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久しぶりの兄弟喧嘩――完敗
しおりを挟む「兄貴は? 今後どうするの? そのまま、貴族として生きていく?」
「無理。十八年教育を受けてきたお前ならともかく、俺に貴族の真似事はできない。なあ! うまいこと死んだことにしてくれんか? 復讐を終えたら……えーっと。仕事探して静かに暮らすわ」
悪くないかもしれない。普通……普通って憧れるぜ。普通の仕事をしてみたい。
(右舷)
人殺ししまくりてぇ~と俺が言いださなかったことに安堵している様子。約束はできないけど、美人さんの身体で人を殺すのは、控えるよ。命の危機が迫るならともかく。
キースは快く頷く。
「そっか。じゃあ、俺は兄貴を、じゃなくてガーデアを追い詰めた馬鹿を探すの、手伝えばいいんだろう?」
「……」
右舷は眉を顰める。
「どうした? 兄貴」
「物分かりの良いお前がキツイ。お前、本当に左舷か?」
ガーデアも驚いた顔で国宝顔面王子に目を遣った。
キースはへらついた笑みを消す。纏っていたお調子者オーラが消え、この国の王子が俺の前に立つ。
「はあ。相変わらずの野良猫だな、兄貴」
面倒くさそうに前髪をかき上げる。乱れた髪の隙間から見下ろしてくる、冷たい目。
あ、この圧はやっぱ左舷だわ。
「俺が何か企むとすーぐ感知するもんな」
手袋に包まれた手で腕を掴まれる。
「左舷?」
ぐっと顔を近づけてくる。高い鼻が、鼻先に触れそうになった。
「今は俺が王子。立場も何もかも俺の方が上だ。……この意味、わかるよな」
「は、え⁉」
力づくで引きずって行かれる。
(右舷? 兄弟喧嘩?)
心配そうな顔をするガーデアに何か言う暇もなく、クッションが散乱するソファーに突き飛ばされた。
「おい‼ これは美人さんの身体なんだぞ! もっと丁重に」
「黙れよ」
起き上がろうとした俺の腹に、長い足が跨ってくる。いや、美人さんの足も長いけど、自分では見られないからあんまりそう思わない。
両肩を掴まれ、クッションに押し付けられる。
「っ、おい」
「なんだよ。逆らってみるか? 兵共がすっ飛んでくるぜ?」
長い指が首筋をくすぐる。俺は顔をしかめ、ガーデアは「????」状態だった。
「やぁーっと右舷に会えたんだ。今夜は好きにさせてもらうな?」
アンバー色の髪を指で掬ってくる。
笑みを作ってはいるが、俺は冷や汗が止まらない。
「ん、なあ。お前今日、結婚式台無しになった直後だよな? この世界で十数年暮らしてて、あの銀髪女性とも親しかったんじゃないのか? 裏切られてショックとか……そういうのは、無いの?」
「誰の話をしているんだ?」
「……」
首を傾げると、青白磁の髪がさらっと流れる。
十八年。十八年って結構長い年月だと思うけど。ほぼ二十年。地球にいた時と同じ時間を「キース」として過ごしても、根っこは変わらない、か。
「俺が好きで、愛してるのは右舷だけ。それは変わらないし、つーか、知ってんだろ? ボケたか」
(っ!)
ガーデアが「どどどういうこと⁉」と言いたげにキースと俺を交互に見てくる。落ち着いてほしい。弟はちょっと……。俺のことが好き過ぎるだけで……。
俺は若干諦めたようにはっと鼻で笑う。
(懐かしいかも。地球でもこうやって性のはけ口にされてたっけ)
(はいっ⁉ ごっ、血の繋がったご兄弟ですよね?)
美人さんの反応からして、やはり兄弟間でのいちゃこらはあんまり良くない事なのか。教育のきの字も受けていない俺では……って。
「左舷! お前は上等な教育を受けてたんだよな?」
「は? まあ。王子としてやってけるくらいには」
「なら! 兄弟でこういう事したらいけないって……」
「で? 言いたいことはそれだけか?」
俺の言葉をぶった斬って、ご飯をお預けされた狼のような眼光で突き刺さしてくる。青ざめたガーデアは俺の背中にこそっと隠れた。俺も隠れたいけど、上に王子が乗っかっているので動けない。
「……」
黙った俺を見て覚悟完了したと思ったのか、顔をわずかに斜めにすると唇を押し当てようとしてくる。寸前で手のひらを差し込んで阻んだ。
「は?」
(やめて! 見てるから。美人さんが見てるからやめい!)
地球にいた頃は「左舷だしいっか」と軽いノリで受け入れていたが、見られるのは好きじゃないぞ! そんなプレイお断りだ。美人さんは手で顔を隠しているが、指の隙間から見てくるめっちゃ見てくる。見んな!
邪魔くさそうに手を払われる。
「手のひらにキスしたいわけじゃないんだけど」
「左舷! この身体俺のじゃないし、左舷も見た目変わってるし。ちょ~っと抵抗が……」
「兄貴そんなこと気にするような繊細人間じゃないだろ。繊細な人に謝れよ。人の形していたら泥人形でも人間判定するようなガバガバ具合だったじゃん。頭打った? あ、ガバガバってのは尻の穴のことじゃなくて」
久しぶりに殴り合いの喧嘩をした。
美人さんは駄目だこりゃと言いたそうな顔で見学していた。
「いてぇ~」
美人さんの顔で俺は床に倒れていた。
元から強かったのに、そこから更に英才教育を叩き込まれた左舷は一段も二段も強くなっていて、もはや敵わない。昔は腕を捻ってやめさせることもできたが、今はもう、無理だな。
攻撃を当てられたのは初めの一発だけだった。それも打点をずらされてダメージを押さえられるし。
「満足した?」
小馬鹿にするように弟が笑うと、シャツを引き千切ってきた。
(ぴあっ⁉)
「左舷!」
美人さんが乙女のような悲鳴を上げるが構っていられん。キースの手首を掴むも、振り払われ、拳を振り上げる。
殴られる! と目を閉じたが、衝撃は襲ってこなかった。胸ぐらを掴まれると、唇を奪われた。
「!」
(⁉)
「ふふっ。懐かしい。右舷の味がする」
怪しい笑みで上唇を舐める。いーや、美人さんの味だウッ!
頬を膨らませたガーデアから良い一撃が飛んできた。
「観念しろよ。馬鹿兄貴」
胸ぐらを掴まれたまま強引に立ちあがらせられる。
こいつ! 見た目王子の癖に中身ゴリラじゃねーか!
引きずって行かれたそこにはベッドが。キングのサイズだ。寝るのにこんなでかいスペースいらんだろ。
「やーめろって! 美人さんが見てっから!」
「俺は見られていても興奮するけど。見せつけてやれば?」
「俺は見られたくない」
目を見てはっきりと伝える。
左舷は舌打ちすると手を放した。俺は尻から床に落ちる。
「いでっ」
「ま。この世界に来て日が浅いみたいだし。もうちょっと落ち着いたら抱いてやるよ。復讐が終わってさっぱりした記念とかに」
いえ、結構です。
王子は膝をつくと、俺の瞳を覗き込んできた。
「そこにまだガーデア、いる?」
「え? お、おう」
「ガーデア。お前を追い詰めた馬鹿は?」
(!)
美人さんが飛び上がっている。
「左舷。美人さんがまだ俺の中に居るとかいうオカルト話、信じてくれてるのか?」
「兄貴だけは無条件で信じることにしてるから」
おいやめろ。うっかり抱きしめるところだっただろうが。
(美人さん? 言いたくないなら良いよ。それを左舷に伝えてやるし)
(……右舷)
「兄貴。ガーデアはなんと? 通訳してくれ」
「おう。ちょっと待ってな」
ガーデアの言葉を待ち。キースは俺の言葉を待っている。
暇になってきたのか、左舷が甘えるように抱きついてきた。俺は当然のようにその背中をぽんぽんしてやる。顔を逸らした美人さんが顔を覆ってしまった。
――おいおい。こんなことで赤面していたらからかってやりたくなるじゃん。
キースが体重をかけてくるので、俺は床に転がった。弟は平気で俺の上でくつろいでいる。懐いた動物のように顔や髪を擦り付けてくるので、いい香りが胸いっぱい。でも、重たいです。
(美人さん? もしかして思い出せない?)
(ごめん。私は誰かを恨みたくないし、復讐なんてしてほしくない。言えない、よ)
友達が少なかった俺はすっかり美人さんを気に入っていた。こんな美人であたたかな声の持ち主を。
私的な理由でぶん殴らないと気が済まない。
(じゃあ、復讐じゃないから。俺の身の危険を回避するために教えて?)
(……右舷なら大丈夫そうだから教えない)
ぷいっと顔を背けやがった。おうおうおうおう。お前に身体があったらくすぐり地獄をお見舞いしてっからな⁉ あと、なんだその理由は。
(王子の命令なのに、言えないのか?)
(申し訳ございません)
キースに向かって頭を下げている。
はあ、と息を吐くと、サラサラすぎる髪に指を通した。
「左舷。美人さんは言いたくないらしい」
「そう。ま、いいよ。王子パワーで探し出すし」
頼もしいな~。
「見つけたら、そいつの村ごと焼き払っておくか」
物騒な提案をする王子に、ガーデアが高速で首を振っている。やめてと言いたいんだろうが、見えてないし届いてないぞ。
(右舷。止めてよ)
「左舷。待て。簡単に殺すな。俺に引き渡せ。地獄を見せてやる」
(うううう右舷⁉)
左舷はにっと笑う。
「オッケー」
(ほあああ! キース様‼)
取り乱している美人さんが面白い。
「兄貴は? ここで暮らす? メイドに紛れ込めるようにしてやるけど?」
「兄貴にメイド服勧めるんじゃねーよ。せめて執事だろ」
「愛人が良い?」
「だまれー。誰が城勤めしたがるんだよ。都会で暮らしてみたい。都会で」
キースが頬に口づけしてきた。
(ほぎゃっ)
「言うこと聞けよ兄貴。牢にぶち込むぞ」
「お前こそ。兄貴の言う事聞け」
キースはやれやれと俺の上から退けた。
「そいつが見つかるまでは、適当な部屋を貸すから。兄貴はそこで――」
「あ、いい。美人さんの隠し部屋があるから。そこに潜んでるわ」
「え、おい!」
部屋を飛び出して廊下を疾走する。
美人さんの黒い小屋。あそこ結構気に入ってるんだよね~。こんな目の回る城なんぞに長居できっか。
(右舷。キース様が悲しそうなお顔をしていらしたよ! いいの? 会いたかったんでしょ?)
「顔に騙されんな。あいつは甘やかすと甘やかした分つけ上がるんじゃ」
生きていると分かっただけで俺は満足だ。
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