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2C 儚の幽体と古迷宮

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 C-1  初めての儚 儚の参戦
 C-2  生徒会と揉める 嘉紀が役員を断わる
 C-3  洞窟の古迷宮 その想念に探検家が引っ掛かる  
 C-4  謎の集団 白人、東洋系  奥義発動
 C-5  保護だけの能力 種族保護の延長


  C-1  初めての儚

五月のある日、嘉紀に仕事の依頼が来た。プログラムの関係では無い。
ある秘密組織から、時々依頼が来る。これは、極秘の仕事で有る。
嘉紀は、儚へ電話を入れた。
「儚、10日程出掛けるからね。帰ってきたら電話を入れる。」
「何処へ行くのよ。危ない事は止めてよね。」
「僕の身体は、大丈夫だから。」
儚は、気に入らない様子だが、ある組織が、嘉紀に選んだ案件である。
「山臥さん、中学の時から時々休んで居るよね?」
「気が付いていたか?  僕にしか出来ない仕事なんでね?」
嘉紀には特殊な能力が有った。人類保護に限定されては居るが、役には立つ。
嘉紀から、ある範囲なら、人間の生命を護る事が出来る。ただ、その能力を発動した時には、人間に対する攻撃力が一切無くなる。それでも、人間の生命は護られるので、かなりの重要度を持つ。
儚や嘉紀には、もう一つ特殊能力が有った。それは幽体機能と言われ、基礎的能力の保護機能より、もう一段強い能力で有る。その能力は、追々と説明する。
「私にも、出来る事が有れば手伝うわよ。妙な能力も有るみたいだし。」
「出来るとは思うけど、儚を、ややこしい事に、巻き込みたく無いんだよ。」
「山臥さんの命に、関わる事じゃ無いんでしょう?」
「それは無い。僕自身の命は護られて居る。」
今は儚にも、その能力が感染っている。儚の生命も、普通は取れない。
「私の命も護られるのよね?  それなら、私にも手伝えるでしょう?」
余程心配なのか儚は引かない。
「命は保証するが、刺激が強い仕事だよ。」
儚は不安な夢が絶えない。何かが、心に引っ掛かっている。少し前に、変な夢を見たからで有ろうか?  
嘉紀が、危険な事をやっているのは、以前から感じていた。少しでも、手伝えるものなら、手伝いたいとも思う。
「それでも、手伝える事は有るでしょう?」
儚としては、こんな不安を抱えて、ただ待つだけなのは辛いのだ。
「こんな案件、親に言ったら、絶対アウトだよ。」
「親には、旅行に行く事にする。命は、保証出来るんでしょう?」
「儚の能力が有れば、命は護られる。」
結局、儚を連れて行く事になった。儚は、インドへ行く事を親に告げた。
客の一人が病欠した為、代わりに行く事にしておいた。
「山臥さん、インドへ行く事にしたんだけど、それで良いかな?」
「それで良い。インド経由で行く。」
嘉紀は、ここで初めて、仕事の内容を儚に伝えた。過激派に捕まっている、アメリカ政府高官を救出する。その場所は特定され、移動先を追跡中であった。
「明日の朝、専用機に乗るからね?」
「分かった、危険そうな仕事だね?」
「力は、特殊スーツの能力と説明してるので、そのように行動して。」
銃弾にも耐えられる身体能力は、説明のしようが無い。だから、特殊服の機能と説明されている。
「なる程、他の人には秘密だね?」
「そう、絶対に秘密だよ。」
嘉紀の仕事は、隠密作戦になる為、嘉紀と儚の、二人だけで遂行される。アメリカの政府高官と言っても、軍事や外交等には、関わっていない人だ。まだ、メディアにも公表されていない。
「儚の仕事は、人の命を護る役目だ。半径6m以内なら儚でも護れる。儚が手伝って呉れれば、僕が自由に動ける。」
「最初は、どこの国に行くの?」
「最初はインドに向かう。インドで、一時行方不明になって、現地に向かう。」
嘉紀は、儚にスーツを手渡した。一応、胸と背中に防弾機能は有る。
儚と嘉紀の能力は、特殊服の機能と説明されている。その為に防御服を着用する。
この作戦は、敵より、味方を納得させる方が大変なのだ。嘉紀と儚の特殊な能力は、味方にも秘密にしなければならない。それが仕事を受ける条件でもあった。
二人は、インドから船に乗り、バングラデシュ方面に向かった。
本来は、SSS の交通網を使うのだが、今回は都合が付かなかった。
しかし、目的の国に着いてからは、組織が間に入る。
「敵は止まりました。洞窟の中の部屋らしいです。」
特殊シークレットサービス(SSS)の一員が、対象に張り付いているのだ。
SSSとは、国連傘下の秘密組織で、普通は単に組織と呼ばれている。
「わかりました。今夜に決行します。的を見失わない様お願いします。」
その夜、儚と嘉紀は洞窟に侵入した。牢は直ぐに見つかった。
人影が途切れるのを待って、嘉紀は牢の鍵を壊した。鍵の中を消滅させたのだ。
その牢の中には、初老の紳士が拘束されている。
その紳士を牢から助け出し、洞窟の出口に向かって走る。しかし、洞窟を出る前に、発見されてしまった。密林迄約五十メートル。嘉紀は保護幕を展開する。
「行くぞ。この幕の中に居れば命は保証する。絶対出ない様に。」
密林に入れば、闇に紛れる事は出来るのだが、そこまでに多少の距離が有る。
「撃て、逃がすな。」
嘉紀達は、民間人を連れているので、逃げる速度が遅い。その為、武装兵は前にも廻り込んでいる。
「えいっ。」
銃を向けて来る奴を投げ飛ばす。嘉紀は一時的に、他保護モードは切っている。
他保護能力を切らなければ、殴る事も投げる事も出来ない。他保護モードを切れば、他人を護る能力は失われる。
「僕は、他人保護の能力は切っているから、儚が護ってよ。」
「分かった、気を付ける。」
「あの人を離すなよ。油断すると離れるよ。」
「分かってる。」
散々、投げ飛ばしたり、蹴飛ばしたりと、前の敵を排除しなければならない。
儚や嘉紀は、例え敵で有ったとしても、人間を殺す事は出来ない。それが、この能力の悩ましい所だ。
「外に出たら、命の保証は無いわよ。絶対、幕の中に居る様にして。」
儚の保護範囲は半径約6メートル。嘉紀の保護範囲も6メートルである。
嘉紀は、外で戦って居るので、人を護るのは儚の役目だ。
他保護モードでは、敵を力押しで排除は出来るし、味方の命も護れる。しかし、人が触れないで、敵を押し退ければ、違和感を与える。それを隠すために幕を張る。
前の敵も、幕を張った他保護モードで、押し退けられるが、人が戰っている方が、より自然に見える。その為に、嘉紀が外で戦って居る。
「あいつは、いったい何なんだ? 弾も当たらないぞ。」
やっと、嘉紀達は密林に逃げ込めた。歩きにくいが、やむを得ない。嘉紀は、他保護モードを元に戻した。そして高官に肩を貸す。かなり遠回りをして、味方の勢力圏に辿り着いた。
「何とか成功しました。後は頼みます。」
作戦は終わった。後は SSSの組織に任せる。

「この仕事は、何故、山臥さんなの?  この能力は秘密でしょう?」
「親父の代からやっていて、自然に回って来る。完全極秘案件だから、あそこの組織しか、接触をしていない。」
「それにしても、能力を秘密にしてるなら、他の機関にも回るんじゃない?」
「確実に仕事をこなし、しかも、犠牲者を出さない組織として、認識されている。」
「それでは、特殊服の機能だけでは、無理が有りそうだけど。」
「そうなんだけどね、我々の能力は、今迄の実績で証明されている。」
「実績ねぇ?」  
実績としては、他の組織との間に格段の差が有った。他の組織だと、死人が出る事が有る。その点、嘉紀は死者を出さない。
「僕との接触も、直接には出来ない。秘密のベールに包まれて居る。」
今迄の嘉紀は、一人でやれる案件しか受け無かった。だから、年に数件の依頼だった。そして嘉紀は、軍事戦略の一部としては加わらない。
「しかし、これは完全に秘密だよ。口に出したら、安穏な生活は保証出来ない。」
「分かった。気を付ける。」
二人は、インドの国境付近まで送って貰い、歩きと公共交通機関を混ぜて、元の都市に現れた。二日程ホテルに滞在をし、骨休みをしてから日本に帰って来た。
「やっと帰れた、本当に刺激的な経験をした。」
「再々、やれる仕事じゃ無いからね。」
結局、全行程は10日ぐらい掛かった。二人は結構疲れている。
今回は基礎能力だけで対応出来た。もっと難度が高ければ、幽力等も必要になる。
専用機で直接行ければ、半分で済む行程だったが、今回は色々と遠回りをした。
その上、帰りに二日間の休養も取った。


 C-2  生徒会と揉める

儚と嘉紀は、今日も一緒に帰っている。その途中で、学生の一団に捉まった。
彼等は生徒会の連中だ。その生徒会の役員が、嘉紀に頼んでいる。
「山臥君、生徒会に協力出来ませんか?」
「優秀な委員が、沢山居るじゃないですか?」
「今年は、何故か女性が多いので、男性の手も要るんですよ。」
そう言えば、嘉紀の組も女性委員が多い。儚も仁美も、組の役員で有るが、あまり手伝えて居ない。しかし、学校の仕事ぐらいなら、女性でも出来る筈。
「良く休むので、その役は無理だと思います。」
「役員会の時以外なら、多少は休んでも良いと思いますよ。」
「それは無理です。僕の用事と役員会の用事を、両方やれば勉強に差支えます。」
嘉紀が、受けている案件は、人の命が掛かっている為、断る訳には行かない。とてもじゃないが、両方の仕事を受ける事は出来ない。
「そこを、何とかなりませんか?」
「済みません、せっかくのお誘いですが?」
これは、芙蓉儚も同様だった。と言う事で、役員会の仕事は丁重に断った。
「皆んな、不満そうな顔をしていたわよ。大丈夫かな?」
「学校の行事を増やし過ぎなんだよ。もっと簡略化出来るよ。」
嘉紀としては、学校の行事なんかは、無い方が良いと思っている。勉学の基礎さえ、しっかりと教えてくれれば、それで良い。
「人気の有る行事も多いので、減らせないわね?  役員になりたい人も居るし。」
そうなのだ、中高生には、文化祭、体育祭、海水浴、キャンプ等に人気が有る。
学校側も、生徒の活動を無視出来ないのだ。

それから幾日かして、儚と嘉紀が帰っている時、数人の男に捉まった。
「芙蓉儚さん、山臥嘉紀君、ちょっと来てくれ。」
嘉紀は、大人しく付いて行った。人通りの少ない路地に案内される。
「この間、生徒会長から話が有っただろう?  何故協力しない?」
「この中に、前に居た人も有る様ですが、聞いて居たでしょう?」
「学生で有る限り、生徒会の要請を受けるべきだろうが?」
普通の者は、名誉に思うのだろうが、嘉紀の隠された任務の方が重い。
詳しい事を言えないだけに、納得は出来ないだろうが、言う訳にはいかない。
「事情が有るんですよ。暇な人がやれば良いでしょう?」
「暇なとは何だ?  役員を馬鹿にしているのか?」
「やってる事は、中学生にでも出来る様な事じゃないですか?。」
「我々の事も馬鹿にしているのか?」
「僕が一人抜けたって、なんの影響も無いでしょう?」
「まだ言うか?」
その中でも、かなり体格の大きい男が、嘉紀の胸ぐらを掴んだ。
ここ迄か?  嘉紀はその手を取り逆手に捻る。
「いってー。」
その男は、腕の痛さに耐えきれず、横に倒れる。
儚を確保しに来た奴は、儚に投げつけられた。
「くそっー。」
儚は柔刀術を得意とする。柔刀術とは、格闘術の一種である。ちなみに嘉紀は、天勝流と称する古武術を得意とする。
それからは乱戦になってしまった。この喧嘩では、他保護能力は要らない。護る者は無いのだ。二人共、その能力は切断している。
「儚、手加減しなよ。」
「山臥さんこそね?」
戦闘の意思が有る者は、あらかた倒された。半数は元から戦意は無い。
「それでは失礼します。」
丁寧に挨拶をして、儚と嘉紀はそこを離れた。
「何か面倒くさいわね?  山臥さん一人ぐらい抜けたって、影響無いでしょうに。」
「命令を聞かない奴に、腹が立つんだよ。権威主義は何処にも有る。」
「そう言う事か?  やっぱり面倒くさい。」
「僕なんか、放って置きさえすれば、全く無害なのにね?」
その二人に生徒会は恐怖した。こいつ等を生徒会に加えたら、却って危ない。
二人は、この事件以後、生徒会に誘われる事は無くなった。


 C-3  洞窟の古迷宮

「山臥さん、洞窟に入って、逃げ帰った人達が居るんだけど、一人足りない。」
「逃げ帰ったって、何が有った?」
儚の言うところに依ると、彼らは五人で洞窟に入ったのだが、強い目まいがして、慌てて外へ逃れた。ところが、四人しか帰って居なかった。あと一人が、幾ら待っても出て来ない。
「後の一人はどうした?」
「途中迄は一緒だった。いつハグレたのか分からない。」

その人は、列の最後を逃げていた。しかし、慌てて居たので、道を間違えた。
そして、後戻りをしていた途中、別の枝道で、石造りの建物を見つけた。
それを眺めて居た時、後から声を掛けられた。その時、何故か目まいは消えて居た。
「旅人さんですか?  あまり、お見かけしない、お方の様ですが。」
そちらを見ると、妙齢の女性が立って居た。付き人らしい人も居る。
「いえ、道を迷ってしまって、帰り道を探して居りました。」
「ちょっと、寄って下さいな、お茶でもご馳走致します。」
女性は、仲の良かった男友達を親に遠ざけられ、鬱々とした生活を送っていた。
「姫様、何処の誰やら解らない男を、屋敷に呼ばれるのですか?」
「それでも、少しは気が晴れるでしょう。」
男は、何か断れない雰囲気も有り、女性に従った。そこには、石造りの豪壮な屋敷があった。
「どうぞ、お上がり下さいな?」
男は屋敷に上がり、お茶をよばれた。食事まで馳走になった。酒らしい物もふるまわれた。その酒の為も有るだろうが、心地良い気分になり、そのまま眠ってしまった。
明くる日、目を覚ました時には、もう食事の用意がされていた。
「目を覚まされましたか、お顔を洗って、食事にして下さいな?」
席の正面には、昨日の女性が座って居る。
その様な感じで、ズルズルと日が伸びた。居心地の良さも有り、三ヶ月が過ぎた。

「儚、幽視で見てくれるか?  こんなに、ややこしいと、時間が掛かってしまう。」
今は儚にも、幽体能力が付いている。それは、幽視と幽力に分かれる。
「二つほど、枝を入った所に人が居る。古い石造りの建物の側だよ。」
「儚、幽力に切り替えて、今の儘では、あの幻想に引っ掛かる。」
儚も嘉紀も、幽体機能で自身を護る。二か所の分岐を入った所に、男が倒れていた。
「もしもし、大丈夫ですか?  うん、まだ息は有るみたいだな?」
「危なかったね?  もう少しで水が切れるよ。あれから三日経つからね?」
その時、男は気がついた。
「ううーん。、、ここは、何処だ?」
「少し枝道を入った洞窟ですよ。」
「私は、宮殿に居た筈だが?」
その男の記憶では、三ヶ月は、そこで暮らしたと言う。
「今時そんな物は有りませんよ。どうやら、幻惑に掛かって居られた様で。」
「三ヶ月は、そこで暮らした筈なんですが?」
「貴方が、行方不明になられて、三日目ですよ。」
その男は、姫御前のもてなしで、三ヶ月は過ごしたと言う。
「迷宮の想念が、余程強力だった様ですね。  三日間で三ヶ月分の幻想だとは?」

「山臥さん、そんな強い想念なら、潰して置かないと、又誰か引っ掛かるよ?」
想念や悪意等、精神的な存在を制御するには、自保護他保護等、今迄の基礎能力だけでは荷が重い。その補完能力として、幽体能力が有る。
その幽体機能は儚にも感染って居る。幽体機能は、精神的に伝播する事が有る。
「儚、幽体機能を切らないでよ。こんな想念や悪意は、幽体の方が効果が高い。」
幽体機能には、解りやすい機能としては幽視と幽力がある。この場合幽力を使う。
幽体能力は、基礎能力の十数倍の効果がある。
「分かった。幽能力を発動する。」
儚は、改めて幽機能を思念した。それから二人は、想念の元を探した。
「何処が元なんだろうな?」
「あの石造りの建物の中だろうけど、 一つだけでは無さそうだよ。」
その洞窟のそこかしこに、石の基礎、壁、天井の残骸が、残っている。
話に聞く迷宮が、こんな物だろうか?
「一度、追い出してから、消去するしか無いか?」
「目に付く所を退治してから、残りを始末しよう。」
それから、儚と嘉紀は、建物中の強い想念を、先ず退治した。
「幽力の範囲を拡げて、残りを始末するぞ?」
幽力には、そんな機能もある。範囲が拡くなれば、力は落ちるのだが、強い所は先に消している。それから二人は、何回かに分けて、残りの想念を消して廻った。

「大体済んだと思うけど、少しぐらいは、残っても良いのかな?」
「弱いのが多少残っても、あまり影響は無いと思うよ。」


 C-4  謎の集団

儚と嘉紀が、街を歩いている時、又、変な集団に呼び止められた。
「お前はヨシオだな?」
「そうだけど、何か用事かな?」
今頃、この外人集団が、何の用事だ?  嘉紀は、はなはだ疑問に思っている。
「お前はアメリカで、プログラムの解説書を、出版しているな?」
「出版社に頼まれたからね。」
「それを止めろ。あの本が、教育関係者に興味を持たれている。それは迷惑だ。」
「文句は、出版社に言ってくれるかな?」
「お前を止めるのが一番早い。教育まで首を突っ込まれたら、黙っておれん。」
こいつ等は、関係機関との接触は、あまり無いらしい。そこで、こんな所で言う。
「僕に直接言われても、何の効果も無いと思うよ。原稿は送って有るし。」
「ぐずぐずと喧しい。一発入れて置け。」
前に居た男が突然殴り掛かる。その拳を嘉紀の腕がはねる。
後と横の奴が、同時に殴って来た。その一人は、儚が止める。
「いったい、何の権利が有って、そんな事を言ってるのよ?」
その儚にも、殴ってくる奴が居た。儚は、その腕を掴み背負いで放る。
儚の前に白人が立つ。今までの奴等より体が大きい。その白人が儚に殴り掛かる。
儚は手で防ぐ。次は回し蹴りが襲う。その足を、儚の腕がはねる。
その時、嘉紀は後ろに害意を感じた。
「天勝流奥義翔天!」
嘉紀が唱える。嘉紀の身体が左へ動く。その空間にナイフが流れる。
儚には横からの悪意が襲った。
「翔天!」
儚も古武術の奥義を唱える。儚も嘉紀と共に、古武術の訓練をやっている。儚の身体が勝手に後へ動く。同時に拳銃が撃たれた。その弾が儚の身体を掠める。それからは、混戦状態になってしまった。銃やらナイフやら、殴ったり、蹴飛ばしたり、攻撃の嵐だ。しかし、儚と嘉紀に届いた攻撃は無い。
「お前等は何なんだ、何故これを逃げ切れる?」
「まぁ、この国には、色々と有るんだよ。」
呆然としている奴等を残して、儚と嘉紀は、その場を離れた。

「山臥さん、今日のはヤバかったね?  当たらなかったけど。」
儚にも、嘉紀が祖父から貰った、妙な武術が感染っている。
「儚や僕は、古武術のお陰か、非常に感性が鋭くなっている。」
「あの奥義の事なの?」
儚は嘉紀と共に、古武術の訓練もやっている。そのお陰で、古武術が反応した。
元々は、嘉紀の祖父の古武術だが、嘉紀を通じて儚にも感応した。
「多分、古武術が反応した。天勝流古武術の奥義が、儚にも通じた。」
それは、脳神経の問題なのか、害意に対して、異常に敏感になっている。後からの害意や悪意にも反応し、自然に身体が逃げる。どうにも説明の付かない現象だが、人間の保存本能からは、若干説明がつく。
人間が、殺されない為にも、その機能は役立っている。


 C-5  保護だけの能力

「儚、この前の続きだけど、我々の能力は、種族保存本能に基づいた、保護能力だけだからね?  攻撃力は制限されるから用心してよ。他人を護る為の、他保護モードの時は、攻撃力は全く無い。自保護だけの時は、ある程度の攻撃力は有る。」
「それは、大体分かっている。そのように行動する。」
これは、幽体機能にも通ずる原理である。基本的に人間の命は取れない。
「能力を隠すのが、必須条件だからね?  攻撃は、柔刀術等で補完してね?」
「やっぱり格闘術も必要かな?」
この保護能力は強大である。しかし、敵の排除には、幽力や柔刀術の技も要る。
「術を掛けるのが有利になる。与える衝撃は同じだけど、技を知らないと不利だ。」
「逃げる時には必要だね?  他保護を切って、敵に技を掛けなければならない。」
儚も、自分の立場を理解している。
「そうだね、自保護機能だけでは前に進みにくい。」
「仁美にも、道場へ真面目においでって、言って置こう。」
実のところは、神園仁美も、儚と同じ柔刀術の道場に通っている。既に、それなりの力は有るのだが、儚ほど熱心では無い。そして嘉紀は、天勝流古武術を得意とする。三人共、既にかなりの戦闘力を持っている。妙な能力が無くとも喧嘩は強い。
儚は、嘉紀から人類保護の基礎能力や、天勝流古武術が伝染ったのだが、仁美にも伝染っている模様だ。
しかし、仁美の事は確認は出来ていない。
「仁美の能力も確認したいわね?」
仁美も既に、人類保護の能力やら、格闘術やら、幽力やらと、何やからの能力が付いている模様だ。
「そうだな、仁美に能力が有れば、仕事が捗るんだけどね?」
その能力の内、他保護モードでは攻撃力は全く無い。その能力を切断する事によってのみ、攻撃力を発動出来る。その攻撃力の技は、自分で会得するしかない。
だから、嘉紀は古武術の訓練を続けている。儚と仁美は、柔刀術を続けている。
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