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VS海賊
精霊解放
しおりを挟む船長が腕を突き出すと、今度はロッドを中心に、海面に陣が展開される。
『ほう』
仮にも龍に挑んでくるのだ。何か策は用意しているだろうなと思っていたが。
白い輝きを放つそれが一定の間隔を開け、数を増やして長い身体に纏わりついていく。慌てず騒がず。ロッドが取るに足らんと決めつけていると、ロッドの身体が海底に「落ちた」。
その重量に軽い地震が起こる。純白の毛が、海底の砂で汚れた。
『……ッ……⁉』
金の瞳を見開く。呼吸が、出来ない。声も出ない。
それもそのはず。ロッドの周囲だけきれいに海水が避けて、水の無い空間を形成しているのだ。濡れていないと酸素が吸えない海龍の口が、ぱくぱくと虚しく開閉を繰り返す。
その姿に、大きく身を乗り出した船長がおかしそうに笑う。
「見事に油断してくれたな! ダァッハッハッハッ! 人間の魔法など避ける必要もないってか? その驕りが命取りだったな……」
海底まで声を届かせようと声を張り上げたせいか、「おふ、ごふ」っと咳き込む。
追従するように部下たちが猿のように跳び上がり、地に落ちた龍を笑い飛ばす。
「さっすが船長!」
「ついに龍をゲット! ってか? ヒャッハハ!」
「おいおい。俺にも見せろよ」
大半が海底を覗き込んでいる。
今のうちに……とレリスが床を掻いて起き上がろうとするが、見張っていた傷のある大男が気安く剣の鞘で左頬を打つ。
バシィッ!
「……ッぅ」
「大人しくしていろ」
今のやり取りでレリスの存在を思い出したのか、高笑いをやめて船長が指示を出す。
「おい。オメェら。レリス君を牢屋に放り込んどけ。一応死なないように止血だけしておけよ」
「ヘイッ!」
「死んでも構わないのでは?」
龍以外は価値無しという素晴らしい思想の部下を殴り飛ばす。船長の部下としては満点の考えだ。でも殴る。
「馬鹿ぁ! ほら物語とかであんだろ! 仲間が死んでその怒りで覚醒するやつ。思ったよりこいつら絆を結んでなかったけど、万が一という言葉があるな? 可能性の芽は摘んでおくべきだ」
「へ、ヘイ!」
顔半分を腫らした部下が敬礼する。
「さっすが船長!」
「カッコイイ! 抱いて‼」
「よせよせ。そう褒めるな。いくら俺様が大海一の伊達男だからって」
ファンクラブのような賑わいを見せる部下たちに、片手を上げて応える。
一通り騒ぐと、部下たちは海賊の顔つきとなった。各々の武器を抜きレリスに近寄る。
魔法陣が消えるが、ダメージや出血も重なりレリスに戦う体力は残っていない。瞼を閉じ、眠ってしまわぬようにするので必死だった。
もし体力が残っていたとしても、手足には手枷が残っている。この人数相手に逃げ切るのはちと難しい。
流れる血で赤い道を作り、少しでも遠ざかろうと這って逃げるレリスを嘲笑う。
「さーて。可愛がってやるぜ。レリスさんよぉ」
「はっはは! イモムシみてーに這ってやがる」
「その顔ボッコボコにしてやんよ」
「……く、そ」
視界に砂嵐のようなものが混じる。血を流しすぎたせいか。指先が酷く冷たい。無数の手がレリスに伸びる。
「おら! 立て」
髪や二の腕を掴まれ、無理矢理立たせられる。
項垂れていたが顎を掴まれ、目線を合わせられた。にやけた複数の顔が覗き込んでくる。
「おいおい。寝るなよ?」
「十倍返しにしてやるよ。とりあえず十発は殴って――」
雨が降る。
ダムの放水に匹敵する雨量。
滝が落ちてきたかのような水の爆発に、部下たちが流され船から掃き出される。
「なん……っ⁉」
「船長……‼」
マカロンと大男だけは最後まで耐えたが、それでも時間にして一~二秒ほど。瀑布が止む頃には、甲板に残っているのはレリスだけだった。
ぴちょんと水滴が落ち、雨上がりのような虹がかかる。
「ロッド?」
数度瞬きする。
尻餅をついたが、レリスは一滴も濡れていない。
のそりと顔を出したのは、窒息しかけていたはずのロッドだった。くああっとのんきに大あくびをしている。
「……無事だった、のか?」
『ふむ? くしゃみをしたら魔法陣? とやらが砕け散ったのだが。水を弾くとはなかなか考えたなと感心していたのに……。案外脆いものなのだな』
幼くても龍か。マカロンは人間の中では相当な実力者なはずだが。ロッドのくしゃみと「雨降らし」で場外に流されてしまった。ここまで力に開きがあるなら、遠慮なく人間を見下してくるわけだ。
――何はともあれ。ロッドが、無事で良かっ……
『だがまあ、筋は悪くない。あの名前だけ可愛い奴も研鑚を積めばそこそこの使い手に――』
珍しくロッドが人間を褒めたが、聞き手はばたっと倒れ込んだ。
太ももからの出血が止まらず、レリスは意識を手放していた。
『レリス……?』
ロッドはそっと顔を近づける。
胸は微かに上下していた。
ロッドは船の一部を噛み砕く。バキボロと木片が崩れ落ち、穴が空いた場所から鳥かご状の檻を引きずり出した。
中には怯えた表情で抱き合う二体の精霊が、青い顔で震えていた。
鉄の檻を咥えたまま顔を上げ、甲板に置いた。
そのまま檻を砕く。
「あ」
「ああ……」
壊れた檻から、恐る恐る精霊が出てくる。
一見人間とよく似た姿だが、二体とも薄い緑の肌に、尖った耳。人間が見れば開いた口が塞がらないほどの美しい顔に嵌まる、潤んだ黒い瞳。瞳と流れるような髪は、ロッドから見ても美しいと頷いてしまうほど煌めいている。身につけているカゲロウの羽のように薄いドレスは泥に塗れているが、精霊の美しさは霞みもしていない。
どちらも人間で例えるならば、十七歳前後の見た目だ。
精霊はロッドの眼前で跪いた。人間が神に祈る姿と重なる。
「海龍様にお助けいただけるとは。幸福の極み」
「この恩は忘れません……」
歌うように紡がれる言葉。思わず聞き入ってしまいそうになったが、ロッドは顎で精霊たちの背後を示す。
『ふむ。怪我はないか? で、助かったと思うなら、後ろの銀髪の怪我を治してやってくれまいか?』
「え?」
精霊たちがそろって振り返る。そこには血を流したまま倒れている人間の姿があった。
カッと、精霊の瞳に怒りが灯る。当然だ。人間に捕まり無理矢理力を使わされていたのだ。腹立たしいだろう。
「人間!」
精霊が使う神秘。精霊は腕を天に伸ばす。風が吹き、周囲の風を集め船を取り囲んで成長する。それを凝縮して腕に纏わせると、竜巻として放つ。
船の一部を吹き飛ばした。
轟音が響き、強風が目を点にしたロッドの体毛をなびかせる。なんの抵抗も出来ずレリスは海に落ちた。
『あ』
ロッドは慌てて海に潜り、沈んでいくレリスを、口を開けて舌で受け止めた。そのまま口内に仕舞い、海水だけをうまく吐き出しながら浮上する。
「はあっ……はあ! に、人間……」
「海龍様! そいつは殺します! 渡してください」
『……』
温厚な精霊をここまで怒らせるとは。人間と言うものはなんとも度し難い。
――弱いクセに全方向に喧嘩を売る変な種族だからな。
もちろんそんな人間ばかりではないのは知っているが、今の精霊たちにとっては人間と言うだけで討伐対象なのだろう。しかしこれほどの怒り。あの海賊。よもやこの精霊たちの住処を焼いたのではあるまいな。
擁護できそうにない。
じわっと、人間の血の味が口内に広がる。不味い。飲み込んだら具合が悪くなりそうな味だ。ロッドは苦虫を噛み潰しじっくり味わったような顔で唸る。
いや、美味かったら美味かったらでこのまま飲み込んでしまいそうで、危ないからいいのだが。
飴を舐めているため喋れずに、もごもごさせたままロッドは目を細める。
精霊に怪我を治してもらおうという考えだったが、無理そうだと判断した。息が荒いし、もう一発竜巻を放ちそうだ。
うん。諦めよう。
近くの島で医者を探そうと海に沈んでいく。
「お、お待ちを。海龍様!」
「何故わたくし共の気持ちを汲んで下さらぬのです⁉」
どうあってもこの世から退場させたいらしい。
『……』
面倒臭かったし早く医者に診せたい。が、最後に一言二言は喋ってやるか。
ロッドは自分のことを「寛大だな」としみじみ思いつつ、自分の身体の上にレリスを吐き出した。白い毛が血を弾いて、ぽたぽたと海に落ちていく。そろそろ顔色が土色になってきている。時間は少ない。
『貴様らにとっては憎いばかりだろう。だがこれは我の……あの、あれだ。その、あれ、家族、だ。殺されては堪らん』
「え……?」
『人間だが一応。こいつは貴様らを捕らえた海賊と戦ったのだ。華麗に、かっこよく追い払ったのは我だがな? 殴ってもいいから命は許してやれ』
精霊二体は互いの顔を見合わせた。
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