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伸一郎の過去
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伸一郎は膝に手をついて立ち上がる。
「どうしたの? 食堂行くの?」
「タバコ吸ってくる」
ライターを探しながら一本銜える伸一郎に、藤行はぼそっとこぼす。
「ビールはまだ良いけど、タバコ吸った人と一日はキスしたくないな……」
ぺっとタバコを鞄の中に捨てると、藤行を小脇に抱えて部屋を出る。
「いやどこに行くの⁉」
「温泉行こうぜ」
「タバコは⁉」
「忘れた」
「さっき銜えてたじゃん!」
暴れても無駄だと分かっているので大人しくついて行く。
朝風呂。
時間帯が早いおかげか、人影はない。
「ふむ。人がいないんだし、セックスしても問題ないな」
「伸一郎さん。タバコ吸ってきなよ」
並んで身体を洗う。
ごしごしと全身泡で隠れるほど洗っている藤行に羊を思い出す。
「なんだお前。いつもそんなに洗ってんのか? よく肌無事だな」
「帰ったら青空が『兄ちゃんおかえり。好き(裏声)』って言って抱きついてくるかも知れないだろ! よく洗っておくのは当然のことだ!」
「……」
ツッコミを放棄して、ついでに髭も剃っておく。
「伸一郎さん、髭生えるんだね」
「お前は?」
「もちろん生えてるよ」
胸を張る。
泡で覆われた生物から顔を逸らす。
「……」
「無視しないでよ! ちょっと薄いだけで生えてるんだって! 生えてるって言ってよ!」
「泣くな」
適当にあしらわれ、洗い終えた藤行は半泣きで鼻まで湯に浸かる。
「ブクブクブク(伸一郎さんの馬鹿。髭男。うらやましい)」
「誰が髭男だって?」
「⁉」
聞こえないようにお湯の中で言ったのに。
露天風呂方面に逃げようとしたが、隣に来た伸一郎に捕獲される。
無かったことにしようとして顔を逸らす。
「そ、そんなこと言ってないもーん。俺はブクブクやってただけですぅー」
「じゃあ逃げんなよ。なあ? 藤行ちゃん?」
「……」
きゅっと口を閉じる。振り向くのが怖い。
彼に背を向けたまま肩まで湯に沈む。
静かだ。かすかに鳥の鳴き声がする。
「し、んいちろう、さん、さあ」
「あ?」
「昨日の夜。理性が決壊した後、な、なにしてたの?」
聞きたくない気持ちと何をされたのか知りたい気持ちが綱引きをし、勝ったのは知りたい気持ちだった。
伸一郎はにやっと笑う。彼が良くする笑い方。初めは怖かったのに、今はその笑い方が愛おしい。
「ギャアアアアッ!」
え? 何?
愛おしいってなんだ! こ、これじゃあまるでお、おおおおお俺が伸一郎さんのことすすす好きみたいじゃん……。
「……好き?」
自覚した途端、ストンと胸に何かが落ちた。
お湯に映った自分の顔を見下ろす。これはまるで恋をしたような、
「……」
「藤行?」
叫んでお湯で暴れて急に静かになった同行人に、伸一郎が「こいつ今日は一段とやべぇな」と若干慣れた顔で、そっと抱きしめてくれる。
「具合悪いなら脱衣所に運んでやるが。どうした?」
「………………」
無理。
絶対無理。
今、顔を見れない。
軽率に抱きしめるなよ! 心臓爆発するだろ。でも嫌じゃないいぃ……ッ!
「だ、だいじょうぶれす……」
顔を覆ってなんか言ってる藤行に呆れた目をするが、彼は無理矢理聞き出そうとはせず、黙って隣にいてくれた。
(そんなことされるとますます好きになるっ!)
誰もいないのを良いことに、藤行はそろそろと肩が触れ合う距離まで近づく。
「伸一郎さん。なんでそんなに面倒見良いの?」
彼はちゃぷっとお湯から腕を出し、考えるように顎を撫でる。
「あー? そうか? でも『面倒見良い』ってのはよく言われるな」
横を見ると「もっと聞きたい」と言いたげな瞳があった。
伸一郎はガラス張りから見える露天風呂の向こう、山に目を向ける。
「ガキの頃、ジジババと一緒に山の中の田舎で暮らしていてな。周辺に人は俺らと老夫婦と変な奴一匹しかいなくて。とにかく人がいなかった。都会に出てきたとき、人がいっぱいいるって驚いたな」
都会に来て、一番に出る感想がそれなんだ、と小さい頃の伸一郎を想像しちょっと可愛く思った。
「それから人間に興味が出てな。人間ってどんな生き物なのか、観察するようになったんだ」
「あの。一応言っておくけど、伸一郎さんも人間だからね?」
宇宙人じゃないんだから。
彼は可笑しそうに笑う。
「分かってるって。でも人間より樹木の方が多い場所にいたから。どうしてもな」
人間が普段何を思い。何を感じて暮らしているのか。ちびっ子は。クラスメイトは。教師は。彼女は。彼氏は。
「特に寂しい奴、構ってほしい奴は分かりやすく信号を出しているからいいんだけど。辛いのに笑ってるやつは信号が拾いづらくて苦労したな」
「メンタリスト目指してんの? 伸一郎さん」
「しゃーねーだろ。観察が楽しかったんだよ」
ゲームや雑誌より夢中になっていった。
構いすぎると嫌がられるが、そのぎりぎりを見極めるのも面白い。
気がつけば下駄箱に手紙がよく入っていた。
「果たし状だった」
「あれ⁉ 今の流れだとラブレターだよね?」
要約すると、手紙には「お前のせいで彼女にフラれた」と書いてあった。その彼女さんとやらは先日抱いた相手だ。
「……」
「なんだその目は。ま。せっかく果たし状くれたんだし? 俺は校舎裏に行ったんだよ」
「普通行かないよ?」
校舎裏には鉄パイプやらで武装した同級生や先輩方が待ち構えていた。
「……どうなったの? 怪我したの?」
こわごわ聞いていると伸一郎はなんてことない顔で爪先をいじる。
「全員抱いた」
「何やってんのっ⁉」
なんっだこの性欲モンスター。同じ学校だった人に同情する。一ミリでも心配して損した。
「その時の一人といまだに交流あるぜ? 今度一緒に飲むか?」
「……」
「おいおいおい。何で離れるんだよ。酒苦手か?」
逞しい胸にすぐに抱き寄せられる。
ボフっと顔が赤くなる。
「う、あ、あ……」
「? のぼせたか?」
じっと顔を見つめてくる。こうやっていつも、藤行のことも観察して理解しようとしてくれていたのだろう。
「うおー。広い」
「朝風呂だー」
がらっと戸が開き、他の人が入ってきて驚いた藤行はパンチを放っていた。
「ぎゃああ離れろ!」
🐻
チェックインとなり、バスに戻っても伸一郎の機嫌は直らなかった。
周囲から会話が消えるほどの表情で、シートで足を組んでいる。
バスガイドさんですら下手に話しかけてこない。
地獄のような空気の中、バスは進む。
原因の藤行は滝のような涙を流していた。
「悪かったって。殴っちゃって……。人が来て恥ずかしかったんだって」
伸一郎が怖くて泣いているのではない。怖いけど。
彼がずーーっと藤行を抱きしめて放さないからである。
宿から出るときも肩を抱かれていたし、今も肩を抱かれ彼によりかかる体勢にさせられおまけに手まで握られている。
ラブラブカップルでもここまでしないだろうと思う、密着具合。
初めは羞恥プレイすぎて喚いていた藤行だが感覚がマヒしてくると、シートより伸一郎にもたれていた方が心地いいなと思うようになっていた。完全にマヒしている。
「伸一郎さん。ごめんな?」
殴られる衝撃を知っているのに、殴ってしまった。
なんとか不機嫌オーラを仕舞ってもらおうと、藤行も手を握り返す。
だが、彼の口から出たのはとんでもない言葉だった。
「さっきから何を謝ってんだ? お前」
吹き出すかと思った。
「はああっ⁉ お、だって。俺が殴ったから不機嫌になってるんじゃ……」
「不機嫌? ……あー。タバコ吸ってないからじゃね? すげーイライラする」
彼の踵が高速貧乏ゆすりをしている。
「…………」
ニコチン不足だった。
すごく脱力し、遠慮なく彼にもたれる。
「なんだよ。だからタバコ吸えって言ったのに」
「お前がキスしないって言うからだろ」
「……タバコより、お、おお、俺とのキスの方がいいの?」
「何を当たり前のことを」
嬉しい言葉だがこれは彼が藤行を観察して、「言ってほしい」と望んだ言葉をただ発しているだけ、なのだろうか。
(いやそんな。機械じゃないんだし)
ではどうして。甘くて優しい言葉を吐いてくる?
身体目的だから?
分からない。
藤行が伸一郎のことを分かっていないのは、観察不足なのだろうか。
身体はこんなにくっついているのに、彼の心がまるで見えない。
(告白する勇気が、無いから、かな)
告白したら捨てられる。
これが断崖絶壁となり、藤行の前に立ち塞がった。
ならば――今のままでいいじゃないか。
優しくしてくれて、構ってくれて、欲しい言葉もくれる。
この宙ぶらりんな関係のままで、いいはずだ。
捨てられて傷つくくらいなら、このままで。
昼過ぎに、バスは駅に到着した。
イケメンにハンカチを返すと「出会った記念に」となにかくれた。
「何もらったんだ? 銀行のカードか?」
「んな馬鹿な」
裏にはメアドと電話番号が書かれていた。
「お、おう。こういうの、初めてもらった。ちょっと嬉しい、かも」
なんせ友人がほぼいない。
「なんで俺にはくれないんだよ」
「欲しかったの?」
不満そうな伸一郎と手を繋いだまま改札を潜る。
男同士で手を繋いでいることに周囲の人がチラチラ見てくるが、藤行は伸一郎が目立っているだけだとマヒしていた。
「どうしたの? 食堂行くの?」
「タバコ吸ってくる」
ライターを探しながら一本銜える伸一郎に、藤行はぼそっとこぼす。
「ビールはまだ良いけど、タバコ吸った人と一日はキスしたくないな……」
ぺっとタバコを鞄の中に捨てると、藤行を小脇に抱えて部屋を出る。
「いやどこに行くの⁉」
「温泉行こうぜ」
「タバコは⁉」
「忘れた」
「さっき銜えてたじゃん!」
暴れても無駄だと分かっているので大人しくついて行く。
朝風呂。
時間帯が早いおかげか、人影はない。
「ふむ。人がいないんだし、セックスしても問題ないな」
「伸一郎さん。タバコ吸ってきなよ」
並んで身体を洗う。
ごしごしと全身泡で隠れるほど洗っている藤行に羊を思い出す。
「なんだお前。いつもそんなに洗ってんのか? よく肌無事だな」
「帰ったら青空が『兄ちゃんおかえり。好き(裏声)』って言って抱きついてくるかも知れないだろ! よく洗っておくのは当然のことだ!」
「……」
ツッコミを放棄して、ついでに髭も剃っておく。
「伸一郎さん、髭生えるんだね」
「お前は?」
「もちろん生えてるよ」
胸を張る。
泡で覆われた生物から顔を逸らす。
「……」
「無視しないでよ! ちょっと薄いだけで生えてるんだって! 生えてるって言ってよ!」
「泣くな」
適当にあしらわれ、洗い終えた藤行は半泣きで鼻まで湯に浸かる。
「ブクブクブク(伸一郎さんの馬鹿。髭男。うらやましい)」
「誰が髭男だって?」
「⁉」
聞こえないようにお湯の中で言ったのに。
露天風呂方面に逃げようとしたが、隣に来た伸一郎に捕獲される。
無かったことにしようとして顔を逸らす。
「そ、そんなこと言ってないもーん。俺はブクブクやってただけですぅー」
「じゃあ逃げんなよ。なあ? 藤行ちゃん?」
「……」
きゅっと口を閉じる。振り向くのが怖い。
彼に背を向けたまま肩まで湯に沈む。
静かだ。かすかに鳥の鳴き声がする。
「し、んいちろう、さん、さあ」
「あ?」
「昨日の夜。理性が決壊した後、な、なにしてたの?」
聞きたくない気持ちと何をされたのか知りたい気持ちが綱引きをし、勝ったのは知りたい気持ちだった。
伸一郎はにやっと笑う。彼が良くする笑い方。初めは怖かったのに、今はその笑い方が愛おしい。
「ギャアアアアッ!」
え? 何?
愛おしいってなんだ! こ、これじゃあまるでお、おおおおお俺が伸一郎さんのことすすす好きみたいじゃん……。
「……好き?」
自覚した途端、ストンと胸に何かが落ちた。
お湯に映った自分の顔を見下ろす。これはまるで恋をしたような、
「……」
「藤行?」
叫んでお湯で暴れて急に静かになった同行人に、伸一郎が「こいつ今日は一段とやべぇな」と若干慣れた顔で、そっと抱きしめてくれる。
「具合悪いなら脱衣所に運んでやるが。どうした?」
「………………」
無理。
絶対無理。
今、顔を見れない。
軽率に抱きしめるなよ! 心臓爆発するだろ。でも嫌じゃないいぃ……ッ!
「だ、だいじょうぶれす……」
顔を覆ってなんか言ってる藤行に呆れた目をするが、彼は無理矢理聞き出そうとはせず、黙って隣にいてくれた。
(そんなことされるとますます好きになるっ!)
誰もいないのを良いことに、藤行はそろそろと肩が触れ合う距離まで近づく。
「伸一郎さん。なんでそんなに面倒見良いの?」
彼はちゃぷっとお湯から腕を出し、考えるように顎を撫でる。
「あー? そうか? でも『面倒見良い』ってのはよく言われるな」
横を見ると「もっと聞きたい」と言いたげな瞳があった。
伸一郎はガラス張りから見える露天風呂の向こう、山に目を向ける。
「ガキの頃、ジジババと一緒に山の中の田舎で暮らしていてな。周辺に人は俺らと老夫婦と変な奴一匹しかいなくて。とにかく人がいなかった。都会に出てきたとき、人がいっぱいいるって驚いたな」
都会に来て、一番に出る感想がそれなんだ、と小さい頃の伸一郎を想像しちょっと可愛く思った。
「それから人間に興味が出てな。人間ってどんな生き物なのか、観察するようになったんだ」
「あの。一応言っておくけど、伸一郎さんも人間だからね?」
宇宙人じゃないんだから。
彼は可笑しそうに笑う。
「分かってるって。でも人間より樹木の方が多い場所にいたから。どうしてもな」
人間が普段何を思い。何を感じて暮らしているのか。ちびっ子は。クラスメイトは。教師は。彼女は。彼氏は。
「特に寂しい奴、構ってほしい奴は分かりやすく信号を出しているからいいんだけど。辛いのに笑ってるやつは信号が拾いづらくて苦労したな」
「メンタリスト目指してんの? 伸一郎さん」
「しゃーねーだろ。観察が楽しかったんだよ」
ゲームや雑誌より夢中になっていった。
構いすぎると嫌がられるが、そのぎりぎりを見極めるのも面白い。
気がつけば下駄箱に手紙がよく入っていた。
「果たし状だった」
「あれ⁉ 今の流れだとラブレターだよね?」
要約すると、手紙には「お前のせいで彼女にフラれた」と書いてあった。その彼女さんとやらは先日抱いた相手だ。
「……」
「なんだその目は。ま。せっかく果たし状くれたんだし? 俺は校舎裏に行ったんだよ」
「普通行かないよ?」
校舎裏には鉄パイプやらで武装した同級生や先輩方が待ち構えていた。
「……どうなったの? 怪我したの?」
こわごわ聞いていると伸一郎はなんてことない顔で爪先をいじる。
「全員抱いた」
「何やってんのっ⁉」
なんっだこの性欲モンスター。同じ学校だった人に同情する。一ミリでも心配して損した。
「その時の一人といまだに交流あるぜ? 今度一緒に飲むか?」
「……」
「おいおいおい。何で離れるんだよ。酒苦手か?」
逞しい胸にすぐに抱き寄せられる。
ボフっと顔が赤くなる。
「う、あ、あ……」
「? のぼせたか?」
じっと顔を見つめてくる。こうやっていつも、藤行のことも観察して理解しようとしてくれていたのだろう。
「うおー。広い」
「朝風呂だー」
がらっと戸が開き、他の人が入ってきて驚いた藤行はパンチを放っていた。
「ぎゃああ離れろ!」
🐻
チェックインとなり、バスに戻っても伸一郎の機嫌は直らなかった。
周囲から会話が消えるほどの表情で、シートで足を組んでいる。
バスガイドさんですら下手に話しかけてこない。
地獄のような空気の中、バスは進む。
原因の藤行は滝のような涙を流していた。
「悪かったって。殴っちゃって……。人が来て恥ずかしかったんだって」
伸一郎が怖くて泣いているのではない。怖いけど。
彼がずーーっと藤行を抱きしめて放さないからである。
宿から出るときも肩を抱かれていたし、今も肩を抱かれ彼によりかかる体勢にさせられおまけに手まで握られている。
ラブラブカップルでもここまでしないだろうと思う、密着具合。
初めは羞恥プレイすぎて喚いていた藤行だが感覚がマヒしてくると、シートより伸一郎にもたれていた方が心地いいなと思うようになっていた。完全にマヒしている。
「伸一郎さん。ごめんな?」
殴られる衝撃を知っているのに、殴ってしまった。
なんとか不機嫌オーラを仕舞ってもらおうと、藤行も手を握り返す。
だが、彼の口から出たのはとんでもない言葉だった。
「さっきから何を謝ってんだ? お前」
吹き出すかと思った。
「はああっ⁉ お、だって。俺が殴ったから不機嫌になってるんじゃ……」
「不機嫌? ……あー。タバコ吸ってないからじゃね? すげーイライラする」
彼の踵が高速貧乏ゆすりをしている。
「…………」
ニコチン不足だった。
すごく脱力し、遠慮なく彼にもたれる。
「なんだよ。だからタバコ吸えって言ったのに」
「お前がキスしないって言うからだろ」
「……タバコより、お、おお、俺とのキスの方がいいの?」
「何を当たり前のことを」
嬉しい言葉だがこれは彼が藤行を観察して、「言ってほしい」と望んだ言葉をただ発しているだけ、なのだろうか。
(いやそんな。機械じゃないんだし)
ではどうして。甘くて優しい言葉を吐いてくる?
身体目的だから?
分からない。
藤行が伸一郎のことを分かっていないのは、観察不足なのだろうか。
身体はこんなにくっついているのに、彼の心がまるで見えない。
(告白する勇気が、無いから、かな)
告白したら捨てられる。
これが断崖絶壁となり、藤行の前に立ち塞がった。
ならば――今のままでいいじゃないか。
優しくしてくれて、構ってくれて、欲しい言葉もくれる。
この宙ぶらりんな関係のままで、いいはずだ。
捨てられて傷つくくらいなら、このままで。
昼過ぎに、バスは駅に到着した。
イケメンにハンカチを返すと「出会った記念に」となにかくれた。
「何もらったんだ? 銀行のカードか?」
「んな馬鹿な」
裏にはメアドと電話番号が書かれていた。
「お、おう。こういうの、初めてもらった。ちょっと嬉しい、かも」
なんせ友人がほぼいない。
「なんで俺にはくれないんだよ」
「欲しかったの?」
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