初めての友達

水無月

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別れと再会

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 数日後。
 キースが小屋に訊ねてきた。一人で城を抜け出そうとしたが無理だったようで、護衛が周囲を固めている。

「くそ。どこ行っても先回りしてやがる」
「当然でございましょう」

 よくあることなのか、護衛頭の声に棘がある。
 キースはどかどかと入ってくると、干したてのシーツの上に腰を下ろした。

「見つけたぞ。ガーデアを死に追いやった馬鹿を」
「もう⁉ 仕事早すぎだろお前」

 肉を齧りながら王子にタメ口の俺に、護衛達は卒倒しそうにふらつく。
 髪や肌を整える習慣など無い「右舷ガーデア」は、たった数日でみすぼらしさがアップしていた。でも美人さんは何も言わないし、キースもどこか嬉しそうだ。昔を思い出すからだろうか。
 キースはくすりと笑う。

「食事中だった?」
「いやいい。話を聞かせろ」

 無駄に長い足を組む左舷。

「魔法使い至上主義の貴族だった」
「魔法……」

 確か、美人さんは魔法が使えないはず。ちらっと盗み見ると、ガーデアはうつむいていた。

「名前は?」
「イグル。アーリア家の当主だ」

 ほーん。覚えたぜ。

(右舷……)
「そいつは魔法使い以外の人間を露骨に見下すのだが、あろうことかガーデアに恋をしたようでな」

 美人さんが盛大に吹き出している。その反応の大きさに俺の肩がびくっと跳ねた。まあまあ。そんだけ美人だったら、恋しちゃう女性の一人や二人……

「どんな美女だよ」

 左舷は首を振る。

「男だ。それもガーデアの父君と同い年の」
「「「……」」」

 護衛達の顔色まで悪くなった。
 この手の話は珍しくもなんともないと思う。これは俺がおかしいのか俺の生きてきた環境が狂っていたのか。でも個人的に胃の中の肉が逆流しそう。
 美人さんの派手なリアクションの意味が理解できて苦しい。
 通夜のようになった室内で、空気の読まない(読めない)左舷だけがくつろいでいる。

「兄貴?」
「続けてくれ」
「しかしイグルにとって、ガーデアは見下す対象である魔法が使えない人種だ。恋と憎悪の感情で悩み、結果、イグルは好きな子をいじめるおじさん、になってしまったようだな」

 ――なんだろう。この地獄みたいな話は。美人さんが放心してしまっている。聞いてないフリをしている護衛達は癒しでも求めるように森の木々や小鳥さんを眺めてしまっていた。

 美人さんが生きていたら飲み会にでも連れてってやりたい。記憶飛ぶまで飲ませて色々世話を焼いてやりたい。

「なあ、左舷。……キ、キース様」
「いい。左舷で。俺以外の男の名前呼ばないで。殺したくなる。誰だよキースって」
「お前だよ‼ 左舷。この世界って、そんなに魔法が重要なのか?」

 左舷は自分の隣のスペースを手のひらで叩く。同じベッドに、それも隣に座ってほしいらしい。ここで機嫌を損ねて帰られても困るため、俺は床から腰を上げた。
 弟の横に座る。
 と、即座に押し倒された。

「ちょいちょいちょいちょい!」
「なに油断してんだよ。それとも、こうされたかった?」

 首筋にキスを落とされる。やーめーてー。俺は観客がいるとクッソ萎えるんじゃ! ああ、美人さんが暖炉の中に頭を突っ込んでしまっている。戻っておいで美人さん‼ そんなとこに頭入れるな。

「左舷! こんな状況じゃ、可愛がってやれねーぞ」

 必死に小声で伝えるが、弟は腹の立つ笑みを広げる。

「いや~。なんか嫌がってる兄貴に興奮するっていうか……。嫌そうな右舷が新鮮だなって」

 変なものに目覚めるな!

「なに? 情報聞きたくないの? いいの? 俺の機嫌損ねちゃって」

 護衛さんたち助けて‼

「早く話せよ」
「兄貴が大人しくしていたら、ね」

 胸の上にそっと手を置かれる。
 普段なら小さくとも反応していたが、萎え切っているため表情すら動かない。
 だが左舷は嬉しそうだ。圧し掛かる勢いで密着してくる。……あれ。こいつ、甘えたいだけなんじゃ……
 勝手にそう思うと急に可愛く思えてきた。耳や頬にキスしまくってくる弟の髪を撫でてやる。

「で?」
「ああ。魔法な。俺はたまたま使える側だったが……。重要かどうかで言えば戦争時くらいかな。人を傷つける魔法が多いし。例外は聖女の奇跡くらいか。だから区別はしても差別する意味がわからないな」

 まあ、な。魔法が使えなくとも武器で相手を殺せばいいだけだ。そりゃ使えた方が便利なのだとしても、そこまで違いはあるか?
 あくまで、魔法を見たことも無い俺の感想だけどな。
 なにせ左舷が使えない側だったら、魔法使えない人を差別している奴らは反逆罪、不敬罪? になっちまいかねない。王族なんて悪口を言っただけで首飛ばしてくる連中なのに(当然)。
 左舷はさらりと前髪を払う。

「ま、俺は差別はしない。――が、くっそ見下しているがな」
「……」

 そうでした。こういう奴なんでした。
 青白磁の髪にチョップを落としておこう。

「兄貴は? 使えないんだっけ?」
「使えない」

 使いたいとも思わないが、それは俺がこの世界に来て日が浅いからそう思うだけか。美人さんはいつになったら暖炉から出て来てくれるのか。頭隠して尻隠してないから、興奮するんだけど。
 他の男を見ていると、左舷にがじがじと耳を甘噛みされる。

「で、だが。イグルは牢屋にぶち込んである。あとは兄貴が煮るなり焼くなり吊るすなり好きにしてくれ」
(えっ?)
「美人さんを死に追いやった証拠でも出たのか?」

 そうでもなきゃ、いくら王族でも貴族の一人を牢に押し込めるはずが……いや、その辺は詳しく知らないけども。
 キースは平然とのたまう。

「なんかキショかった罪でぶち込んだ」
「おい。王族。暴動が起きるぞ」
「冗談だ。調べたら、魔法が使えない使用人や民草まで手にかけていた証拠がぼろぼろ出てきた。使用人は貴族の持ち物だから好きにすればいいが、民は俺の所有物だ」
「……」

 王様。まだこいつに王位を譲らないでください。

「王子である俺の物に手を出したんだ。即日処刑でも良かったが……。ま、兄貴の頼みだしな」
「……おう」

 こいつすげー独裁者になりそうで怖いんだけどよぉ~。やめろよ? フリじゃないぞ? この国で俺も暮らすんだから。お前には住みやすい国(居場所)にしてもらわないと。

「分かった。ありがとな、左舷」

 やわらかな髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜてやる。護衛の一人が前に出かけたが、護衛頭に止められていた。
 キースは狐のように目を細める。

「ふっ。礼ならその身体で、たぁーっぷりしてくれりゃいいさ」

 かわいくねー。
 まあ、いい。今、俺の機嫌はいいんだ。

(待たせたな、美人さん。殺戮ショーを見せてやるよ!)

 話しかけるも、ガーデアからの返事は無い。

(美人さん?)

 脳内のガーデアは薄れて、消えかかっていた。
 嫌な予感がぶわっと噴き出す。

(どうした⁉)
(……もう、消えるみたい)





 彼は自分の手のひらを見つめていた。




(はあっ?)

 え、なんで! そんな急に……

(結末、見届けようぜ! 絶対あんたをすかっとさせて……)
(ううん。違う。多分、満足したから、成仏するだけみたい)

 美人さんのあたたかな声が、ところどころ聞こえなくなっていく。
 真っ白になった頭で、俺はガーデアを抱き締めていた。繋ぎとめるように。だが、その感触は薄まっていく。
 そんな。ずっと一緒にいるんだと思ってたのに。

(……っ、何か! 何か俺にできることあるか? 他に未練があるなら、俺がッ‼)

 友達だと思えた。
 こんな俺にも、あたたかな友人が出来たんだと胸を張れるはずだった。
 ガーデアも抱きしめ返してくる。

(魔法が使えなくて、家でも居場所は無かったんだ。そんな私が、ここ数日が人生で、一番、楽しかった)
(じゃ、じゃあさ! 今度酒でも飲みに行こうぜ。左舷は王子なんだから、秘蔵の酒でも出してもらってさ!)

 ガーデアが頬を撫でてくる。俺は反射的にその手を握りしめていた。

(ガーデア‼)
(初めて、名前呼んでくれたね)

 俺の目は凍り付いた。友人だ何だと言っておきながら、名前一つ呼んだことがなかった事実に。

(……)

 駄目な俺を、美人さんは包み込むように笑ってくれた。

(しょうがないね。私の友は。……ねぇ、右舷。別の世界の君が、生まれ変わったというのなら。私も、またここに、戻って、こられるかな)

 俺は何度も頷く。

(ああ。絶対! つか、戻ってこいよ。なんでもいい。ネズミでもなんでもいいから生まれ変わってこい! 待ってるから‼)

 人殺しの俺が泣くなど滑稽でしかないのに、涙は耐えず溢れてくる。

 ガーデアが消えていく。

(……ありがとう。さようなら)
(くそ……!)

 腕の中に、何もいなくなる。俺は自分を抱き締め続けた。






 彼の魂が消えたことで、この身体に留まっている俺にガーデアの記憶がどっと流れ込んできた。脳がパンクした俺は気を失ってしまったようで、左舷に心配をかけてしまった。

 しばらく喪失感で蹲っていたが、そうしていても何も変わらない。

「左舷。牢屋に案内してくれ」
「お、兄貴。やっと出てきたか」

 にっと白い歯を見せて笑う弟が出迎えてくれる。
 俺は、殺気を抑え込めなかった。















 数年後。
 俺は都会のレストランで働いている。
 慣れた農業をこなし、田舎でゆっくり暮らすことも考えたが、やはり夢は捨てきれなかった。左舷はしつこく城務めを勧めてきたが……仕事内容が夜の相手だったので逃げてきた。絶倫野郎の相手を毎晩していたらケツが壊れる。
 レストランの床は舐められるほどきれいに磨き、皿は鏡のようになるまで洗う。下っ端なので掃除ばかりだが、人を殺さなくても、金がもらえた。初給料日。手を汚さずもらった金に感動して、店長の前でひっくり返った。

「ウゲン君⁉」
「……金だ。きれいな、金だ」

 俺はガーデアの名前を捨て、ウゲンとして生きている。
 美人さんは元々お屋敷からあまり出ない方だったようで、ちょっと外見を変えれば誰も気づかなかった。そんな事よりも、王子様がたびたび訪れるようになったため、客足は倍増。しかも俺に接客をさせるのが楽しいのか、毎回指名してくる。指名制じゃないし、俺まだ接客もできない下っ端なんだけど。
 王子の怒りを買いたくないのか、あのアホが来店すると店長にガンバッテネとウインクされる。良いけどその分、給料多めに下さらんか?
 慌ただしい毎日に、時間などあっという間に流れていく。

 休日。

 俺と左舷は黒い小屋でお茶を楽しんでいた。
 日々の疲れを、こうやって癒すのが俺たち兄弟の日課になっていた。左舷は、ただ俺に会いに来てるだけかもしれんが。護衛の人たちにもお茶と茶菓子を持って行こうとしたが、左舷が嫉妬しまくったので、ぺこりと頭だけ下げておく。
 コトッと、水の入ったカップを置いた。

「はぁ~。店長に新しい紅茶の試飲頼まれたけど、全部吐いたの勿体なかったな~」
「断れよ。アホなの?」
「食べ物を断るという機能が付いてないんじゃ」

 今日は天気が良いため、外にテーブルと椅子を持ち出してビアガーデン風にしている。王子が椅子を運ぼうとしたら護衛の人が滑り込んできたのが面白かった。筋肉あるんだから、椅子くらい持たせろや。甘やかすな左舷を。
 ぼうっと空を見上げる。
 美人さんを見送ってから、三年。

 ――俺は諦めてないからな。

 生まれ変わったガーデアが俺のこと忘れていても、うざ絡みしてでもまたお前と友達になってやる。覚悟しろよ……

「なんか、今、声しなかった?」
「したな」

 左舷と顔を見合わせる。
 キースが護衛に目を向けると、彼らも頷く。
 しかし武器は握らなかった。どうもこの声、赤ん坊の泣き声のような……
 席を立つと左舷もついてくる。やぶをかき分け、声の方に進んで行くと、タオルにくるまれた物体が森の中に落ちていたのだ。
 俺たちを制し、まず護衛達が駆け寄る。
 タオルの中身を確認した護衛頭が片手を上げた。

「赤子です。人間の」
「えっ」

 俺と左舷は駆け寄ると、側でしゃがむ。ふわふわのタオルに包まれた赤子を見た途端、俺の目からぼろっと涙がこぼれた。

「ったく、兄貴を待たせやがって」

 拗ねた顔のキースが赤ん坊の頬を指でつんつくする。赤子はくすぐったそうにふにゃっと笑った。
 赤子のうっすらと生えた髪はアンバー色で、瞳も、ガーデアのものと全く同じ色。
 護衛頭はそっと赤子を俺に渡した。俺はふんわりした生き物を抱き締める。

「……ッ、ガーデア……!」
「ふぎゃあ、ふぎゃあ」

 無邪気に笑い、赤子は涙と鼻水まみれの俺の顔をばしっと叩く。いてえ。
 護衛達は空気を読んで、俺たちの傍から離れていく。

「王宮で預かろうか? それか、エルシィの孤児院に放り込む?」
「どっちも却下じゃ! 俺が育てるっ」
「ええ? 兄貴大変だよ」

 子育ては大変なのは百も承知。でもあの両親だって子どもを育てる? ことができたんだから、俺にだってできるはず。

「捨てられたのか? 美人さん。ごめんな? 左舷王子がしっかりしてないから。口減らし、かな?」
「いやちげーよ。兄貴、そのうち俺の子どもも産まないといけないのに、大変だろって話」

 こいつはなーーーにを言っとるんじゃ。

「おっまえ! 教育を無駄にすんなよ!」
「はあ? こっちには神の奇跡が味方についてんだぞ? 男性を身ごもらせることくらい、朝飯前だよ」

 ちゅっと頬にキスしてくる。こっわ……。この弟。
 俺は赤子をしっかりと抱きしめた。

「あーう」







【完】

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