殴り飛ばしたのを思い出す。ボスさんも、あのくらい強いのだろうか。戦闘姿どころか、怒ったところも見たことないけれど。

「でも……。僕は何もしてない、です……」
「んー。掃除は労働だし、気づいてないようだから言うけどさ。宇佐美って結構浮いてたんだよね」
「え?」

 気の良いお兄さんと言う感じなのに。シェルさんとも普通に会話してたのに?

 ボスさんは箸で宙に円を描く。

「シェルは置いといて。強すぎて周囲がビビってんだよ。あいつ自身は良い奴なんだけど。怖いってフィルターがかかっちまうんだろうね」
「そう、なんですか」

 ボスさんは僕の鼻をちょんとつついた。

「でーも~? アル君のようにちまっとした子が、カルガモのようにあとくっついて歩き回ってたらどうよ? 『あれ? あいつあんまり怖くない……?』って思われるっしょ?」

 両手で丼を持ち、ボスさんは汁一滴まで飲み干している。

 僕にそんな効果があるのかは分からない。でも、宇佐美さんの役に少しでも立っているのなら。僕にも意味はある、のかも。

「僕、頑張ります!」
「うんうん。その意気だ。シェルも助かっているって言ってたよ。アル君が宇佐美を引きずってきてくれるって」

 宇佐美さん、いつも「怪我してねぇぇ! 引っ張るな」って言うんですけど、怪我、してるんですよね。かすり傷やあざが増えていく。

「宇佐美さん、少し休んでほしいです」

 ボスさんは耳が痛そうに四杯目に手をつける。

「あーねー。私も休ませたいけど、バグスフェラトゥの数が増してきてさ……。あちこちから『血染めを寄こしてくれ』って言われるんよ」

 宇佐美さんは人気者なんですね。

「じゃあたまに、お兄さんが数日帰ってこないのは。遠いところに行ってるから、ですか?」
「そうよー。最近じゃ海外とかね。日帰りで北海道とか行って、へとへとなのに律儀にお土産買ってくるの、面白いよねー」

 北海道メロンクッキー、美味しかったです。ボスさんと一緒に食べました。あの本に埋もれた部屋で。

「僕に、何かできることありませんか? 宇佐美さんのために」

 周囲の人までざっと視線を向けてきた。

 背筋が強張る。

「え? え?」

 ――なにか、変なこと言ったでしょうか?

 ちょっと前の僕なら怯んで、意味もなく謝り倒していただろうけど。職員さんたちはおじさんたちとは違うと思え初めていて、ボスさんのスーツを握るくらいだった。

「健気やなぁ……」
「え?」
「アル君はもう十分仕事してくれてるけど?」
「僕なんて、まだまだです」

 宇佐美さん。思い浮かべるのは彼の顔ばかり。

「エラーの人たちも、ボスさんのことも、す、好きですけど……。僕は、宇佐美さんの役に、立ちたいんです」

 職員の人たちが恋バナを聞きつけたような顔で、トレイを持って僕たちのテーブルに集合してきた。ボスさんは鬱陶しそうに口を歪めていたけれど、敵意の無い大人の人に囲まれるって、こんなにあったかいんだ……と僕は感動していた。

「なになに気になるって!」
「ちびっこいの、もしかして血染めのことグハッ!」
「余計なこと言うな! シッ」
「続けて?」

 職員の人たちがキラキラした目で促してくる。誰かひとり倒れたけど。ボスさんが頭を撫でてくれたので、僕は安心して話し出す。

「宇佐美さんは、どうしたら喜んでくれますか? 僕は自分のお給料を、彼に使いたいです」

 口元を押さえ、何故か職員さんたちが泣き出してしまう。

 「なんてこった……」「あいつには勿体ねぇ」「かわいい」「もっと自分のために金使えばいいのに」「こんな子どもが」「責任取れよ血染め」と呪文のように呟いている。

 僕はどうすればいいんだろうか。僕は今、欲しいものがない。だって寝床も、綺麗な服も、食事もなんだってある! ここは天国だよ。誰も僕を傷つけない楽園。

 「それが普通なんだけどね」とボスさんが言った気がした。

「そうだねぇ。あいつたまに狂ったように甘いもの食べる時期があるから、甘い菓子でも作ってやる、とか?」
「ケーキ、ですか?」

 好物のケーキが真っ先に口から出た。
 なんでもいいよと、ボスさんが頷く。

「バグスフェラトゥのせいで値上がりが止まらないでしょ? 甘いものとかもう、貴族の食べ物に逆戻りしちゃってるじゃん? アル君の給料だとあと何ヶ月もかかると思うけど、お金貯めて材料買って。作ってやるといいよ。オーブンなら、そこにあるし」

 顎で示す方角に首をやると、食堂のおばちゃんが手を振っている。いつでもオーブン使っていいよ、と。

 僕は拳を握った。

「はい! やり遂げてみせます。宇佐美さんのために、ケーキを作ってみせます」
「いやー。使って良いからね? 自分にお金」

 かき混ぜるようにボスさんが頭を撫でてくれる。職員さんたちは拍手してくれた。なんだか照れくさい……






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