初めての友達

水無月

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黒い小屋

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「お偉いさんの家か? これが?」
(帰れないよ。屋敷に、なんて)

 舌打ちと共にてめえ騙しやがったなと心の中で毒づく。聞こえているだろうけど。
 森の中にひっそりとたたずむ木製の小屋。黒い木を使ったのか黒い小屋は森の影に溶け込み、案内が無ければ気づけなかっただろう潜み具合だ。
 木漏れ日に小鳥の声。

「ここは……?」

 エンジンが切れ、ヘロヘロになってきた。階段を上がって扉を開ける。小屋の中は土と埃っぽい空気に包まれていた。

(おばあさまによく連れてきてもらった秘密の部屋さ。おばあさまは狩りが上手かったからね)
「……あっそ」

 ほとんど聞き流していた。壊れかけの身体を引きずり、ベッドに倒れ込む。大量の埃が舞い上がったが、気にすることもできずに眠りに落ちていた。

(右舷。君は何者だい? この国の人じゃ、ないのか?)

 返事はなく。静かな部屋に寝息だけが響いた。








 親も学が無かったんだと思う。金が無いのにぽんぽん子どもを産んでは、金が無いと怒っている。女が産まれれば小銭のために売り払う。
 可愛がっていた妹が次の日にいなくなるなど良くある話だった。その金は両親の酒代に消えていく。
 やがて子を産めなくなった母は捨てられ、親父も死んだ。残ったのは彼らの借金だけ。
 農具を手放し銃を握ったのは、暑い夏の日だった。
 弟が、俺の背中に声をかける。

「おれもやるよ」
「左舷。お前はこっちに来なくていい。手を汚す必要はない。俺に任せろ」
「二人の方が成功率高くない?」

 暑い陽射しに黒い影が落ちる。
 弟の手に、銃を握らせた。俺は兄貴失格だ。













(……)
「なに、泣いてんだよ」

 俺の記憶か夢か。
 覗いていたのか、ガーデアが泣いている。

(私は貴族でありながら……君たちのような貧しい子どもたちを、救えなかった)

 見下すんじゃねぇよ。確かに貧しかったけど、同情はいらない。俺たちは成人するまで生きることができたんだから、立派な勝ち組だ馬鹿が。

「思い上がるなよ? 三男坊如きが何をしたところで、世界は変わらない」

 だから気にするなと伝えたかったのだが、俺の口から優しい言葉など出てくるはずもなく。ガーデアのしゃくりあげる音を聞きながら天井を見上げる。
 腕を持ち上げると、銃など持ったことが無さそうな指が視界に映った。
 服は血まみれでシーツは泥だらけだ。
 気持ち悪くて、起き上がるなり服を脱ぎ捨てた。

「おい。予備の服とか、無いのか? お偉いさん」
(……っ。うっ。……)
「いつまで泣いてんだ! シャキッとしろ」
(うう……)

 美人が泣くな。損した気分になるだろ。
 心の中のガーデアの背中を叩きまくる。泣かれたら、どうしたらいいのか分からない。どうしてたっけ……妹が泣いた時。
 思い、出せねぇな。俺には妹を思い出す資格も無い。
 脳内ガーデアをあちこち叩きまくっていると、ようやく涙の雨が止んだ。

(クローゼットの中に、うっ、いくつか入ってるはず)
「クローゼット?」

 武器の名前か?
 ガーデアが指差す方向に長方形のドデカい箱があった。開けると服が数枚、入っている。

「よしよし」
(右舷。君って、普通に歩いてるけど、怪我は?)
「は? 治った」

 これより酷い怪我でジャングルを数週間彷徨ったアレに比べれば、治ったも同然だ。いつまで怪我の話をしているんだこいつは。

(……)

 ガーデアが宇宙人でも見るような目を向けてくる。そういう表情も美しいな。

(馬鹿)
「なに照れてんだ。気持ちワリィ」
(美しいのか気持ち悪いのか、どっちなのさ)

 ころころと、口元を押さえて身体を揺らしている。

「やっと笑ったな」
(っ! ……)

 愕然とした表情を見せたのち、長い髪で隠すようにガーデアがうつむく。まあ、こいつは自殺するほど辛い目にあったようなのに、俺の過去をちょっと見ただけで泣いてしまうようなお人好しだ。死んだくせに、笑った自分が許せないのだろう。
 俺はもっと笑っていいと思うがな。
 汚れまくった身体を拭うこともせず、新品の服に袖を通す。

(あああ……。私が生きていたら、君をお風呂に放り込んであげたい)

 だから見下すなっての。

「なあ、美人さん。左舷っていう男を知らないか? 俺が……いやその前にここはどこなんだよ」

 おぼつかない手つきでボタンを留めながらイラついたように叫ぶ。

(この国の人じゃないようだね。ここは、オルガン。我が王が治める国さ)
「オ、オルガン?」

 冷や汗が流れる。
 地球に、そんな国があっただろうか。無知な俺では周辺国や近隣の街の名前しか分からない。誰か、地球儀を持ってきてくれ! くるくる回すから。

「地球の、どの辺だ? 英語圏か? 俺の国の近く?」
(ちきゅうって……?)

 ゾッとした。
 い、嫌だ。俺は、地球という世界にすら、いないというのか。
 足元が、崩れていきそうだ。
 膝をついた俺に、ガーデアが狼狽える。

(どうしたの? やっぱり傷が痛む……?)

 ――嘘だ。左舷! 左舷は⁉

 どれだけ遠い国にいようと、地球にいるのなら再会できると信じていた。あいつもどこかで蘇っているはずだと。俺みたいな人殺しでも身体を得ることができたんだからあいつだってきっと……きっと。

「……ッ!」

 目が、ぐるぐると回る。吐き気がする。
 俺より銃の扱いが上手くて、欠けた歯が見える笑顔が好きで。でも馬鹿だから作戦はいつも俺が考えていて――
 隣に居るのが当然すぎて、空気というか、自分の半身のように思っていた片割れ。

(……)

 俺の無様な姿に、オロオロしていたガーデアがきゅっと唇を結んだ。

(ねえ。右舷。その、左舷という子の特徴を教えてもらえるかな)
「え?」

 美人はわざわざしゃがむと、俺に目線を合わせて微笑した。

(私も、手伝う)
「……」
(君のそんな姿、見たくないし。ね?)

 笑みが零れた。

 ――なんだよ。俺らまだ知り合ったばかりじゃん。それなのにそんなこと言うのか。

 見下されるのが嫌いなはずなのに、ガーデアの言葉はあたたかかった。

「……」

 それなのに。こんなお人よしを死に追いやったマヌケがいるのか。
 くっと暗い感情が鎌首をもたげそうになるが、蓋をして隠す。ガーデアに悟られないように。
 彼が笑っただけで、元気が出た気さえする。

「さて。落ち込むのにも飽きたな。左舷を探そう」

 手を払って起き上がる。床が埃まみれで手が真っ白だ。

「そうそう。左舷の特徴だったな」
(うん)
「あいつは俺の顔を――」

 って、俺はいま「ガーデア」なんだっけ。
 顎に指をかけて左舷を思い出す。

「ああっと。えっとな? 性格はな? 適当で雑で脳筋だが、俺より強くて冷徹だ。誰かを傷つけることに躊躇いが全くない。戦場でも死体の前でもお構いなしに飯が食える。そんな奴に心当たりないか?」

 ばっと振り向くと、ガーデアと目が合った。

(……)
「……」
(……)

 ――やばい。

 ガーデアがめっちゃ引いてる。
 ガーデアだから「うわっ」と言いたげに顔を歪めてはいないが、笑顔で固まってしまっている。そうだよな。俺だってそんな人知りませんかと聞かれたら失せろボケとしか言えないわ。
 相手は箸よりも重い物を持ったことが無さそうなお偉いさんだ。もっと言葉を選ぶべきだったか。でも選ぶほど言葉を知ってるわけじゃないし。ミスったか。ガーデアと心の距離を感じる。
 汗を流しまくった状態で固まる。
 しかしガーデアはゆっくりと頷いた。

(な、なるほどね)

 声はひっくり返っていた。

(――本人か分からないけど、一人だけ、心当たりはあるかな)
「マ、マジで⁉」

 いるわけないだろそんな奴、と言われるのを覚悟していたのに。まさかの心当たり有り、だと⁉ 夢か?

「いででで」
(なんで私の(身体の)頬を引っ張ってるの? ……多分、だけどね)
「間違ってても怒らねぇよ。案内してくれ!」

 ガーデアが苦笑する。

(難しいよ)
「はあ? なんで? 遠い国なのか?」
(だって。この国の王子様なんだから)
「……」

 ――お、王子⁉

 地球のゴミだった俺の片割れががが、王子⁉

 何の間違いだ? あいつだけ雲の上に転生したってのか。どうでもいいわ。生きてるのならどうでもいい。

「会えないのか? 美人さんだって、お偉いさんなんだろ?」
(うーん……。気軽に人前に出てくる御方じゃないし。不用意に近づいただけで罰された令嬢の話も聞いたことがあったから。周囲からは恐れられてる、かな)

 ガーデアの身体で腕を組む。骨や関節がメキッと鳴ったが気にしなかった。

「それだけ聞くと、ますますあいつ(左舷)っぽいな」

 弟は身内以外の人間を極端に嫌っていた。話しかけてきたというだけで顔面を殴るなど日常だった。当時はまーたやってら、としか思わなかったが。

(あ)

 ガーデアの頭上に豆電球が灯る。違う世界でも何か思いついた際は電球式なのか。

(そうだ。今度、キース様の結婚式があるんだ。そこの会場に潜り込めたら、ご尊顔を拝めるかも知れない)

 でも、警備が厳しいし無理だよね、と勝手に諦めて肩を落としている。

「誰?」
(え? あ、ああ。そっか。ごめんよ。その、王子様のお名前さ)

 左舷はキースになってるってことか。

「いや、いい。潜り込む。場所とか、知ってること全部教えてくれ」

 けろっと言い切る右舷に、ガーデアはぱちくりと瞬きした。
 遠慮なく俺はまじまじと眺める。

「ほほーん? そういう顔も悪くねぇな」
(ばっ馬鹿馬鹿)



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