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無礙
28 もうひとりくらい
しおりを挟む「はー。やってられませんよ」
ピリリと香辛料が効いた肉野菜スープを飲みながら愚痴る。
「ちょーっと寝て起きたら、レムナント様に変な虫がついてるんですから」
「……」
レムナントは飯食ってる場合ではないほど顔を赤くし、クリアは人生最大のドヤ顔を炸裂させていた。腕を組んで踏ん反りがえっている。天狗のように伸びた鼻の幻覚が見るほどだ。
ちょっと煮込みすぎかな、と静かに味わっている魔女っ娘に、ロイツはむうっと頬を膨らませる。
「なんで止めてくれなかったのですか」
「すまん。終始ガン見してた」
濃い金髪君があまりにも真剣だったもので。ひっさしぶりにドラマ観ているような感覚になって、夢中になってしまった。
観劇したいけど、そういうの行けるの貴族くらいだし。行っても貴族しかいないから暴れたくなるし。
こいつらが未成年根らなお良かったが、まあいいものを見せてもらった。
主(の弟)が取られて悔しいのか、ロイツはレムナントに詰め寄る。
「だいたい! レムナント様は〈優雅灯〉様が好きなのではなかったのですか⁉」
レムナントと魔女っ娘がスープを吹く。
「〈優雅灯〉様なら文句ありませんでしたよ! 金ランクで品がありますし、虫怖いですけどお強いですうぅ! 自信を持ってラーベナ様に紹介出来ましたもおおん」
どの立場で物を言っているのか、ロイツがダイナミックにのけ反って頭を抱える。
「それなのに!」
ウェーブのかかった濃い金髪を指差す。
「こんな……、こんなクリアさんを選ぶなんてえええぇぇ~。うわ~ん」
普段ならそろそろ怒り出すであろうクリアだが、余裕綽々で前髪をかき上げている。文句を言おうとしたのはレムナントだ。
「ロイツ。何をゲホゴホッゴホ、言う、ゲホゲホッ」
「おーい。落ち着けって」
スープが変なところに入ったレムナントの背を、わざわざ肩を抱き寄せて摩る。
「す、すみません」
「礼とか良いから」
さっそくいちゃつき出す青年ズに、ロイツが限界まで可愛い顔をしかめる。主人は気合でスープを飲み干した。
ロイツに二人を祝福する気は無いのか、すくっと立つと、二人の間にどしーんと腰を下ろす。
「どこ座ってんだ。邪魔じゃ、邪魔」
「邪魔はクリアさんじゃないんですくわぁぁ~ん???」
分かりやすく煽ると、今度こそクリアの顔に青筋が浮かんだ。
恋の話か。何十年ぶりだろう。ちょっと話に混ざってみたくなる。
ロイツ君の頬をみよーんしている青年の方を向く。
「では、きみたちは祝言を挙げるということか。一応袖すり合った縁だ。式には行けないが祝いの品は贈ろう」
改めて言われると、ふたりの頬が赤く染まる。ロイツは不機嫌に染まる。
「ま、だ祝言を、あ、挙げると決まったわけでは」
レムナントが何かごにょごにょ言っているが、主人は構わず続ける。
「だがきみは貴族の出なのだろう? もう一人くらいもらわないか?」
一夫多妻、多妻一夫など人族では王侯貴族くらいだが、獣人や蟲人ではよくある話。
「へ? もうひとりって……?」
「アゲハとか、もらってやってくれないか?」
割と真剣な顔の主人にレムナントはカァッと頬を染め、クリアはビキッと笑顔に青筋を増やす。
あのままじゃあの子。一生結婚とか無理だ。そのうち、「虫ちゃんと結婚しました。孫を抱いてください父さん」とか言って、虫モンスターの嫁さんを連れてきそうで怖い。本気で怖い。
話からして、アゲハに悪い感情を抱いているわけじゃなさそうだ。
このまま流れでアゲハも引き取ってくれないかな~?
熱を込めた瞳で見つめるが、ロイツを放り投げたクリアに遮られた。
腕をバッテンにする。
「はい駄目! 駄目です! そんなの認めませんよお義父さん!」
ぷっつーん。
「誰がお義父さんじゃボケがぁ! 貴様のような馬の骨のダシに、あの子はやらん!」
「どっちなんですか!」
「てめーじゃないんよ。レムだよ、レム! アゲハは好みじゃないかい?」
「好みなんかじゃないですよね⁉ レムナント様!」
二人に詰め寄られ、ロイツのほっぺで遊んでいたレムナントはぶわっと汗が吹き出す。
「お、お、落ち着いてください。とりあえずクリアさんは、様呼びやめましょう……?」
混乱のあまり関係ないことを口走ってしまった。
ドキッと、クリアが背筋を伸ばす。
「え? いいんですか?」
「……はい」
「不敬ですよふがもが!」
レムナントに口を塞がれている。ここまで可愛いと才能だな。
目を泳がせた後、クリアはレムナントと目線を合わせた。
「レ、レムナント、さま」
「やり直し」
「レム、ナント、さん」
「……はい」
目を伏せ、満足そうに毛先を弄る想い人に、クリアの獣が理性を押しのけて出てこようとする。
(あ、危ない!)
何とか抑え込んだが、あまりの可憐さに子どもの前で押し倒すところだった。危ない危ない。少女もいるってのに……いや、いないわ。この空間に少女居ない。
「それで、その。アゲハ様の件は。う、嬉しいのですが。アゲハ様は私のことは、眼中にないと思うのです」
魔女っ娘は髪先が地面につくほど項垂れた。
……そーなんだよなぁ。あの子が惚れてるのは、あの子のエースモンスターのマダム(でかい蝶)なんよな。
「はー。誰だよ。あんな虫野郎に育てたやつは」
クリアがそっと鏡を差し出してくる。
ありがとう。いらない。
ふと気づく。
「よく知ってたね。俺とアゲハの関係」
隠していないが言いふらしているわけでもないので、知っている者は少ないはずだ。
頬を掻きながら、レムナントはあからさまに視線を逸らす。
「レムナント様? 間違えた。レムナントさん? 何かあるのなら言ってください。隠し事は良くないですよ?」
肩を抱き寄せ、形の良い顎を掴んで自分の方へ向けさせる。
クリアと目が合ったレムナントは咄嗟に突き飛ばした。
クリアは少しよろけただけだが、ハッと我に返る。
「すみません」
「いえ」
クリアはすぐにぱっと両手を上げる。
「その……。クリアさんは積極的なので、近くにいられると、ドキドキするんです」
「……」
目元を押さえて幸せを噛みしめているクリア。
ドラマを見ている感覚の魔女っ娘は、仕事終わりのビールタイムのように頭を空っぽにして眺めていた。妻と並んで見るほどだったので、頭を真っ白に出来る。ストレス発散にいいなこれ。
「レムナント様が歳の割に初心なことを失念してたぜ。これからじっくり距離を詰めるようにしますね?」
「やり直し」
「えっ⁉ あ、れ、レムナントさん」
レムナントは彼に寄りかかる。自分からはぐいぐい行くくせに、クリアの顔は真っ赤だった。肩を抱くべきか、左手がうろうろしている。
ロイツは背中を向けていじけた。木の枝で地面に呪いのように「クリア」と「殺」の名を書いている。
見かねたレムナントが手招きした。
「何をしているのです。ロイツ。来なさい」
「ぷいっ! そんなんで僕の機嫌は直りませんよ!」
別人のように顔を輝かせ、レムナントの膝に飛びつく。表情と台詞が一致してない。身体は素直、というやつか。
「んんん~。いい香り」
「てめー。俺のレムナント様だぞ。感謝しながらくっつけよ?」
「クリアさん。うるさいです」
「そろそろぶん回すぞ」
「で? アゲハに聞いたのかね?」
すっかり忘れていたレムナントがピシッと固まる。
「あ、えっと……」
しどろもどろになり誤魔化そうと考えるが、三人の視線に観念した。
「あ、ああ、アゲハさんのこと知りたくて。しら、べていたことがあって」
もう、気の毒なほど真っ赤だったのでこれ以上は聞かないであげた。
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